031. 修道院

 地下迷宮を進むに当たって指針となったのは、やはり食品探知だった。

 目撃証言にあったように、サナは食べ物を買い込んでいる。タブラにも同階層にある食品を、大きな紫の点として示していた。


「この点にまず向かう。掠われた人間がいるはずだ」

「点が多くて見づらいですね」

「熱源よりは、これでも見やすいぞ」


 アラベスクのような飾りが施された入り口から遺跡に入ると、暫くは一本道の石の廊下が続く。

 廊下に横たわる蝙蝠の死骸に、メイリが悲鳴を上げた。


「なんだ、コウモリじゃないか。地下にはよくいる」

「だ、だって、めちゃくちゃ大きいよ!」


 蝙蝠の大きさは、メイリとそう変わらない。


「餌が豊富なんだろうよ」

「これは魔物ですね。召喚陣から来たものでしょうか」


 ネルハイムは、この街ではなく、北の洞窟にいるはずの魔物だと言う。

 蝙蝠は完全に死んでおり、蒼一が鞘で押さえても、動く気配はない。彼を真似て、雪もロッドで死骸を突いてみる。


「刺し傷があるな」

「蝙蝠は調理しにくいんですよ。臭みが強くて」


 再び広い部屋に出ると、魔術師は壁をランプで照らした。


「壁画があります。これは……勇者かな」


 右壁一面に浮き彫りされた装飾は、物語の一場面にも見える。

 中央には、剣を掲げた人物が大きく彫り込まれていた。

 雪もその絵に注目する。


「剣から何か出てます。逃げてるのは、んー、魔物ですかね」

「分かった。俺だ。月影でイノジンを追い払うところだ」


 時系列をガン無視した蒼一の推測を、ネルハイムが訂正した。


「三番目の勇者の雷鳴剣でしょう。雷撃で魔物を退治したと伝えられています」


 この部屋には壁画以外に見るべき物がない。長居は無用と、四人が奥へ進むと、またすぐに次の部屋に行き着いた。

 同じ会議室程度の広さの、家具も無いただの四角い部屋。

 右壁には、やはり勇者を中心としたレリーフがある。


「勇者の手から何か出てるよ。魔物が地面にくっついてる」


 メイリの感想に、蒼一が頷く。


「今度こそ俺だ。粘着でイガジンを固着したとこだ」


「これは“氷結”でしょう。三番目の勇者は、敵を凍り漬けにしたとか」


 魔術師が冷静に解説した。


「なんだよ。これ、三番目の自慢ばっかりじゃねえか」

「そりゃそうですよ。三番目ゆかりの場所なんでしょうし」


 雪は納得していても、蒼一はやや面白くない顔をする。

 この部屋の次も、壁画の間が続いた。


「勇者が浮かんでますね。剣から出てるのは、えーっと、竜巻?」

「ははっ、これは流石に俺しか有り得ねえ。跳ねて木枯らしだ。そうだろ、ネルっち?」

「いえ……飛翔からのカマイタチかと」

「えっ?」


 三番目のチートぶりに憤りつつも、彼の説明中に、蒼一には気になるセリフが含まれていた。


「あのさあ、ネルちゃん」

「は、はい」

「カマイタチは、俺のスキルなのよ。やっぱり、これは俺なんじゃ?」

「しかし、三番目の勇者様と言えば、風で敵を切り裂くカマイタチは、その代名詞となるような技でして」


 釈然としない十八番目の勇者は、女神に確認を求める。


「リスト見てくれよ。カマイタチ、俺が取ったよな?」

「調べてみますね……」


 夜光ランプでなんとか明かりを確保して、雪は巻物の能力一覧を目で追った。


「ええ、ちゃんとカマイタチは蒼一さんの……あっ」


 彼はその不穏な小声を聞き逃さない。


「おい、何が“あっ”だ」

「あー、あのですね。字が小さいんですよ。見にくくて」

「……間違えたな?」


 言い訳する彼女を、蒼一が問い質した。


「何のスキルを俺に渡した?」

「“鎌鼬かまいたち”だと思ったんです」

「で、本当は?」

「“鎌鼠かまねずみ”」


 ――ああ、似てる似てる。いたちねずみね。


「アホか、聞いたことねえよ! 鼠が鎌持って何する技だ、それ」

「多分これ、剣技じゃないです」

「それも違うのか。何の系統だ?」


 鎌鼠は次の系統に含まれる技だと推測し、雪はリストの先を読んだ。


「剣虎、槍蛇、千刃龍、動物関連ですかねえ」


 こういう時は試すのが一番だと、蒼一は通路の先に向かって腕を振り上げた。


「鎌鼠っ!」


 小さな魔光が、彼の足元にいくつも浮かび、獣を形作る。魔術で生まれた鼠の群れが、彼の前方へ勢いよく走り出した。

 チュウ、チュウゥーッ!


「……鳴き声はキュートですよ、その技」

「可愛さは求めてない」


 幻獣系スキル、鎌鼠。

 一応、彼にとっては初めての遠距離攻撃スキルだ。


「気持ち悪い……」


 跳ねて走る鼠は、メイリには大不評だった。





 結局、三番目の勇者の業績を讃える壁画の間は、十部屋を数えた。

 自慢話に付き合わされた蒼一は、通路を歩みつつ愚痴を零す。


「三番目は自己性愛者か? スキル自慢とは恐れ入ったわ」

「自分で作ったんじゃないと思いますけどね」


 平然と会話する勇者と女神に比べ、メイリはやや口数が少ない。蝙蝠の死骸が定期的に転がっており、その度に彼女はビクついた。


「こういうのは苦手なのか?」

「黒いのが転がってると鼠みたいで。鼠嫌い」

「まあ、お前は白いしなあ」


 魔王の上に立つ勇者の壁画を過ぎると、等間隔に配置されていた部屋はもう現れない。

 代わり映えのしない廊下を進んだ先には、苔生した広い地下空間に出た。


「……武器を構えろ」


 大きな直方体の空間は、街の一角ほどもある。列柱が高い天井を支え、中央奥には神殿のような凝った造りのゲートが見えた。

 門の周囲には小さなサイコロ状の建築物もいくつか並び、それぞれ扉が付いている。

 壁や床を斑に覆う苔は、それ自体が発光しており、それらを見渡せる程度には明るかった。

 蒼一の雰囲気が変わったのは、その門や建築物の周りに動く人影があったからだ。


「俺とネルハイムで行く。雪たちは待っててくれ」


 男二人が、柱陰を伝って、慎重に門へ接近する。

 それまでの綺麗な平面の床と違い、この場所には瓦礫が多く、門の前にも積み上がっている。


「勇者様、攻撃しますか?」

「……魔物にしては、動きがおかしいな」


 人影は警備兵のように規則正しく、左右を往復しており、魔物の適当な動きとは違う。

 さらに近付くと、その理由が蒼一たちにも理解できた。


「彼らは魔傀儡ですね」

「クグツ? 人形か」


 魔傀儡は動く数体だけでなく、直立して静止したものも大量にいたことに気付く。

 細いデッサン人形に似た身体に、楕円球の凹凸の無い顔。それぞれが、槍や剣を携えていた。


「見てても仕方ねえ。攻撃してきたら、すぐ反撃だ」

「はいっ」


 蒼一は鞘を、ネルハイムは杖を手に持ち、人形たちへ歩み寄った。

 目が何処にあるかは知らないが、勇者の姿を視認すると、動いていた魔傀儡も直立不動で待機姿勢を取る。


「敵ではなさそうですね」

「ああ、足元をよく見てみろ」


 苔の無い床は薄暗く、遠くからでは詳細は見えなかった。門の前に転がっていたのは瓦礫ではなく、蝙蝠の死骸と、人形の残骸だ。

 一匹だけ、異様に大きい人の数倍はあろうかという巨大蝙蝠が混じっている。


「もうやり合った後だな。デカいボス蝙蝠は、人形が倒したのか」

「そうですね。傀儡はここを守っているのでしょう」

「雪たちを呼ぼう。おーいっ!」


 手を振る蒼一に呼ばれ、四人は再び合流する。敵がいないのなら、次は探索だ。


「食品探知は、その四角い箱みたいな建物に反応してる」


 蒼一が指す方へ、皆は移動する。木製の扉に鍵は見当たらず、彼が押すとギーと軋みながらも抵抗無く開いた。


 建物の中は広い一部屋だけ。真ん中に石のテーブル、その上に積まれた固焼きのパン。

 奥の壁際にうずくまる、五つの姿。


「……修道院?」

「ゆ、勇者様!」


 居たのは失踪したとされる五人の少女だ。

 蒼一が一瞬、言葉に詰まったのは、彼女たちが揃って坊主頭に刈られていたからだった。





 少女たちの前に、蒼一はしゃがみ込む。


「んー? 俺が勇者と分かる人、手を挙げて」


 恐る恐る、五人の手が上に持ち上がった。


「……私、洗脳されてるかも?って人、手を下げて」


 五つの手は上がったままだ。


「お前ら、正気だろ! 何やってんだ、こんなとこで?」

「ダメですよ、脅したら。私が質問します」


 女神の微笑みを浮かべ、雪が彼の隣に正座した。


「えーっとですね。その頭は趣味ですか?」


 少女たちの顔が悲痛に歪む。


「お前の質問の方がクリティカルダメージじゃねえか!」

「だって、気になるじゃないですか」

「若気の至りだろ。流行りでやったはいいが、後悔してんだ。触れてやるな」


 真ん中にいた少女が、言い合う二人に向かって声を上げた。


「違うんです! 好きでこうなったんじゃないんです」


 この少女がサナ・ワイギス、蓄魔器の店の娘だ。彼女がこれまでの経緯を、勇者に説明する。


 五人とも、事情は似たようなものだった。

 夕暮れの街を歩いていた時、いきなり意識を失って、気が付くとここにいた。

 その時以来、髪は無い。恥ずかしくて外に出られず、ここに留まっている。食事は意を決して街に出たサナが用意してくれた。

 頭髪くらいで引き込もる少女たちに、蒼一は呆れ果てる。


「お前ら馬鹿だ。心労で親が倒れても知らんぞ」

「だけど、こんなんじゃ……」


 言葉を濁すサナを、ネルハイムが助けた。


「この国では、女性の髪は神聖視されています。女神信仰から始まった考えです」

「女神と髪は関係無いだろ」

「そうなんですが、美しい髪は女神の恩寵だと言われていて」


 雪が自分の髪先を指でクルクル巻き、「美しいですって」などと呟く。

 少女たちは、泣きそうな顔でその仕草を見つめていた。


「女性が髪を剃るのは、重罪を犯した時くらいです。彼女たちが帰るのを躊躇うのも、理解出来なくはないですよ」

「面倒くさい風習だなあ」


 怯えたように顔を見合わせる少女たちを前にして、勇者は考え込む。

 おもむろに顔を上げると、彼はメイリにこの場を任せた。


「ちょっとこの娘たちを見ててくれ。他の建物を調べてくる」

「うん、分かった」


「私は怖くないよっ」と言い聞かせる彼女を残し、蒼一たちは探索に回る。

 同じ構造の建物は六つ並んでおり、全てを調べ終わった時、蒼一は感心して唸った。


「これ、よく出来てるわ。何年こうやって維持して来たんだ」


 少女らがいた空部屋は特別で、他は緻密な機器で埋め尽くされている。

 どの部屋も、目的は一つ、この遺跡と魔傀儡を維持するための施設だった。


 少女を誘導したのは三番目の部屋、魔法陣と魔具の詰まった、言わばコントロールセンター。

 髪を奪った理由は、五番目の部屋で判明する。


「見ろ、髪はこれに使ったんだ」

「修理工場ですね」


 雪の表現は適確だ。

 壊れた魔傀儡を修理する施設がここであり、髪は人形の各パーツを繋ぐ導線として使われた。


「ここへの封印が開く。魔法陣で蝙蝠が来る。ボスが子分を引き連れて地下へ――」


 蒼一の予想を雪が引き継ぐ。


「ボスはここに住み着くつもりだったんですかね。で、人形さんは蝙蝠と戦った」


 ネルハイムが更に話の最後を締めた。


「魔傀儡の修理に必要になったのが少女の髪。おそらく勇者様の推理で正しいでしょう」


 さて、この施設をどうしたものか。

 次の尼を生まないためには壊したほうがいいのだろうが、人形たちは敵ではない。何より、精緻な遺物は、あっさり破壊するのを彼にすら躊躇わせた。


 未来の尼の心配より、現在進行形の尼をどうにかしておこうと、蒼一はサナが待つ建物に戻る。

 彼はまず、魔術師へいくつか質問をした。


「勇者って、ギルドに勅令を出せるんだってな?」

「ええ」

「何でもいいの?」

「よっぽど無茶でなければ、街の法より優先されます」


 ネルハイムはよく分かってないが、横で聞く雪とメイリには嫌な予感しかしない。


「ネルちゃん」

「あっ、はい」

「……お前、坊主になれ」

「は――ええっ!?」


 猛抵抗するギルド専属魔術師も、勇者と少女たちのためと言われ、泣く泣く承諾する。

 説得には、十八分掛かった。


「坊主頭で娘さんを連れ帰ったら、ギルド職員も全員頭を剃れ」

「ええ、やりますとも。私だけだなんて、許しません!」


 遺跡の施設を使い、魔術師はサクッと僧侶に転職した。

 街に帰ったら、みんなネルハイムだと言われ、少女たちもようやく腰を上げる。


「勇者の国では、髪が無いと手を合わせてもらえるんだ。偉いんだぞ」

「そ、そうなんですか!?」


 サナたちを先導する半泣きの丸坊主が、遺跡に残る三人に振り返る。


「勇者様は、どうされるので?」

「あの正面の門をくぐる」


 蒼一たちの遺跡攻略は、ここからが本番だった。

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