039. 食神
草原では地球との差をそこまで感じなかった蒼一と雪も、荒れ地の植生には違和感が大きい。
丸いボール状の植物が地面に点在し、大きい物は人の身長を超える直径を持つ。
彼らが植物に詳しければ、リトープス辺りに例えたかもしれない。一風変わった多肉植物、棘の無いサボテンといった見た目である。
形だけなら地球産でも無くはないが、色が圧倒的に異常だ。
「カラフルでグミみたいですねえ」
「生き物の色じゃねえな。極彩色じゃん。妙に規則正しく生えてるし」
ボールサボテンは、一列に並んだり、綺麗な螺旋を描いたりと、不思議な配列をしていた。
小さいボールを蹴り転がしながら、蒼一はその色とりどりのグミ畑を進む。
タブラに目を落とし、黙々と先頭を歩く蒼一は、しかしいきなり腹を押さえて
「イテッ! 痛い、痛い痛い痛いっ!」
「ソウイチッ! 毒反転して!」
急な腹痛には毒反転。今代勇者の常識である。
スキルが間に合い、事なきを得た彼は、ロッドで粉砕したボールサボテンに
「何食ってやがる……見境無しか!」
「これ、味はいいですよ。力も湧くし」
「メイリは絶対食うなよ。薬で治るレベルじゃねえ」
女神が毒を取り込んでも、ダメージが行くのは勇者の体だ。
蒼一にとっては厄介なことに、雪は余計な知恵が身に付き始めていた。
「食品探知に載らないんだ、断じて食い物ではない」
「栄養満点っぽいんですけどねえ」
「毒も満点だ。食ってもいいから、俺の許可を待ってからにしてくれ」
荒れた土壌には肥料となる栄養も少なく、この地方の乾期は晴天が続く。
ボールサボテンの主要なエネルギー源は霊力であり、その配置は霊脈の流れに沿ったものだった。
暴食女神に軽く説教をして、さらに東へ進んだ時、ようやくタブラに反応が現れる。
「ほら、これが食品だよ。巨人が持って帰ったんだろうぜ」
横から探知地点を見たメイリが、その方角を指で示した。
「あの山だね。ユキさんが食べてたのが、沢山生えてるよ」
「……ブツブツで気持ち悪いな」
満艦飾のグミが岩山を覆い、カビの生えた餅のようになっている。
あまり近寄りたい場所ではないが、目標は距離的にもその岩山だろう。
進行方向を山に合わせ歩くと、一時間も経たずに、もう少し詳しい状況が見えて来た。
山と言うほどの高さは無く、正確には丘が適切だ。
麓に大きな穴がいくつか開いており、巨人がいるとすれば、その横穴があからさまに怪しい。
「サボテンに隠れて進もう。探知点は、あの穴で間違いなさそうだ」
「山に近付くほど、サボテンも大きくなるね」
グミ色の植物を、メイリもサボテンと呼ぶことにした。
「あの穴に住んでるなら、そんなに大きくないのかな……」
穴の高さは三メートル弱と言ったところ。
二メートル超えの巨人は、大きいのは確かだが、魔物としては御しやすい方だ。蟹や黒イシジンの方が、もっと大きかった。
「研磨で削れば余裕だな」
蒼一としては珍しく、嫌なフラグを立ててしまう。
彼らが巨人を発見したのは、洞窟近くの巨大サボテンの陰に到達した時だった。
◇
「一つ目ですね」
「確かに目は一つだけどよう」
二本の足、二本の手、一つの目。
一つ目の巨人を名乗る必要条件は満たしている。
だが、蒼一が想像していたサイクロプスのような外見からすると、何かと構成要素が足りなかった。
「目から直接手足が生えてるじゃん。口はどこよ?」
直径が二メートル近い大きな目玉の胴体に、太い手足が付いており、色はサボテンにも見られる原色の赤だ。
蒼一たちが見つけた個体は、目を閉じて手足を縮めると、ボールのように転がって洞窟内に消える。
「なんかさ、ああやって転がると、サボテンそっくりだよな」
「ちょうど、この赤いやつみたいだよね」
メイリは身を隠していた巨大サボテンを軽く叩いた。これも真っ赤な球体で、サイズも巨人に近い。
目が真ん中に付いているのも、よく似ていた。
「ひいぃっ!」
パカッと開いた眼に、少女が引き
「なっ、こいつも巨人か!?」
鞘を抜く蒼一だったが、巨人にしては様子が変だ。
動く気配が無い目玉と睨めっこしていると、彼の背中にいるロウが声を上げる。
「勇者様、ワタシにも見せテ! 見たいデス!」
まだホルダーを作っていないので、盾は革紐で乱暴に括られているだけ。蒼一が背中を向けない限り、彼に前は見えない。
紐を解き、人形形態になったロウは、目玉サボテンの観察結果を教えてくれた。
「これは魔力肥大したビホール、魔物に成りかけデスネ」
「ビホール? サボテンのことか」
通常、ビホールと呼ばれるこの植物が、魔物化することはない。魔力を溜め込んで成長しても、大きく育つだけだ。
ところが、極稀に魔眼を形成するビホールもあるらしく、ロウも五百年前に遭遇したと語る。
「あのグミサボテン、こんなのになるんですか……」
「ほら見ろ、何でも口に入れるから――」
「じゃあ、あの目玉さんも食べられるんですかね」
「うわぁ」
食神にツッコむ言葉も無く、蒼一は魔傀儡との会話に戻る。
「これ、そんなに硬いか?」
「変異ビホールは別物デス。魔眼で硬化のオーラを展開して、攻撃を受け付けマセン」
「えっ、殴るのも、削るのもダメ?」
「ダメデス」
それは困る。フンッが半泣きにさせられたのも無理はない。
「心配は要りマセン。純粋魔法が弱点デス。勇者様の力で、ガツンとやってクダサイ」
「嫌味に聞こえるわ」
気つけや炊事は純粋魔法なのか悩む勇者に、雪が彼の切り札を思い出させる。
「あるじゃないですか、鎌鼠」
「ああ、そんなのもあったなあ」
魔力で生まれる幻獣に物質としての実体は無く、彼女の言う通り、現在の勇者が唯一使える純粋魔法だった。
「一丁やってみるか。念のため、雪とメイリは待機な。他に使えるスキルが無いか、ついでに調べといて」
「ワタシは?」
「ロウは一緒に行こう。盾に戻れ」
変形した彼を左手に持ち、蒼一は洞穴に近付く。
「ワクワクしマス、勇者サマ」
「そういうとこ、妙に人間臭いな」
久々の勇者との共闘という機会に、ロウのテンションは上がった。
彼らが暗い穴を覗き込んだ時、奥から地鳴りが響く。
「来るぞ!」
転がり出たビホールを、蒼一は横っ跳びで避け、直ぐに体勢を立て直した。
魔物はその足で直立すると、彼を見てパチパチと
「戦法はイガジンと似たようなもんか。口が無いから、静かでいい」
「口は有りマスヨ」
再び目を閉じて回転するビホール。
進路を予測して回り込もうとした蒼一に向け、魔物は直角に跳ね飛んだ。
「うがっ!」
ビホールにイガジンのような棘は無くとも、自由に動かせる手足が外に出ている。
手で加速して、足で大地を蹴れば、敵の予測を覆す奇襲の完成だ。
蒼一は逃げ切れずに弾かれ、山肌に激突した。
何とか仕切り直そうと、彼は競歩で魔物から離れようとする。
「勇者サマ、回復魔法ヲ!」
「今、やってんだよ!」
鎌鼠に気を取られ、勇者は基本を忘れていた。
相手がどうであれ、やることは同じと、彼は反省する。
「来いよ、眼球野郎っ!」
パチパチパチッ!
瞬きでその意気に応え、ビホールは全力回転で蒼一に向け直進した。
「粘着っ!」
急停止した魔物は、その理由が分からず大きく目を見開く。
彼は流れるように“十八番”を抜いた。
「んでもって月影っ!」
これは惰性で放っただけで、必要は無い。
それでも視力の化け物に効果があるのは当然で、魔物は固く目を閉じて、手足の動きも止めた。
「仕上げだ。鎌鼠っ!」
ロウを地面に放り投げ、代わりに振り上げた彼の左手先から、無数の鼠が走り出す。
「ユ、勇者様ーっ!」
人形に戻ったロウは鼠の波に運ばれて、ビホールへと突撃した。
「スマン、ロウ。適当に殴ったら帰ってこい」
「殴ル意味ハ……?」
幻影の鼠は赤い身体に齧り付き、その身を少しずつ削り取る。
味方の量が足りないと見た彼は、増援を追加した。
「鎌鼠、鎌鼠、カマネズミーッ!」
「勇者サマ、戻れマセン!」
ロウは何度も鼠たちに押し戻され、遂に諦めて一緒に攻撃を始める。
「ワタシはっ、盾っ、ナノニッ!」
魔傀儡のリズミカルな打撃はともかく、鼠の咀嚼は確実に魔物の体、いや眼を蝕んだ。
ボロボロの巨大な目玉に群がる、大量の黒い小動物。
蒼一の後ろから、メイリが「ぐげえぇっ」と、えずく声がする。
手足がもげ、眼が半壊したところで、彼は相棒を回収するべくビホールの遺体に近寄った。
「もういいぞ、ロウ。ストレス解消になったろ」
「意外と、楽しいデスネ……」
青い顔のメイリと、タブラを持った雪も、蒼一の勝利を見届けてやって来る。
雪は怪訝な顔をして、崩れた目玉を見下ろした。
「どうかしたか? もうやっつけたぞ」
「これ、食べられますね」
「やめとけよ! 全然懲りないな、お前」
「だって、ほら」
タブラを手渡され、蒼一も表示を確認すると、確かに紫の点が光っている。
紙をクルクル回しても、意味する所が変わるはずもない。
「嘘だろ……こんなのイノジンだって食わないぞ」
ただでさえ目玉の怪物のアンチ食材感は突き抜けているのに、全身に刻まれた小さな齧り跡が、それを増長している。
メイリは嫌悪を丸出しにして、間近に寄るのも拒否していた。
一体、どこを食べるんだと観察した蒼一は、頭部の頂点に開口部があることに気付く。
「これが口なのか……」
「食品なら、試すしかないですね」
「待て待て」
彼は慌てて、伸びた雪の手を掴む。
「まだ敵がいそうだ。何を試すにしろ、先に魔物を片付けてからにしよう」
「はーい」
見える洞窟は三つ。
手っ取り早く先制するために、ビホールの登場を待たず、彼は穴の入り口から鎌鼠を連射した。
一つの穴に十回ほど鼠の群れを放ち、場所を移動して、それを三回繰り返す。
残り数回となった時に、またしても激痛が蒼一の腹を襲った。
「毒、反転……あのバカ!」
振り返らなくても、何が起こったのか簡単に予想できる。
待ち切れなかった雪は、目玉をマジカル咀嚼していた。
「美味しいですー?」
「そこは食い物じゃねえ! ちゃんと食材になりそうなとこを探せ!」
人型のまま蒼一の横に立つロウに、何か知らないか尋ねてみる。
「その変異ビホールとか言うの、どこが食えるんだ?」
「食べる人はいないと思いマス……」
この後、雪にせがまれた彼は、食材研究に小一時間付き合わされた。
黒剣で遺体を切り分け、各部位を試食して、毒の有無を確かめる。魔力も体力もフル回復する頃、彼らはようやく食品部分を見つけた。
眼球全部の水晶体、堅くて後回しにしたそこが、調理をせずとも食せる素材だ。
割れた欠片を口に入れ、雪が満足そうに品評する。
「これは美味ですねえ。高級ハチミツみたいです」
「……俺も食べてみよう」
砂糖の結晶より固いが、唾液で少しずつ溶けるその味は飴よりも甘い。
調味料にも使えそうなその水晶体を砕き、彼らはいくらか持ち帰ることにする。
「メイリも食べてみろよ。菓子好きだろ?」
「絶対イヤ」
奇妙な収穫も得て満足した蒼一は、何かありそうな魔物の住処、目の前の洞窟の奥へと入って行った。
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