第6話 聞き手は疑う

 母が決定的に破滅したのは、占い師の「人形」を使い始めようとしたことだ。

 占い師が言うには、それは父がどの宮に行ったのかを、教えてくれる人形なのだという。


 けれどそのために、他のひんたちの宮に人形を忍ばせてしまったら、それは客観的に見たらただのじゅである。

 そして呪詛は死罪に至るほどの罪である。


 そのことにまるで気づかなかった母は、もうどうしようもなく壊れてしまっていたのかもしれない。

 雯凰ぶんおうはそのようなことになっていたなんて、まるで知らなかった。

 今思いだしてもが冷えるような思いがする。もし母が罪に問われていたならば、雯凰もまた死を賜っていたかもしれない。


 けれどもそれは未然に防がれた。

 皇太子の母によって。

 

 皇太子の母は、父の前妻の妹である女性だ。

 父の即位に伴い、当然彼女も妃嬪の一人として後宮に入っていた。


 その女性が、母の罪を未然に防ぐ……字面だけ見れば、彼女が母を陥れたようにしか見えないだろう。

 しかし実際は違う。彼女は母を救ってくれたのだ。

 雯凰はよくわかっている。父も、母でさえそのことを理解していた。


 皇太子の母はよくできた女性だった。皇太子の生母だというのに、四夫人とはいえ、下から数えたほうが早いとくの位を賜っても、不平の一つも言わなかった。


 もし母が人形を使ったあとで、皇太子の母が告発したのならば、母は皇后の座から引きずりおろされたうえで死罪、そして皇太子の母は昇格していただろう。

 もしかしたら彼女が皇后に立てられたかもしれない。


 けれども彼女は、そんな千載一遇の機会をものにしなかった。

 それどころか、内々に済ませるようにうまく立ち回ってくれた。


 おかげで母は皇后のまま後宮に居続けられることができたのだ。

 その代わり、権限のほとんどは皇太子の母に譲り渡すことになり、こうきゅうにほぼ軟禁状態になってしまったけれど。



「徳妃さまは……いえ、今は太后陛下ね。いい人だったわ。とてもいい人だった」

 思いかえしてもそんな言葉しか出ない。

 とはいえそんなことを言えるようになったのは、つい最近だったけれど。


 母が軟禁状態になった当初は、ほぼ当事者だったからか素直に彼女を評価することはできなかった。

 けれども母が軟禁状態になっても、雯凰に行動の自由を与えてくれたのは、やはり彼女の厚意によるものだ。


 父の妃嬪たち、異母兄弟姉妹、すべてが煩わしかったけれど、思えば彼女だけは別格の存在だった。


 父の死後、自分の意志を無視して嫁がせた異母兄は、雯凰にとって憎んでもあまりある存在だ。

 だが仮に今後自分が力をつけたとしても、その母に免じて悪口以外の報復はしないことにしている。


 そういうふうに、因果は巡るものなのだろう。

 苦笑いする雯凰に、夫はさいに満ちた声をあげる。


「後宮に『いい人』なんているものかな」

「いるわけがないわ」

 矛盾しているとわかりながらも、雯凰は即答する。


「厳密には、太后陛下は確かに『いい人』ではなかったわ。彼女は彼女なりに思惑があったもの」

「だろうね」

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