第34話
望もうと望むまいと、新しい日は必ずやってくる。個人の想いには頓着せず、優しく、残酷に時間は過ぎてゆく。
浩樹君と唐突な別れ方をしてから一週間が経っていた。その一週間をどんな風に過ごしてきたのか、私は全く記憶していない。気が付けばいつの間にか薬の時間が元に戻り、私は同じ一日を延々と繰り返すSF小説の主人公のように、変わらない朝をただ淡々と迎えるばかりだった。
「はい。それじゃ脇にはさんで」
惣市さんから手渡された体温計を言われたとおり脇の下へはさむ。どんよりとした頭で起床を告げ、指定されたことをこなし、本当に独りぼっちになってしまった悲しみに身を縮こませながら三時間を過ごす。それが私の新しい一日だった。
「……彼とは、まだ連絡取ってないの?」
惣市さんが心配そうに訊ねてくる。咄嗟に「ほっといて」と言いたくなる気持ちを私は何とか抑えた。
「いつも嬉しそうに話していたのに、燈子ちゃん最近元気ないから。浩樹君、前は毎日のようにお見舞いに来てたのに、全然姿も見かけないし……。喧嘩でもした?」
「……もう、いいんです」
「でも──」
「浩樹君は、私のことを重荷に感じていたんです」
惣市さんの言葉を遮って、私はベッドの中で丸めた背中を向けたまま続けた。
「浩樹君はずっと自分の人生に悩んでいて、毎日がいっぱいいっぱいだったのに、ずっと私の相手をしてくれて……。だから彼が私のことを重荷に感じたとしても、仕方のないことなんです。一日に三時間しか起きていられないような人間にずっとしつこくつきまとわれたら、誰だって嫌になるに決まってます。
……だから、もういいんです。私はこれ以上浩樹君の邪魔になりたくないんです。私のことなら大丈夫です。独りには、慣れてますから」
言い終えた瞬間、私は自分の言葉に寒気を感じた。それは気温や体温のことではなく、もっと漠然とした、知らない土地で迷子になったような心もとない感じ。足元から何処かへ──何処へだろう?──落ちてゆくような不安感に襲われて、私はきゅっと自分を抱きしめた。
「ねえ、燈子ちゃん」
布団を頭から被ったまま、私は「まだいたの? 早く出てってよ」と心の中で悪態をつく。それが八つ当たりに過ぎないことは分かっていたけれど、浩樹君を失った悲しみと絶望が私の心をどんどん黒く塗りつぶしていって、代わりとばかりに誰かを傷つけたい気持ちでいっぱいになってくる。
そんな私に惣市さんは「お風呂、入らない?」と実に明るい調子で言ったのだった。
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