第11話 再会

 その後の二十五年、ばいの生活はおおむね平穏に過ぎていった。なにが起こっても平穏に済ませようと、梅花が心がけていたからというのもあるだろう。

 そんな梅花が心を乱したのは三回あった。


 一つ目は嬋娟せんけんの死を知ったときだった。

 二つ目は……竹葉ちくようの死の真相を知ったときだった。


 順調に出世していった梅花は、やがて自由に外を出歩ける身分になった。真っ先に行ったのは母の墓だった。

 それでも梅花は、育ったろうに足を踏み入れようとはしなかった。自分が行けば蘭君らんくんの邪魔になると思っていたからだった。

 同時に薄々思っていることがある。こんなにも懐かしいのに蘭君と接触しようとしていない自分は、結局、「自由」を失うのを恐れているのではないかと。


 だから再会の場は、妓楼ではなかった。


 ある日、花街で有名な妓女を集めてうたげを催すという通達を知り、梅花はほんの少しまゆをひそめた。だんせいせいのことを思いだしたのだ。

「あなたこういうの得意でしょう。手配よろしくね」

 そんな彼女を一切とんちゃくせず、麗丹れいたんは仕事を梅花にぶん投げてきた。梅花の繊細な過去を、いっそ潔いくらい気にしていないのがわかる。


 任されたからには完璧かんぺきに仕上げてやる……そのつもりで準備していた梅花の動きが滞ったのは、招く妓女の名簿を見たときだった。懐かしい名前がそこにはあった。


 ――りゅう蘭君。


 今や彼女は花街一の名妓である。かつての菊珍きくちんの比ではないほどの。そのことは梅花の耳にも入っていたし、このような場が設けられたからには彼女が出ないわけはないとわかっていた。

 それでも見ると、雷に打たれたような気持ちになった。


 一目見るだけなら、と思った。

 幸い自分の見た目はかなり変わってしまっている。きっと蘭君が見ても気づかないだろう。



 物陰からそっと、妓女たちが集められた控え室をのぞく。

 そこには果たして、蘭君がいた。あたりまえであるが、驚くほど美しい女性になっていた。妓女としてはもはや年増の領域に入っているはずだが、年齢を一切感じさせない美しさだ。

 その姿を見ることができて、心底満足した梅花は、そっと去ろうとし……。

「なにをこそこそ覗いてるの。あなた責任者でしょう。一言声かけなさいな」


 ……梅花はこのとき、初めて麗丹のそういうところを嫌いだと思った。


「……わたしはいいから」

「それは本人が言うことではないから」

 と、二人隅っこで言いあう。


 そこに控えめな声がかけられた。

「ねえさん……?」


 おそるおそる振り返ると蘭君が、信じられないという表情で立ちすくんでいた。

 麗丹は梅花と蘭君の顔を交互に見ると、しまったというような表情を一瞬浮かべ、「声をかけるのはわたくしがやるわ」と言って、離れていってしまった。

 この人はどの部分から失念していたのだろう。


 あとには梅花と蘭君だけが残された。


「ねえさんでしょう? 声は変わっていませんもの」

「……そうよ」

 観念して認めると、彼女の目から涙があふれた。

「生きてた……」

 彼女はそうつぶやくと、梅花に抱きついた。

「ねえさん、ねえさん……生きていたならどうして連絡をくれなかったんですか? どうしてここにいるの?」

「待って。まずあなた、芸を披露しないと」

 そう言うと、蘭君は一瞬嫌そうな顔をしたが、「あとで必ず話をしましょうね」と言って去っていった。

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