第3話 大事な人を大事にしてくれる人
兄が死んでから、急に両親が
自分たちの老後が心配になり、そして自分の面倒を見てくれる人間が、清喜しかいないことにようやく気づいたのだろう。
正直、不愉快だった。
それに兄との約束がある以上、特にすりよらなくても、死ぬときの世話はしてやるつもりである。ついでに病気になったときの面倒も見てやるつもりだから、嫌いな人間への対応としてはなかなか温情に満ちたものだと思う。
けれどもそれ以上のことをするつもりはなかった。
また、両親が縁談について、妙に話をするようになってきたのもうっとうしかった。
清喜はまだ十代前半で、嫁をもらうような年ごろではない。もちろんこの年齢で結婚する者もいるが、それはもうちょっといい家柄の若様の話である。
なお後年、清喜が独断ですっぱり去勢できたのは、そういう
もし結婚するなら……と、このときの清喜は考えていた。
自らにとって大事な人を、幸せにしようとする人がいい。
その人にとって大事な人が、自分でなくてもいい。
ただ、その人にとって大事な人が、自分にとっても大事な人だとすごくいい。
妙にひんまがっているが、清喜の「理想の恋愛像」はそんな感じになっていた。
もちろん兄の影響である。
問題は、目下清喜に「大事な人」がいないことである。なお両親は、もちろん論外である。ついでに両親が勧めてくる花嫁候補も。
なにせ元は兄の相手にと考えていた相手である。年齢差的にも勘弁してほしいし、先方のお嬢さんも嫌そうにしているらしい。その気持ちはわかるので、清喜はお嬢さんに対しての悪感情は一切なかった。
※
ともあれ両親と少し距離を置きたい。
そう思った清喜は、地元の駐屯地で働くことにした。
両親は少し難色を示した。地元といっても、
つまり、案外遠い。
しかし「兄を
そんな感じで、清喜は駐屯地で下働きとして働きはじめた。
そして、
彼女は清喜が働きはじめてからすぐ配属された女性士官だった。初めて見たとき、なぜかどこかで会ったような懐かしい感じがした。
はっきりいうと、好感を抱いたのだ。表面を明るく取り繕うことを覚えても、中身はけっこう排他的なままだった清喜としては珍しいことだった。
ちょうどそのとき、彼女の従卒の件についてちょっともめていると聞いた。
従卒は対象者より年下が好ましい。しかし相手が二十代の若い女なのに対し、ここにはほとんど中堅から古参くらいの年代の者しかいない。
したがって、誰がなるかで議論になっているようだった。
しかも全員、自分はちょっと……と言いながら、「絶対いやだ」と断る姿勢を崩さない。しかしその理由は、女の下につくのがいやというより、若いお嬢さんとどんな話をすればいいのかわからなくてこわい……というものばかりであった。
ここのおじさんたち、基本的にみんなかわいいのである。
そのおじさんの一人に、「若いお嬢さんは、別に話が合わないからといって
みんな大体そんな感じらしい。父とは常に哀しいものだ。
そんな彼らがかわいそうになったのもあって、清喜は自分の立場がかなり低いのをわかりつつも自薦した。どうせだったら好ましい人の下で働きたいものだし……とも思ったのだ。
それが功を奏した。
元々清喜が新人だったため、ちょっと彼には大変なんじゃないかという意見が出て候補にならなかったのだ。
しかしそれは、本人もやる気であることだし、新人だったら多少失敗しても大目に見てくれるだろうから大丈夫だろうという意見に変わった。そしてそれが、「若いお嬢さんこわい」というおじさんたちの確固たる信念と相乗効果を発揮した結果、この人事は決定されたのである。
実際、大丈夫だった。
相手は全然手のかからない人だったし、以前従卒を持っていて、また自身も務めていた者として、いろいろと教えてくれもした。それにときに突拍子もない行動もするが、なぜかまったく苦痛にならなかった。
周囲も周囲で、兄と比べてどうのこうの言わない(というかそもそも兄を知らない)人たちなので、気が楽だった。
あと、おじさんたちがかわいかった。
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