024. スリーハンドレッド

 大賢者へ対する臨時捜索隊、その組織に暇が掛かったのは、もっぱら蒼一たちの移動時間が原因だ。

 イシジン地帯からデスタに戻る行程は、徒労感も有り楽しいものではなかった。


「同じ道だと、飽きて来るな」

「転移スキルとか、欲しいですよねえ」

「ワープ系が無いか、また探してみてくれ」


 十八番目ともなると、移動は徒歩が基本である。

 えっちらおっちらと街に戻ったその足で、蒼一はギルドに飛び込み、カナン山捜索の手配を要求する。

 最初にギルドを頼ったこの判断は正しく、組織の優秀な伝達網を利用し、勇者の希望は即座に周辺都市に伝えられた。


 大陸南西に突き出す巨大な半島状の地。そこに位置する王国に、整備された指揮系統を持つ軍隊は存在しない。

 自治は各街に任され、唯一、警邏組織が王国の法を統一して運用していた。

 大陸ギルドにこの組織を指揮する権限は無いが、友好関係にあり、大抵は協力して事に当っているらしい。

 この国の内情を、蒼一たちはカルネから解説される。


「つまり、法令違反を取り締まるのは、各街に駐在する警邏官たちです」

「タルムとかだな。何人くらい集められる?」

「すぐとなると、デスタと北東のハルサキムからの派遣ですね……」


 ハルサキムは王国三番目の大都市で、デスタから徒歩で二日ほどの距離にある。

 カルネは両都市から徴募できる人員を算段した。

 大陸ギルドは国境を越えて運営される機関であり、時として公機関を上回る力を発揮する。

 勇者の勅令ということをかんがみて、今回はギルドの指揮で傘下の各職業ギルドからの人員も動く。


「……すみません、急な話なので、三十人くらいでしょうか」

「充分だ」


 彼女は申し訳無さそうにしているが、これは蒼一の想定より多い。


「ところで、ここのギルドの責任者はカルネなのか?」

「いえいえ、施設長がいるんですが、無断欠勤中なんです。行方が分からなくて……」


 人を探すはずのギルドの長が、探される側とは何とも締りのない話だ。


「一度も会ってないもんな。自分とこの掲示板に、捜索願出しとけよ」

「もう三枚ほど貼ってます」


 手筈は臨時責任者となってしまっているカルネに任せ、蒼一たちは前回と同じ宿に逗留した。

 あまりに早い再会に、見知った顔は勇者一行の姿を見て驚く。

 しかし、翌々朝、目を丸くしたのは、宿前に集結した臨時捜索隊を見た蒼一の方だった。





「勇者様っ!」


 蒼一を見つけ、カルネが駆け寄る。


「おう……これ、三十人じゃないよな?」

「はいっ、ギルドの力を最大限に利用して集めました。勇者勅令なんて久々なので、みんな気合い入ってますよ」


 重装備の都市警邏兵に、臨時雇いのハンター。マルーズのような魔術師の姿もある。

 もちろんギルド直属の職員も参加し、その全ての人員を運ぶ馬車と補給隊が、街路を埋め尽くしていた。


「結局、何人なの?」

「警邏官とギルド要員を合わせて、ちょうど三百人です」

「へ、へえー……」


 一桁増えている。

 カルネの本気は、勇者を若干ビビらせた。


「カルネさん、密造酒ってどれくらいの罪なんですか?」


 軍事作戦並の大掛かりな捜索隊に、雪が質問した。


「うーん……脱税と同じくらいですかね」

「割と重罪っぽいですね」

「まあ、作った酒を売れば、ですけど。個人で楽しむ分には、注意処分で済ますことが多いです」


 順繰りに三百人から注意される大賢者を想像し、女神は身震いする。全校集会で吊るし上げられるようなものだ。

 派遣される臨時警邏隊には、カルネも同行するらしい。

 彼女と蒼一たち三人は、輸送馬車に同乗し、カナン山へ出発する。

 馬を使えることで、この二度目の山行きはぐっと楽に、そして速くなった。


 パーン、ドンドン、パラパラ、ドーン!


「あのさ……」

「え、何ですか、勇者様?」


 隣に座るカルネに話し掛けるものの、蒼一の声は馬車外の騒音に掻き消される。


「何なの、これ! この音!」

「ハルサキムの鼓笛隊です! 勇者の喜びです!」

「喜んでるように見えるか?」

「曲名が、“勇者の喜び”です!」


 パーンパンッ、ドンドンドン!


「“勇者の耳が痛い”に変えとけっ!」


 勇壮たる行進は、登山口の手前まで続いた。

 ここからは馬車が入れない。警邏隊員は、斧を持ち出し、周辺の木を切り倒し始める。


 カーンッ! カーンッ!


 打ち付けられる斧の音が、山中に反響する。


 ドンドン、パラパラ、ピィーッ!


 “勇者の耳が痛い”は、第十八楽章に突入していた。


「これは何をしてるの!?」

「はいっ! カナン山攻略に向け、ここに拠点を設営します!」


 蒼一の誤算は、自身の勇者という立場を軽く考えていたことだ。

 王国を救い、人の歴史を守護してきた勇者の綿々と続く系譜は、彼ら臨時警邏隊の胸に刻まれている。

 助力を乞われて、奮い立たない者があろうか。


 楽隊の演奏が終わるのに合わせ、警邏隊は作業を一時中断し、見晴らしの良くなった登山口前に整列する。

 勇者はカルネに呼ばれ、彼らの前に置かれた簡易な踏み台の上に立たされた。


「勇者様、皆に一言お願いします」

「ああ……」


 言葉を待つ顔の並びに、一瞬、蒼一は気圧されそうになる。

 たが、よく考えれば、これは彼が望んだ状況だ。


「登山道は……大賢者によって封印されている。まずは、これを越えないと、家には辿り着けない」


 迷いを抜けるための装備を、警邏隊は持ち込んでいる。

 ここは人数でゴリ押せるだろう。


「中腹には、賢者に作られたイシジンもいた。砲弾を放つ岩の魔物だ」


 ゴーレムの存在を初めて知った者から、どよめく声が漏れた。


「……心配は不要だ。こちらには、女神がいる。魔人もいる!」

「おおっ!」


 湧き上がる女神コール。

 躊躇いながら、遅れて魔人コール。


「邪魔者は一気に蹴散らせ! 敵はカナン山中に在り!」


 蒼一が黒剣を抜き、頭上に掲げると、その刀身がまばゆく輝いた。


「ああっ、聖なる光だ!」

「聖剣だ!」


 後ろで見ていたメイリが、小声で雪に尋ねる。


「あれ、スキルだよね?」

「月影ですね。ボソッと言ってました」


 蒼一は剣先を登山道に向け、最後の檄を飛ばした。


「行け、勇者の子たちよ!」

「おぉーっ!」


 山攻略担当のチームが、勇者の指示で堰を切って走り出す。

 ベースキャンプ設営組も作業を再開すると、蒼一たちは手持ち無沙汰となってしまった。


「私たちは、行かなくていいんですか?」

「しばらくは、任せとこうぜ」


 勇者と女神は、警邏官たちの仕事ぶりを見守る。

 “迷い”攻略の方法は、案外に単純なものだ。

 一つは、長いロープをピンと伸ばし、弛みで迷い効果を見極めるというもの。また、色粉も持ち込まれており、これで道の色分けも行われる。

 最も強引な解決法が、木を切り倒し、新登山ルートを作ってしまおうという作戦だった。

 蒼一が、改めて雪に語り出す。


「なあ、大賢者って、家に居ると思うか?」

「どうでしょう。この騒ぎで出てこないとなると、留守ですかねえ」

「いなけりゃ家捜しだな。何を企んでるか、分かるかもしれん」


 その後、ゆっくりではあるが、登山経路は着実に開拓されて行く。

 夕刻前にはイシジンたちがいた空き地を過ぎ、警邏隊はさらに上へと進んだ。

 呼び出しに備えて待機する蒼一たちへ、カルネが連絡書を持って現れる。


「本部からの通達が届きました。

 “勇者と協力し、大賢者を捕縛すべし”

 ギルドも大賢者を敵対者と見做す決定です」

「遠慮しなくてよくなったな……」


 対大賢者のお墨付きを貰った割に、蒼一の顔は険しい。

 雪は彼の微妙な反応を疑問に思う。


「問題が有るんですか?」

「ちょっと早過ぎかな。俺たちが賢者を攻略するのを、待ってたみたいじゃないか」


 二人の会話は、山中からの伝令で中断された。


「魔物の群れが現れました! 警邏隊では対処しきれません!」


 メイリに出発を告げようと、蒼一が振り返ると、彼女はもう槍を持って、彼の合図を待っていた。


「勇者の出番らしい。行こう」

「行ってらっしゃいませ!」


 カルネに見送られ、三人は数日ぶりに山へ踏み入った。





 ロープを辿り、教えられた色粉を追うと、丸い巨岩の点在する空地に直ぐに到着する。

 迷いの呪いは所詮、方向感覚を狂わせるもので、一度経路が確立してしまうと効果も薄い。

 蒼一たちを案内したのは、デスタの警邏官、タルムだった。


「この少し先です。直進路を開拓しています」

「相手はイシジンだな? まだいやがったか」

「いえ、ゴー……イシジンもいますが、他の魔物も現れました」


 蒼一たちは、互いに張り詰めた視線を送り合う。

 魔物の混合となると、激戦が予想される。イシジンだけでも、相当厄介なのだ。

 斜面を登り、疎らな林を抜けると、木立と岩に隠れた警邏隊が、魔物の様子を窺っていた。


「これはまた、混ぜ混ぜだな」


 彼らの先には岩場が開け、樹木の無い山肌がかなり上まで続いている。

 その樹林より見晴らしのよい場所に、フラフラと動く多数の魔物が見受けられた。

 種族はバラバラで、五、六種類は確認できる。


「イシジンだろ、イノジンだろ……あれは新顔だな」


 メイリが蒼一の示す方向に目を遣る。


「コボルトだ! ずっと東にいるはずの魔物だよ」


 他の魔物よりは知性が高いらしく、コボルトは毛皮を着込み、手に剣らしき武器も持っている。

 蛮族のような出で立ちの彼らの顔は、人間ではなく、犬や狼のそれだ。


「まだいるだろうと思ったよ。亜人族というか、イ人族な」

「あっ、こっちを見た!」


 二百人を優に越す警邏官や傭兵が、岩肌を囲んでいたものの、それまで魔物に大きな動きはなかった。

 しかし、勇者に反応したのか、メイリが引き付けたのか、魔物たちの目は一斉に蒼一たちに向けられた。


「お前らは一旦、退け!」

「勇者様を置いて逃げられません!」

「死んでもしらんぞ! せめて遠距離攻撃だけにしとけ」


 魔物の群れの中に走り出しつつ、蒼一は雪に叫ぶ。


「メイリを守れ! 敵が多過ぎて、俺一人じゃ捌ききれん!」

「任せて!」


 幸い、敵の視線はほぼ全てが勇者に向けられている。

 彼は倒すべき相手の順番を考えた。


「イシジンは時間が掛かる……イノジン、いや、イモジンからだ。月影っ!」


 閃光で視力を奪い、その隙にイモリの亜人に近づく。


「気つけっ!」

「キュロッ!?」


 電撃を放つ蒼一へ、雪から警告が叫ばれた。


「蒼一さんっ、後ろにイガジンが!」

「鞘合わせっ!」


 回り込んだキュバインの針球攻撃を、鞘の強打で跳ね返す。


「イモジンの横にイノジンが! あっ、イガジンも前に回りました!」

「月影っ! 警戒走行っ」


 全包囲に警戒の網を張り、蒼一は鞘と新型ボウガンで迎撃を狙った。


「鞘合わせっ! 墜撃!」

「ああっ、イガジンの後ろにイヌジンが! 起きたイモジンがイノジンと合流してイシジンと――」

「雪は黙っとけ! 余計混乱するわっ!」


 せっかくのアドバイスを無碍にされ、女神が口を尖らせる。

 打撃を繰り返す蒼一の周りに、次第に敵が密集するが、彼にとってはその方が都合が良かった。


「乱れ鞘打ち! 連環撃っ!」


 左右の武器が高速で振り回され、魔物たちを滅多打ちにする。


「キュバッ!」

「ゴブゥッ!」

「撃てっ! 勇者様を守れ!」


 混戦に参加しようとするコボルトたちに、タルムの号令で警邏隊の矢が降り注いだ。


「勇者様っ、イタジンはお任せを! イスジンが近づいています!」

「お前も覚えてないなら無理すんな! 家具と戦ってるんじゃねえ!」


 打ち漏らした魔物は、警邏隊と雪のロッドが始末していく。

 一番厄介なのは、やはりイシジンだ。


「おらっ、研磨!」

「グルルッ!」

「うおっ!」


 イシジンの脚に取り掛かった蒼一に、後ろからコボルトが斬り掛かった。

 肩から血飛沫が噴き出し、彼は片膝を付く。


「くそっ、粘着! 鞘打ち!」


 コボルトの体勢を崩し、蒼一は前転でその場から一度離れる。

 毒薬を飲もうと腰に手を伸ばした瞬間、肩に回復魔法が発動した。


「勇者様、回復いたします!」


 今回参加していたローブの魔術師だ。


「遠距離回復なんか使えるのか。有り難いが、釈然としねえ!」


 彼を追うイノジンへ、今度は火の玉が着弾する。


「ゴブァッ!?」


 攻撃担当の魔術師が、とどめを刺せないことに謝罪する。


「低位魔法しか使えず、すみません!」

「何かわびしくなるから謝るな……」


 再びイシジンの背後に回った蒼一は、研磨作業を継続した。


「研磨っ、研磨っ、あーもうっ、研磨ぁっ!」


 もうちょっと派手なスキルもくれ――切実な叫びが、勇者の心の中で響いていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る