第三章 王国の人々
028. ハルサキム
デスタの警邏官たちを中心に、カナン山の捜査は続けられるが、その参加人員の規模は二十人ほどに縮小される予定だ。
大賢者の住居も破壊され、蒼一たちが留まっていても時間を浪費するばかりだろう。
ハルサキムから来た人員は、ほとんどが帰還するので、勇者一行も同乗させてもらうことになった。
現場に残るタルムに挨拶し、蒼一たちは馬車に乗り込む。
「勇者様、後はお任せ下さい」
「何か見つけたら、カルネに報告しといてくれ」
ギルド職員も通常業務に復帰するため、カルネも別途デスタへ出発するところだ。
蒼一がデスタ行きの馬車に目を向けると、彼女は客車から身を乗り出し、懸命に手を振っていた。
「勇者さまーっ! また来てくださいねーっ!」
馬車の外に掲げた黒剣をピカピカ光らせて、勇者は彼女に応える。
デスタ行きを追うように、蒼一たちの乗る馬車も動き始めた。
客車には彼ら三人に加えて、ネルハイムも同席している。これは彼に聞きたいことがある蒼一の希望によるものだった。
「それで、私に話というのは何でしょう?」
ローブを脱いだネルハイムは、魔術師と言うより、鍛えられた青年騎士といった風貌だ。
膝の上に手を置き、行儀正しく蒼一の隣に腰掛けている。
「そう固くなるなよ。回復用に、霊酒もパクってきたんだ。飲むか?」
「いえ、それは飲めないんです」
「ちょっとなら大丈夫だろ。ほら」
「ダメなんですって」
二人のやり取りを見て、向かいの席の雪が、メイリに耳打ちした。
「蒼一さん、面倒臭い課長みたい」
「カチョーは分からないけど、村長がこんな感じだった」
青年に酒を勧める蒼一も、自分が飲む気はサラサラ無い。
ネルハイムの姿勢が多少崩れたところで納得し、本題を切り出した。
「大賢者には、こいつも用事があったんだ」
彼はメイリを軽く指差す。
「なんでも、贄の呪いってのを掛けられたとか」
「ああ、それで……」
少女が普通の状態で無いことは、魔術師には容易に解るらしい。
青年は呪いについて詳しく説明した。
「贄の呪いは、体内の魔力を外に流れ出させます。魔力に惹かれて、魔物が寄ってくるんです」
「ハチミツ塗って歩くみたいなもんか。でも、今まで誰もメイリを気にしてなかったよな?」
「勇者様のお連れですから、そういう方なのかな、と」
ネルハイムの返答に、蒼一は今一つスッキリしない。
「勇者と一緒だと、魔力を垂れ流しでも不思議じゃない?」
「それはまあ……勇者様から感じる魔力は、メイリさんとは桁違いですし」
「え、俺もダダ漏れなの?」
勇者と女神はオーラのように魔力を纏い、この国の人間にはそれが感じられると言う。
メイリの呪いとは質も量も違うものではあるが、魔物を呼んでしまうことに違いはない。
街の人々が、蒼一をすぐ勇者と認識できるのは、これが原因だった。
「ただ、メイリさんのは、単純な呪いとも思えませんね……」
「特殊なもんなのか。また厄介だな。対処方法は?」
ネルハイムは腕を組んで考え込む。
「高度な解呪、でも、勇者様は使えないんでしたね?」
「おう、殴る専門だ」
ハルサキムにも、そこまで優秀な治療師は存在しない。
「治療はできませんが、魔力放出を抑えることは可能です。蓄魔器で吸ってやればいい」
「蓄魔器?」
魔力を溜め込む電池のような魔具が、蓄魔器だ。お守りのような形をしており、ハルサキムには王国でも有名な専門店がある。
蒼一はその場所を地図に書いてもらった。
「これで分かりますかね。三番通りにある、大きな二階建ての店です」
「助かったよ。着いたら早速行ってみる」
一連の二人の会話は、前に座るメイリも当然、耳に入っている。
蒼一が彼女の悩みを覚えていて、熱心に質問してくれているのを、メイリは少し嬉しそうに黙って眺めていた。
デスタを経由せずに直行しても、ハルサキムは一日半の行程である。
途中で一度、街道脇の小さな集落近くで野営し、街に着いたのは翌日の午後のことだった。
◇
馬車は街の入り口で止まり、そこで蒼一たちはネルハイムに別れを告げる。
警邏隊に手を振られ、勇者は南街道口からハルサキムへ入っていった。
「馬車で助かりましたねえ」
「歩いてたら、結構な距離だったな」
この街については、既にネルハイムから話を聞いていたものの、実際に見るとまた印象が変わる。
王都も大都市だが、あちらは歴史ある古都で、飾りの多い壮麗な建築物が目立っていた。
ハルサキムは交易路の交点にあり、近年大きく発展した商業地だ。
シンプルな石材と木材の混合建築が、隙間無く街路沿いに並んでいる。
公園や街路樹も現代的で、ここが王国最先端の近代都市だということが見て取れた。
「宿屋も蓄魔器屋も、街の中心にある。この道を真っ直ぐ北上すればいいはずだ」
「賑やかな街ですね。屋台も出てますよ」
雪は目敏く食べ物屋をチェックする。
残念ながら、買い食いは後回しだ。
「広い街みたいだから、急ぐぞ」
「後でまた来ましょう」
この日、彼女の提案が実現することはなかった。
ハルサキムは、中心へ到着するのに二時間を要する巨大都市なのだ。
女神が歩き疲れることはなくても、終わらない徒歩行に退屈して不平が口をつく。
「まだですかあ。私は大丈夫ですけどー。メイリが疲れてますよ」
「もう少しだ。縮尺も聞いとけばよかった。地図だと近くに見えるんだよ」
目的地まで、もういくらも無いはず。
「私は平気ですけどお。メイリが凄い顔してますよう」
「し、してないよ、元気だよ!」
ダシに使われ、メイリがブンブンと首を振って否定した。
「もう、分かったよ……あそこの綿飴買ってやるから、もうちょっと頑張れ」
「へへ。メイリも食べますよね」
「うん!」
屋台では、飴細工のように形を加工して、串に挿して客に手渡していた。
女神の注文ということで、屋台の親父も張り切ってリクエストを尋ねる。
「なんだって作るよ。遠慮せず言ってくれ!」
「うーん、小人さんはもう食べてるし、イ人は可愛くないし……」
この世界にまだ詳しくない雪は、悩んだ挙げ句に、身近なモチーフを選択した。
「メイリの顔!」
「ええっ」
親父と少女の声が揃う。
「残念な美人顔は難しい?」
「い、いや、やってみますとも。そちらの女の子の希望は?」
普段、雪には言われっぱなしのメイリも、ここは反撃した。
「ユキさんの顔。ほっぺに肉がついた感じで」
「うへえ……」
しばし、飴屋の親父の奮闘が続く。十分近い試行錯誤の末、親父は難題をクリアした。
「おー、これは確かに残念美人。手間代だ、取っといてくれ」
「こんだけ貰えりゃ、文句有りませんや」
飴屋の腕は確かなもので、石膏で型を取ったような頭部が二つ出来上がった。
「そっくりですね。食べるの勿体ない」
「生首みたいだから、早く食べた方がいい」
女神が棒に突き刺さった白い首を掲げると、街を行く人々は何事かと振り返る。
メイリは遠慮無く、雪の顔面からかぶりついた。
綿飴と言っても、見た目が似ているだけで、食感はマシュマロに近い。
「ユキさんの顔、噛み応えがあって美味しい。こんな味なんだ」
「酷い字面だ」
そこから半刻も経たず、彼らは蓄魔器の専門店“ワイギス魔器店”の前に着くが、店の扉は固く閉じられている。
雪が扉をメイリの顔面でポヨンポヨン叩いてみるが、掲示は無くとも、休みなのは一目瞭然だ。
「仕方ない。向こうのデカい建物が、ネルハイムお勧めの宿屋だ。そっちに行こう」
「はーい」
毛槍で先導するように、女神は白い首を振って前を歩く。
宿屋に入った彼らを迎えたのは、若い女将の悲鳴だった。
◇
「すみません、首にビックリして……」
「ほら、さっさと食べないから!」
「だってえ……」
顔が飴製と知り、落ち着いた女将は、勇者の予定を尋ねる。
「何日お泊りですか?」
「蓄魔器屋に用があるんだ。明日は空いてるかな?」
「ああ……どうでしょう」
歯切れの悪い女将に、蒼一は事情を聞いてみた。
蓄魔器屋は、魔術師の親子が三人で経営する店だが、数日前から娘がいないと言う。
「外出中か?」
「いえ、娘さんが消えて、ご両親はそれを捜しているみたいです」
「消えたって……家出?」
「だといいんですが」
ハルサキムでは、半月ほど前から神隠しが頻発していると女将は言う。
悪霊が人を攫う、人々はそう噂していた。
「根拠があるのか?」
「この街の祠は呪われてて、人を拐かす悪霊が住み着いてるって言われてて……」
「物騒な祠だな。そりゃただの都市伝説だろ。祠の花子さんだ」
「でも、ギルドが調べたら、祠の近くに被害者の帽子や荷物があったらしいですよ」
とりあえず期限を切らずに泊まることにして、蒼一たちは荷物を部屋へ運ぶ。メイリの寝相に業を煮やした雪は、それぞれ別の三部屋取ることを強く主張した。
旅装束を着替えて、三人は蒼一の部屋に集まり、明日の予定を話し合う。
「まずギルド、そんで祠かな」
「悪霊って、魔物ですかねえ」
「殴れない奴ならパスな。いや、待てよ……」
対花子戦略を考えつつ、蒼一は大賢者の地図を広げた。
「悪霊も気になるけど、これを見てくれ」
地図には赤い点、黒いバツ印の二種類が王国全土に書き込まれている。
「黒いXは、石切場、カナン山の家に付いてる。これは、魔法陣じゃないかな」
「魔物を呼ぶやつですね」
「“いやっ、メイリを食べないで!”」
「白メイリで腹話術するのは止めろ。気色悪い」
次に蒼一は、赤い点に指先を置いた。
「赤いのはマルダラ村の近く、デスタ洞窟、これは例の石造りの小さな祠だ。ネルハイムにも確認してもらった」
「“ああ、私の顔がぁ!”」
ついに白メイリの頭部を咀嚼しだした雪を無視して、彼はメイリに話し掛ける。
「このハルサキムだけどな。街の上に、赤丸も×印も有るんだよ」
「街の中に、魔法陣と祠があるってこと?」
「ネルハイムは、魔法陣は知らないと言ってた。祠は街のど真ん中、すぐこの近くにある」
「“ぎゃああー、目が見えないー”」
白い顔の目玉を穿り出した雪は、その玉を食べずに、嵌めたり外したりして遊んだ。
メイリも会話に集中しきれず、自分の遺体の損傷具合をチラチラと気にしている。
まずは情報を得なければ話が進まない。
後は翌日に考えることにして、その日の話はこれでお開きになった。
彼らは一晩ゆっくり休息を取り、朝早くに大陸ギルド結成援助機関、つまりはギルドへ向かう。
ハルサキムのギルド施設は、中心から東寄り、中央公園に隣接して建てられた、非常に大きな近代ビル然とした建物だ。
街への勇者到着を知らされていた職員たちは、蒼一たちが来るのを今か今かと待ち構えていた。
「勇者様、ギルドへようこそ!」
受付職員十八名がカウンターの前に出て来て、歓迎の印に首を振る。
勇者の白い首を。
「きしょっ! 何考えてんだ、お前ら。俺を呪い殺すつもりか?」
「昨日の女神様のお姿を参考に、飴屋に発注しました。街の名物にいたします」
女神の首踊りは、職員に目撃されていたらしい。
職員から一体受け取った雪が、早速、後頭部に噛み付く。
「あれっ、これ中身が空洞ですね」
「すみません、予算の都合でして。勇者の頭はスカスカなんです。頭は空っぽ」
「なんか腹立つな」
デスタでは不在だった施設長も、ここでは真っ先に前に出て蒼一たちの相手をした。
痩身で神経質そうなヤースという施設長は、白首に刺さる棒を抜き、夜光ランプの上に頭を被せる。
「では、お話を伺いましょう。やはり、悪霊の件で?」
「しれっと、いらんことすんな。目からビーム出てるじゃねえか」
自分の顔面ビームを四方から浴びながら、蒼一は街の失踪事件について、ギルドの報告を受けたのだった。
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