020. 大陸ギルド
洞窟攻略の翌日は、街を散策して食べ歩くことで一日が潰れた。
トータル五軒の梯子食いは、雪の希望に因るものだ。
借りた傘を差し、小雨の中を宿に帰る道すがら、彼女は食べた料理の寸評を始めていた。
「ワゾールでしたっけ。山鳥の名前」
「十本以上、食ってたな。その焼き鳥」
「過去最大の空腹でしたから」
この食べ物巡りでは、メイリの甘い物好きも発覚している。
「パルネが一番美味しかった」
果物を細かく刻んで生地に混ぜ焼き上げた、パウンドケーキのような焼き菓子。それがデスタ名産のパルネで、彼女は一人で半斤を平らげた。
「地球のケーキを思い出しますね」
「……チキュウのことは、どれくらい覚えているの?」
雪は武器屋の店内を覗く蒼一を見ながら、メイリの質問に答える。
「私も蒼一さんも、元の世界のことはよく覚えてます。ただ、自分のことだけが、スッポリ抜けてるんです」
「そうなんだ。私は村より前は真っ白かな……」
「大して変わらないですよ。技術や知識は残ってますけどね」
実体験を伴わない思い出は、本で得た情報と同じだ。
彼女も蒼一も帰還を望んでいるものの、地球に漠然とした郷愁を感じでいるだけだった。
「村に保護された時、所持品に手掛かりは無かったんですか?」
「どこにでもある服に、冒険者用の小物。自分が調べるって言って、ラムジンに全部取り上げられた」
「えっ、それってもしかして……」
「うん、多分、焼いちゃったんじゃないかな」
ああ、これはやってしまったと、雪は店内に入ろうとする蒼一を呼び止めて相談しようとする。
「蒼一さ――」
「いいの、ユキさん! どうせ大した物じゃなかったよ、きっと」
「なら、いいんですが……」
「それに、嬉しかったから」
あの時、二人を止めなかったのは、メイリ自身の意思だった。感謝こそあれ、今さら何も不満は無い。
宿に着いた時には、既に夜になっており、雨雲のせいもあって玄関ランプの明かりが眩しく感じる。
カウンターの前で出発準備をしていたラバルたちが、蒼一たちへ駆け寄って来た。
「本当に残念なのですが、我々はダッハに帰らねばなりません」
「なんだ、忙しいな。洞窟から戻ったばかりだろ?」
ラバルもマルーズも魔物討伐で全身を汚し、泥を払った様子すらない。
「ダッハの使者が、我々を追って来たのです。故郷ではまた魔物の襲来が始まり、一人でも手練れが欲しいと」
「勇者が撃退したんじゃないのか?」
「以前ほどの危機ではないようですが……」
いい淀むラバルに懸念があるのは、簡単に見て取れた。
「慌てて帰るくらいだ。何が気になってる?」
「……街周辺に現れる魔物の種類です。ダッハに本来いないキュバインやオークまで混じっているらしく、こんなことは――」
「前の勇者の時以来、か」
「ええ」
魔物の混合発生、これには蒼一にも思い当たることがある。
「俺たちは、カナン山に向かう。その後、もし暇があったら、ダッハ行きも考えてみるよ」
「ありがとうございます!」
やや張り詰めていたラバルたちが、勇者の好意に明るく感謝した。この後、装備品を補充したら、彼らはすぐにダッハに向かうと言う。
夜行軍を厭わず宿を去る二人を見送ると、メイリは不思議そうな顔を蒼一に向ける。
「あの二人、嫌いじゃなかったの?」
「顔が鬱陶しいだけで、嫌っちゃいねえよ。ダッハの話は、ちょっと引っ掛かるしな」
「でもさ、カナンで地球に帰るかも知れないんじゃ……」
「そん時は、十九番目が何とかしてくれるさ」
――“睨む”とか“寝る”とかしか残ってないけどな。
自分以上にスキルで苦労しそうな次代の勇者には、さすがの蒼一も同情を禁じ得なかった。
◇
デスタの街は当初予想していたより大きな街で、蒼一たちは暇を持て余すこともなく過ごせた。
これは鍛治屋街という、外からの来訪者が多い街の特徴が理由だ。
武器防具の商店の他にも、飲食、賭け屋、雑貨に玩具を扱う店まで揃っている。
そして、大きな街には大抵、稲妻マークの旗を掲げた公会所のような施設が存在した。大陸ギルドの支部である。
この世界で、単に“ギルド”と言えば、この機関を意味していた。
せっかくの滞在期間を利用し、蒼一たちもデスタのギルドに顔を出してみる。
興味津々で扉を開けた彼らは、職員の敬礼で出迎えられた。
「勇者様っ、ようこそデスタ・ギルドへ!」
「あー、いや、よく分かってないのよ。説明を……」
「はいっ、では僭越ながら、私カルネ・ミュゼーが担当させていただきます!」
張り切って奥のカウンターから出て来たのは、顔を紅潮させた若いブルネットの女性職員だった。
施設長不在のため、彼女が代表代理を務めている。
ギルド内には確かに冒険者や狩人風の面々がたむろしているが、施設の印象は役所や銀行に近い。
各種手続きを行う係員がカウンターに並び、その前には椅子に腰掛けた人々が待つ。
側面の壁に大きく掲げられた依頼一覧が唯一、蒼一の思うギルドのイメージに合致していた。
「ギルドの正式名称は大陸ギルド結成援助機関、各種職業ギルドの結成促進と支援が主任務です」
「いわゆる冒険者ギルドみたいなのじゃないんだな」
「それは副業です。魔術師や狩人のギルドもあって、それを利用した仕事の斡旋紹介もしています」
彼が感じた印象は間違いでなく、行う仕事も信託銀行や職業安定所に似通っていた。
「そのサイドビジネスってのが、あの掲示板だよな?」
「各所からの依頼をまとめ、仕事として提示した物ですね」
「求人票ってとこか」
「そうです。特殊な物以外は、ああやって依頼を見て、選んで受ける仕組みです」
蒼一は壁に近づき、掲示板の内容に目を通す。
魔物の討伐やダンジョン攻略、そんな依頼が多いのかと思いきや、戦闘を伴う依頼はほとんど見られなかった。
一番多いのは尋ね人の捜索、次が紛失品探しだ。
「地味に難易度高い依頼ばっかりだな。魔物を五匹倒せ!とか、そんな楽なのは無いか……」
「一般的に、魔物の討伐は個人の仕事じゃないので」
物は試しと、彼は短時間でこなせそうな依頼を探して貰うことにする。
「なんか勇者向けの依頼ってないか?」
「ええっ!? 勇者様が仕事を受けられるんですか!」
「人を無職王みたいに言うなよ。多少の勤労意欲はあるぞ」
そう言いながらも、地球での自分の仕事など、彼は覚えていない。
サラリーマン? 学生? それすら分からない。
ただ雪に関しては、普段の行動ぶりから、何となく感じる素性はあった。
カルネは勇者の誤解を解こうと、一から説明をやり直す。
「この大陸ギルド組織は、元来、勇者様を助けるために設立されたものです。各種事業はそのための下準備に過ぎません。遠慮無く用事をお申し付けください」
「へえ、俺は依頼を出す立場なのか」
「そうです。崇高な目的のために、幾許かの力添えを行う。ギルド職員は、誇り高き任務を負っているのです!」
彼女は得意気に、組織の理念を唱えた。勇者と直接喋る機会は、ギルド職員と言えどそうあるものではない。
この名誉に与り、彼女の口調は少々興奮気味である。
「うん、分かったよ。じゃあ、この山草集めってのを、やってみようかな」
「勇者様っ!」
「なんだよ、ダメなのか?」
ギルドに勤めようという人間には、勇者に憧れて職を選んだ純粋な者もいる。カルネもその一人だった。
「山草摘みなどという仕事は、他に能のない老齢の婦人の受けるものです。勇者様の手を煩わせるようなものではありません!」
「いや、でもそのババアがいないから、依頼が残ってるんだろ?」
「雨で引き篭ってるだけです。甘やかしたらいけません」
蒼一は仕方なく、次の候補を指差す。
「んじゃ、この逃げたワゾールの回収ってのを」
「勇者様っ!」
「なんだよ……」
「そんなボケ老人が、老いた能無しに頼むような案件を!」
「お前、口悪いな」
――ジジババに恨みでもあるのか、この女は。介護疲れか?
「……これにしよう。武器屋の新製品の感想依頼」
「んん……熟練者かつ魔力保持者希望となってますね。まあ、これはまだ勇者様が行われる意味も……」
「勿体ない」とか「身の程知らずが」などと吐き捨てながらも、カルネは書類を準備する。
「この書面を、不躾な武器屋のジジイに渡してください。依頼完了時に、それを持ってまたここへ」
「分かった。俺からも依頼はあるんだ。この仕事を終えた時に、また頼むよ」
「はいっ!」
ギルドを出た蒼一たちは、早速、書類に記された武器店に向かった。
方向音痴のメイリは役に立たないが、雪はその店の名前を覚えており、迷うことなく到着できる。
「ああ、ここかあ」
「蒼一さんが、物欲しそうに見てた店ですから、よく覚えてました」
弓とボウガンの専門店、ダルス商店。
この手の店にしては愛想のいい店主のダルスが、今回の依頼主だった。
◇
「勇者様自ら来て下さるとは!」
「ん、これが書類」
ダルスは書面にサインし、テーブルに真新しい新型ボウガンを取り出した。
依頼内容は、この新製品の試射だ。
「小さいボウガンだな」
「弦は最小限の大きさに留めました。魔力で打ち出す仕組みです」
店主の出した新型は、蒼一の持つ小型ボウガンよりも一回り小さく、握りには雪のロッドのように鉱石が嵌められている。
「店の裏が、試射場です。雨で申し訳ありませんが、そちらでお願いします」
彼らは店主に連れられ、裏手の屋外射撃場に案内される。
射撃線の三十メートルほど先に、五つの人型の的が並んでおり、何を撃つべきか蒼一はすぐに理解した。
「普通に的を撃てばいいんだな?」
「ええ、まずは」
「魔力を使う、ねえ……」
彼は渡されたボウガンを構え、真ん中の人形の中心を狙う。魔力操作を練習したことなくても、勇者には簡単な技術だ。
ボウガンに嵌め込まれた魔石が、自然と彼の魔力を吸収していく。雪のマジカルロッドと同じ原理だった。
「おらっ!」
放たれた短矢は直線軌道を高速で飛び、人形頭部に突き刺さる。
少し上に照準を修正した彼の配慮は、ほぼ無意味に終わり、それは魔力での加速の成功を意味していた。
「おお、素晴らしい! やはり魔力の質も量も桁違いですな」
「そうなんだ」
優秀な勇者と女神コンビの魔力のおかげではあるが、新型ボウガンの設計思想の正しさも証明された。
五体の的の全てに矢を直撃させ終わると、ダルスはボウガンをチェックし、問題点を探す。
「このボウガンは、撃てる人が少ないんです。使える者には、良い武器になると思うんですがねえ」
「確かに、小型の割に強力だな」
検査を完了し、結果を細かくメモすると、店主はまた武器を蒼一に持たせた。
「ギルドへの提出書類を準備してきます。よかったら、もう少し試射していてください」
「おう」
ダルスは店内に戻り、射撃場には三人が残される。
しげしげとボウガンを見ていた蒼一は、矢をセットし、再び的に射線を向けた。
「跳弾っ!」
「ぎゃっ」
突然の身の危険に、雪が悲鳴を上げる。
高速で撃たれた矢が、地面を跳ね、的に当たるとUターンして彼らの元に戻ってきたのだった。
「あっぶない! 何考えてるんですか!」
「メ、メイリの顔の横を、ヒューンって……」
「いや、一応、スキルも試そうかと」
この“跳弾”だけは、やはり軌道が読めない。
「運任せのスキルは、ピンチの時だけにしてくださいよ」
雪に叱られる蒼一の横顔は、曇り空を映すように寂し気だ。
ゆっくり彼女に振り向いた勇者は、静かに微笑むと、いきなり的へ駆け出した。
「ああっ、蒼一さん!」
三十メートルの全力走の後、彼は高らかにスキル名を叫ぶ。
「重撃、墜撃、連環撃っ!」
重い打撃の連打が、人形を粉砕していく。
跡形も無く木っ端微塵になる五つの標的。
残骸を満足そうに眺める蒼一だったが、右手に感じた違和感に思わず情けない声を出した。
「あぁ……」
新型ボウガンの部品がバラバラと分解し、彼の手からこぼれ落ちて地面に散る。
急いでパーツを拾い集め、彼は雪たちのいる射撃線へ走って戻る。
「壊してもた」
「あーあ。知ーらない」
「“再生”?」
「ありません」
「“修復”?」
「あったら便利ですね」
「……“弁償”?」
「それはスキルじゃないです」
運悪く、雪の前に部品を捧げ出している現場に、ダルスが戻ってくる。
「なっ、それは……!?」
店主は砕けた人形と、やはり原形を留めないボウガンを交互に見た。
「その部品は新型ボウガン……」
「あのな、接着剤があったらな、くっつくと――」
「的を撃ち砕かれたので?」
「あ、ああ……ちょっと勇者の能力でさ。こう、バーンと」
仔犬のように畏縮する蒼一に、ダルスは逆に謝罪する。
「すみません。お怪我はありませんか?」
「うん。君、いい人だね」
「勇者様の力には、耐えられませんでしたか……耐久性に不安があったのです」
店主に部品を渡し、元ボウガンが手から離れると、蒼一もようやく落ち着きを取り戻す。
「申し訳なかった」
「いえ、半端な武器を試させてしまい、こちらこそ謝らなければ」
分解の様子が、耐久強化の良いヒントになると、ダルスは最後には喜んだ。
書類を返してもらい、彼らは再度ギルドへ向かう。
「ソウイチ、ちょっとカッコ悪かった」
「ああいう善意が具現化したようなオッサンには、弱いんだよ……」
いつも我が道を行く十八番目の勇者にとって、今のところ、これが一番の弱点かもしれなかった。
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