040. 練習しよう

 入り口は三つでも、洞窟は中で一つの大きな空間に繋がる。

 この合流地点がビホールたちの住み処だったらしく、鼠に食い散らかされた目玉が無惨な姿を晒していた。


「五、六……全部で七匹、中にいたみたいだ」

「それは大変ですね。頑張って回収しときます」

「いや、誰も集めろとは言ってないぞ」


 蒼一の返事も聞かず、雪は黙々と水晶体の収集を始める。

 女神は食材調達係と諦めて、勇者とメイリは、手分けして穴の内部を調べた。

 ランプの明かりで見る限り、洞窟の奥は浅い。

 グルリと三百六十度見回せば、どの方向にも壁が存在する。


 彼らの目を引いた物は二つ。

 どちらも洞窟の突き当たりに鎮座しているのを、二人のランプが同時に照らした。


「どういうことだ?」

「祠だね」


 台座の上に石で組まれた小さな社は、デスタやハルサキムにあったものとよく似ている。

 大賢者宅から奪った地図には、この場所に印など無い。


「全てを網羅してなくても、不思議ではないけど……」

「これは?」


 メイリが指したのは、祠の横に置かれた石盤だ。

 こちらも今までに何度も見た覚えがある。


「転移の魔法陣だな。どこに飛ぶのやら」

「起動してみようよ」


 陣中央のマークは見開いた目。

 蒼一はビホールの部位を求めて、洞窟中央でロッドを振るう雪の元へ行く。


「蒼一さん、手は美味しく無いですよ。眼球の奥に歯応えのある神経塊があります」

「そんな知識はいらん。魔法陣を見つけたんだよ」


 水晶体の全回収は後回しにさせ、雪を連れて陣に戻ると、メイリが石盤の上でスクワットをしていた。

 背を向けた少女は拳を握って、フンフンッと膝を屈伸する。


「……ダイエット?」

「ひゃっ、ソイイチッ!」


 恥ずかしいなら、止めておけばいいものを。転移陣の少女(自称)としては、自力で発動してみたかったらしい。

 もちろん、今回は一片たりとも魔物を取り込んでいないメイリに、そんな芸当は不可能だ。


「今日は疲れてるんだよ、メイリ」

「そ、そうかな?」

「水晶体、疲労回復に効きますよ」


 それまで断固として拒否していたビホール飴に、少女の視線が張り付く。


「……ちょっと食べてみようかな」

「お前、結構な負けず嫌いなんだな」


 蒼一はせっかく運んで来た魔物の腕を壁に立てかけて、メイリが結晶飴を嘗め終わるのを待った。

 少女が彼を見ながら甘味を堪能している間、雪は彼女の後ろでゴソゴソ作業する。何やら、ビホールの腕の付け根にロッドを捩込ねじこんでいるようだ。


「よしっ、回復できたかな?」


 メイリは再び魔法陣に向き合う。

 腕付きロッドを背中に隠し、雪も蒼一の横に立った。

 少女が陣の上に立ったと同時に、ロッドの先の手が背後からその足元に伸びる。

 転移の紋様に、光が流れた。


「やった、また出来たよ!」


 女神の小細工を胡散臭い目で眺めていた蒼一も、喜ぶメイリを見ると批難する気が失せる。

 しかし、雪が小声で呟いた、「マジカル手」はないと思った。

 魔力光が筒状に上に照射されると、少女の姿は一瞬にして消え、現れた。


「お帰り」

「ただいま……あれ?」

「右にズレただけだな」

「面倒臭さがり屋さん用ですかねえ」


 一メートル横へ移動するために、魔法陣を用意する理由は何だ。

 “ここが大陸で一番、移動距離の短い転移陣です”

 村起こしに使うには、肝心の村が遠い。


 他に手掛かりがないか、もう少し洞窟内の調査を粘ったものの、特筆するような他の発見は無かった。


「祠が宝具の目印ってのは、考え直した方がいいかもしれない」

「じゃあ、何の印?」

「分からん」


 ロウにも祠に関して質問したが、彼の作られた時代には見たことがないと言う。大陸全土に祠が作られたのは、五百年前以降だ。

 賢者の地図のこの場所に、蒼一は小さく黒丸を書き加えた。


「やることは、まだ有る。イカ退治に行こう」

「ユキさん、帰るよ!」

「ちょっと待ってくださーい」


 洞窟周辺には、まだ巨大サボテンが生えており、目玉に育ちそうなものは勇者が焼却処分する。

 集めた水晶体は雪一人では重くなり、蒼一も半分以上を持たされた。


 勇者の帰還を待つ者たちは、村の入り口で今か今かと待ち受けていたようだ。

 帰ってきた蒼一たちに駆け寄り、巨人討伐が成功したと聞くと、村人は手を叩いて喜び合った。


「ありがとうごじゃいます。今日はもう、休まれるので?」

「昼飯食べたら、イカだ。舟を用意してくれ」

「おお、ではその様に」


 村長に準備を頼み、蒼一は新しいスキルを女神に頼む。


「いいのあったか?」

「盾スキルはどうします?」


 ロウが仲間になったからには、盾を有効利用しないのは勿体ないが、例によって正統な能力は既に売り切れだ。


「あんまり残ってないしなあ。まあ、全部取っとくよ。水中戦用なんてのは無かったか?」

「水中移動、高速泳法、浮力……」

「分かってる、取られてるんだろ。有るのは?」

「水上歩行」


 ――また歩行なんだ。慣れてるけどさ。


「空気関連とかは? 溺死防止に」

「“無気”がありますね」

「ふーん」


 真空状態でも作れそうな名称は、攻撃スキルだろうか。使い途が思い付かないものの、何かに役立ちそうではある。

 今回の戦闘では、海に引き摺り込まれないように気をつけるしかない。

 盾系と水上歩行だけを新規獲得することに決め、蒼一たちは食事を手早く済ませた。

 カコノが出航準備が整ったことを知らせに来る。


「いつでもどうぞ。ワシらが漕ぎますけん、声を掛けてくだせえ」

「おう、すぐ行く」


 クラーケンが荒らす漁場は、海神の祠のある小島の沖、入江の入り口一帯だ。

 彼らはまず舟で小島に行き、魔物の本拠地を探ることにした。

 村の若者四人が漕ぐ中型の漁舟に乗り込み、一行は祠を目指す。


「あれがそうか」

「へえ。真ん中に立っとるのが、スラベ様の像じゃ」


 小島には小屋や資材置き場も見え、蒼一が想像していたよりも、かなり大きい。

 横に伸びた楕円形の島の幅は、五十メートルはありそうだった。


 祠の様子を気にしつつも、彼はイカを探すべく、外洋を臨む島の海側へ移動した。





「岬が見えるじゃろ、あの辺りがシェラ貝の獲れる漁場でさあ」

「さて、どうやって探すかなあ」


 海では熱探知が役に立たず、食品探知は結構な量の反応がある。

 カコノが指した岬近くにも探知光の紫が固まっているのは、生食できるシェラ貝がいるからだ。

 この能力を村人が知れば、蒼一に永住を頼み出しかねない。漁師にとって食品探知は、垂涎のスキルだった。


「勇者のスキルとしては、どうかと思うがな。イカらしき反応はねえ……」


 体温が低く、触手に毒胞を持つクラーケンを、タブラに映すのは難しい。


「目玉もイカも地元の出身だよな」

「ご当地キャラですね」


 大賢者の地図が正しければ、この辺りに魔物を呼ぶ転移陣は存在しない。であれば、クラーケンも他から連れて来たのではなく、ここで生まれたのだ。

 魔力を摂取し過ぎた結果が、あの目玉の巨人なのだと蒼一は推測する。

 イカが異常繁殖したのも、魔力の過剰供給が原因ではないだろうか。

 霊脈の暴走、そんな言葉が、彼の頭に浮かんだ。


「試してみよう。陽炎っ!」


 黒剣は陽を反射し、極僅か握る手に力を掛ける。


「ほんのちょっとだけど、反応はある。シェラ貝とは逆方向だ」


 蒼一は舟の進路変更を指示した。

 入江を閉じるように、シェラ貝の漁場の向かいにも岬が伸びている。


「そっちの岬は岩が多くて危ねえだ」

「目的地は、その岩礁地帯みたいだぞ」


 村人たちが懸命に漕ぐおかげで、岩場はすぐ目の前まで迫る。

 舟をぶつけないように、速度を落としたところで、本日最初のクラーケンが登場した。

 舟の前方、海から突き出した岩に人のように立つ海の魔物。

 細い触手を三本ずつ絡めてまとめ、太い六本の束にしている。パッと見には、四本の手と二本の足を持つ半透明の異形だ。


「イ人属ですよ、蒼一さん。イカジンです」

「俺のセリフを盗るなよ」


 海に飛び込んだイカジンは、一瞬で舟の横まで泳ぎ、三角形の頭を海上に現す。

 舟をひっくり返そうと伸ばされた触手を、蒼一は鞘で叩き弾いたが、ぐにゃぐにゃと曲がる軟体に、打撃の手応えは悪い。


「気つけ!」


 海中に放った電撃はイカジンを驚かせ、魔物を後方に退かせた。


「こりゃ、ロウの出番かな」

「ナンデ?」


 一般人を驚かせないように、普段はあまり喋らないようにロウには言い聞かせている。

 そんな魔傀儡が思わず声を発したのは、勇者の意図が サッパリ読めなかったからだ。

 いきなり始まった腹話術に、村人はキョロキョロと蒼一と盾を見比べた。


「今の声は……?」

「気にすんな。ただの宴会芸だ」


 鞘を腰に戻した蒼一は、盾を右手に持ち替える。

 再度、舟の縁を掴んできた触手に向かって、彼は盾を真横に振るった。


「盾斬り!」


 シールドスラッシュ、盾から放たれた斬撃の衝撃波が、イカの脚を綺麗に切断する。


「おー、いい切れ味」


 剣で殴り、盾で斬る、これがロウを得た蒼一の戦い方だ。

 イカジンは岩場に戻り、村人とは違う新たな敵を観察し直した。


「ロウは泳げるのか?」

「大変デスガ、手足を高速機動させれば、ナントカ」


 カナヅチでないなら、問題は無い。


「行ってこい、ロウ! 盾投げっ!」

「エ、エエッ!」


 円盤投げの要領で、彼は相棒をイカジン目掛けて放り投げる。

 回転する盾は、魔物の胴を真っ二つに切断し、そのまま岩に突き刺さった。

 シールドスロー、離れた相手も盾で斬る。


「やっぱり盾スキルがあると戦術が広がるわ。戻ってこい、ロウ!」

「……ナンカ予想とチガウ」


 人型に戻ったロウは、刺さる頭を必死で抜き、舟に向かって泳ぎ始めた。

 手足の高速機動、つまりは犬掻きである。

 近くまで辿りついた彼を、蒼一は舟に拾い上げてやった。


「お疲れさん、盾化よろしく」

「ハ、ハイ」


 一連の傀儡の様子を見ていた村人たちが、勇者にその未知の物体について尋ねる。


「勇者様……やっぱり盾が喋っとるんじゃ?」

「気にすんな。お前らのもりも練習すれば喋るぞ」


 練習しよう、ヤンノたちは固く心に決める。

 ゴーレムすら見たことのない村人に、魔法科学の粋を結集したロウを理解させるのは億劫だ。

 適当にはぐらかし、彼はまたダウジングで向かうべき場所を探った。

 岩礁の中でも最も大きく、外洋の波を浴びる岩を、黒い剣先は指す。


「あの岩が怪しい。何とか舟を近寄らせろ」

「はいっ、やってみますじゃ!」


 イカジンの住み処、果してそれは、陽炎の教える場所にやはり存在した。

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