第12話 私は理解した
心做しか、夕食を摂る手が重い。いや、確実に気が重いからこそ手が重い。どうしても食べきれる気がせず箸を置き廊下に器を置こうとすると、丁度料理担当の長兄が通りかかってしまった。器に残っている食べ物をしっかりと見られ「残すんじゃねぇ」と叱られる。
しかし、私の顔を見たかと思えば、兄はそれ以上何も言わないまま食器を片付けてくれた。なんだったのだろうかと鏡で自分の顔を見れば、納得した。嘔吐してしまった時と同じくらいの顔色をしていたのだ。
昨日の声の主、それから今日見る夢。必ず来てしまうのだろう7月16日を思い出すことが、怖い。
今日もいつも通りに記憶は始まった。流れる記憶は優しくて騙されそうになるが、実際騙されていたが、私は恐ろしい体験をしているのだ。今まで忘れてしまっていたことが、本当に悍ましい。
優しい記憶は本当に過ごしたものだろうか。誰かが生み出したものなのだろうか。その判別はつかないし、誰も間違いを訂正してくれはしない。誰とも時間を共有できないことの恐怖なんて、知りたくもなかった。
また記憶が終わってしまおうとしている。いやだ、やめて。終わらせないで。そう思うのにまた記憶の私は眠りに就いて、私は途切れてくれない意識に怯えている。
お願い、早く起きさせて。いっそより深い眠りに就かせて。そう思うのに意識は夢の中にいる。気付いてしまったから、気付かなければ良かったのに理解してしまったからこんなに恐怖を抱いている。
コツ、コツ、コツ。足音がする。ここには私以外居ないはずなのに、私は歩いていないはずなのに靴音が聴こえる。その靴音はしゃがみこんだ私に沿うような位置に立ち、足元を目に入れてくる。
その人は何も言わないまま暫く居ると、踵を返して私の前から去っていった。つい顔を上げその後ろ姿を見てしまったが、見なければ良かったのにと今までにないほど後悔した。
あれは。あの姿は。ああ。気付きたくもない事実に気が付いてしまった。
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