007. マジカル

 ショボいスキルでも、相性次第で何とかなるもんだ。

 昨夜のイモリは、光と電気に弱かった。イノジンの弱点は分からないが、こいつらは直接攻撃しかしてこない。


 蒼一は、雪に命中補助のスキルを探してもらっていた。

 各種攻撃精度上昇、敵の回避能力削減、拘束に必中、こんなのは全部誰かに取得されている。

 他にないかと二人で探した場所は、虫系能力のリストだった。


 五匹のイノジンが、彼を囲もうと左右に広がり出す。

 蒼一は左手を前に掲げ、技の名を高らかに詠じた。


「粘着!」


 一匹の足元に、白い網模様が浮かぶ。

 蜘蛛の巣を思わせる魔術の網は、敵の足裏にへばり付き、ネチャネチャと粘着質な音を立てた。


「ゴ、ゴブッ?」

「おおっ、これは……」


 産み出された蜘蛛の巣は、脚力の強いイノジンでも剥がせず、その場で足をバタつかせるばかりだ。

 格好の的になった猪は後に回し、蒼一は残りの四匹を狙う。


「粘着っ、粘着っ!」


 ブンッ!

 五匹全てを拘束し、ボウガンを掲げたところで、棍棒の横振りが彼の身体を鯖折りにした。


「うぐぁっ!」


 最初の一匹は既に粘着から逃れ、吹き飛ばされた彼に追撃しようと迫る。


「粘着……回復……歩行っ」


 蜘蛛の巣は勇者の力で粘性を増し、触れた者を強烈に縛り付ける。しかし、効果範囲は狭く、持続時間も短かった。

 次々と復帰するイノジンに粘着を浴びせ、彼は回復時間を稼ぐ。


「粘着っ! これじゃ攻撃できねえ……」


 この状況を打破するには、粘着効率をあげるしかない。

 競歩で五匹の間を縫って動き、拘束を外したイノジンの顔に目掛けて、彼はスキルを発動する。


「粘着ぅっ!」

「ゴブィッ!?」


 目と口を半端に塞がれた猪に、蒼一のダッシュ蹴りが炸裂した。


「勇者キーック!」


 蹴り飛ばす方向は、また復帰しようとしている一匹。

 二匹が重なったところに、粘着を連打だ。


「粘着、粘着っ、おら、くっつけ!」


 彼はしばらく、この猪たちの固着作業に没頭した。


「ゴブッ!」

「ゴバアッ!」


 接着されたイノジンがもがくと、仲間の顔や腕が引っ張られ、痛みにゴブゴブと悲鳴が上がる。

 そのうちイノジン同士の喧嘩が始まっていた。


「ハハッ! イノダンゴの完成だ」


 五匹がくっついた瞬間、蒼一に油断が生じてしまい、まだ動く一匹の右腕が彼の足を棍棒で薙ぎ払う。


「うおっ!」


 ダンゴの前でバランスを崩すのは、非常にマズい。

 横倒しになった蒼一は、イノジンたちの塊に両手を付いてしまった。運悪く、どちらの手も白い粘着物の上だ。


「ああ、やっぱりか。やっぱり俺もくっつくのかよ!」


 粘着のスキルは対象を選ばないのが、メリットであり、デメリットだった。

 この状況で、一匹でもイノジンの拘束が解けるのは最悪だ。

 イノダンゴを維持するために、彼は粘着を出鱈目にでも放ち続けるしかなかった。


「粘着っ、雪、手伝ってくれ! 粘着!」


 呼ばれた雪が、ロッドを手に走り寄って来る。

 後ろからメイリも顔を覗かせた。


「痛てーんだよっ! 粘着っ、動くな、イノ野郎!」


 醜悪なイノジンのオブジェを前に、雪が小首を傾げる。


「これはイノジンに蒼一さんがくっついてるんですか? それとも、蒼一さんがイノジンにくっついてるのかな?」

「どっちでもいーわ! 粘着っ、さっさとこいつらをマジカルに殴れ!」


 指示を把握した彼女は反対側に回り、全力でロッドを振り下ろした。


「マジカルロッド! マジカルロッドォ!」


 イノダンゴがマジカルに血にまみれて行く。


「マジカルッストライクッ!  ……あっ」

「ぐあっ」


 ロッドを突き出し、宝珠を相手に叩き刺す雪の新技は、ダンゴを貫いて蒼一の胸にまで届いた。


「俺までマジカルんじゃねえ!」


 頭を割られたイノジンが三匹。鮮血の女神に怯えるものが二匹。


「粘着っ、後一匹倒したら、攻撃を止めてくれ」

「ラストマジカルですね」

「何でもいい」


 雪の最後の一撃がイノジンの頚椎を砕いた時、メイリがヨロヨロと近寄ってきた。


「私も……手伝う……んんっ」

「おい、よせ。前が見えてないだろ、それ!」


 仲間の役割を果たそうと、赤ん坊ほどある岩を、彼女は肩に乗せて運んで来ていた。

 千鳥足が見るからに危なっかしい。


「ま、まじかるぅー……」

「ば、馬鹿っ、雪の真似してないで目を開けろ! 現実を見ろ!」

「まじかる岩っ!」

「ひゅぇっ!」


 岩は蒼一の背中に直撃し、肺の空気を一気に吐き出させた。

 自身への粘着効果が切れたと同時に、彼はフラフラと立ち上がる。

 ヒューヒューと息を吐きながらも、まだ暴れる一匹を接着し直すのは忘れない。


「ひぇんひゃくっ! ひゃいふく、ほひょう……」


 そのままイノダンゴから離れる彼を、雪たちが追いかける。

 橋の近くまで戻ると、ようやく蒼一も一息付けた。

 彼の負傷の原因は、ほとんどが味方によるものだ。


「粘着、強いんだけどなあ。対複数に使うには、もうちょっと練習しないと」

「あの、ごめん……」


 消え入りそうな声で、メイリが謝る。


「お前さあ、無理すんなよ。俺、勇者。こいつは女神。メイリは?」

「えーっと……助っ人?」

「なわけねーだろ。背中のツボでも押したつもりか? 三十個くらい同時破壊されたわ」

「十八個じゃないんですねー」


 雪のマジカルストライクも大概だけどな。


「お前は村人。街の入り口に立って、案内を繰り返すやつ。やるならせめて補助にしとけ」

「補助?」

「そう。雪、熱探知出してくれ」


 手渡されたピンクの紙を、彼はメイリに見せる。


「ほら、ここ。これがさっきのイノジンどもだ。重なってるから分かりやすい」


 五つの赤い点のうち、四つは薄くなってきている。

 三人がタブラを見ていると、濃い一点が動き出した。


「この移動し始めたのが、生き残りだ。こいつを追えば、住み処に行き着く」

「えっ、巣に行くの!?」

「あんな連中を残しといたら、またメイリが攫われるしな。お前の役割は、この動く点を見失わないことだ」


 与えられた仕事を遂行しようと、彼女は仰々しくタブラを受け取る。

 メイリは指を点の横に置き、絶対に見逃すまいと凝視した。

 イノジンは弱っているのか、移動スピードが遅い。


「こいつにも攻撃したのか?」

「うん。肩が外れてるんじゃないですかね」


 雪のロッドは妙に威力が高い。

 攻撃力だけなら、蒼一の素の打撃を超えている。


「女神の方が強いとか、勇者の立つ瀬がないな」

「でも、戦闘の後はグッタリ疲れますよ」

「そりゃ、持久力くらいは、俺が勝ってないと」


 赤い点が十分離れるまで、三人は待った。

 距離を空けて、敵の視界外から追跡するつもりだ。


「よし、イノジンのお宅を拝見しよう」


 蒼一たちは、タブラを頼りに北上を開始した。





「それでさ、なんで俺のローブを摘んでるわけ?」

「赤い点を見てると、前を向けないの」


 メイリは蒼一の後ろにピッタリ付いて、左手でローブの裾を、右手でタブラをつかんでいる。

 指で点を追えなくなったため、彼女は全く顔を上げなくなっていた。


「あの猪も、もうちょっと楽な道を進めばいいものを……」

「焼いちゃダメですよ」


 彼の心中を察して、雪が釘を刺す。

 昨日のナグサの森と違い、茂る樹木は少ないが、それでも倒木やせり出した太い根が進路を邪魔する。

 メイリを考慮すると、歩きやすいルートに迂回する必要もあった。


「逃げ帰る方向は、ほぼ一定なんだろ?」

「うん、カナン山と火山の中間に向かってる。石切場のとこかなあ」


 今は使われていない古い石切場跡が、イノジンの向かう先にあるらしい。

 亜人が住み着くには、相応しい場所だろう。


 その石切場に近づくにつれ、植物は減り、岩ばかりが目立つ荒れ地へと風景が変わった。

 カナン山麓では一般的な地形で、これはこれで森や林より道の選択が難しい。

 段差を避けて歩く蒼一が、呆れた声を出した。


「あのイノジン、肩をやられてるんだよな。どうやって、これを越えたんだ」


 彼らの進路を、三メートル以上の切り立った岩壁が遮っている。

 壁は台地になって横に続き、なだらかな斜面は見当たらない。


「凹凸は有るし、足掛かりにしてよじ登ったんじゃないですか?」


 壁の窪みに手を引っ掛け、雪が登攀に挑戦するが、すぐにズリズリと地面に落ちる。


「ちょっと俺、イノジン舐めてた。これを片手で登るとはな。ダテにゴブゴブ言ってないわ」


 凹凸は手や足を掛けるには浅く、彼のロッククライミングも呆気なく失敗した。


「すまん、雪。台になれ」

「女神の背中を踏むんですか?」

「……分かった。俺の肩に乗れ。ロッドで俺の腹をマジカルプッシュするのはやめろ」


 壁際にしゃがんだ彼の肩に雪が立つと、慎重に蒼一は立ち上がる。


「あ、届きました……ん……もうちょっと……蒼一さん、ジャンプ!」

「無理言うな! 女神乗せてジャンプなんかできるか」


 彼は雪の足裏を掴むと、渾身の力で持ち上げる。


「おおぉっ!」

「登れた、登れましたよ!」


 へたり込んだ蒼一は、二人を見守っていたメイリを手招きする。

 同じ作業が繰り返されるが、雪の時よりスムーズだ。


「なんか不愉快ですね。私の時は、手を抜いてませんでした?」

「チクワの分が重いんだよ。いいから引っ張り上げてくれ」


 跳び上がる蒼一の手を、何とか雪がつかむ。しかし、彼女には荷が重い。


「無理無理無理無理」

「こらっ、手を放す奴が――」


 盛大に尻餅を付いた彼は、彼女の非力ぶりに驚いた。


「お前、ロッド使う時は怪力じゃん……」

「だからマジカルなんですよ。魔力を変換してるみたい」


 そういうことかと蒼一は納得したものの、これでは一人置いてけぼりだ。


「このスキル、取りたくなかったんだよなあ……」

「何ですか、いいのあるんですか?」


 段差を軽く越える能力。


「身体強化のところを見てくれ」

「ほいほい」


 ここも人気ジャンルらしく、腕力や走力など主要なものの強化は消えている。


「あるだろ。“跳ねる”」


 巻物が光り、蒼一に新たにスキルが増えた。


 ――まあ、ジャンプ斬りとか、上手く使えば格好いいしな。


 段差に向かい、彼は能力を発動した。


「跳ねるっ」


 ビョォーン!


「ダサッ!」


 三人の耳に、間の抜けたバネ音が反響する。

 段差を一気に跳ね越した蒼一は、あまりの効果音のショボさに着地早々うなだれた。


 余りスキルには、余るだけの理由があるのだった。

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