029. 失踪事件

 ここ最近の連続失踪事件の捜査は、もちろんハルサキムの警邏組織の管轄だ。

 しかし、人捜しに長けたギルドは、警邏組織からも公式に協力要請を受け、独自に調査を始めていた。


「勇者が出張るような話なのか?」

「それが……やはり、魔物絡みとしか思えなくて」


 ヤースは蒼一たちをカウンターの中に招き入れ、事件の調査書を見せた。


「消えたのは、若い女性ばかりで、場所は街の中央部からやや西に集中しています」


 失踪者は所用で中央に来て、帰り道でいなくなった者が多いと言う。

 ワイギスの店の娘サナは、逆に夕方、街の西に買い物に出掛けたところ、家に戻って来なかったらしい。


「目撃者とかは?」

「その目撃者の証言が問題なんです」


 サナの関連調査を読むように蒼一は促され、概要にザッと目を通した。


 雑貨屋店主

 “日が暮れる直前だったかな。いつもみたいに、糸と薪を買ったらすぐ帰ったよ”


 パン屋店員

 “普段より、たくさん買っていったね。ちょうど日没の頃だ”


 食料品店にいた客

 “荷物を抱えて、一人で歩いてたよ。ローブを深く被って顔を隠してたけど、あれはサナだったね”


「蒸発前の様子だな。何かおかしいか?」

「目撃された日です」


 改めて調書を読み、蒼一もその奇妙さに気付いた。

 雑貨屋とパン屋は失踪当日、もう一人の客はその翌日の目撃証言となっている。


「なんだこれ。次の日も、まだここらをウロウロしてたってことか」

「そうです。遺留品が見つかったのは、更にその翌日でした」

「祠の近く、だったな」


 サナの買い物籠は、ほこらの前の街路に落ちているのを、早朝に住民が発見した。

 失踪が相次ぐ街の中央西、そここそが、ハルサキムの祠がある場所である。


「俺の本来の用事は、その祠の方だ。今から行こうと思う」

「私が御案内しましょう。しかし、祠に何かあるのですか?」

「こっちが聞きたい。洞窟とか、魔法陣とか、いかにもな物が近くにないのかよ」


 ヤースは心当たりはないと、頭を振る。

 蒼一は、祠がダンジョンの目印になっており、魔物や宝具への道標だろうと推測していた。街の中にあるのは、やや予想外だ。

 雪も似た感想を持っていたらしい。


「祠があるからって、宝具とは関係ないんですかね」

「どうなんだろうな。でも、魔物には関係ありそうだぞ?」


 ギルドを出た蒼一たちは、外套を取りに行った施設長を待つ。

 歩いて向かうのかと思いきや、ヤースは馬車を手配していた。


「では、参りましょう」

「こりゃ助かる。飴菓子代が浮く」


 蒼一たちは、ギルド付きの馬車に乗り込む。

 一行は快適に祠へ向かったが、飴代の節約は叶わなかった。





「祠って、勇者と女神の関連施設だよな?」

「ええ、だからこそです」


 祠に到着した蒼一は、目の前で繰り広げられる光景に、言葉を失う。

 住民たちは得体の知れない踊りを舞い、各々が手に生首飴を持って振っていた。

 勇者の姿を見つけて、昨日の飴屋の親父が駆け寄ってくる。


「勇者様! お蔭様で大繁盛です。感謝の言葉もありません」

「感謝はいらんから、反省しろ。この邪教はお前の仕業か?」


 人々は「ビヨォーンッ!」「ケンマッ、ケンマッ!」などと口々に掛け声を発し、お互いが持つ勇者の頭をぶつけ合う。


「私は飴を用意しただけでさあ。徹夜しましたがね」

「踊りを考えたのは?」


 得意気に返事をしたのは、隣の施設長だった。


「邪気を払う舞いです。カナン山の戦いを再現してみました」

「報告したのは誰だ、ネルハイムか? 次会ったら締め上げてやる」


 この祠は呪われており、それが失踪の原因だと、あらぬ噂を流す者もいる。

 そこで今代勇者の力を借りて、その不穏な空気を一掃しようというのが、ヤースの考えたことだった。


「目的はいいけどさ。なんかこう馬鹿にされてるような――

 おいっ、雪まで交じるな!」

「あははっ、ケンマッ、ケンマッ! カイフクホコー!」


 雪は早速、勇者飴を二つ買い込み、競歩ダンスで人々の輪に入っていく。

 女神の特徴的な動きは印象深く、皆にすぐ受け入れられた。


「あーもう、子供まで踊ってるじゃん……」

「こういう時のユキさん、生き生きとしてるね」

「踊るなら、自分の魔ゲロダンスにしろ」


 新興邪教は放置して、蒼一はここに来た目的を済ますことにする。


「で、遺留品が見つかったのはどの辺りだ?」

「この祠の向かい側、あの古い商店の前ですね」

「ふーん」


 紙や筆記用具を売る商店は、街と同じくらいの歴史がある老舗だ。

 中央地区にはこういった古く小さい建物が多く、建材の劣化具合で、他の地区と雰囲気を異にしていた。

 蒼一は通りを渡り、ズカズカと店に入る。


「邪魔するぜ」

「いらっしゃい」


 中に居たのは、店番として奥に座る年老いた店主だけだった。

 普段なら客をジロジロ睨む偏屈な爺さんも、勇者の来店には態度を決めかねる。

 値踏みするように珍客を見る店主の視線を気にもせず、蒼一はカウンターまで進んだ。


「……月影っ!」

「ぎゃっ、あわわわ……」


 閃光に腰を抜かし、店主は目を押さえて床を這う。


「ちょっと、ソウイチッ!」

「反撃したら魔物かな、と。尋問するより早いし」


 視力が回復せず、その場でうめく老人に、勇者は聞き込みを始めた。


「この辺りで、魔物っぽい人いなかった? ゴブゴブとかマモマモ言ってる奴とか」

「み、見てません。どうかお許しを」

「肌の色が緑とかも怪しいよ? あと、いきなり襲ってきたりとか」

「今襲われました……」


 ギルドも祠周辺の調査はしており、収穫が無いのは想定内だ。

 それでも念のため、蒼一は隣近所の話を聞いて回る。


「おはよう、勇者です。粘着っ!」

「ひええっ」


「はい、勇者に注目っ、月影!」

「ぐあっ!」


 後ろに控えるヤースが、メイリの耳に怖ず怖ずと口を寄せた。


「あの、勇者様はいつもこんな感じで?」

「大体そう。ソウイチが楽しそうなのは、こういう時」


 一通り物理攻撃を伴う聞き込みが終わると、彼はヤースに向き直る。


「あースッキリした。ギルドでは、どのくらいの範囲を聞き取り調査したんだ?」

「一応、中央地区はほとんどを。ただ、路地裏辺りは空き家も多く、踏み込んでまでは調べてません」

「怪しい家は残ってるわけか……」


 顎に手を当てて考え出した勇者を、ヤースとメイリは黙って見守った。

 飴踊りに飽きた雪が、彼らの元に帰ってきて、蒼一を見ながら蒼一を食べる。


「……罠を張ろう」


 考えをまとめた勇者が、一同に切り出した。


「罠、ですか?」

「ああ、敵を呼び寄せる。回りくどいのは、性に合わねえ」


 どうやって? ヤースの問いも当然だが、蒼一は作戦に自信があるようだ。


「囮をつかうんだよ」

「ええっ、それは危険では?」

「心配すんな。こっちには囮のプロがいる」


 金髪の少女に顔を向け、勇者はニヤリと笑った。





 一度宿に戻った蒼一たちは、囮捜査の準備に取り掛かった。

 ギルドから変装用の衣装を借り、ヤースには、夕方また迎えに来てくれるように頼む。


 変装するのは、当然、メイリの役割だ。

 またもや囮役を言い付けられた彼女は、意外にもあまり抵抗しなかった。蒼一たちに同行していれば、これも必然と、少女は諦めている。

 着替えを手伝って貰うため、メイリは雪の部屋におり、蒼一は扉の前で待たされた。


「おーい、まだか?」

「あっ、出来ました。いいですよ」


 彼がドアノブに手を掛けた時、少女の悲鳴が上がった。


「ぎゃぁーっ!」

「どうした!」


 蒼一が急いで駆け込むと、メイリは床に腰をついて、部屋の奥を指を差している。


「か、顔が!」

「ん? ……うわっ、粘着っ!」


 白い勇者の頭が、首だけでモゾモゾ近付いて来るのを、彼は慌ててスキルで固着した。

 床に貼付けられた蒼一の顔は、グニョグニョと蠢き、拘束を逃れようと藻掻く。


「な、なんで動いてるんだ、俺の顔?」

「あー、マーくんですね」


 蒼一とメイリが肩を寄せ合って生首を見詰める中、雪は平然と歩み寄って動く白い塊を掴んだ。


「んー、取れませんねえ」


 スキル効果が解けるまで、三人はそのまま動かない。

 粘着が消えたところで、雪は首を持ち上げ、その中身を取り出した。


「ほら、マーくん」

「まだいたのか、そいつ」


 マンドラーネのマーくん。スライムと一体化したキノコは、女神と一緒にハルサキムに来ていた。


「首じゃなくなっても、気持ち悪い……」


 手足をジタバタ動かすキノコに、メイリは渋い顔をする。

 好物なだけに、彼女には余計に気味悪く感じた。


「えー、可愛いですよお」

「キュ、キューッ!」


 雪の手の中で、マーくんが身体をよじる。


「……餌やってるのか?」

「光で育つみたいです。たまに日光浴させたら、元気にしてます」


 人前に出さないように厳命し、蒼一はキノコを仕舞わせる。

 普段は袋の中で大人しくしているらしく、彼もメイリもその存在を忘れていた。


 最初に見た時より、何か大きくなってるような――マーくんのサイズを不審に思いつつも、彼は改めてメイリを立たせ、その変装ぶりを確かめる。

 町娘の普段着は彼女にピッタリの大きさで、不自然なところは見当たらない。


「ちょっと美人過ぎるけど、囮には丁度いいだろう」

「そうそう、囮美人です」


 美人の連呼に、メイリが恥ずかしそうに目を伏せる。


「もう、二人して。捜査のためだもん、頑張るっ」


 チョロい美人だなあという感想は、蒼一も雪も口に出さなかった。

 メイリ以外の二人も、一応、平服に着替えている。その衣装のまま午後を宿で過ごし、彼らはヤースの登場を待った。

 敵がこの罠に掛かるまで、数日は夕方毎に祠周辺へ通う予定だ。


「危ないと思ったら、無理すんなよ」

「うん、逃げながら叫ぶね」


 重武装を警戒されてもいけないので、メイリと雪は丸腰、蒼一は十八・五番だけを何とか外套で隠して持って行く。

 サナの話を聞く限り、誘拐犯がいきなりメイリを傷付けることはなさそうではある。

 しかし、万一に備え、メイリには薬類と追跡用の籠を用意した。


「籠は手に括りつけとけ。落とすと厄介だ」

「ソウイチたちは、どこにいるの?」

「文具屋の中から覗いてる。メイリは適当にウロついてくれ」


 日が陰り出した頃、ヤースが馬車を宿前に停めた。

 祠が見えるギリギリまで馬で近付き、そこからは徒歩で作戦を開始する。


 メイリの囮としての能力は、蒼一の期待以上だった。

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