幼女必殺! ~anthology~
雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞
幼女必殺! 雪車町地蔵 執筆
闇を超えて、アヤカシを斬る!
あたしはおまえのマッマではないので詳しく説明しないが、ナガサキはナガサキだ。
昼間っから変態はうろついているし、坂道は自動二輪で占拠されている。
中華飯はうまくて足湯は気持ちいが、大空の機嫌と交通マナーの悪さだけは指折りつきで弁明の仕様がないし、誰も文句しか言わない。
あとミルクセーキは一度飲め、吐くまで飲め。
かくじつなのは、ナガサキの夜に妖怪はつきものだということだ。
つきものだけに、憑き物とうまいことを言った気分になっているかもしれないが、偉大な先人がやりつくしたネタだ。マックで売っている。
じゅうようなのはハンバーガーのピクルスぐらい、邪魔な妖怪は手ごわいということだ。
闇夜の路地裏を駆け抜ければ、ぬらりと絡みつく闇があるが、これはただの酒気なので無視してよい。
よっぱらいはだいたい道交法でしょっ引かれて終身刑なので、ナムサン案件だろう。
ではなにがヤバイかというと、そこの便利なエンスストアーから出てきたなんか身なりのいい男がターゲットだ。
真夜中だっていうのに乾燥ナマコ染みた黒色のテンガロンハットをかぶったガンマンだ。
いや、ガンマンではない。
ジェントルメンだ。
そのジェントルメンが、缶ビールとあたりめをポリエチレン袋に詰めて、夜の街並みに溶け込んでいく。
わんわんドックと化したあたしは、そのあとをチェイスしたが、妖怪はすぐにぼろを出した。
「お嬢ちゃんはメイズ染みて迷子なのかな?」
ナリキン菩薩めいた笑顔で男は振り返り、あたしにそんなことを尋ねてくる。
確かに深夜24時を回って二回りほど短針が動いているので、その結論は正しい。
中流家庭の女児は、夜明け前にクーロンジョウ的なナガサキをうろつくほど平和サムシングな思考を持たない。
考えなしでも割と出かけないだろう。
では、あたしが幼女としてなぜ出歩いているかといえば、幼女だからだ。
幼女は妖怪を狩るものと決まっている。ロッポーゼンショを読め、第一文に書いてある。
つまりあたしは、幼女なのだ。
だから返答はこうだ。
「妖怪は殺す、生爪をはいで殺す」
「あー、おじさんはただのおじさんゆえな……流行ってるの、その妖怪ムーブ? 妖怪ハンター? それともオヤジ狩りって……お嬢ちゃんじゃ成果主義でも若すぎるねぇ」
ジェントルメンは口元にシニカルなスマイルを張り付けた。
自らよりちっぽけで愚かなものを見ると、妖怪も人間も同じような顔をする。
つまり、根本的に同じだ。
人間も妖怪なのだ。
幼女は幼女なのだ。わかれ。
「とかく殺す。化けの皮をはがしてやろう。それから生爪もはがす。これはヤクソクだ」
「お嬢ちゃん、言葉が不自由なのかな? おじさんがいいクリニックを紹介して──」
そういって、ジェントルメンが不用意に手を伸ばした時だった。
「メケメケメケケケケケケ!!」
奇声が耳をつんざいて、一陣の風が疾風する。
ジェントルメンの右手が吹き飛んだ。
「あっちょんぶりけ!?」
古式ゆかしい悲鳴を上げたジェントルメンの右手は、無残に切断され、その傷口からはトマトめいた液体がしたたり落ちている。ハンター的な菜食主義者なら喜んで唇を当てるだろう。
呻くジェントルマンを押しのけて、それはようやく姿を現した。
両手、そして尻から生えるフサフサのテールが刃物化した野生ではないなんかだ。
馬の尻の革で砥がれた鎌を持つ妖怪が、その眼をらんらんと光らせてそこにいた。
だが妖怪はただの妖怪ではない、サイバー妖怪だ。
鎌はジェイソンめいてチェーンソーであるし、毛並みはバグパイプのような配管構造をとっており蒸気を噴出している。
ジェントルメンを闇討ちしたサイバー妖怪は、鎌についたトマトを丁寧になめとっている。
どうやらハンター的菜食主義者らしい。
「妖怪め、出会いがしらのマナーも知らぬか」
「名乗りを上げるのは人間だ、おまえたちだけだ。妖怪は名乗らぬ、名乗ると怖くない。
なるほどそれは道理であった。
正体不明ほど恐ろしいものはない。
だが、名を呼ばれることで力を増す妖怪もいるので、一概には断言できない。
フェイクなら備えるべきだ。
あたしは容赦なく、その妖怪の名を言霊にした。
「鎌鼬め」
「あっちょんぶりけ!? きさまぁ、なぜ俺の名を知っている!?」
「わからいでか」
幼女は尋ねられたなら答えなくてはならない。
ロッポーゼンショの2ページ目に書いてある。
「きさまの風が生臭いのだ、生臭い風で肉を切ってトマト・ニンジンジュースを作るのは鎌鼬しかいない。サイバーならノックバックが怖い系のジェイソン鎌鼬だ」
「なんたる名推理! だが俺は鎌鼬ではない。俺は鎌鼬を超えた鎌鼬……神イタチに至るジェイソンだ!」
「なにを言っているかさっぱりわからんが、あたしはおまえを殺す。そして生爪をはがす」
問答無用。
のたうち回っていたジェントルメンが無様に尻で這って行くのを横目で見ているうちに、鎌鼬はあたしに通算1度目の攻撃を仕掛けてきた。
鎌による切断攻撃だ。風属性をもついて安い。
「実際大特価!」
「不買セール!」
「あちょんぶりけ!?」
その場に三度目の驚愕が響き渡った。
さすがにこれ以上あっちょんぶりけする者はいないので安心していただきたい。
『妖怪、殺すべし』
ゆらりと、あたしの小さな影の中から。
夜の街の不夜城めいたネオンサインに照らされてできた、影法師の現身の中から。
それがカゲロウを伴って現れる。
紅蓮の刀身を持つ、物干しざおめいた長さの日本刀。
長さは幼女換算拳、十個分。
拳5個分までが右にも左にも刃が付いた、
その天下五剣アンチめいた刀は、ゴシップショーのアナウンサー染みた味のない口調で殺意を投射した。
妖怪を殺す。
殺すのは妖怪。
それだけのための復讐心がなんか凝り固まったその妖刀は、銘をサンズといった。
幼女=あたしに対してセクハラペド行為にうつつを抜かそうとした鎌鼬の、その豊かな蒸気パイプ毛並みが総毛だつ。
サンズの鬼気を受け取ってのものだ。
実際サンズは燃えていたのだから仕方ない。
妖怪は獣。
獣は火を恐れるのが道理である。
機械の顔をしていても見た目が獣なので獣なのだ、断言できる。
サンズが吠えた。
『殺せ、なます斬りで殴殺するのが心得である』
サンズは
気がくるっていたし、その切れ味もくるっていた。
遠方から投げ捨てるようにスイングすれば、それだけで鎌鼬の首が飛んだ。
「アッセンション!?」
鎌鼬が妖怪らしからぬ悲鳴を上げた。
サイバー妖怪特有の外来語アナウンスである。
ゴロゴロところがり水銀のトマトジュースをこぼすサイバー鎌鼬。
もはやジェイソン並みの威力はない。
サンズが翻り、さらに尻尾、両手、念のために足と切断していく。
「やめてくれ拷問だ! ジュネーブ条約違反で訴える!」
「逆転勝訴不可避。サイバー妖怪に人権はない」
「落ち度! おお、正論論破!」
世迷言をのたまうジェイその右目に、あたしはサンズの燃える刀身を突き立てた。
身の毛もよだつような絶叫を上げる鎌鼬。
「仲間はどこだ」
「俺はロンリーだ!」
「仲間はどこだ」
「メケー!?」
耳を一つ切り落とす、獣脂と機械油があぶられて吐き気がやばいにおいが充満する。
「仲間はどこだ」
あたしは三度聞いた。
幼女の顔は三度までと決まっているの、事実、
身に染みて理解したのだ、鎌鼬は口を割った。
「鎌鼬は3匹でいっこの
「常識のひけらかしは無用ゆえ」
「だがサイバー鎌鼬は三体分のパーツで一体を作るので安上り! エコロジー!」
「では死ね」
「バンザイ!」
脳天をたたききると、3匹が合体した鎌鼬は世を儚んで爆発した。
サイバー妖怪はサンズで斬ると死ぬ。常識のひけらかしである。
「あ、あああ、ああ」
その場にまだとどまっていた片腕のジェントルメンが、愕然と目を見開いてあたしを見ていた。
ジェントルメンが失禁しながらアナウンスする。
「怖い幼女は都市伝説ではなかったのか!」
「話をしろ、あたしは生爪をはがす」
「あべし!?」
残った鎌鼬の足から生爪をはいでいると、ジェントルメンは立て板に油を流すような饒舌さで語り始めた。
きっとストレスがたまっていたのだ。
「銀髪! 赤目! 幼女! 人間を助ける仕事で妖怪を狩る幼女のうわさがワイドショーでやっていた、ネットにも書いてあった。信じないのが常識人だが、おじさんはいま趣旨替えした! 妖怪を殺す剣士、剣士で幼女! せめて名刺だけでも……」
ジェントルメンが残された震える左手でバイオ名刺を差し出してくるので、あたしは受け取った。
代わりに自分のパピルス名刺を差し出し、ジェントルメンに渡す。
さらに変わりにビールとあたりめをひったくる。
マヨネーズとかいう至高の調味料をあたりめに付けて齧っていると、ジェントルメンは感極まったように失神した。
寝不足だ、もう夜が明ける。
あたしはジェントルメンの左手から名刺を取り返し、鎌鼬の生爪とともにポシェットに入れた。
名刺には、「妖怪は殺す」の文字と「
あたしの名前はそんな感じだ。
あくびを噛み殺し、あたしは実家に帰る。
サイバー鎌鼬が燃え尽きるのが、臭いで分かった。
『妖怪、殺すべし』
サンズはまだ猛っているが、そろそろ眠い。
夜更かしは美容の天敵。
若いうちは寝ろ。
ロッポーゼンショにも、そう書いてある。
書いてあるので、あたしは帰った。
幼女の仕事は、大変である。
幼女必殺! ~anthology~ 雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞 @aoi-ringo
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