023. ブレイク

 対イシジンに向け蒼一が目を付けた能力は、“研磨”だ。

 本来は剣や槍先を研ぐスキルで、硬い金属や鉱石を削る力がある。


「イシジンも石だからな。“研磨”で研げるだろ」


 それが攻撃手段となるかは、また別の問題だが。


「着いたら二人はすぐに退避しろ。特にメイリは、あの砲撃を絶対に食らうな」

「うん。ソウイチも、危なくなったら逃げてね」


 勇者と女神の共同作業で、またイシジン地帯への跳躍が始まる。

 前回よりも早く、八回ほどジャンプしたところで大岩の散乱する空き地に到達した。


「走れ!」

「はいっ」


 ゴゴゴッと岩が始動する隙に、雪とメイリは森へ駆け出す。

 蒼一は逆に魔物との間合いを詰め、お互いの手が届く接近戦に持ち込んだ。


「ゴーンッ!」

「研磨っ!」


 彼が最初に狙うのは、巨大な胴岩を支える二つの石。

 イシジンの脚は人の子ほどの大きさはあるが、それでも巨体を乗せると小さく見える。

 勇者に右脚を研磨で削られ、イシジンの身体がわずかにバランスを崩した。


「ゴッ!」


 振り下ろされた腕が、彼の傍らに叩き付けられる。


「あっぶねえ! ほら、もう一本もだ、研磨っ」


 魔物の後ろに回り、彼が左脚を削り出す間に、周囲のイシジンたちも身を起こし始めた。

 砲撃準備するイシジン軍団を見て取り、蒼一は脚以外の削りを諦めて、その場を離れる。


「地走りっ、警戒走行!」


 土煙を上げ走り出す勇者。彼に目掛け、岩の弾が降り注いだ。

 顔の無いイシジンに、煙幕がどれほど有効かは分からないが、警戒走行は確かに彼の身を守る。


「鞘合わせ!」


 蒼一に直撃しようかという岩を察知し、彼は鞘で攻撃を跳ね返した。

 相手の打撃に対するカウンタースキル“鞘合わせ”は、来ると分かっている砲撃には最適だ。

 警戒走行との相性も良く、蒼一は無傷で岩弾の雨を潜り抜ける。

 ノロノロと動くイシジンたちに、彼の研磨が順々に発動していく。


「研磨、研磨、研磨っ!」


 体勢を崩しつつも、包囲を狭める石の魔物たち。接近して勇者の四方を囲った彼らは、一斉に岩の腕を振り降ろそうとする。


「硬化っ!」


 ガーン、ガーンッ!


 イシジンに優る硬質の身体を手に入れ、彼は岩の衝撃を受け止めた。

 釘打ちのように続く打撃が、蒼一の脚を徐々に土にめり込ませる。

 ゴーンッ、ゴーンッと一定のリズムで、重い打撃音が刻まれた。


「ユキさん、見て! ゴーレムの手が……」

「蒼一さんが頭まで打ち込まれるか、イシジンを削り切るかの勝負です!」


 仲間が木陰から、カナン山に打たれる楔と化した勇者を見守る。

 勇者はイシジンの攻撃タイミングを計り、研磨を発動させていた。人知れず、彼の心の中でスキルの名が叫ばれる。


 ――研磨! 「ゴーン!」 研磨! 「ゴーンッ!」 研磨っ! 「ゴーンッ!」


 叩く度に、イシジンの手先は丸く、小さく磨かれる。

 蒼一が首まで打ち込まれた頃には、魔物の手はビー玉サイズに縮んでいた。


「ゴーンッ!」


 ――研磨ぁーっ!


「ゴゴッ!?」


 イシジンたちの腕先が、遂に研磨され尽くされる。第一関節以降を失った彼らは、自分たちの攻撃が空を切ることに狼狽えた。

 晒し首のように地面から頭だけを出していた蒼一は、硬化解除と共に空中に跳ぶ。


「跳ねるっ!」

「勇者が射出されました! 大成功です!」


 土砂と一緒に降り立った彼は、今まで散々頭を小突いたイシジンたちを睨みつけた。


「てめーら、好き放題やりやがって。バカになったらどうする気だ!」

「多少なら大丈夫です!」


 蒼一はスキルを連発しながら、手当たり次第に魔物の身体をペタペタと触る。


「おらっ、研磨! 研磨!」


 彼の掛け声に合わせ、細かな石粉が空中を舞い散り、勇者を隠すように漂った。

 イシジンの本体、その大きな岩の角が削ぎ落とされ、徐々に曲面へと磨かれる。


「粘着っ、研磨! 地走り!」


 固着されつつ脚を丸められては、魔物もへたり込むしかない。その場でバタバタと、短くなった腕を振り回すのが精一杯だ。

 蒼一が走るついでに発動した地走りのせいで、空き地には土埃が充満する。


「クシュンッ、酷いホコリです」

「目が痛い……」


 雪たちが視界を奪われたまま、待つこと数十秒。

 土の霧の中から、小さな竜巻が放たれた。


「ゲホッ、木枯らし!」

「ちょっ! こっちに撃たないで!」


 突風が石の粉を吹き払うと、蒼一の研磨の成果が、雪たちにも見通せるようになる。

 イシジンは人の身長くらいの岩球に丸められ、手足のわずかな突起が無ければ上下左右も判別できない状態だ。


「ゴゴッ、ゴゴーッ!?」


 その小さな突起をピクピクと動かす魔物の球を、勇者は邪魔だとばかりに蹴り押した。


「ほらよっ、研磨っ」


 ロクに抵抗も出来ず、蒼一が力を加えるがままに、イシジンたちはゴロゴロ山肌を転がる。

 仲間にぶつかり、跳ね返ったところをまた勇者に蹴られ、そうしている間にも更に研磨が進む。

 手足の付け根以外は、ほぼ真球になったのを確認し、蒼一は仲間を呼んだ。


「もう大丈夫だろ。雪、メイリ、手伝ってくれ!」


 三人掛かりでイシジンたちを転がし、一カ所に集める。


「これで終わりなの、ソウイチ?」

「いや、仕上げが残ってる」


 全部で六匹のイシジンが、身を寄せ合って三角形に並べられた。

 モゾモゾ巨体をよじっても、もう彼らは自力で移動することもままならない。

 三角形の頂点の一匹に、蒼一は鞘を右手で構える。


「ブレイクショットだ」


 岩球目掛け、鞘が勢い良く突き出された。


「鞘突き!」

「ゴッゴーッ!」


 技の原理は、雪のマジカルストライクと同じだ。魔力で加重された鞘がイシジンを襲う。

 その威力は勇者のスキル効果で上乗せされ、マジカル攻撃の比ではない。

 衝撃は六匹全員に伝わり、三角形は魔物の鈍い悲鳴と一緒に拡散した。


「よし、これでまあ、こいつらも――」

「蒼一さん!」

「ん、どうした?」


 雪が眼光鋭く彼を呼ぶ。


「私もやりたい!」

「は?」

「並べて」


 何が彼女の琴線に触れたのかは知らないが、女神は本気だ。

 元の三角形を復元するため、蒼一は仕方無く、イシジンたちを転がす。

 空き地は山の形に沿う緩やかな斜面になっているため、下方に散った岩球を押し戻すのに一苦労した。

 魔物の大玉転がしを終えた彼は、雪に準備完了を伝える。


「ほら、これでいいだろ」

「ふふふ、負けないですよー」

「何の勝負をしてるんだ」


 蒼一と同じく、手前の球に向かって彼女はロッドを構えた。


「マジカルストライクーッ!」


 威力は勇者のスキルに劣るが、球の広がりは悪くない。

 何個かは蒼一の時よりも遠くに転がり、目を回したイシジンはゴーゴーと呻いていた。


「……上手いな、お前」

「打点がポイントなんですよ。ど真ん中じゃダメ」


 これで満足しただろうと、蒼一がイシジン戦の終了を宣言しようとした時、目の端に嫌な顔が映る。


「おい、よせよ……」

「ズルい」


 メイリは顔を紅潮させ、どうでもいいことに決意を込めようとしていた。


「こんなことにムキになるなって」

「みんな一回ずつ!」

「あ、ああ……」


 球を配置し直してる間に、雪が衝き方を少女に教授する。


「……ふう、出来たぞ。ん、ちょっと待て」


 蒼一は槍先で突こうとしていたメイリを止め、逆に持ち替えさせた。


「先が傷むだろ。柄で突け」

「うん。頑張る」


 いやあ、頑張るなよ。そう言いたいのを、彼は我慢する。


「まじかる、すとらいくっ!」


 コンッ!


 緩い衝撃が球をバラけさせ、一つは数メートル転がった所で静止した。


「ほら、納得したろ……おい、何で涙目なんだ。やめろよ、お前もいい歳だろ」

「ん……ちゃんと言われた通りやったのに……」

「一般人が、勇者や女神と同じだったらヤバいじゃん! あーもうっ」


 蒼一は彼女に鞘を持たせる。


「ジャンプショットしよう」

「ジャンプ?」

「ああ、跳ぶのは俺たちだけどな。上から叩けば、ちょっとは打力も増すんじゃないか?」


 球を整え、彼はメイリを抱えて跳躍態勢に入った。


「鞘構えたか?」

「うん!」

「……お前、本当に何歳なんだろうな」


 十八前後に見えることもある大人びた容姿ながら、彼女の言動はたまに妙に幼い。正に年齢不詳、謎多き少女だった。


「行くぞ……跳ねるっ!」


 ほぼ真上にジャンプし、限界まで高度を稼ぐ。

 メイリは目を必死に見開いて、目標に鞘先を向けた。


「ジャンプ、ショーット!」


 ガーンッ!


 中心より少し手前に鞘はヒットする。

 強烈なバックスピンを掛けられた球は、周りのイシジンを弾き飛ばしつつ、自身も前方に跳ね上がった。


「メイリ、鞘を寄越せ!」


 着地した衝球が、彼らの方へ転がり戻るのを見て、蒼一は少女の持つ武器を奪う。


「乱れ鞘打ちっ!」


 ガッガッガッガーンッ!


 勇者の連撃が高速で打ちつけられ、回転する岩球の勢いを殺した。


「危ねえなあ。メイリ、大丈夫か?」

「うん、気持ち良かったよ」


 ジャンプショットはお気に召したようで、彼女の声は明るい。

 危機を脱した二人に、雪が近付く。


「メイリもなかなかでしたけど、私の優勝ですかね」

「それでいいから、食品探しを手伝え」

「そのことですけど、あれ……」


 彼女の指先は、鞘で打ち据えられたイシジンに向いていた。

 魔物の体に亀裂が走り、暗い内部の空洞がチラリと見える。


「こいつら中身はからっぽか」

「タブラはイシジンを示してるようにしか思えません」


 ひび割れに目掛け、蒼一の鞘が振られる。


「鞘打ちっ」


 研磨で薄くなった魔物の体殻が砕け、穴がさらに大きくなった。


「この臭い……」

「ああ、これに反応してたんだ」


 開いた裂け目に顔を寄せなくても、独特の臭いで内容物の想像が付く。

 手を穴に突っ込み、指に触れた物を蒼一は舐め取った。


「酒だ」

「他のもそうですかね」


 何でまた、こんな魔物を酒壺代わりにしてるんだという彼の疑問は、メイリが解決してくれる。


「酒類は王国の管理物。登録無しで作るのは、密造だよ」

「賢者のレベルがアップしたな。単なるボケから、犯罪者だ」


 家に置いておくと問題になりかねないから、こんな面倒な隠し方をしたようだ。魔物の腹で、醸造するとは。


「こいつらは密造の証拠だし、ギルドにでも知らせよう。ふふっ」

「何がおかしいんです?」

「ボケ犯罪賢者の家に辿り着くのが大変だと、ウンザリしてたんだ。これで少しは楽ができる」


 蒼一の意図をもう一つ理解出来ないメイリが、詳しく説明を求める。


「なんで楽になるの?」

「官警を巻き込む。人海戦術で山を攻略してもらうのさ」


 大賢者は、どうも十八番目の勇者と会いたくないらしい。それなら、家への訪問は諦める。


「訪問じゃない。家宅捜索で締め上げてやる」

「……一応繰り返しますけど、大賢者は敵じゃないですからね?」


 蒼一たちが大陸ギルドに通報したのが、翌日の昼過ぎ。

 臨時の警邏隊が組織され、彼らと共にカナン山に再訪したのは、三日後の午前中のことだった。

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