第5話 晩夏
ん?姉が自分の部屋の
机の引き出しを指差している。
「けんちゃんここ開けて。お願い。」
「自分で開ければいいだろ。」
気づいたらベットの上にいた。
どのくらい寝ていたのだろうか。
普段は夢など見ないが、今日は特別だった。
ビデオを観ているとつい、
うとうとしてしまう。
窓を開けた。
窓から見える、雲に見え隠れする
朧気な月は、その灯で
長い夜を引き連れて来たのであろう。
どこかでヒグラシが
寂しげに鳴いていた。
下の階に降りた。
母が帰っていた。
広間では、
母が仏様に花束と
ご馳走を並べていた。
そういえば今日はお盆最終日だった。
お姉ちゃんはどこに行ったのだろうか。
「お姉ちゃん!どこー?」
あれ、おかしいなぁ。
どこに行ったのだろうか。
寝起きだからだろうか?
さっきから立ちくらみがひどい。
目の前が真っ暗になった。
バタッ!……
「けんちゃん!しっかりして!起きて!」
「目を覚まして!」
母の声で目を覚ました。
「あれ、お姉ちゃんは?」
僕は母に問う。
「けんちゃん!何言ってるの!」
「えっ…お姉ちゃん探してるんだよ?」
母は涙目になって言った。
「お姉ちゃんはね、二年前の夏に彼氏と
ドライブに行って事故に遭ったの。
家にはいないの。」
頭が真っ白になった…。
仏壇の少し寂しげに笑う姉の写真が
視界に入った時、全てを理解した。
えっ?じゃあ今日一緒に居たのは?
一緒にビデオも観たのに。
朝ごはんだって一緒に…。
まぶたが急に熱くなり、
涙が溢れてきた。
2階の自室の机の上には缶チューハイの空き缶、一つは手をつけられていない
二つのグラス、開けただけのあたりめ、そして散乱した姉の化粧品が散らばっていた。
今日交わしたLINEも、文字化けして
もう読めない。
着信履歴も残っていなかった。
僕は二年経ってもまだ姉の死を受け入れられずにいたのだった。
あれ、ひっぱたかれた太ももが
熱を持っている。
そういえば、夢で部屋の机の引き出しを指差してたっけ?
引き出しを開けてみた。
そこには大切に保管されていたのであろう、四角の箱がひとつあった。
そういえば亡くなる前日、姉は楽しそうにそのうち結婚することを話していた。
姉はどうしてもこれを見つけてほしかったのだと悟った。
僕はそれを箱から出し仏壇に置いた。
銀色に光る永遠の約束は、戻るべきところに戻ったように輝きを増した。
写真の姉の笑顔も晴れた気がした。
月日が流れ、
僕も大切な人と籍を入れる日が来た。
今日もいつもと変わらず雨だが、
ひとつの傘の下、太陽のような
その人の笑顔は、
雨の後にかかる虹のように
それはとても美しかった。
end
あめふり 心の氷 @Fuchiken
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