雯鳳

第1話 物語のはじまりはじまり

 今は「王妃」と呼ばれることが多い雯凰ぶんおうは、かつてはもっぱら「てい」と呼ばれていた。

その呼び名のとおり、彼女は皇帝の姫だった。それも皇后腹の。

 しかし母は最初から皇后だったわけではない。なぜなら父は、かなり長い間皇太子だったからだ。



 母が登りつめるまでの話は、字面だけならけっこう美しい話だ。

 父は皇太子であった期間が長く、当然その間にきさきを迎えた。これが雯凰の母……ではない。彼女の登場はもっと先の話だ。


 この皇太子妃は身分はともかく、体調は今ひとつだったらしく、さんじょくの床で腹の子と共に亡くなった。

 父と結婚して二年目のことだったという。


 そのころ父は、すでに側室を何人も抱えていた。

 全員のもとにそれなりに通っており、決して皇太子妃のみをちょうあいしていたわけではないようだった。


 それでも最初の妻と最初の子——それも跡継ぎの男児を失ったことに、思うところは多々あったようだ。

 二人を手厚く葬り、長く供養を欠かさなかった。そして新しい皇太子妃を迎えることもなかった。


 数年後に亡き妃の妹との縁談が持ち上がったが、父はこれを断った。しかし周囲の声に断りきれず、側室の一人として彼女のことを迎えた。

 これは亡き妻をしのんだからだけではなく、この妹がしょうふくだったからというのもあったのかもしれない。

 しかもそんな事情を差し引いたとしても、父は長らくどの側室も正妻に立てなかった。


 それでも子を作らないわけにはいかず、何人かの側室が子を生んだ。最初の男児を産んだ側室は、あの亡き太子妃の妹だった。

 この側室が正室になると、周囲の誰もが思ったという。


 それでも父はまったく正室を立てず、さらに何年も経ち……けれどもある日、一人の美しい姫を見初めた。


 それが雯凰の母だ。


 たちまち心奪われた父は、彼女を継妻として自らの後宮に迎え、ほどなくして玉のような姫を授かった。

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