第13話 全てを知った私の話

 私にとって一番大切なものは、きっとネックレスなのだろう。

「ミツバさんって、緑色が似合うよね」

 そう言いながら、彼は私にネックレスを付けてくれた。物欲も無かった私が今までで一番もらって嬉しかったものは間違いなくそれだ。

 だから私は棚の見えやすい位置にそれを置いて、時々付けて出掛けた。そう高いものでないことはわかっている。それでも、きっと私の一生の宝物になることだろう。

 つまり、そういう事だ。


 ついに、という思いで眠った私が見たものは、記憶だけではなかった。映画が流れそうなほど大きなスクリーンだけがある部屋に、私は肉体を持って存在していた。昨日のあやふやな感覚とは違い、手を握る力の感触も、眠る際祈るように握っていたネックレスの冷たさも、しっかりそこにある。

 わたしはその部屋に立っていた。立って、ただ呆然と記憶を眺めていた。こんなものは知らない、とでも言うようにただ眺めていた。

 私は床に座って、そんなわたしを見ていた。その手にある、ネックレスの感覚だけを信じて。

「……ねえ、わたし。そこは私の見物席なんだけど」

 私が声を掛ける。すると、そこに居たわたしは私の声に反射的に振り向き、睨みつけてきた。

 私が怯えたのは「わたし」の声だ。姿で、存在だ。気付いてしまったのだ。

「何言ってんの? わたしの居場所を奪ったのはアンタじゃん」

 私よりどこか低く、荒い言葉が返ってくる。その首には色がわからなくなってしまったネックレスがあった。

 私たちの遣り取りなぞ興味がないとでも言うように、記憶は勝手に再生され続けている。私の頭には記憶が増えていく。わたしは、一体どうなのだろう。

「わたしは、何時も通りの日常さえあれば良かったのに。好きな人と過ごしたかっただけなのに、なのに、どうして……」

 段々とわたしの声が小さくなっていく。きっと泣きそうなのだろうなと、他人事のごとく思った。

「終われば帰れると思ったのに、何時も通りの日常に帰れると思っていたのに。なのに、どうしてアンタが私の居場所にいるの!?」

 先程までの様子が嘘のように怒鳴り始めるわたし。事情はよく理解できないが、つまり、本来居たわたしを押しのけて私という存在がいるのだろう。そう考えると、私の記憶が欠けていたのも納得がいく。

 つまり、私は代替品だったのだろう。何かに巻き込まれた彼女に代わって、毎日を過ごすための何かだ。

「アンタが、何もわかってないアンタが行けばよかったのに! そうしたらわたしは」

「煩いな」

 私の存在を黒く塗りつぶそうとする言葉を遮る。わたしの事情がわからないから尊重していたが、かと言って私の存在を否定される謂れはない。

「のにのに煩いよ。喚いたところで現状は変わらないのに、一体何を言っているの?

 もう私と君は別の存在なの。それくらい分かりなよ」

 目の前にいる彼女は絶句する。何かを言おうと開いた口を押さえつけた。

「言わせておけば、よくまあ散々言ってくれたよね。あのさ、多分だけど君の記憶ってほとんど薄れてるんじゃないの?

 だって、彼の名前さえも言えてない」

 私でもないその子に名前を呼ばれるのが嫌で伏せたら、彼女は嫌がる子供のように首を振った。彼女の首のネックレスが砂になっていく。

「よく知らないけど、君が本物で私が紛い物なのかもしれない。けど、既に彼は私の彼氏なの。大切な人なんだ。

 もし君が私だったとしても、絶対に譲らない」

 彼女はあとかうとか呻き声を上げる。

「もう私は君じゃないんだよ」

 私がそう言うと同時に記憶の再生が終わる。そして、同時にブレーカーが落ちたかのように、意識は闇に引きずり込まれた。

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