第2話 聞き手はおおいにうけた

「……それがわたくしよ」

 雯凰ぶんおうがここまで話したところで、夫が口元を押さえてくっくっと笑い出した。


 少なからずむっとした雯凰は、唇をとがらせる。

「どういう意味かしら?」

「いやね、自分で自分のことを、『玉のような姫』と表現するのっておかしいなあと思って」

「あら」

 かちんときた雯凰だったが、深呼吸をひとつ、ふたつ。

ここで雯凰が感情のまま怒鳴っても、この夫は雯凰の思いどおりに振る舞うような、かわいい人間ではない。


 だから雯凰は、真面目くさった顔でこう言ってのけた。

「そうね、おかしいわね。わたくしほど美しければ、『玉のような姫』ではなくて、『玉そのものの姫』だわ」

 言い切ったところで、夫が「ぷふぁー!」という変な音を出して吹き出した。


「そのまま笑いすぎて、腹痛を起こしておしまい」

 寝台の上で笑い転げる夫に傲然と言い放つ雯凰は、こういう対応がもっとも夫に痛手を負わせるとわかっている。主に腹筋に。


『……王、王妃、なにごとですか!』


 とはいえ王が寝室で笑い転げているのを、そばづかえたちが看過するわけもない。

 ある種の異常事態であるのは、間違いないことであるし。

 さすがに寝室の中にまで勝手に踏みこんではこないが、部屋のすぐ外に控えているわけなので、異様な物音──この場合は、夫の「ぷふぁー!」等々──を聞きつけて、声をかけてくる。


 雯凰が夫をちらと一瞥いちべつすると、彼は一瞬で笑うのをやめた。


 転がっている状態のまま、部屋の外に向けて穏やかな声を出す。

「大事ない。王妃と話をしているだけだ。いちいち声をかけずともよい」

 夫のことをなんでも見習うと、人としておしまいだとは思っているが、この切り替えの早さは見習いたいものだ。


『……かしこまりました』

 少しの沈黙のあとにこたえた相手は、言葉ほど納得はしていないのだろう。

 だが王本人の指示を受けたとあらば、引き下がるよりほかにない。


 その王は、ちょっと意地悪そうな顔を雯凰に向けた。

「王妃も呼ばれていたのに、なにも答えなくていいのかな?」


 雯凰はすらりとした手を伸ばして、夫の鼻をきゅっとつねった。

「あいた」

「あの者たちが、わたくしの言葉など求めているとお思い? わかっているくせに」

 雯凰が軽くねめつけると、夫は「そうだね」と微苦笑した。


「この城では、わたくしはよそ者よ」

 淡々と述べる雯凰の言に、夫は痛ましそうな顔を向け……たりはしなかった。

「悲観している?……あいた」

 いたずらっぽい表情を向けてきた夫の鼻をもう一度つねり、雯凰は挑戦的に言いはなつ。


「まさか」

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