第4話 聞き手は頷く

 夫婦の不和の種は、父が即位したことによってばらまかれた。

 皇帝ともなれば、皇太子として抱えていた後宮以上の規模のものを抱えなければならない。

 つまり新しいひんを迎えることになる。

 このことは、母の心に大打撃を与えた。

 母は夫の心を独占したかったし、しているつもりだった。ほかの女は認めたくない、そんな女性だった。


 百歩譲って、自分と結婚する前に迎えた側室たちは許容できたが、自分と結婚した後に新しい女が入ってくることは到底受け入れられなかった。

 しかもその女たちのもとへ、夫が足しげく通うだなんて。


 太子時代の父は、母のその嫉妬を心地よく思っていたのか、その意向どおりにしていた。

 だが即位後の父は、皇帝として必要なことについては母の声に耳を貸さなかった。

 母の故郷への行幸を決めたりなど、彼女の機嫌をとるために余念はなかったものの、意見を譲ることは一切なかった。

 皇后にむやみやたらと介入させない──上っ面だけみれば、それは「皇帝」として正しい振る舞いなのだろう。


 けれど父は太子時代が長かったせいか、「皇帝らしい」ということに激しい執着を持っていた。

 皇帝として内政も外政もそつなくこなし、その威光を知らしめるための行幸を行い、後宮に数多の妃嬪を迎えて子孫繁栄につとめたい……「皇帝」に対する父のその執着は、もしかしたら「愛情」という言葉に置換できるのかもしれない。

 母に向けるそれとは、比べものにならないくらい激しい愛情。


 だとすれば、母に勝ち目はなかった。皇帝という位、この国そのもの、それらを相手どって愛を競うなど、無謀な戦いにもほどがある。

 けれども母はその戦いに打って出てしまった。



「無謀で勇敢な女人だ」

「言い換えると『愚か』ってことね」

 肩をひょいとすくめる夫は否定しなかった。

 怒りはしない。母が愚かだっただなんてこと、娘である雯凰ぶんおうがよく知っている。


「でも父は父だし、母は母だ。ずっと、ずっと。それはときに呪いであるが、時に祝福でもある」

「言葉遊びがお好きね」

 冷たくあしらいつつも、夫の言葉にはうなずけるところもあった。「皇帝」に執着する父、ひたすらに「女」であった母。


 でも父と母だった。

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