021. 報償

 依頼を受けてから、そう時間を置かず、三人は再びカルネの待つギルドカウンターに進む。

 書類を提出すると、彼女は勇者の手際の良さを賞賛した。


「やっぱり勇者様は仕事が早いですね! こちらが報酬代金です」

「えっ、こんなに貰えるの?」


 銀貨十二枚とあったはずの報酬が、出されたのは金貨だ。


「依頼主が上乗せ指示を出したんです。預け金を越してるので、明日回収に行かないと……」

「あー、ん……書類に結果報告とか、何か書いてある?」

「“幸運にも貴重な実証試験ができました。御恩は忘れません”ですって」

「ふーん……」


 詐欺に遭わないか心配になる人の良さだ。

 あまり思い出すと心が痛むので、金貨をメイリに渡し、蒼一は話を変える。


「勇者が出す依頼の話なんだけどさ」

「はいっ、待ってました!」


 カルネはペンを持ち、一語も聞き漏らすまいと構えた。


「人探しを頼みたいんだ。探したいのは二人いる」

「ギルドの得意分野です、任せて下さい。お二人の名前は?」

「一人は知らん。大賢者だ」


 意外な人物指定に、職員の眉が上がる。


「カナン山におられるのでは? あっ、でもこの街に来られてましたね」

「そうだ。あれこそボケ老人だろ。徘徊してるから、身柄を押さえたい」

「なかなか難しい捜索相手ですね。本気で隠れられると、厄介かも……」


 蒼一がカウンター内を覗き見ると、カルネは用紙の対象人物欄に“大賢者”と書き込んでいる。

 賢者の本名を知る者はいないらしく、直接会った人物も少ない。デスタからの依頼交渉も全て書面で済ましたらしく、首長も顔を見ていないと言う。

 必要事項を埋め終わり、彼女は二枚目の用紙を取り出した。


「では、もう一人はどなたですか?」

「メイリ・ローンだ」

 蒼一の後ろで、両手を挙げて少女がピョンピョン跳ねる。

「いるよ! メイリ、ここにいるよ!」


 勇者は天然ボケを無視して、カルネへ話を続けた。

「捜索願いが出てるかもしれん。ギルドに情報がないかな?」

「ちょっと調べてみましょう。少し掛かりますが、待たれますか?」

「ああ。終わったら呼んでくれ」


 蒼一たちはロビーに腰を下ろし、結果を待つ。

 その間、カルネ以外の職員がカウンターから出て、勇者と女神へ挨拶をしようと列を作った。


「そんなに勇者と喋りたいもんか?」

「みんな勇者様に会うのは初めてなんです。デスタには、十五代目以来のご訪問ですから」


 若干、女神ファンの方が多く、雪と話す時間が長いため、蒼一は列の消化を眺めて時間を潰す。


「女神は人気あるなあ。メイリも隣に立って顔売っとけ……あれっ?」


 金貨を小遣いに貰い、小躍りしていたはずの少女がいない。


「……お前まで、なんで並んでるんだよ」


 職員にすっかり紛れ込んでいたため、目の前にいる彼女を見つけるのに、蒼一は苦却かえって苦労した。


「あの、御利益あるのかなって。まだ拝んでなかったから」

「あるわけねーだろ! 魔人の方が余程ありがたい話してたわ。……ああ、魔人で検索してもらうの忘れてたな」


 カウンターに向かって歩き出した蒼一は、資料を調べ終わったカルネに呼ばれる。


「勇者様、該当する氏名は見当たりませんでした」

「そうか」


 正直なところ、彼も余り期待していなかった。親類でもいれば、村にいた時に探し当てられていただろう。


「ただ……」


 カルネは職員に交じる少女に目を遣る。


「ん? 何かあるのか?」

「いえ。その名前は、偽名ではありませんよね?」

「そのはずだ。鑑定で出た名前だしな」


 ならいいと、彼女はそれ以上、特に語らず、成果は無いまま話が終わる。


「一応、メイリの名も引き続き調べてくれ。マルダラ村にいた以前が知りたい」

「承りました」


 大陸ギルドには、これからも世話になりそうだ。大きな街では寄るようにしよう。蒼一はそう決めて、施設を後にした。


 メイリは結局、宿で雪に手を合わせ、今後の皆の無事を祈っている。

 蒼一も拝んでみたが、神託が聞こえるようなことも無く、呆れた雪の溜め息が増量しただけだった。





 カナン登山に向けた食糧や備品を整え、メイリ個人の買い物にも付き合ったりしつつ、三人の一週間は過ぎていった。


 ついに鞘が出来上がる日を向かえた朝、蒼一は一番に起き出し、食堂で朝食を用意してもらう。

 雪たちが現れた時には、彼の前の皿は空になっていた。


「めちゃくちゃ早起きしましたね、さては」

「まあな。これで山に向かえるしさ」


 出発を待ち侘び始めていたのも事実だが、やはり注文品の出来上がりは楽しみだ。

 雪たちの食事が済むのを待ち切れなかった蒼一は、武器屋を目指して一人で街に出た。


 長雨も収まりつつあり、雨具はもう必要ない。

 住人たちも朝の仕度に忙しく働いているが、まだ朝霧も晴れない早朝では、開けている店も少なかった。


「職人って朝は早いよな。もう開いてるだろ」


 楽観的に考え、彼はホールソンの剣専門店まで足早に赴く。


「あちゃー、閉まってやがる」


 かんぬきが通されているようで、扉を押しても開こうとはしない。


「おーい! 客だ、開けてくれ!」


 ドンドンと戸を叩きつつ、こういう場合の効果的な呼び出し方を、蒼一は思い返していた。


「えーっと……火事だーっ!」


 暫く耳を澄ますが、店内から反応は無い。

 さすがの勇者も注文した店の扉を、本当に薪にするのは躊躇われた。

 店の横手に回ると住居に繋がっているようで、一階の窓から食卓が見える。


「とすると、住居は二階かな……」


 蒼一は十八・五番を抜くと、二階の窓下に立った。


「跳ねるっ!」


 ビヨォーン。

 ジャンプの頂点に合わせ、すかさず追撃。


「月影っ!」


 窓から強烈な光線が家屋内に差し込んだ。後はこの繰り返しだ。


「跳ねる!」 ビヨォーン 「月影!」

「跳ねるっ!」 ビヨォォーン! 「月影ぇっ!」

「跳ねるうっ!」 ビヨォォーンッ! 「バカヤローッ! うるせえっ!」


「おう、清々しい朝だな、オヤジ!」

「最悪だ! なんだそれは、稲妻か!?」


 窓から顔を出したホールソンは、彼に表へ回るように怒鳴る。


「店の前で待ってろ。全く、なんちゅう奴だ」


 短剣を腰に戻し、蒼一が店の扉に鼻先をくっつけて直立していると、かんぬきの抜かれる音がする。

 ゴンッ!

「痛っ!」

「バカかお前さん、近くに立ち過ぎだ!」


 開く観音扉にぶつけた鼻を摩りながら、勇者は店の中に入っていった。


「ほれ、これだろ、お目当ては」


 主人は剣をゴロンと店の売り台に置く。


「おお、鞘も真っ黒だ」

「剣のとは違う鉱石だが、その鞘も魔石製だ。魔力を与えてやれば、早々は曲がらん」


 黒い鞘を手にした蒼一は、意外な軽さに驚く。


「こりゃ振り回し易い。グリップまであるな」


 鍔の下、鞘の根本は他より膨らんでいて、握りに合わせた凹凸が付けられていた。


「剣の方も、鍔を交換しておいた。鞘に噛み合わせて、鍵が掛けられる」

「ああ……剣を抜かなくても、鞘打ち出来るってことか」

「ちゃんと抜いた方が、剣にはいいけどな」


 鍵を掛けてしまうと、咄嗟に抜くのが難しくなる。一長一短ってところだ。


「ありがとう。予想以上のいい出来映えだ」

「こんな妙な注文は初めてだ。ま、作るのは面白かったが」


 久方ぶりに剣帯に愛剣を差し、彼はその感触を楽しむ。

 改めて主人に礼を言い、店を出ようとした時、蒼一は壁の魔剣が消えていることに気付いた。


「オヤジ、そこの焔の魔剣、どうしたんだ?」

「ああ、これな」


 ホールソンは勇者にニヤリと笑う。


「気にすんな。そのうち分かる」


 主人は適当に誤魔化し、開店準備があると蒼一を追い払った。


 宿に帰り着く頃には、魔剣のことなど忘れ、彼は新しい鞘を仲間に見せようと探して回る。

 雪たちはまだ食堂にいて、クルムスの相手をしているところだった。





 デスタ首長は、勇者の出発予定を知っており、その前に今回のお礼を渡そうと計画していた。

 彼が朝から宿を訪れたのは、その準備が出来たことを蒼一に伝えるためだ。


「私たちも何がお礼に相応しいか、色々と考えてみたんです。勇者にお金を渡すのも、不粋で失礼だろうと……」

「失礼ではないよ。粋だと思う」

「それで、やはり鍛冶の街なのだから、ここで作った物を使って貰うことにしました」

「ほう」


 宿の前で贈呈式をするので、それまで出発を待って欲しいとクルムスは言う。

 お礼を貰えることに異議は無いので、蒼一たちは準備を済ませると、ロビーで首長らを待つことにした。


「お礼は何ですかねえ」

「やっぱり武器じゃないかな」


 メイリの予想に、蒼一も同意する。街がくれる勇者に相応しい武器、か。

 さほども待たされず、クルムスは彼らを呼びに戻ってきた。


「どうぞ、外へ!」


 ガヤガヤと街の住人が、宿の玄関前に集まっている。

 滞在中に見た武器屋や防具屋の顔が多い。ホールソンも腕を組んで、正面に立っていた。

 式の司会は、ギルドのカルネが務めている。


「それでは、贈呈式を執り行います。勇者様、どうぞこちらへ。贈呈人、前へ」


 蒼一が前に踏み出すと、相変わらずニヤニヤしている武器屋の親父と目が合った。

 ホールソンが来るのを待つ勇者に、横から声が掛かる。


「勇者様っ、我が店が全身全霊を傾けた逸品です!」


 弓専門店のダルスだった。


「あれ? 魔剣……」

「試験の後、徹夜で仕上げました。強度は折り紙付きです!」


 蒼一が小型ボウガンを受け取ると、人々から大きな拍手が起こる。

 ボウガンは彼が壊した物に似ているが、どうも肝心なパーツが見当たらない。


「これ、弦が無いんだけど……」

「そこは思い切りました。弦や弓回りは、耐久のために泣く泣く削ったのです」

「いや、もうそれボウガンじゃないぞ」

「その代わり、最も破損が激しかった台座部分は、大幅に増強しています。矢も一応撃てます」


 大きく伸びた銃座に、鈍器のような台尻。

 明らかに重撃スキルを意識した調整の結果、小さなショットガンといった形状になっていた。もっと似ているのは、打撃用のメイスだ。


「うん……役に立つと思う。凄く」

「ありがとうございます! 製作者冥利に尽きます」


 近づいてきたホールソンも、勇者の腕を叩いて、出発に向けた激励を表す。


「俺の鞘共々、活躍させてくれよ」

「……オヤジは何でずっと笑ってるの?」

「いや、実はな。魔剣が一週間前に売れたのよ。それ以来、賭け屋でボロ儲けで、笑いが止まらん」

「はあ? 誰に売ったんだ!?」

「ラバルとかいう奴が、夜に慌てて買って行ったぞ。お前さんも、またダッハで会うんだろ?」


 ――あいつ、魔術師連れじゃん。いらんだろ、魔剣。寄越せよ、魔剣。


 勇者の火炎使いへの夢は、こうして潰えたのだった。

 ホールソンは夜遊びが過ぎ、眠い眠いと欠伸をしながら帰って行く。

 首長やギルド職員に手を振られ、蒼一たちは街外へ出発した。


 晴れ上がった空の彼方に、筋雲が流れて行く。

 その行き先が、彼らの次の目的地、カナン山であった。

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