016. 白魔人

 クルムスが警邏官を伴って帰った後、大部屋に残された三人は、今後について相談した。

 デスタ洞窟を一日で踏破するのは無理があるため、街を拠点に何度か通う必要があるだろう。

 首長は勇者への援助を約束し、坑道の地図や探索道具を用意してくれる。


「今日は準備に当てて、洞窟行きは明日の朝からにしよう」


 ダンジョン探索はそれでいいとして、メイリには一つ気になることがあった。


「ソウイチたちは、どうして大賢者様に会いたいの?」


 勇者はそういうもの、と彼女は特に詮索していなかったが、彼らはどうも大賢者に敵意を持っているように見える。


「それな。勇者の書ってのに、これまでの活動記録みたいなのがあるんだけどさ」


 雪は既に聞かされた内容だ。長くなりそうな気配に、彼女は席を立つ。


「お茶のお代わり貰ってきます。あれば茶菓子も」


 勇者のマニュアルを、蒼一は常に持ち歩いている。

 彼はテーブルにマニュアルを広げ、メイリに見せた。


「この後半が、歴代勇者の話だ。固有名詞が無くて、人も土地も分かりづらいんだよ」


 興味深そうに、少女がページを覗き込む。


「勇者は全部勇者、山は全部山ってなってるからな。何番目の話か、最初は混乱しまくったわ」

「ここに大賢者って書いてあるね」

「そう、全編通してポチポチ登場する。勇者が出現しても、最初の頃は国の援助なんて知れてた。スムーズに動くようになったのは、この大賢者の手配なんだよ」


 なら、大賢者には感謝してもいいくらいなのでは。そんなメイリの疑問は、表情にも出る。


「いや、こいつ、どうにも信用できねえ。いい加減過ぎる」

「いい加減?」

「やれ、どこの魔物をまず倒せ。魔王の復活を阻止しろ。次は村を救え。あちこち勇者を引っ張っり回した挙げ句、途中で消えやがる」


 夕食用の焼き菓子を強奪してきた雪が部屋に戻って来て、彼の話を継いだ。


「好きに利用してるように聞こえますよね。元の世界に戻れるってのを餌にしてるみたい」


 蒼一は大きな溜め息をつくと、椅子の背もたれに頭を載せ、天井を仰ぎ見る。


「こいつが本当に何か知ってるのか。単なる嘘つきなのか。会って問い詰めるしかねえ」

「歴代勇者も、最後は大賢者を探してるんですよね?」

「ああ、で、その時にはトンズラしてて会えてない。大体、何歳なんだ、こいつ」


 マニュアルを手元に引き寄せ、彼は菓子を口に運んだ。


「これクッキーかと思ったら、塩味で旨いな」


 行儀悪く食べながら、蒼一はページをパラパラとめくった。


「これも魔法の力で出来てんだろうな。記述が増えてくんだよ。俺のことまで載ってる」

「私のことも書いてる?」


 メイリが自分の描写具合を気にする。


「大して書いてない。過去を失いし少女ってのがメイリだろう。三人は火の街に到達せり……」

「このデスタのことですね。どうかしましたか、蒼一さん?」


 勇者の書を見て考え込みだした彼を、雪が訝しがった。


「いや、うーん……」


 この日の午後は、探索準備に費やされ、夕飯以降はそれぞれ別行動となる。

 この機会に、もう少しじっくりマニュアルを読みたいと言って蒼一は部屋に篭った。雪たちはまた温泉だ。


 文字嫌いの彼には、少々頭の痛くなるデスタの夜だった。





 翌朝、赤い目を擦る蒼一に、雪が読書の成果を尋ねた。


「何か分かりました?」

「余計に疑問が増えたわ。なんかこう細切れなんだよ、記述が。白紙のページも多いしさ。予算不足か?」


 肝心なところをぼかすマニュアルは、ダイジェスト版のようでもあった。


「聖剣は女神が抜くらしい。“女神が賜いし聖なる剣、勇者が授く聖なる杯”とか書いてあった。まあ、俺が欲しいのは聖鞘だけど」


 愚痴る勇者とは打って変わって、メイリはやる気満々だ。

 新調した装備に身を包み、槍先の輝きにウットリと見とれている。


「おいメイリ、危ないから槍先にカバー付けとけ。抜き身で持ち歩くとか、非常識だぞ」

「あっ、はい、ごめんなさい」


 朝食後にはタルムから地図や探索ランプも届き、出発準備が整った。

 洞窟は街から十五分ほど歩いた場所にあり、道も整備されている。

 入り口まで案内してくれるタルムに、洞窟内に現れた魔物について蒼一は質問した。


「入ってすぐに、魔物はいるのか?」

「上の階層にも、アンティスは来てますね。それ以外は、梯子か階段を下りた先にしかいません」

「蟻か……」


 デスタ洞窟は入り組んだ迷宮になっており、まさに蟻の巣のような地形だ。

 採れる鉱石の種類によって、大きく三層に分かれていた。

 深く潜るほど稀少な資源が得られるのだが、今回は危険度も増すことになる。


 勇者の探索の邪魔にならないように、現在の洞窟は立ち入り禁止だ。

 蒼一たちが到着すると、待っていた街の職員が、洞窟を封鎖する格子の鉄柵を開く。


 洞窟入り口には祠や、常設の監視所もあり、職員たちが勇者一行を迎えてくれた。

 蒼一は監視所に顔を出し、いくつか質問をすると、仲間とともに入り口ゲートを潜る。


「お気をつけて、勇者様!」

「今日はすぐ帰ってくる」


 輝光石のランプで先を照らしながら、蒼一たちは第一階層の奥へ進んだ。


「今日は階段まで行って、蟻退治したら帰ろうか」

「蒼一さんにしては、慎重ですね」

「鞘が無いと、どうも不安で」


 黒剣の代わりには、両刃の短剣を購入している。

 柄部分が大きく、ガード向けに作られており、刃渡りは三十センチも無い。革のホルダーに収めているため、鞘打ちも使えなかった。


「ボウガン用のスキルは取ったじゃないですか」

「まあな。蟻にはその練習台になってもら――」


 彼の言葉は、轟音に遮られる。


「きゃあっ!」

「伏せろっ!」


 崩れる土砂の衝撃が、ゴーゴーと洞窟内に反響する。

 濛々と立ち上がる土煙が、隣の仲間の顔さえ隠した。


「ソウイチっ!」

「みんな無事か?」

「大丈夫です……」


 崩落したのは、彼らのいた場所からズレていたため、誰にも怪我は無い。

 煙が晴れると、蒼一は茫然と来た道を振り返る。


「……これはまた綺麗に埋めやがったな」

「そんな気はしてたんですよ。蒼一さん、フラグ立てまくるから」


 雪の心外な言葉に、彼は反論する。


「俺がなんかしたか? 今日はかなり大人しかったぞ」

「それそれ。お調子者キャラが真面目なのって、死亡フラグじゃないですか」

「そう言えば、私も宿で注意された!」

「…………」


 ゆらりと立ち上がった蒼一は、新愛剣“十八・五番”を抜く。


「月影っ! 月影っ! 月影えぇーっ!」

「ぎゃっ、ソウイチ! 危ない!」


 狭い洞窟内で暴れる勇者は、ストロボライトの中で、ロボットダンスを踊っているようでもある。

 瞬光に照らされる顔を、雪は見逃さなかった。

 異世界に飛ばされて初めての、蒼一の半泣きの顔を。





「ちょっと落ち着いてください。なんでグルグル歩いてるんですか」

「疲れたから、回復してんだよ」


 回復歩行をしながら、蒼一は脱出方法を考える。

 入り口への道は大量の土砂で詰まっており、外へ出るには別のルートが必要だろう。


 洞窟が崩れたのは、火蟻の掘り進んだ穴が上層にまで及んでいたからだった。

 天井から顔を出した蟻たちは、全て蒼一の短剣が叩き潰している。彼が回復作業をしていたのは、体液で火傷を負った腕を癒すためだ。

 無傷に戻ったのを確かめると、彼はタブラを出すように雪に頼む。


「何か探すんですか?」

「同種族探知だ」


 彼女にオレンジのタブラを持たせると、蒼一は探知のスキルを発動する。


「この坑道に今いるのって私たちだけなんじゃ……」

「俺たちと、大賢者、かな。監視所の職員に聞いた。大賢者は俺達の少し前に、中に入ったそうだ」


 地図の中央に、三つの緑の点。


「三つしかありませんよ」

「よく見ろ、端だ」


 紙の端、階層の奥にもう一つの点が、ゆっくり動いていた。

 蒼一がランプ、メイリが輝光石を左手に持ち、雪のタブラを指標にして奥へ歩み出す。


「助けを待っていても始まらない。大賢者と合流しよう」


 地図によると、奥に下への階段があり、大賢者も下層に向かっているのだろう。

 緑点の動きは遅く、追いつくのは簡単に思われた。


「迷ってるんですかね。なかなか進みませんよ」

「よっぽど慎重なのか、早く歩けない事情があるのか……」


 ピチャッ。


「……? 水溜まりか?」


 ピチャッ、ピチャッ。


「ソウイチ、なんかいる!」


 雪がランプを左右に掲げるが、濡れた岩肌以外、何の変哲もない光景だけだ。


 ……濡れた岩肌?


 ピチャッ!


 飛沫の跳ねる音とともに、メイリの左手に水の塊が飛び付く。


「きゃぁっ、何これ!」

「気つけっ」


 寒天のような透明の物体は、蒼一の電撃で地面にずり落ちた。


「これは……スライムってやつか。雑魚なんだろうけど、見つけづらい」


 薄く壁に張り付かれると、単に濡れているようにしか見えないのが厄介だ。


「まだ生きてるみたい……あっ、ちょっと!」


 スライムはメイリの手から、輝光石を奪っていた。

 貴重品を盗られ、彼女は槍で突くが、魔物はみるみる石を溶かして行く。


「炊事!」


 熱でスライムは沸騰し、やがて蒸発して消えた。しかし、残った輝光石も、光が失われている。


「こいつ、光の魔力を吸うのか」

「ソウイチ、後ろ!」


 彼も背後からスライムの襲撃を受け、自分に電撃を放つことになった。


「気つけっ……ああっ、こら!」


 魔物の狙いはもう一つの光源、ランプだ。先程と同じく、炊事で蒸発させた時には、もはや光は残っていなかった。


「真っ暗になったね……」


 メイリが寂しそうに呟く。

 照明無しで洞窟を歩くのは、少し厳しい。

 蒼一の月影を頼りに進む内に、雪が音を上げた。


「それ、やっぱりキツいです。目がチカチカします」

「効果時間が短いからなあ。他の明かりと言うと……」

「あるんですか?」


 暗闇の中、蒼一はメイリを見つめる。


「あの……見てるよね、私を。嫌な予感しかしないんだけど」

「自己犠牲、尊い精神だと思う」

「ちょっと、二人とも、何で近寄ってくるの!? ユキさん、手を合わせないで!」

「浄化!」


 メイリの身体が白く輝き、周囲を柔らかい光で満たした。


「……またお会いしましたね。迷える子羊よ」

「ああ、好きなだけ導いてくれていいぞ。奥に進むのがオススメだ」


 発光メイリはフラフラと洞窟を進み始める。

 彼女の顔面の輝きだけで、ランプと同じ光度が得られ、再び一行の歩くスピードが上がった。

 時折、少女の顔にスライムが張り付くため、蒼一が電撃と煮沸を繰り返す。


「尻が光るのが蛍だろ。顔が光るのは何だ?」

「んー、蛍イカですかねえ」

「あれは胴体が光ってるんじゃね?」


 三人の先に階段が見える頃には、タブラの緑点は小さくなり、さらに奥へ進んでいた。

 対象が違う階層にいる場合は、点の大きさが変わるらしい。

 メイリは大人しく皆を先導し、階段を下りていった。


「ランプの魔神ってのは、擦ると出てくるんだろ。魔人がランプなのは何だ?」

「んー、ランプな魔人ですかねえ」


 勇者と女神と白魔人が、デスタ洞窟を進む。

 第二階層は、火蟻の巣となっていた。

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