010. 教祖誕生
翌朝、採石場を出発した三人は街道に戻らず、そのまま荒れ地を北上する進路をとる。
道は悪いが、メイリのいたマルダラ村への最短ルートだ。
「お腹が空いて、力が出ませんー」
「残ってた小人、全部お前が食ったじゃないか。俺より食事量、多いぞ」
「ここ最近、やたらお腹が減るんです……」
雪は愚痴るが、朝飯は出発前に済ませた。
保存食まで、ここで彼女に渡す余裕は無い。
「メイリ、悪いがまた小人がいたら、適当に捕まえてくれ」
「小人じゃありません、キノコです!」
「似たようなもんだろ。三字しか違わないのに」
あまり村に良い印象は無いが、着いたら食料も分けてもらおう。そう考えながら、蒼一は仲間を先導して、起伏を繰り返す道を進んだ。
「もうすぐ村だよ……」
数時間の行程を経て、メイリの顔はやや曇り始めている。
「村に帰るのはイヤか?」
「……うん、ちょっと」
発見されて暫くは、彼女は村で手厚く保護されていた。祠の前にいたからだと、メイリは言う。
この小さな石碑のようなものを祀る祠は、大陸のあちこちに散在し、地元の人間の手で維持されている。
信仰の対象であり、奉っているのは、よりによって歴代の勇者と女神だそうだ。
その力に頼ろうと考えたのかは知らないが、マルダラ村のように魔窟の前に建てられた祠も多い。
「女神の眷属とか、そういう扱いか」
「そうみたい。でも、何も覚えてなくて、力も無いって分かると、厄介者みたいに言われ出して……」
「勝手なもんだな。名前は村で付けられたのか?」
「違う。村の呪術士が、鑑定で名前だけ調べてくれた。それ以外は分からなかった」
――贄の呪いを掛けた呪術士か。勇者よりスキル持ちなのは、許せんな。
メイリの沈んだ様子を見て、蒼一の村での指針が決まる。
「お前を保護してた奴と、呪術士の名前を教えろ」
「え? 保護したのは村長のカザさん、呪術士はラムジンだけど……」
「一応聞くけど、村を焼き払って欲しかったら言えよ」
彼女は慌てて手を横に振る。
「いやいや、そこまではいいから。いい人もいるし……多分」
「村まで焼いたら、本当に魔王ですよ」
今代女神に、蒼一は軽く釘を刺された。
彼らがマルダラに到着したのは、その半刻後、まだ正午にならない午前中のことだった。
◇
カナン山の北、火山の南にマルダラ村は位置する。
石造りの家が並び、住人の数も意外に多い。
マンドラーネや獣皮を特産品にしているが、外との交流は少なく、たまに行商人が訪れる程度だった。
「もっと寂れた村を想像してた……」
「あばら家に、斜めになった看板とかですね」
「そうそう。ちょっと造りがしっかりし過ぎてる。これじゃ焼けない」
三人が村に入ると、外にいた住人が蒼一を見て顔を輝かせる。
走り寄ろうとする者もいたが、二人の後ろを歩くメイリに気付くと、回れ右して家に飛び帰った。
バタンバタンと家の扉が閉まる音だけが、彼らを歓迎する。
「感じ悪いなあ」
「焼いた方がいいかもしれませんねえ」
村人が隠れるのは、生贄の儀式を行った罪悪感からだ。
魔物に贄を捧げる風習は、昔はしばしば見受けられた。だが勇者が現れると魔物は討伐すべき対象に変わり、その悪習は消えてゆく。
洞窟の魔物に仰天した村人たちは、メイリを贄に差し出したが、今になって後悔している者もいた。
村の中央広場を過ぎ、一際大きな家の前に立つと、メイリは手を上げて玄関を指す。
「ここが村長さんの家だよ……」
二階の窓から、慌てて奥に引っ込む人影が見える。大方、どう対応するか、中で頭を巡らせているのだろう。
蒼一は、木製の厚い扉に手の平を当てる。
「炊事っ」
観音開きの扉の片方が赤熱化すると、もう片方が跳ね開けられ、中から男が飛び出した。
「や、やめて下されっ、家が燃える!」
「ああ、人が住んでたのか。いい薪があるなあ、と」
メイリをチラチラと気にするこの男が、村長で違いないだろう。
勇者一行の出方が分からず、村長はまず話し合うことを選んだ。
「た、立ち話も何ですし、中へどうぞ」
「おっ、そうか。邪魔させてもらおう」
玄関を入ると、三人は横手の応接室に通される。大きな一枚板のテーブルに、仰々しい背もたれの椅子が六脚。
並んで座った三人の前に、テーブルを挟んで村長が腰を下ろした。
「あの……この子はどこで……?」
「途中で道案内に拾ったんだ」
肩をすぼめていた村長が、少し背筋を伸ばす。
「では、御用件はこの娘のことではないのですか?」
「ん、メイリは何か村に関係あるのか?」
「いえいえ、ここに少しいたことがあるだけです」
この返事には、メイリの顔が酷く歪められた。
背を起こした村長は、やっとまともに蒼一の目を見る。
「では、洞窟の魔物の件でしょうか?」
「おう、話が早いな」
蒼一は雪に頼み、女神の巻物を机の上に広げてもらった。
「これは勇者と女神だけが読める巻物だ。知ってるか?」
「女神様の神託の書、噂は耳にしております」
彼は巻物の上に適当に指を置き、村長に読んで聞かせる。
「“マルダラの近く、魔物が復活せり” こいつを討伐するために俺と肉……雪の女神が来たわけだ」
「おお、そうでございましたか!」
村の懸念を解決してもらえると知り、村長は喜び、手を叩かんばかりだ。
「ただ、いくつか問題があるんだよ」
「問題、ですか?」
「ああ、この魔物の討伐方法がよく分からないんだ。まずこう書いてある。“葉に抱かれた小人が、ラムジンの住み処を埋める。勇者によって呪物は小人に力を与えん”」
初老の村長は、顎に手を当てて悩み出した。
「ラムジンと言うのは、この村の呪術士です。確かに家に呪物を溜め込んでおります。しかし、小人と言うのが、何を指すのか……」
――鈍いな、この親父。
蒼一が肘で雪をつつくと、彼女は村長に助け舟を出す。
既に彼の意図は、雪にはバレバレだ。
「難しい話もいいですけど、昼だし食事にしませんか? ここの特産品って何ですかねえ」
「それだ!」
村長の叫びが部屋にこだまする。
「小人とは、マンドラーネのことでしょう。人型なんです。よく葉包みで調理します」
「なるほど……しかし、そうなると厄介だぞ?」
「どういうことでしょう?」
蒼一は身を乗り出し、険しい顔で説明する。
「住み処、つまり家を埋め尽くすほどの小人を用意できるのか?」
「問題ありません。村には備蓄も有り、ラムジンの小さい家なら造作も無く埋めてみせましょう!」
――よし、マルダラ村の本気、見せてもらおうじゃないか。腹も減ってきたしな。
魔物退治の準備に、村長は備蓄倉庫へ走る。
蒼一たちは、教えてもらったラムジンの家に向かうことにした。
◇
自宅で呪術の研究に没頭していたラムジンは、いきなり乱入してきた村人たちに、外へ連れ出される。
遅れてやってきた村長に、彼は猛抗議した。
「何事です! 私をどうするつもりですか!?」
「お前ではない。お前の家が、必要なのだ」
彼の家かつ研究室には、雑多な呪物素材や書籍が所狭しと収集されていた。
家が粗末な木造小屋なのは、得た金を全て呪術関連に注いだからだ。
村長が募った有志によって、そこへ大量のマンドラーネが運び込まれる。
「ラムジン、だったか。彼にはつらい光景かもしれない。他所へ避難させたらどうだ?」
「はい、そういたしましょう」
村長は蒼一の提案を、素直に受け入れた。
屈強な住人二人に両腕をつかまれ、ラムジンはズルズルと引きづられて行く。
キノコまみれにされる自宅を振り返り、彼は喉が涸れるまで叫んでいた。
「やめろぉ、火鼠の針は貴重品なんだぞ! せめてエルレオーンの呪術書だけでもっ!」
その姿を、蒼一は悲しげな瞳で見送る。雪も頑張って彼の表情を真似ていた。
「頼む、書類だけ、一束でいいからっ! 後生だ、私の全てをキノコに捧げないでくれえーっ!」
ラムジンが空いたキノコ備蓄倉庫に押し込められると、半狂乱の絶叫もほとんど聞こえなくなる。
粛々と作業を続ける住人に、蒼一は声を掛けた。
「待ってくれ。そいつを開けて見せて欲しい」
運び込まれたキノコは、ちょうど半分ほど。
頃合いを見て、彼は葉包みを開けさせた。
「むぅ、この辺りの小人は、含む魔力が多いな。ほら、口が呪詛を吐く形をしているだろ?」
「言われてみれば! 魔物の出現時期に収穫したものです。その影響でしょうか?」
「そうだ。小人は洞窟の魔物の力に抗っているんだ。女神の力を借りよう」
蒼一の肩越しに顔だけ出し、キノコの口を確かめていた雪へ、彼は助力を求めた。
「清めてやってくれ。清白の魔粉を使うんだ」
地面に並べられたマンドラーネに、雪がテキパキと塩を振っていく。女神の祝福を受けた物から葉で包み直し、運搬作業は再開された。
倉庫の中身が全部移動すると、窓や入り口から葉包みが溢れてこぼれる。
数人掛かりで扉を押して閉め、板を打ち付ければ、キノコの家の完成だ。
村人の一人が、不安そうに村長へ耳打ちする。
「村の備蓄が空です。しばらく収入も減りますが……」
「仕方あるまい。魔物の脅威を考えれば、背に腹は替えられん」
勇者へ向かい、村長が宣言した。
「準備は整いましたぞ」
「うむ。危ないから、下がっていてくれ」
木造の壁の前に立ち、蒼一はスキルを小声で発動する。
「……炊事」
彼が家の回りを一周し、手をかざし終わる頃には、ラムジンの家は黒煙を上げ燃え盛っていた。
激しい炎に、見物人からどよめきが起きる。
この事態を解説したのは、念を感じ取るように手を掲げる雪だった。
「これは勇者の起こした浄化の火炎。邪悪な物を焼き尽くす聖なる炎が、呪物に反応して火勢を強めています。……むー、あの呪術師は、邪念を溜めていたようですね」
村人たちは、ラムジンの過去の所業について議論を始めた。
怪しい行動には事欠かなかった男らしく、「そういえば夜中に……」「おかしいと思ってたんだ」などと雪の言葉に触発される者が噂を膨らませていた。
メイリはこの一連の騒動の間、隠れるように遠巻きに彼らを眺めている。
呪術師の家を丸焼きにされると彼女にも困る事情があったが、今さら口を挟む気は起きなかった。
蒼一は、隣に立つ雪の耳に口を寄せる。
「火の消し方が分からん」
「……いいんじゃないですか。どうせ全部は食べられないし」
数時間後、黒焦げに燃え落ちた小屋の名残が、彼らの前にあった。
熱で近寄れなかったため、結局、村人に水をかけてもらっている。
「呪術の小人が生まれたか確かめたい。外に取り出せそうか?」
「はいっ、少々お待ちを」
村長の指示で通りに広げられたマンドラーネを検分し、蒼一たちは成功品を選り分ける。
「蒼一さん、これは?」
「足が焦げてる。どうせなら均一に火が通ったやつにしよう」
最終的に百体ほどを選び、残りのキノコについて彼は村長に処理を任せる。
「俺たちが使わない小人は、村の守り神にするといい。各戸に配って飾るんだ」
「はい、ではそのように」
「村長の家は特に危険だ。特に念入りに、各部屋に三体くらい置いた方がいいな。この真っ黒のやつとかオススメだ」
熱心に聞き入っていた村長に、勇者はさらに言葉を続ける。
「巻物の記述には、続きがある。“生まれし小人を、カザの手により祠へと導かせよ”
カザと言うのは――」
「私です。私がこれを運びましょう」
大きな運搬袋に出来たキノコを詰め、村長自らが背負って祠への道を歩く。
洞窟は村の裏山の中腹にあり、登り坂が続く道だ。
荒い息を吐きながら、村長のカザはなんとかその責務を果たした。
「こ、ここが祠のある洞窟です」
「ご苦労。後は俺たちに任せろ。小人の力が、村を守ってくれる」
「は、はい」
腰を押さえて下山するカザを、三人は手を振って見送った。
「村長は標的にされやすいからな。ちゃんと毎日、小人に手を合わせるんだぞ!」
「はいっ、小人様の御心のままに!」
彼の後ろ姿が小さくなり、やがて見えなくなると、蒼一は雪とメイリに爽やかな笑顔を向ける。
「よし、食おう。小人の家釜焼き、呪物風味だ。美味いぞ」
家釜焼きは塩加減が絶妙で、三人はある意味豪勢なその異世界料理を堪能した。
後年、マルダラ村は、キノコを家に詰めて焼く奇祭で人々の耳目を集める。
カザはキノコの傘を模した帽子を被り、小人教の主席官として布教に努めたが、これは蒼一たちの知ったことではなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます