017. 反省してる

 第二階層に下りた蒼一たちは、いきなり蟻の大群の洗礼を受ける。


「跳弾っ!」


 跳ね回るボウガンの矢が、壁を這う蟻たちを次々と粉砕した。

 ランダム軌道で空間殲滅を狙うスキル“跳弾”、蒼一が得た能力の中でも、かなり優秀な攻撃スキルだ。

 優秀なのだが、彼の顔はあまり嬉しそうではない。


「ぐあっ!」


 何度も反射して軌道を変えた矢が、蒼一の左上腕に突き刺さる。

 この跳弾、気を抜くと味方に襲いかかる危うさがあった。

 できるだけ盾になって咄嗟に動けるように、彼は硬化を使わずに先頭に立っている。


「雪、悪いが前に出てくれ。ダメージは俺に来るはずだ」

「はい!」


 二人はメイリの前の壁となって、蟻と跳弾から少女を庇う。


「こいつの顔が俺たちの生命線だ。魔人を守れ!」

「執着を捨てるのです……」


 蟻に効くなら話が早いと、蒼一はアンティスたちにも浄化を試している。

 結果は無変化で、白蟻化はできなかった。知的な生き物でないと、効果は発揮されないらしい。


「マジカルストライクっ!」


 飛び散る体液の発火が、雪に降り懸かる。

 二人分の被害が蓄積するため、蒼一のダメージが大きい。

 彼は蛸毒をあおり、一気に回復を図った。


「毒を用意しといてよかったぜ」

「我執は身を滅ぼす内なる毒……」

「一応、魔人なりに会話をしようとしてるのか」


 蟻が進路を塞ぐため、蒼一たちの追跡速度も落ちてしまう。

 タブラ上の緑点は、また距離を離そうとしていた。


「大賢者は、どうやって攻撃をかわしてるんだ。蟻のコスプレでもしてるのか?」

「アリトモなんですかねえ」

「無きを友とすべし……ゴブァッ!」


 魔人の奇声に蒼一が振り返り、その顔を覆うスライムに、気つけを浴びせる。


「気つけは、浄化効果を軽減するみたいです。ちょっと光が薄れました」

「浄化っ」


 光を補充された魔人は、より一層の白さで煌めいた。


「アリ……トモ……」

「白過ぎです、蒼一さん!」

「気つけっ、気つけっ!」

「……有りにして無き、形はこれ空なり」


 アルカイックスマイルが、眩しく洞窟を照らす。


「これで色は合ってるんだよな? なんか真理に到達しかけてるぞ」

「宗教ってこうやってできるんですかね」


 坑道には蟻が縦横に巣穴を新築しており、うっかり脇道に逸れると迷子になりそうだ。

 より幅広い道を選んで蟻を排除していくと、蒼一たちは二層で最も太い主坑道に到達した。


 ほぼ一直線の洞窟が、三層に下りる梯子口まで続いている。

 先を見通そうと目を凝らした蒼一は、遂に大賢者の影を捉えたことに気付く。


「いたぞ。魔人の顔面で照射してやれ!」


 雪はメイリの頭を抱え、光線の角度を調整するが、奥に届くほどの光量は得られない。


「光が足りません!」

「足るを知り、知らざるをし――」

「くっ、浄化、浄化っ、月影ぇっ!」


 月光の力を加え、魔人のサーチライトが、煙に霞むローブの人影を浮かび上がらせる。


「煙……虫除けか!」


 蟻は煙を嫌い道を開け、逃亡者は悠々と三層降り口に向かっていた。


「準備いいですねえ」

「ハナから奥に行く気だったんだろうな」

「ワタシ……メイリ……」


 大賢者の目的は宝具部屋か?

 勇者に宝具の取り合いを挑もうとは、いい根性だ。


「三層は網の目に穴が広がってる。アレの後を追うんじゃなくて、先回りしよう」

「四層ってあるんでしたっけ?」

「今回、魔物が現れ始めたのは、その新しく見つかった第四階層からだそうだ」


 虫除けを自分たちも利用しようと、煙が残っている内に蒼一たちは直線通路を疾走する。

 二人に左右から手を引かれて走るメイリは、父母と運動会競技に参加する学童のようだった。


 幸せそうな彼女の顔は、暗闇の中、本当にキラキラと光輝いていた。





 梯子を下り、三層に行き着いた蒼一と雪は、メイリに顔を寄せて坑道の地図を覗く。

 階層の真ん中には厚い岩盤があり、目的地である四層降下地点に向かうには、それを迂回しなければいけない。


「賢者は右回りに洞窟奥を進んでる。俺たちは左回りで行こう」

「分かりました。しかし、暑いですね、ここ」

「火山の下だしな。冷却スキルとか欲しいところだ」


 この蒼一の希望は、三層を進むにつれ切実なものとなった。

 気温が上がったからではなく、火蟻の攻撃方法が変わったためだ。

 二層より体長が一回り大きくなった蟻たちは、巣の中で担わされた役割が違う。彼らは戦闘に特化した、兵隊蟻だった。


「あちっ! こいつら火を噴くぞ!」


 蟻の口から吐き出された体液は自然発火し、火炎放射器のように蒼一を炙る。


「木枯らしっ」


 つむじ風で火を押し戻しながら、勇者と女神が接近戦で魔物の頭を砕いていった。


「跳弾!」

「マジカルコークスクリュー!」

「……」


 雪の右手が捻りを加え、ドリルの様に蟻の頭へロッドを突き入れる。

 貫通力を増した一撃が、兵隊蟻をも粉微塵にした。


「いいなあ、その技。どこで覚えてくるんだ……」

「蒼一さんにも、まだ新スキルありましたよね」


 跳弾が集団戦用なら、単体向けと思われる技も取っていた。

 ボウガン用スキル、“重撃”。


「殻も硬いし、試してみるか」


 跳弾から逃れて近づく一匹に、彼はボウガンの照準を合わせた。


「くらえ、重撃っ!」


 蒼一は熟練のガンナーの動きを発動させ、一気に敵との間合いを詰めた。

 魔物の体躯の下を潜らんばかりに前傾し、腰を沈める。

 ボウガンのグリップを固く握り、彼は台尻で蟻の顎をかち上げた。


「グギャッ!」


 強烈な打撃が、兵隊蟻の頭部を花火のように吹き飛ばす。


「凄い威力です!」

「……いや、違うんだよ。そうじゃないんだ」


 でもまあ、新スキルだしなあ。


 蒼一は毒薬をラッパ飲みすると、兵隊蟻たちへ突撃した。


「重撃、重撃、重撃っ!」

「すごいすごい!」


 ボウガンで超接近戦を挑む物悲しさに堪え、勇者は魔物を砕いて回る。


「…………」


 雪に頼んだボウガンのスキルは、もう二つある。

 既に嫌な予感しかしないが、彼はそちらも連続攻撃に組み込んで発動する。


「重撃! 墜撃! 連環撃っ!」


 かち上げ、かち割り、回転連打。

 打撃技が流れるように敵を襲う。

 水平スピンを終え、腕をクロスして決めポーズを取る蒼一の後ろには、八匹の兵隊蟻の骸が残された。


「格好いいですねー」

「……矢代は浮くな」


 ポジティブな雪の賞賛が、勇者の心を少し慰めたのだった。





 蒼一たちは殲滅戦で、大賢者は煙玉で、蟻の巣を攻略する。

 ゴール到着の勝敗を分けたのは、蟻以外の存在だ。


 四層へと崩れ開いた穴に近づくほど、蟻の抵抗は激しくなっていったが、これは穴を守ろうとしていたわけではない。

 彼らの守護対象は、その手前、三層奥に広がるスライム地帯だった。


「蟻が守ってるみたいに見えます」

「……共生だ。スライムの集めた魔力を、蟻が吸い取ってる」


 上の階にいた小型スライムは、全てこの大型個体の分裂身だ。不定形で合流と分離を繰り返す生態は、アメーバの方が近い。

 スライムマザーとでも言うべきこの魔物が、穴を覆い尽くしているため、下層に抜けることができない。


「こいつには、打撃が効かないんだよな……」


 蟻への対応を雪に任せ、蒼一は炊事でスライムの身を削りにかかった。

 二人の注意が敵に向けられた瞬間、メイリがフラフラと蒼一の隣まで出て来る。


「あ、こらっ、後ろに下がってろ!」


 魔人の顔光にスライムマザーが引き寄せられ、その形を大きく変える。

 クラゲのような傘を空中に形作ったスライムは、メイリに飛び付き、彼女の全身を包み込んだ。


「メイリ! くそっ、炊事っ!」


 浄化の光が薄れ、洞窟の暗さが戻ってくる。スライムは煮沸で身体を縮めて行くものの、速度が遅い。

 蒼一はメイリの窒息を恐れて、雪に助けを求めた。


「塩をぶっかけろ!」

「さすがにこれは食べません!」

「バカっ、ナメクジの原理だよ!」


 ほんの一瞬の躊躇の後、雪は持っていた塩を全てメイリを包む寒天に振り掛けた。


 ピチャ、ピチャーッ。

 浸透圧がスライムの体液を奪い、体表が細かく波打つ。煮沸との合わせ技で、彼らは魔物の中からメイリの顔を取り戻した。


「何でもいいから、吐かせろ! 俺は炊事で手が離せん」


 蒼一は煮沸作業をひたすら繰り返し、蠢くゼリーの塊が再び少女を覆わないように、魔物の伸びた触手をモグラ叩きのように潰していく。

 やがて諦めたスライムマザーの本体が離れ、メイリは地面に倒れ込んだ。

 雪が彼女の胸を強く押さえ、口から入った分体を吐き出させる。


「ぐぼぇっ……」


 マザーが十分の一ほどの大きさになって逃げ出し、メイリがゲホゲホと咳き込み始めると、ようやく蒼一たちも安堵した。

 魔人の光は失われ、少女の様子をよく見るには、顔を近づけなければいけない。

 ひざまづいた蒼一に、木綿の布が手渡される。


「ああ、ありがとう」


 布でメイリの顔を綺麗にしてやり、彼女の意識が戻るのを待つ。

 髪や顔のぬめりを拭き終わる頃、少女は長い浄化の夢遊から、洞窟の現実へ帰って来た。


「……ゼリーをお腹いっぱい食べる夢を見た」

「前は蟹だったな。雪の食い意地が感染してるぞ」

「私、役に立てた?」

「ああ、よくやったよ」


 暗闇で言葉を交わす二人の元に、蟻を討伐していた雪もロッドを片手に近づく。


「一通り蟻は潰しました。スライムもどいて、穴も開きましたね」

「…………」

「どうしたんですか?」

「……んん?」


 雪は蒼一の前方からやってきた。

 木綿布は、肩越しに後ろから渡された。

 彼は布を地面に広げて、顔を擦り付けるようにして調べ出す。


「よく見えないな。まだ夜光石ならあっただろ?」

「ちょっと待って下さい……はい、どうぞ」


 布には何か書かれている。

 弱い寒色の照明を近づけると、辛うじてその文面が読めた。


「“本気で顔が恐いので、追いかけないでください”……」

「白魔人は、迫力ありますからねえ。続きが下にもありますよ」


 少し間を空けて書かれた一文を、雪が読み上げた。


「“爆煙玉で、うっかり一層を崩したのは反省してる”だそうです」

「お前が崩落させたんかい!」


 布を丸めて背嚢に放り込み、蒼一はズカズカと穴へ歩いていく。

 四層への穴は土砂が積もった坂になっており、足元が不安定で崩れやすい。

 三人は支え合いながら、最後の層へ進入する。

 下降中、蒼一は協力する気のない大賢者に愚痴り続けた。


「大体、何が“大”なんだ。顔か? 態度か?」

「大勇者とか大女神とかはいませんよねー」


 第四階層は、意外にも上層より明るく、そして更に熱かった。

 マグマ溜まりが散在する火山直下、灼熱の階層に、勇者一行は足を踏み入れたのだった。

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