030. 墓
閉店準備をする文具店の店主へ適当に月影を浴びせ、蒼一たちは監視ポジションを確保した。
「……メイリのやつ、ちょっとぎこちないな。緊張してるのか?」
「姿勢が良すぎて、モデルみたいになってますね」
メイリは東西に伸びる通りを往復している。
祠から離れ過ぎないように、彼女は途中で折り返し、また文具店の前を通って歩いて行く。
行ったり来たりの繰り返しは、日が落ちて、街路沿いに設置された夜光灯が影を落とすまで続いた。
人を替えつつ継続していた勇者の踊りも、日暮れとともに解散しており、人通りは少ない。
粘着で店主を拘束しつつ、蒼一はこの作戦を切り上げるタイミングを計る。
「真っ暗になってもやってたら、不自然だしな。今日はボチボチ終了か……」
「次に前まで来たら、終了しましょう」
中央方向に進んでいた囮の少女は、数度目のUターンをして来た道を戻ってきた。
そのまま合流するのを待っていると、彼女は文具店の数軒手前で、路地に入ってしまう。
「蒼一さん、メイリが!」
「ああ、いきなり当たりを引いたかもな」
サナが失踪後も出没していたのが事実なら、精神操作されていたと考えるのが妥当だ。
この世界の魔物なら、そんな芸当をする奴も有り得る。メイリが操られているのなら、敵のアジトに導いてくれるだろう。
蒼一たちは、細く入り組んだ路地に消えた少女を追った。
「雪、タブラを」
「はいっ」
赤いタブラに、大量の紫の点が浮かぶが、移動しているのは一点だけ。
「よし、この先を右だ」
メイリの持つ籠には、薬の他に街の名産の果物が入っている。食品探知を利用し、彼らは少女の行き先を特定した。
古い町並みを右に左にと数回曲がり、紫の点を追跡すること十分弱、蒼一たちはメイリの背中を前方に見つける。
「ようやく追い付きましたね」
「立ち止まった。ここが目的地か?」
少女は煉瓦作りの大きな建物の前で足を止めている。
三階立ての建築物は、古ぼけた外装はともかく、路地裏に在るには目立つ大きさだ。前庭も有り、公共施設のように見える。
鍵の掛かっていない鉄扉を押し開け、メイリは建物の敷地内へ進入した。
「何ですかねえ、ここ」
「ヤースも連れて来るんだったな。住居じゃないし……図書館?」
残念ながら、解説してくれそうな施設長は、文具店の店主の相手に残してきた。
捜査に動き易いからと、蒼一たちだけで行動することを提案したのは、彼ら自身だった。
囮役は振り返ることもせず、庭を抜け、玄関扉の中へ入る。
尾行がバレる心配はなさそうだが、念のため少し間を置いて、二人は後に続いた。
建物の中は暗く、雪はランプを掲げて様子を伺う。
「うーん、石が並んでますね。これって大型ドミノ?」
「墓石だ。屋内墓地だ、ここ」
他の王国の街と同じく、ハルサキムでも土葬が基本である。
しかし、身元が不明な者や、遺族の希望があった場合は、遺骨の一部を
この屋内墓地は、形式だけなら日本の墓地に近い。
小さな台座の上には石板が置かれ、弔われた日時だけが記してあった。
「さて、囮美人はどこに行った……」
タブラの点は小さくなり、対象の階層が変わったことを示す。
耳を澄ますと、コツコツと響く足音が聞こえる。
「あっちですね。行きましょう」
「ああ」
墓地の奥には木製の扉があり、ここを少女は通ったようだ。
その観音扉の真ん中は破壊され、開いたままになっている。何者かが押し入ったような扉を抜けると、その先は地階へ向かう階段だった。
メイリの靴音を確認し、二人も地下を目指す。
途中には踊り場があり、地下室に続く廊下も伸びていたが、階段は終わらない。
数階分は降りたと思われる場所で、ようやく地面は平行になり、通路を経て土砂の崩れた開口部に到達した。
岩と土が散乱し、その先に広がる大きな空間。
どこかで見たような光景に、蒼一は不敵に笑う。
「大当たりだ。祠はここの目印だろう」
「メイリがどんどん進んでますよ!」
マルダラやデスタに倣うなら、ここからは魔物の巣窟でもおかしくない。
このままメイリを行かせては危険なため、一度連れ帰ることにする。
何を憚ることもなく走り出した蒼一は、すぐに少女の背後に追い付いた。
それでもこちらを見ないその両肩を、勇者が後ろから掴む。
「浄化!」
ゆっくりと振り返ったメイリの顔は、神々しく白い光に包まれていた。
「またお会いできましたね」
「おう、久しぶり。最近は、俺も顔が光るようになったぞ。分体だけどな」
物分かりのいい白メイリを連れて、今度は階段を登って戻らなければならない。
メイリより雪の機嫌を取りつつ、蒼一は墓地から祠へと夜道を帰る。
ここの攻略は明日の朝からだ。
ハルサキム地下大遺跡。
その来歴を教えてくれたのは、ギルドの資料ではなく、蒼一の持つ勇者の書だった。
◇
翌日早朝、宿屋の食堂で、ヤースを交えた作戦会議が開かれる。
蒼一に指名され、ギルドの契約魔術師であるネルハイムも同席した。
「勇者のマニュアルにな、地下ダンジョンの話がいくつかあるんだ。その一つがここじゃないかと思う」
昨夜、宿に帰ってから見直した話を、蒼一が皆に伝える。
「三番目の勇者が魔王を倒した後、不要になった宝具を地下迷宮に封印したんだとさ」
「それがハルサキムだっていう理由は?」
メイリに浄化の影響は残っていない。
路地に入ってから、浄化が解けるまでの記憶は無いらしく、起きたら宿だったと彼女は言う。
「理由はあの建物だ。封印した迷宮の上に、勇者は墓地を作った。屋内墓地とは思わなかったがな」
「ギルドでも、墓地については調査を始めました。街の創建当時からあったらしく、辻妻は合ってます」
ヤースの指示で、既に墓地には職員が入っていた。
迷宮は蒼一たちが担当し、建物はギルドが調べてくれる。
昨夜、食品探知に利用したビワのような果物を剥きつつ、雪が蒼一の表情に疑問を呈した。
「嬉しそうなのは、宝具目当てですか? あんまり期待すると、またガッカリしますよ」
「ふっ、昨晩、目がショボショボするくらい、マニュアルを読んだんだよ。ここの迷宮は、第三勇者以降、未踏破だ……と思う」
確証は無い。それでも彼が調べた限りでは、都市地下の迷宮の話は、以降出てこなかった。
好奇心に駆られ、メイリが質問する。
「どんな宝具か分かってるの?」
「普通は宝具の記述は無い。でも、いくつかは特別だ。ここも名前が載ってる」
「何て名前?」
「“魔装の盾”、強そうだろ? 勇者っぽいよな」
魔王っぽいと、雪とメイリは思う。蒼一っぽくもあるが。
無言で皆の会話に耳を傾けていたネルハイムだったが、自分が同席させられた理由が分からない。
話の区切りを見てとって、彼は勇者に尋ねた。
「あの、私は何をすれば?」
「お前はダンジョン攻略組」
「え?」
「また蟹みたいなのが出たら、強火で焼く役ね。たまには俺も応援側をやらせろ」
これは名誉なのか、無理難題なのか。
難しい顔をした魔術師を残して蒼一たちは部屋に戻り、攻略用の出で立ちに着替えた。
昨夜と違い、今度はフル装備だ。
宿前に再集合すると、彼らは屋内墓地へと出発した。
◇
勇者一行を墓地で出迎えたギルド職員は、早速、調査の成果を報告する。
「三階の鍵が掛かった部屋に、魔法陣がありました!」
「ちゃっちゃと潰しといて」
宝具への期待からか、勇者の口はいつになく軽い。
「ネルちゃん、監督頼むわ。適当に焼き消そ」
「ネルちゃ……、あ、はい」
三階へ通じる階段は、玄関から見て右手側、一階大広間を横断した先にある。
墓の間を抜ける蒼一は、調子を取って墓石をポンポンと叩いて歩いた。
「ほーいっ、ケンマッ、はいっ、ケンマッ! ケンマッ、ケンマッ!」
「ちょっと蒼一さん、墓石が削れてる!」
祠の踊りの独特の囃し声は、本家勇者の耳にもしつこく残っている。
宿の部屋でも飴を食べてる最中に雪が叫んだので、尚更だ。
「死んだら角が取れて丸くなるんだよ」
「知りませんよ、バチが当たっても」
三階に着いた彼らは職員に説明を受けるが、発見された魔法陣は予想していたものとは大分と形状が違う。
「んー? ここのは円盤じゃねえのか」
「起動用の体液が残っていなければ、私たちも気づきませんでした」
三階の床一面に刻まれた装飾紋様、その一部に隠し絵のように魔法陣が描かれていた。
体液、つまり魔物の血痕が陣外円に沿ってこびりついている。周りの飾り絵が目眩ましになり、確かに普段なら判別しづらい。
「では、魔法陣の一部を焼きますね」
「一部と言わず、全部焼いていいぞ」
「いえ、それでは墓も焼けますので……」
ネルハイムが杖先を陣に向け、火炎魔法を発動させた。
円の中心に火が点り、薄暗い部屋の中を赤く照らす。
「こんなものでしょうか」
火が消えると、黒焦げた床が現れ、魔術師は破壊の確認を求めた。
「ケチ臭いなあ。もうちょっと潰しとこうぜ」
蒼一は鞘を構え、魔法陣に近付く。
「はぁーっ、鞘打ち! 乱れ鞘打ちっ!」
「ああっ、墓石に当たります!」
勇者の乱撃が床を滅多打ちにし、ついでに立ち並ぶ近くの墓石も粉砕した。
「あー、知りませんよー」
雪の声には、若干の非難が篭る。
「大丈夫、大丈夫。後処理しとくし」
彼は鞘を腰に戻し、右手を散らばる石片に掲げた。
厳かに勇者が唱える。
「浄化!」
白いエクトプラズムのような幽体が、床に散る破片から立ち上った。
「ほら、いるじゃん、白いの。勇者の成仏サービスね」
「これは、どうなんでしょう……」
戸惑うネルハイムに、蒼一は機嫌良く尋ねる。
「他のもトドメ刺しとくか? 幽霊だらけじゃん、ここ」
「あっ、いや……えー、お願いしていいものなのかどうか」
一階に帰る道すがら、勇者の掛け声には新しい合いの手が増えた。
「ほいっ、ジョウカッ、ケンマッ! ジョウカッ、ケンマッ!」
「墓地って、幽霊だらけなんですね。尻尾がついてるやつは可愛いかも」
「ユキさん……」
ランプを持つネルハイムを前に出して、蒼一たちはそのまま地下へ向かう。
「地下ダンジョンへの入り口は、瓦礫だらけだ。足元に気をつけろよ」
「はい、了解です」
ハルサキムの地下に広がる空間は、自然の洞窟ではない。
淡い光を放つ魔石をふんだんに使用した人造の古代遺跡は、巨大な地下街のようだ。
四人は石の迷宮へと、踏み入っていった。
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