第3話 語り手は起承転結を望まない

 最初の数年は、物語のようにつつがなく過ぎていたのだという。

 さほど若くはないものの堂々とした風格の皇太子と、若く美しい皇太子妃。

 お互いに愛しあっていて、その愛の結晶──雯凰ぶんおうを溺愛しながら育てている。

 ほかのひんの嫉妬も、二人の愛を燃え上がらせるよい燃料にしかならなかった。


 やがて皇太子は皇帝として即位し、皇太子妃は皇后として立てられる。

 ここで話が終わっていれば、読んでいてぜんぜん苛々いらいらしない、つまりは面白みのない大団円で済んでいたはずだ。


 けれどもこれは物語ではなく、人生だ。人生がきりのいいところで終わってくれたためしなど、雯凰は寡聞にして知らない。

 とはいえ仮に古今の諸事に通じる大賢人がいたとしても、そんな例を知る者は少ないだろう。



「物語はいつも面白みがない大団円。その面白みのなさは、物語ではなく人生にこそ必要だというのに」

 歌うように言葉を紡いだ雯凰に、夫は苦笑する。

「物語について、ずいぶんと知識の偏りが見受けられるね。けれど後半の意見については、同感だ」


 つまらない人生上等、それってめんどうくさくないっていうこと。

 夫はそんなことをうそぶく。


 実際世の中、わずらわしいことが多すぎる。

 これに前向きに立ち向かえる人間っているのかしら。いるのかもね。

 わたくしの大好きなあの人だったら……ついつい思いを遠くに馳せる雯凰の鼻を、今度は夫が軽くつねる。


「……わたくしの鼻は、これ以上高くなる必要はなくってよ」

 そう言って、夫の手をぴしゃりとたたいて、鼻から離させる。つねられたまま声を出すと、へんにくぐもってしまう。


「これは失礼。でも君、今好きな人のことを考えてたでしょう。私は自分の好きな人のことを考えずに、君の話に付き合っているのに、それは失礼ってものじゃあないかな」

「……そうね、悪いことをしたわ」

 素直に謝る雯凰に、夫は「よろしい」と笑い、話の続きを促した。

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