038. 私は貝を食べたい

 蒼一が村に行くと決まってから、村長の張り切り様は凄かった。

 馬車は猛スピードで北東の国境へ向かう。

 主街道から外れ、道に凹凸が増えたため、乗り心地は急速に悪化した。


「おい、飛ばし過ぎじゃねえのか?」

「一刻でも早く、皆に伝えたいんですじゃ!」


 上下に揺れる馬車内では、貝柱を食べるのにも一苦労する。


「雪も諦めろ。舌噛むぞ」

「揺れにっ、合わせてっ、噛めばっ、大丈夫っ、スラベッタッ!」

「器用だな、お前」


 昼に短い休憩を取り、一行は馬車の外に出て手足を伸ばした。

 もう草原地帯を抜け、赤い土がまばらに見える荒れ地になろうとしている。


「ロウはこの辺りを知っているのか?」

「イイエ。昔は何も無い、魔物が徘徊する荒野だったはずデス」

「これでも平和になってるのか……」


 午後もレースのような高速移動は続き、王国の国境監視所が見えたところで、馬車はようやく速度を緩めた。

 客人の少ないこの土地では、突っ込んで来る四頭立てはよく目立つ。

 すぐに監視員の一団が、何事かと道に飛び出した。


「止まれ! 通行者は氏名と目的を!」


 蒼一たちは監視所に向かい、村長は馬車を隣接する厩舎横に付ける。


「ご苦労さん。馬車をここに置いていいかな」

「これは勇者様! 責任を持って、馬車を預からせてもらいます」

「ハルサキムまでの休息地点で、置いてきぼりになった御者がいるんだ。そっちにも連絡してくれると助かるんだが」

「はっ、伝令を走らせます」


 監視所も休息地点と同程度の設備は整っており、勇者が帰って来るまで馬の世話をしてくれると言う。

 荒れた道でも馬が使えるだけマシで、ここからは歩きだ。

 ただ、国境を越えた辺りから蒼一たちの足取りは軽く、青空の下、開放感を感じていた。

 村長に先行させ、蒼一は歩きながら地図を広げる。


「村長の言う村の場所はここ。結局、ダッハより遠くに行くことになる」

「赤い点がありますね」

「そうなんだ。近くにほこらがあるってことだよな」


 村長に心当たりがあるか尋ねてみるが、勇者や女神を祀る建物は村近郊に存在しない。


「ここは神統教の教えの届かぬ地ですじゃ。祠があるとは思えましぇん」

「うーん、地図だと、海上に印があるようにも見えるな」

「海? もしかして……」


 老人は歩みを止め、地図を覗き込んだ。


「これは、スラベ様じゃ」

「またかよ。何でもスラベッタで済ますつもりじゃねえだろうな」

「いえいえ、スラベッタではなく、海神スラベ様ですじゃ」


 村の沖合に小島があり、そこに海神を祀る社がある。

 いつからの物かは誰も知らないが、村では年に一度、祠への遠泳を競う海神祭という祭が行われるらしい。


「祠がそれだとすると、問題は――」

「宝具部屋の場所ですね」


 祠からそう遠くない位置に、ダンジョンなり遺跡なりの入り口が存在するはずだ。


「水中迷宮とか、勘弁してくれよ」


 海の中を探し回るのは、今の蒼一には不可能であり、場合によっては宝具探しは諦めた方がいい。


「ま、今回の主目的は、魔物討伐だしな」

「なんか勇者っぽくて、いいかも!」


 メイリは村の窮状を救うという任務に、俄然やる気を見せた。

 村長は歳の割に健脚で、他の三人と比べても遜色なく、黙々と道を急ぐ。

 真っ暗になるまで歩き続け、木陰で野宿し、また翌朝もひたすら北東へ進んだ。


 スラベッタの村に到着したのは、翌日の昼過ぎのことだった。





「皆の衆、帰ったぞ! 勇者様じゃ!」


 村長の呼び掛けに応じ、村の入り口に続々と村民が集まって来る。

 粗末な服の老人や子供、下手な男より腕っ節の強そうな女連中。

 皆に囲まれて村中央の広場に着く頃には、知らせを受けて海岸から戻って来た若い男衆も混じった。


「ほれ、ワシ自ら説得した甲斐はあったじゃろ。ここにおわすのが、真のスラベッタ様じゃ!」

「勇者です、スラベッタじゃないです。あと、説得でもないです。拉致されました」


 正確さを重んじる蒼一の前へ、屈強な一人の若者が、腕を組んで近付く。


「フンッ。力勝負なら、オラが村で一番だ」


 ――これはアレか。勇者の手なぞ、借りる必要はねえ。俺が片付けてやるっ! ていう。


 裸の上半身は陽で黒く焼け、筋肉の盛り上がりはイノジン並みだ。

 とは言え、ローカル力自慢に負けているようでは、勇者の沽券に関わる。

 準備体操代わりに右手の指を順番に折り曲げ、蒼一は粘着発動に備えた。

 若者は更に一歩前に出る。


「勇者の手なぞ、借りる必要はねえ! 俺が片付けてやるとか言ってスミマセン。助けてください」

「粘着っ! あ、あれ?」


 ガバッと土下座した若者の額は、地面に固着されてしまう。


「と、取れねえ! 俺の力じゃ敵わん……」

「ああっ、無理に引っ張ったら皮が剥けるって! 力で押さえてるんじゃねえから、それ」


 雪が蒼一へ批難の目を向ける。


「いくらイノジンマンだからって、相変わらず容赦無いですねえ」

「いや違うって。こいつがフンッて鼻で笑うからさ……」


 地面へ顔面ダイブを続ける若者の背中を、村長がペシリと叩いた。


「スラベッタ様の御力、分かったじゃろ、フンッ」

「そいつの名前かいっ! 促音便で終わる奴は初めて見たぞ」


 村長は居並ぶ若者たちを前に出させて、改めて勇者に紹介する。


「村の若いのも、遠慮無く使ってくだしゃれ。ほら、順番に自己紹介せんか!」

「コラッ!」

「ヤンノ!」

「カコノ!」

「ヤロー!」

「やりません。おかしいだろ。魔物討伐する前に、自分たちを見つめ直したらどうだ」

「村民の名は、村長のワシが付ける習わしじゃ。ええ名前じゃろ?」

「お前が元凶かよ。デスタの医者、紹介してやろうか?」


 名前は攻撃的でも、若者たちは気のいい連中だった。

 明日からの戦闘に備え、勇者のための宴を用意すると言い、彼らは食材を求めて漁に戻る。


 夕食までの時間、蒼一たちは村長の家で、魔物についての詳しい話を聞くことにした。





 村長は娘夫婦の家に厄介になるらしく、しばらくは村長宅が勇者一行の臨時拠点となる。


「好きにしてくだしゃれ。ハナからスラベッタ様の家じゃ」


 名前だけでなく、この家もスラベッタが受け継ぐ物であり、本当のスラベッタが現れた以上、明け渡すのが当然らしい。


「で、魔物ってのは、どんなの何だ?」

「海から来るのがクラーケン。荒れ地から来るのが巨人じゃの」

「巨人か……」


 クラーケンはハルサキムの遺跡にあった壁画で見た。十八本の脚を持つイカは、沿岸にはちょくちょく出没するらしい。

 巨人は赤い体色の一つ目で、村の食糧庫やフンッの家を襲ったのはこいつだ。

 昔、村を半壊させたのも巨人の仕業で、普段は見かけない魔物だった。


「いつもなら、クラーケンは村人で撃退しとります。しかし、こうも数が増えてはのう」

「巨人はどうだ。強いのか?」

「あれに立ち向かえる者はおりませぬ。ワシらの銛じゃ、かすり傷が精一杯じゃて」


 硬いのが売りなら、イシジンの方が上だろう。

 何とかなりそうだと、蒼一は討伐の方針を決める。


「まず、巨人を仕留めて来る。次がイカだ」

「巨人の住み処は分かりましぇんが……」

「大丈夫だ。食糧を奪われたんだろ? なら探知できる」


 村長が宴の準備に退出すると、メイリが何か言いたげに蒼一を見た。


「どうした? トイレは外だ」

「違うよ。この家の寝室、一部屋しかないから……」


 ああ、そういう心配かと、彼は鼻で笑う。


「メイリの寝相は知ってる。耐えられなかったら、粘着でも鞘合わせでもするさ」

「そうじゃなくて!」


 同じ部屋で三人が寝ることに、抵抗が無いのかと少女は尋ねた。

 蒼一が答えるより先に、雪が口を開く。


「外じゃいつでも、三人で寝てるじゃないですか」

「……そ、そうだったね」

「お腹の上を、一晩で何往復してることやら」

「ゴメンナサイ……」


 メイリの最近のお気に入りは、蒼一の腹を枕にして、雪の腹に足を乗せるスタイルだ。

 浄化で光らせようが、頬をマジカルプッシュしようが起きないので、最近はそのまま三人で寝ていることも多い。


 武器の手入れに地図の確認と、雑務をこなす内に日が暮れる。

 夜、篝火に明かりが灯る頃、蒼一たちは中央広場に用意された宴席に招待された。

 車座に並ぶ村人と勇者たち。申し訳そうな顔をしたヤンノとカコノが、蒼一の前に膝を付く。


「スミマセン、勇者様。クラーケンどもが漁場を荒らすせいで、雑魚しか獲れねえんです」

「んだ」


 二人はそう言うが、この世界では初めて見る海鮮料理が、これでもかと盛られていた。

 貝類と小さな魚が中心で、どれも地球では馴染みのない姿形だ。


「気にすんな、美味そうだぞ。なあ、雪」

「これだけ食材があれば、いろいろ作れそうですねえ」


 村長のどうでもいい挨拶を皆で聞き流し、宴会が始まる。

 蒼一は早速、目を付けていた焼き貝に手を伸ばした。


「あー、これはイケる。全部塩味だけどさ。鮮度が違う」

「この半透明の小魚も珍味ですよ」


 果実酒を注ぎにきたフンッの妻が、素材の説明をしてくれる。


「こっちのコリコリした魚がナンジャ、勇者さんの食っとるのが、ヤメタホウ貝じゃで」

「……あのさ。その名前、今の村長が付けた?」

「んにゃ、先々代の村長さんじゃったと思う」


 ――名前で遊ぶのは伝統か。よく誰も文句言わないな。


「ホントは、シェラ貝がいっぺえ獲れんだ。ダッハからわざわざ買いに来る商人もおったんだけんど……」


 寂しそうにフンッ嫁が愚痴る。


「シェラ貝って、あの超絶美味い貝だよな。それも魔物にやられたのか?」

「クラーケンは、真っ先にシェラ貝を平らげよるんじゃ」

「それはイカん。許せんなあ。許さんっ!」


 蒼一の目が熱を帯びた。

 寒村救済はボランティアかと思ったら、実利があったか。


「雪、貝を取り戻すぞ。食い切れない分は、ダッハに持って行って売ろう」

「勇者様、シェラ貝は干すのが難しいんじゃ。保ちも悪くて、生だとすぐ腐るしのう」

「勇者をナメるな。歩く電子レンジ兼冷蔵庫だぞ」


 冷凍機能も完備している。

 海の幸を堪能した三人は、村人たちと歓談した後、村長の家で仲良く工の字に寝た。


 漁村の朝は早く、まだ日が昇らない内に皆は動き出す。

 蒼一たちが起き出した時には、女衆が朝飯と携帯食をとうに作り終えていた。


「雪、タブラ出して」

「はーい」


 焼きヤメタホウ貝を食べつつ、蒼一はタブラに食品探知を発動させる。


「うわ、点だらけだ。当たり前か」


 生食できる物が多い村と沿岸には、群がるように紫の点が光る。

 しかし、荒れ地の方面に表示は見当たらない。


「行くのは荒れ地ですよね?」

「ああ、何か反応するまで歩いてみよう」


 勇者は村人のため、貝のため、一つ目の巨人を探して荒野に踏み出したのだった。

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