032. 装置、どっち?、餅

 丸い円柱に挟まれた正面ゲート前には、魔傀儡が四体、ガードマンのように立っていた。蒼一たちが歩いて行くと、人形は左右に分かれて道を空ける。


「俺たちが通る分には、構わないみたいだな」

「石盤がありますね」

「こんなとこにあったら踏むぞ」

 円盤形の石のタブラが入口の床に置かれており、彼は既に踏んでいた。マルダラの洞窟にあったものと、そっくりだ。

 蒼一とメイリには、表面が磨かれた石にしか見えないのも同じで、二人は雪の顔を見る。


「また私しか読めないんですね。んーっと、“右、左、左。勇者を導く者と在れ。足跡”」

「足跡?」

「踏んだ跡が目障りだったから」


 石盤の奥は何の飾りも無い石の通路だ。すぐに行き止まりになっており、三方を壁で囲まれた部屋とも言える。


「ソウイチ、この床、継ぎ目がある」

 メイリは通路の真ん中に、細い溝があることに気づいた。土や苔で埋まり判別しにくいが、溝は廊下を縦に二分しているようだ。


 蒼一は黒剣を抜く。

「このままじゃ、分かりづらい。木枯らしっ!」


 小型の竜巻が地を滑り、床の溝に詰まった砂を吹き飛ばした。数回、木枯らしを浴びせると、縦横に区切る溝のラインがハッキリとする。


「床は六等分されてる。右左左、だったよな」

 タブラの指示に従って、通路の右側から進入し、真ん中で左へ、そしてそのまま奥の壁まで進む。

 蒼一の歩みに二人も従い、三人が奥に着いた瞬間、行き止まりと思われた壁が実体を失った。最初からそうだったと言わんばかりに、障害物は掻き消え、通路はその先へ続いて行く。


 彼らの目の前には、また円盤のタブラと行き止まりがある。

「あれっ、これは読めないです。ツルツル」

「俺には読める。さっきの逆だな。“左、右、右、女神を導く者と在れ”」


 最初の通路と線対称に進めばいいだろうと、足を踏み出した彼を、雪が掴んで止めた。

「区切りが違います!」

「え?」


 横着者には扉は開かない。改めて木枯らしで掃除された床には、縦横二本ずつの溝が刻まれている。

「九分割……左から入って、対角線方向に右へ、かな」


 床の升を斜めに渡ると、やはり奥の壁は静かに消えた。

「勇者と女神、両方揃ってないと通れない仕組みですね」

「部外者を排除するには、妥当なやり方かもな」


 通路の先には何も配置されていない小部屋。壁画だけが存在するこの構造は、つい先程経験したばかりだ。

「また自慢部屋巡りかよ。何回やる気だ」

 壁の浮き彫りを見てウンザリする蒼一の袖を、メイリが引っ張る。


「反対にも絵があるよ」

「あれ、本当だ。同じ絵が二枚……」

 勇者の業績を讃える間とは、もう一つ違いがあった。次へ進む扉が、正面に二つ存在するのだ。


「どっちでもいい。適当に選ぼう」

「……待って。この二つの絵、ちょっと違うよ」

「ん? ……ああ、本当だ。メイリ、冴えてるな」


 どちらも勇者が雷鳴剣を振るうシーンが描かれ、その雷から魔物が逃げている。

「右は、あー、イノジンが酷い目に遭ってる」

「左はイモジンが虐められてます」


 まさかこれ、記憶力テストか。

 三番目の勇者は当然、自分のことだから覚えているだろう。しかし、十八番目の勇者は、この手のクイズがかなり苦手だった。


「……イモジンだと思う。電気が効くし」

「イノジンですよ。最初のやつだし、よく覚えてます」


 勇者と女神の意見が割れたため、決定権はメイリに手渡された。

「え、私? んんー? イモジン、かな。最初のザコって感じで」

 雪は抗議するものの、多数決では仕方ない。彼らは左の扉を開け、次に歩み進んだ。


 入った先は、また同じ構造の短い通路で、先に部屋が見える。ただ、通路を塞ぐように、魔傀儡が剣を構えていた。


 無貌の人形兵士が、ゆっくりと勇者一行へ近づく。

「友好的には見えないな。お前らは部屋に戻れ!」


 鞘を握り、蒼一は雪たちを庇うように立って、人形を待ち受けた。

 その隙に、今しがた出たばかりの扉を雪が押し開けようとするが、戸はピクリとも動かない。


「開きません!」

「先に行きたきゃ倒せってことか」


 人形の得物は両刃のロングソード。接近戦で来るなら、蒼一にも分がある。

「粘着、粘着っ!」


 彼は敵の足を固め、肩や肘にも白い粘着物を放ち、その自由を奪った。

「鞘突き!」


 高速で突き出された鞘先が、謎の金属製の胴の中心にぶち当たる。

 ガンッという大きな衝突音と共に、人形は腰を頂点にして二つ折になった。人間では有り得ない、背中側に、だ。


「なっ!?」

 身体を逆に折り曲げたまま、魔傀儡は上半身を捻って固着した腕ごと剣を振り回す。

 予想外の方向からの剣撃は、蒼一の右手先を掠め、鮮血が飛び散った。


「ソウイチッ!」

「大丈夫、かすり傷だ」


 バックステップで距離を取り、彼は傷口に毒薬を掛ける。

「毒反転……やりづらい相手だな」


 なまじ人の形をしているため、反って攻撃の方向が読みにくい。粘着を重ね掛けして安全を確保すると、蒼一は鞘をボウガンに持ち替える。

「正攻法は、こっちか」


 彼はボウガンに矢をセットし、傀儡の肩を狙って連射した。

 思った以上に頑丈なこの機械の兵士も、魔力で強化された矢を何本もは受け切れない。右肩に三本目が当たった瞬間、青い魔光を発しながら、その関節が砕けた。


「おらっ、追撃だ」

 ボウガンの銃座が、敵に打ち据えられる。

「重撃! 墜撃っ!」


 左肩、右膝。多少の反撃をものともせず、蒼一は関節ばかりを狙い続けた。


「連環撃!」

 接合部を次々に強打された傀儡は、破片を撒いて機能を停止する。崩れ落ちるその姿は、正に糸が切れた操り人形のようだった。


「イ人連中より強いな、こいつ」

 回復歩行で足踏みしつつ、彼は傀儡を見下ろす。

 短時間で倒せたのは、蒼一が戦闘に慣れ、スキルを使い熟せるようになって来たからだ。この世界に来たばかりの彼なら、逃げるしかない相手だった。


 人形の残骸の横を抜け、三人は奥の部屋へ向かう。

「魔法陣、ねえ」

「転移するやつみたいです」


 部屋には扉も壁画も見当たらず、床に魔法陣だけが彫り込まれている。紋様の中央には、細身の人型のシルエット。


「飛んだ先がゴールか? 人形を運んでこよう」

 メイリは何か言いたそうに魔法陣をチラチラと見ているが、先の魔傀儡を運ぶなら彼女の力も要る。人形の身体は重く、蒼一だけで運ぶのは困難だ。

 彼が首、雪とメイリが両腕を抱え、ズルズルと通路を引きずった。ちぎれそうな関節から光が漏れ、細かな部品が落ちる。


 何とか陣の上に人形を投げ出し、蒼一は額の汗を手で拭った。程なくして、魔法陣の紋様に力が流れ、発動光が点る。


「よし、行こう」

 勇者から順番に、光る陣の上に立つ。


 転移は瞬きする間も無く行われ、急に明るくなった周囲に彼は目を細める。

「ここは……?」


 突然現れた勇者へ、盛大な歓声が湧き起こった。

「ケンマッ、ケンマッ、ケンマァァーッ!」


 狂乱の生首踊りが、祠を囲んでヒートアップする。

「おー、すごく楽しそう」

「ここまで帰るのかよ! イモジンとイノジンなんて誤差の範疇だろ」


 三人は再挑戦の前に昼食をとることにして、遺跡攻略へ向け作戦を練り直した。





 祠は街路の脇に有り、小さな社を鉄柵で囲んだだけの簡素な扱いを受けていた。

 呪いの噂が伝えられていたことを考えると、昔も遺跡による失踪事件があったのかもしれない。

 なぜ地下遺跡の存在が今は知られていなかったのか、それはギルドの調査待ちだ。


 ともかくも、十八番目の勇者が訪れて以来、この一角は様変わりする。

 飴屋を中心に屋台が並び、ちょっとしたイベントスペースと化していた。空き家を潰し、祠公園を作る計画も有るらしい。


 蒼一たちは屋台の一つで、固焼きパンに厚切りのハムを挟んだ軽食を購入する。

 やたら増設された屋外ベンチの空きを探していた雪は、祠近くで立ち止まる蒼一に呼び掛けた。


「蒼一さん、こっちですよ! 席を譲ってくれました」

「ああ、今行く」


 三人は雪を中心に並んで座る。ホットドック状のパンを片手に、雪が尋ねた。

「祠に何かあったんですか?」

「いや、考えてたんだよ。位置関係とか」


 彼は墓地から地下遺跡への道を頭の中で再現し、地上での位置をシミュレートしていたのだった。

「おそらく、だけどな。遺跡から伸びる通路は、この祠の下に向かってると思うんだ」

「ここから墓地まで、結構ありますよ?」

「そう。だから、あのクイズ通路、まだまだ続くんじゃないかな」


 通路が続くということは、クイズも次があるということだ。

「勇者の間の壁画、メモを取ろう。文具屋で用具が売ってたな」


 陽光に照らされる街角は、地下の遺跡とは別世界であり、ついさっきまでの格闘が嘘のように思える。

 暫し、昼の休憩で脳の疲れを癒し、食事に専念した。


 メイリが食べ終わるのを待って、彼らは通りの反対側にある文具屋へ向かう。


「また邪魔するぜ」

「いらっしゃ……ひっ!」

 店の主人が、椅子から転げて這い逃げる。


「おい、今日は客だ」

 主人は蒼一の方へ向き直り、しゃがんたまま両手を合わせた。


「反省しております! 御慈悲を!」

「何を反省するんだ。顔か? 俺は買い物したいんだよ」

「ゆ、勇者に殺される―っ!」

「…………月影っ!」

「ソウイチッ!?」


 度重なる勇者の狼藉に、メイリが目を白黒させる。

「いやあ、なんかウザくなってきて、つい」

「オジサン、マモマモ言ってるよ!」


 しょうがないなあ、と、彼は藻掻く主人の手を掴んで座らせた。

「どうしたもんかな。んー、浄化!」

「蒼一さん!?」


 老人は大人しくなり、目を閉じたまま静かに立ち上がる。

「ほら、治った」

「そりゃそうですけど、何か白いのが出てます!」

「ありゃ、年寄りだと、半分成仏するのか」


 抜け出しかけたエクトプラズムを戻すため、蒼一は主人の肩に手を置いた。

「気つけっ」

「もうちょっと! まだ口から餅みたいなのが見えます」

「気つけっ!」


 主人の身体が跳ね、また床に座り込む。

 入魂完遂を確認すると、勇者はメイリに主人の介抱を頼み、自身は買い物に取り掛かった。


「メイリ、オヤジに回復薬を飲ませといて」

「う、うん」

「雪はメモ用紙を。俺は携帯用のペンを探す」


 墨壺とペンを組み合わせた一体型の携帯筆記具を見つけ、蒼一は代金に銀貨を数枚カウンターに載せる。

「紙代と合わせても、たっぷり釣りが出るだろ」

「一応、迷惑掛けた自覚はあるんですね」


 失敬なと反論しつつ、彼は店を後にする。

「お金はいりませぬ」と店主は言っていたが、浄化の効果が残っていたせいだろう。


「魂って喉に詰まるんだな。気つけが有効、と」

「食べられるんですかねえ。餅味?」

「メイリに聞いてみろよ。魂っぽいの詰めてたぞ」


 モチは食べたことないよ?と少女は首を傾げる。

 墓地へ向かう道中の話題は、誤飲事故と地球の食べ物についてだった。

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