第4話 蝶になりたい麗丹の現実

 ──まあ、なれるわけないわよね。


 そんな思いを抱えたまま果てたなら、それはそれは美しい物語になったのだろう。

 けれども麗丹れいたんはそうはなれなかった。


 髪を振り乱しながらひたすらしゅうせんをこぐ日々のなか、ふとわかってしまったのだ――あの人がいないなら、いないなりに幸せになるしかない。


 その割り切りが、麗丹の麗丹たる所以ゆえんなのだろう。

 けれどもその「幸せ」は自分で決めたいと思った。


 そのうちの一つが、従兄いとこ以外とは結婚しないことだった。

 その割り切りきれないところも、麗丹の麗丹たる所以なのだろう。


 幸か不幸か、従兄と確たる言葉を交わしていないことが、麗丹の立ち直りを早めてくれたのは間違いない。

 従兄が本当に自分を愛していたのか、自分が彼を愛するのと同じくらいの気持ちを持っていたのか、気持ちを確かめ合ったことはなかった。


 ほのかに通じあった心を抱え、二人はそれで終わった。

 そしてそのことが、麗丹を冷静にしてくれた。


 そのような相手のために果てるには、自分はもったいない。

 そう思ってしまった自分の小ずるさに、自己嫌悪を覚えてしまいもした。


 けれどもそれらすべてをひっくるめて、麗丹は麗丹で、その麗丹が従兄を愛した。

 その事実しか残っていないのならば、残ったそれだけを大切にするしかないと思った。


 そして従兄も、そんな麗丹を好いていてくれたはずだった。

 少なくともそれなりに。


 それも残った事実で、お互い交わした言葉もなく、誰かに告げた事実もない以上、生きている自分が抱えていくべきだと思った。


 少なくとも自分が生きている間は、その「事実」はこの世界の、麗丹の心のなかに在り続けるのだ。


 すでに亡き皇子のことは、宮城で話に上ることすらなくなっているのだという。

 彼がいたということすら忘れられていくのであれば、彼の思いなんてあっという間に消えていってしまうに違いない。



 だから麗丹は、生きていくのだ。

 蝶になるのは、そのあとでいい。



 けれども生きていくとして、問題があった。

 麗丹は従兄と正式に婚約したわけでもない。

 お互いに言い交わしたわけでもない。彼女の父と、従兄の母が少し話した。


 それだけの関係だ。


 つまり麗丹は世間的にはただの未婚の娘で、数年後には適齢期を迎える。

 家柄から考えても、このままだといずれ従兄以外の男と結婚しなければならないのだ。

 それは嫌だった。


 だから麗丹は、父の提案に乗ったのだ。

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