第14話 誰も知らないわたしの話

 デートしよう、そう持ちかけたのは私の方だった。その文字を送った瞬間テンポよく続いていたはずの会話が止まり、彼が動揺したのがよく伝わってきた。

 返事が来たのは私が服の物色を終えた頃で、返事は予想していたもの。あまりに嬉しくてベッドで身悶えしていたら、夕食を持ってきてくれた次兄に目撃されてしまった。根掘り葉掘り聞かれてしまったが、特に問題はない。


 特に夢を見なかった朝、支度をして家を出ようとすると偶然休みだったらしい長兄に見つかってしまった。

「出掛けんのか」

 端的に問われたため「うん」とこちらも短く返す。長兄は何かを言おうとして悩んでいるらしく、少し待って漸く言われた。

「体調、崩さない程度に楽しんでこいよ」

 何時も素直じゃない長兄の、素直な忠告だ。くすくすと笑うと「何笑ってんだ」と怒られた。

「いってきます」

 長兄はただ、手を振って私を見送った。

 家族の誰も、わたしのことを知らないままでいる。


 約束よりも早い時間に来たため、待ち合わせ場所に彼はまだ来ていなかった。自分が早く来すぎたから仕方ないなと、近くのベンチに腰掛けた。つい待ち遠しくてスマホの画面を何度も見て時間を確認するが、そんなに早く時間は過ぎない。早く約束の時間にならないだろうか。そう思ったとき、スマホに彼からのメッセージが届いていた。

 なんだろうか。そう思い開いてみると「スマホの画面見すぎ」と言う文字が書かれている。え、と顔を上げるより先に肩に重いものが乗った。

「楽しみにしてたのはいいんだけれど、来たのに気付かれないほど存在感が薄いなんて悲しいなぁ」

 態とらしく耳元で囁かれる声に体が固まる。近過ぎやしないだろうかと思うものの、この距離も今考えれば私が許容したものだ。

「……スマホと君とでは大きな違いがあるんだけど、分かる?」

 私の言葉に「え?」とわけがわからなそうに反応される。

「来た時に音を鳴らすか否かだよ」

 その言葉には、流石に葵くんも苦笑いした。


 当然ながら彼にあの不可解な日々のことを説明したことはない。私の妄想だと思うことにしているし、もし実際に遭ったことだとしても彼はただ困るだろう。

「じゃ、行こうか」

 そう言って私の歩調に合わせてくれる彼。昔から優しい人だったけれど、今ではあからさまに好意が出る優しさだ。幸せだと心の底から思う。

 私の彼氏なのだ。決して、わたしの彼氏ではない。かつてそうであったとしても、私は私でしかなく、あの子はあの子でしかない。もうあの子は、既に私と同じものじゃない。

「……ミツバさん?」

 黙りこくった私に違和感を覚えたらしい彼に「なんでもないよ」と笑顔を返した。

 「わたし」の話を、私は誰にも言わずに墓まで持っていく。

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誰も知らないわたしの話 高橋 夏向 @natunokaze

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