まぬけしなず山
“戦鬼”というのがこの世に居るなら、紛れもなくその男のことだろう。
村では、冴えない少年だった。
柴を集めに、山に入っては、いのししに追われて転がりでる。
田を耕すため牛の後ろにつけば、蹴られて泣き叫ぶ。
ならばと、市への遣いを引き受けると、とんでもなく粗悪な品をつかまされ、親や村人から大目玉をくらった。
失敗ばかりの少年は、当然だんだん誰にも相手にされなくなった。
それが、野武士の一団が村を襲ったときだった。
闇の中に家々を焼く火が赤々と輝く。男たちが殺され、若い女も連れ去られようとしている。
震えながら隠れていた少年は、腹が立って後先知らずに石を投げた。
適当に拾ったこぶし大の石は、先が鋭く尖っており、うまい具合に、兜のない大将の頭に突き刺さり即死させてしまった。どよめきが広がる中、少年はそっと一人の野武士に近づき、脇差と刀を抜いた。
昔の闇夜は暗く、ほとんどの野武士は何が起こったか分からなかった。が、少年には手に取る様に全てが見えていた。
毎日疲れて、早くに寝ていた少年は気づかなかったが。実は、とんでもなく夜眼が利いたのだ。
そして、生まれて初めて武器を手にして、その使い方もはっきりと分かった。
なぜなのか、理由が知らないが、とにかく稲妻でも走るように野武士全員の殺し方が閃いた。
そこからは一方的だった。村人の誰より荒事に慣れたはずの野武士を、少年は一方的に屠ってしまったのだ。
鉄砲に先んじて石を投げ、闇に馴れぬ者は脇差で刺す。野武士には少年より剣の腕に優れた者も居たが、そういう者は拾った長槍で突き殺した。槍の長さは剣の腕に関係なく相手を制する。なぜか一目見て分かった。
どの者がどれほどの強さで、何をすれば殺せるか。どの者から殺せばいいか。
目に見えぬ何者かが囁きかけるように、全てが頭の中に現れて、その通りに体も動く。
殺しの才があった、というほかない。
多くの村人は助かったが、恐怖の目で見られた少年は、村に馴染めなかった。
仕方がないので、一番近い侍の所に、足軽の見習いとして身を寄せた。
少年から男と呼ばれる年になっても、能力は相変わらずだった。戦となればあらゆるものにひるまず突進し、雑兵を蹴散らして大将首を次々に獲った。
鉄砲、槍、弓、刀。何を向けられても、恐れず挑み、確実に生き残った。
神仏の加護があるのかというような活躍ぶりで、上役の覚えも目出度く、気弱さは尊敬を呼ぶ。そのまま天下に名を轟かすようになるかと、男も思ったが。
ただひとつ、戦そのものには、不思議と負け続けた。
いや、男は目の前の相手を軽く屠るが、男の付いた大将が、戦略的に負けてしまう。
たとえば、男の居る小さな戦場では勝っても、肝心の城が落ち、味方の大将が討たれて総崩れになる。
あるいは、目前の大軍勢を撃退したと思ったら、策略にはまって川の氾濫でざぶざぶと流され、本隊が壊滅。
こうなっては、名も轟かない。
なにせ論功行賞を行なう主家が居なくなってしまう。
乱世となって十数年。十四歳から戦場に出た男はあちらこちらを放浪し、雑兵身分を続けながら、全国のあらゆる勢力に着いてみたが、やはり負ける。
確定しているのは、男がその場の戦場でだけは戦鬼と呼ばれるほどに暴れ回り、いかな負傷をしようと絶対に死なないということだ。
四十の峠に差し掛かった頃、ある城をめぐる巨大な戦に加わった。それは乱世を終わらせる戦で、男はここでも城方に参戦し、百人近くを屠り、侍大将の首を五つ獲った。
もちろん、城は落ちて戦の世が終わり、男の功績は消える。
負けた方についていた男は、落ち武者狩りに襲われたが、すべて返り討ちにして、山の奥の奥へと引きこもった。
もう戦いはいい。清水をすすり、野の草や木の実でも食べて暮らそう。
そう決めて、仙人のような暮らしを始めた男だったが、戦い以外全く駄目な所も変わっていない。
水を汲めば川に落ちて溺れそうになる。
柴拾いでは不用意に茂みに近づき、まむしに噛まれて死にかける。
釣れた魚の針を外すと、手が滑って川に逃げられ、拾った木の実は腐っていて、気づかずに食べて腹痛を起こす。
それでも、男は死ぬことはなく、ときに野山の獣や周囲の村人から軽んじられながら、老人になるまで静かに暮らしたという。
山奥の小さな御堂に参詣すると、仕事や生活で死なない程度の失敗をするが、大事件や大災害を無事に生き残るご利益があるそうだ。
細い県道を行った先、森深くの廃村に建つ社だが、現代でも、意外と参拝者が絶えない。
今日明日にも、命を狙われそうな、異常に怯えた者も居れば。
取り立てて特徴のない、それこそかつての少年のような者も居る。
子を連れた親も居るという。
世には命が最も大事と心得た人も、多いのだろうか。
片山順一・短編集 片山順一 @moni111
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