第4話 大事な彼女の幸せを願う
そんな感じで
ある日、小玉が自分の部屋を掃除していた。
なおそれは、従卒の仕事である。
「あっ、僕やりますよ」
「あー、いいよ。今ちょっと仕事行きづまってるのよねー」
「……なるほど!」
現実逃避の一環だったらしい。その気持ちはすごくわかった。
しかし上官に掃除をさせて、その間別のところにいるというのもはばかられたので、
すると小玉がだしぬけにふふっと笑った。
「なにか面白いもの、見つかりましたか?」
この部屋は先日まで前任者のもので、いろいろなものが埋もれていた。
小玉の手によってあらかた片づけられたが、たまに思いもよらないものが発掘されることがある。
「違うの、ちょっと思いだし笑い。昔ね、
「……!」
清喜は思わず手をとめて、小玉のほうを見た。彼女は床に目を落としたまま、掃き掃除を続けている。だから不審な挙動の清喜には気づかず、話を続けている。
「すごいきれい好きそうな名前よね。だから掃除の極意を教えて! って、ほうきをぐいぐい押しつけたことがあるの」
「……相手は、困ってませんでしたか」
「困ってたし、大笑いされたわねー」
そして小玉はようやく顔をあげた。
「どうしたの? なんかすごく困った顔してる」
「あ、いえ……自分もそうなったら困るだろうなって思って」
「だろうね! その日あたし、酔っぱらってたのよねー」
小玉はからからと笑う。
「掃除、お上手でしたか?」
「そこそこかな。ふつうのお兄ちゃんだったよ」
清喜はためらい気味に、最後の質問を発した。
「……その人、今はどうしてるんですか?」
「あー……ちょっとわからないな」
笑っていた小玉の表情が、ほんの少しだけ
それでわかった。
この人が、兄の恋人だった人だ。
まさか恋人が武官だったとは思わなかったし、兄よりはるかに地位が高い人だとはさらに思わなかった。
しかし思えば、よくぞここまで書くことがあるなというほどの手紙の量も、同業ならば説明がつく。ふだんから接点が多かったのだろう。
けれども兄は、恋人がそういう立場であることをほとんど匂わせなかった。
そして手紙を読んで持った兄の恋人の印象と、実際に接した小玉の印象に驚くほど差がないことからもわかる――兄は彼女のふつうの部分をこよなく愛し、よく観察していたのだ。
なぜなら兄もふつうの人だったから。
※
兄の死後、彼からもらった手紙を読みかえして気づいたことがある。
――兄はすごい人だった。
――けれどふつうの人だった。
兄は地元では、確かに優れた人だった。だが広い世の中をみれば、まったくたいしたことのない人間だった。
もし彼に他より秀でたことがあったとしたら、周囲におだてられても流されることなく、自分のそういうところを正しく理解していたという点だろう。
――特に活躍なんてしていない。ここだと俺はふつうの人で、それが楽しい。
あの手紙に書かれていたことは、ふつうの人であり、そのとおりでいたい人の、ささやかな主張だったのだ。
そういう気持ちをわずかでも吐露できた相手が、ちっぽけな弟だけだったのかと思うと、清喜は切なかった。
清喜にとっての兄は、ただ大好きな兄でしかなかった。郷里での兄にとってそれは、唯一「ふつう」の感情を向けてくれる存在だったのだろう。
「ふつう」の定義がなんなのかは、清喜にはよくわからない。
けれども兄が愛した人が、兄のことを「ふつうのお兄ちゃん」と言ったことが、とても
彼女もまた兄の「ふつう」のところを見て、愛してくれたのだろうかと思えたからだ。
清喜は目を伏せて思う。
――だから兄さん、あなたは死ぬべきではなかった。
きっと彼は、彼女と幸せになれただろうと思う。けれど彼はもういないから、彼女を幸せにしてくれる人がいてほしいと清喜は思った。
そしてそれは、自分ではないとも。
小玉のことはとても好きだ。だが、それは家族愛――兄に対する気持ちに近い。
もしかしたら義理の姉になっていたかもしれないと思うと胸が躍ってしまうあたり、やはりこれは女性に対する愛ではない。
けれども今の自分にとって、間違いなく大事な人だ。だからもし恋をするとしたら、彼女を幸せにしてくれる人がいい。
そんなことを思った。
そして彼女が幸せになるまで一緒にいようとも。
……なお、後に小玉に連れられて帝都に行った清喜は、小玉の信奉者に恋をして、半ば強引に恋人の座におさまることとなる。
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