第24話




 急に空恐ろしくなって、私は浩樹君の服の端を掴んだ。

「どうしたの?」

 浩樹君が少し驚いて言った。

「ううん、ちょっと」

とごまかしながら再びテレビに注意を向けると、これまでの経緯を話すレポーターの後ろに、地デジ用の鉄塔が小さくぽつんと立っているのが見えた。画面のほとんどは完成した巨大なパラボラアンテナが占めていて、私たちの大切だった場所はこの新しいアンテナに居場所を奪われ、忘れ去られてしまったかのように思えた。

「とうとう完成か……。一時は中止も検討されてたっていうのに、現金なもんだよな」

 浩樹君の説明によると、二〇一一年の三月に起きた歴史的な大震災の影響で──私はそのとき初めてそんなに大きな地震があったことを知った──アンテナに割り当てられる予算がどんどん縮小されて、建造の中止も視野にいれた議論をするべきだという声が上がってきたらしい。これに地元の土建企業や関連業者がそろって反発。さらに縦割り行政の予算配分や、震災による復興支援予算の取り合い、族議員などの談合問題が浮き彫りになって、いよいよ訳の分からない状態になっていったそうだけれど、結局は地元住民の反発や経済効果などの影響を考えて続行することになったのだそうだ。

「親父の工場もこの計画に関わっていてさ、毎日うろたえてたよ。“建造当初はあれだけ上手いことを言っておったくせに、今になって中止とはどういうことだ! 従業員や工場はどうなる!”ってな」

 浩樹君がどこか得意げに口の端を吊り上げるのを見て、その浩樹君らしくない嫌な笑い方に私は軽くショックを受けつつも、視線はそのままに、完成されたアンテナを誇らしく映すテレビをぼんやりと眺めていた。

 ──完成なんてしなければいいのに。もし建造が中止になっていれば、未完成のままずっと変わらない風景を、あの特別な場所からいつまでも時を止めて眺めていられたのに……。

 けれど現実はそうはいかない。どんなに留まりたいと望んでも、時間は、景色は、環境は待ってはくれない。浩樹君だってそうだ。私が知っている浩樹君はあんな皮肉な笑い方はしなかったし、アンテナのことについてあれほどスラスラと説明出来るほど、ニュースや社会問題に関心を持っていなかった。きっと私が眠っていた三年の間に、色々と考えることがあったのだろう。

 そうやって人は変化し、成長し、前へと進む。

 そうやって私の居ないところで、浩樹君は少しずつ大人になってゆく。


 そして私は──。


 画面が切り替わって、天気予報になった。若い女性のキャスターが、いかにも重大なことを言っているかのような口ぶりで、今年は記録的な冷夏であり、秋雨前線が早くも日本列島に被さって、来週から涼しくなるだろうと伝えている。

「藤咲、さっきも少し言ったんだけど、中庭へ行ってみない? ずっと病室に篭りっぱなしじゃ息苦しいだろうし」

 どこか懐かしさを感じる浩樹君の言葉に私は少しほっとして、「うん」と答えた。



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