第7話 語り手の積んだ徳

 彼女は自身の姉である、父の前妻を愛していた。

 それがどういうたぐいの愛なのかまでは、雯凰ぶんおうにはわからない。

 もしかしたら雯凰が、大好きな人に向ける愛情と同じものだったのかもしれない。


 そして父の前妻は、この国を愛していた。

叶うならば官吏になりたかったのだと、生前何度も言っていたのだという。


 だから皇太子の母は、この国を立て直したかったのだという。

 父は皇帝として失政が続き、母は皇后として職務を放棄している。一気に二人とも排除することはできない。

 ならば二人の信頼を得るように動こう……皇太子の母はそう考えた。そしてそのようにした。


 実際、じゅの件で父と母は皇太子の母を信用するようになった。

 父は皇太子の意見を聞くようになったし、母は職務を皇太子の母に預けたのちは、こうきゅうで大人しく過ごすようになった。


「まるで本人に聞いたかのように話すんだね」

「本人に聞いたのよ。いえ……厳密には聞いたようなものといえばいいのかしら」



 まだ父が即位する前に、雯凰は父から前妻とその子のことを聞いたことがある。


 わがままいっぱいに育った雯凰は、父が他の子を気に掛けるのは嬉しくなかった。

 だからびょうに文句を言いにいこうと思った。

 子どもだからとはいえ、思えばひどいことを考えるものだ。というか、子供心にもひどいことだとわかっていたから、一人で出向いたのだろう。


 けれどもそこで誰かはわからないが、ひれ伏して泣く女性の姿を見てしまって、雯凰はひるんだのだ。

 そして廟を見渡して、死者に対する敬慕の念に圧倒され、その日は帰ることにした。


 その後、雯凰は何度か一人で廟を訪れた。ときには供養のために火をとも)すこともした。誰にも言わず行うそれは、不謹慎だが雯凰にとって一つの冒険ではあった。

 だから背後から声をかけられたとき、雯凰は跳び上がるほど驚いたのだ。


「姉と、おいに火を灯してくれたのか……」


 おそるおそる振り返ると、そこには中年の女性が立っていた。父の長子の生母だ。

 あの日泣き伏していた女性だとぴんときてしまった。


「もはや太子殿下もここにはめったに足を踏みいれないというのに、甥の妹が一人で来てくれるとはね」

 皇太子の母は、女性にしては低めの声の持ち主だった。


 彼女に連れられて母のもとに帰る途中、彼女が独り言のようにこんなことを言った。

「姫、あなたにはきっといい報いがあるよ」

 その「いい報い」というのがなにを示すのか、今の雯凰はわかっている。

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