第21話





 荷台から最後の荷物を降ろし終えて、俺は額の汗をぬぐった。数はそれほど多くはないとはいえ、ひとつひとつが重い上に、作業機械や部品の束に阻まれた場所へ歩いて持ち運ぶのは、肩や腰にかなりの負担がくる。

「ふぅっ……」

 俺は日陰になった作業場の外の隅に腰を下ろすと、荒くなった息を整えながら、ぼんやりと辺りを見回した。

 父親の工場よりも一回り大きな作業場、資材なのかガラクタなのか分からない錆びた機械類の群れ、土間敷きの床を抜けてゆく風の埃っぽいにおい、『篠原製作所』と書かれた看板は雨の跡に長い年月を残し、重くさびしい金属音が時おり陽炎を渡って響いてくる。

 小規模の町工場は、どこを見てもわびしい。

 この工場へは子供のころから父親に何度も連れて来られた。篠原さんは父親の数少ない昔からの友人で、敷地──安全な場所──を走り回る幼い俺に、いつも穏やかな笑顔を向けながら、お菓子やジュースをくれたものだった。

「そういや、喉渇いたな……」

 ジュースのことを考えたせいか、夏の暑さが急に目の前に迫ってきた。別段、催促するつもりはないけれど、いつも父親の仕事を手伝いに来たときはジュースや缶コーヒーをくれるのに、篠原さんは出てくる気配はなく、そういえば父親も事務所へ入ったまま出てこない。

「……俺のこと忘れて二人で話し込んでんじゃねぇだろな……」

 軽く愚痴をこぼしながら、俺は仕方なく重い腰を上げて、仕事をしている人たちの邪魔にならないように歩いて行った。

 二人のいる事務所は、作業場の奥まった場所へ取って付けたように建てられたプレハブの平屋で、外にいる人間をさらに暖めようとするかのように、エアコンの室外機が忙しなく回っていた。

「日照りの中に人を待たせておいて、自分たちは涼しい場所でいつまでダベってんだよ……」

 ひとこと文句を言ってやろうと事務所へ近付いた途端、突然父親が凄い剣幕で「ふざけるな!」と怒鳴りながら、扉を乱暴に開けて外に出て来た。

「トシ! 落ち着いて話を最後まで聞け!」

 直後に篠原さんが父親の後を追って来る。

「いや、何も言わなくていい。どうせ田口のところが手を回してきたんだろう」

 篠原さんがうつ向いたまま何も答えられないでいると、父親は吐き捨てるように「どいつもこいつも……!」と怨嗟の声を呟きながら、さっさと行ってしまう。

 突然の出来事に訳も分からないまま俺がうろたえていると、「帰るぞ!」とまたも父親の苛立った声が、少し離れたところから響いてきた。

 結局俺には何の説明もないまま車は乱暴に敷地を出て、家に着くまでの間、俺は父親の険悪な雰囲気にずっと浸されることになった。



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