日雇い傭兵のサバゲー活動

水森錬

第1話

「えっと、弾はこれで問題は……ないよな?」

「おいおいルース、お前はまともに数も数えられないのか」

「そんなこと言うなら確認してくれボブ、俺が信用できないならそうするべきだ、そうだろコーイチ」

「二人共いつもどおりだな、やっぱり明日が楽しみか」

 弾薬箱の中身を確認する白人のルースに、銃の動作確認をしながら悪態をつく黒人のボブに混じり、日本人である俺、耕一が森の中にあるログハウスで軽口を言い合っている。

「人を撃つのはあまり好きじゃないが、異世界だろ?撃ってもいい的が多いのは楽しくないわけがない」

「まぁ、余所でも行き来できる場所はあるらしいが全部どこかの国が抑えてにらみ合ってるからな、親友の家に異世界への道が見つかった俺たちはついてる」

「法律的にログハウスはセーフだが、俺の家はアウトだからな。俺としては結構冷やひやしてるんだぞ」

「コーイチ、俺たちだって実包を持ち出してるんだからその辺はえーっと日本語でなんていうんだったかボブ」

「おあいこ、じゃなかったか」

「あぁそうだ、おあいこだろコーイチ」

「はぁ、まぁいいや」

 軽いため息が出るコーイチを見てルースは笑いながら実包をケースに収めていく。

 ボブがその様子をコーヒーを飲みながら見つめているのは、ルースがミスしないかを注視しているのだろう。

「ふぅ、とりあえずログハウス周辺は変わりなしだ……ボブ、俺にもコーヒーくれないか」

「ボタン一つだ、自分でやれムツキ」

 ログハウスの玄関から入ってきた迷彩服の男ムツキに対し、ボブはカップを持っていない手でコーヒーメーカーを指差して元の体勢に戻った。

 その様子を見たムツキは苦笑しつつコーヒーメーカーを操作し、コーヒーを口に運びながら口を開く。

「で、明日の予定はどうする」

「街道に出てきてるのを鴨打ち殲滅じゃないのか?」

 とルース。

「俺たちがやりすぎたのか、巣に篭って時々周辺の村の畑を荒らす程度になっちまってるらしいぞ」

「なら巣穴を潰すでいいだろう、潰したらしばらくできなくはなりそうだが仕方あるまい」

 とボブ。

「潰すか……最初に持ち込んだアレが必要になるかもな、逃すと学習する連中だから駆除するなら徹底的にってね」

 ムツキはそう言いながら、ゲートであるクローゼットの横に設置されているガンセーフを開ける。

「地形図も必要だが……コーイチ、ドローンで大まかなのを作っていたよな」

「あぁあれか、ちょっと待っててくれボブ」

 本棚から折りたたまれたドローンで撮影した写真を転写した地図を一枚、地形を簡略化した地図を一枚だし並べて広げる。

「獲物を確認できた辺りはこの洞窟付近だな、山の中腹辺りだ」

 説明しながら地図に印をつけていく。

「そして近くに似たような横穴はこことここと……ドローンじゃ地表しか確認できなかったから繋がっているかどうかは分からないけどな」

 4箇所ほど追加で印を付け、最後に注釈を加えて顔を上げる。

「同時に制圧は難しいな……ムツキ」

「あぁドローンの空撮映像は確認してあるから、とりあえず全部塞げるように準備してるよ」

「よし、ならいつもの鴨打ちで問題はないな」

 三人がお互いの顔を確認した後、首を縦に振ることで意思を確認したところで。

「なぁボブ、コーイチ、ムツキ」

 神妙な顔をしたルースが名前を呼んだ。

「マガジンの弾込め、手伝ってくれよぉ……」

 ログハウス内に笑い声が広がった。



 一通り装備を整えた4人は、ログハウスのある森から30分程度の場所にある町を訪ねていた。

 その町でも比較的大きな建物、ハンターズギルドと地球の言語で表記された建物に4人は入っていく。

「じゃあ手続きはやっとくから情報収集と足りない物の買い足しは頼む」

 コーイチがそう言ってカウンターに向かうと、ボブは買い出しに、残る二人は掲示板の前に移動した。

 このギルドでは様々な依頼が毎日入り、仕事として斡旋される。

 犬の散歩や買い物代行から害獣・魔物退治まで……所謂ファンタジー世界のお約束であるなんでも業にあたる冒険者ギルドみたいな場所であり、身元不確かであっても仕事ができる4人にとっても都合のいいシステムである。

「ところでムツキ、これはなんて書いてあるんだ」

「魔法の実験の助手募集、10万ラン」

「それって、どのくらいの報酬なんだ?」

「日給100ドルくらいか、物価にもよるだろうが」

「すげぇな!」

「まぁ特に危険情報はないな、ルース行くぞ」

「あ、おいムツキ置いていくなよ!」

 二人が掲示板を離れると同じタイミングでコーイチが合流する。

 現地言語はコーイチが言うには日本の地方の言葉……訛り言語でその発音をそのまま文字に起こしたものに近いらしい。更に言えば言葉の意味も違う箇所を探すほうが難しいと最初に訪れたとき挙動不審気味になっていたコーイチの言葉である。

「なぁコーイチ、あの魔法の実験助手ってやつが……」

「なんだルース、魔法の的になるのが好みなのか」

 コーイチが張り紙を一瞥しただけの簡単な内容を口にしたときルースが固まったが、声を出す前にボブが合流する。

「手続きが済んだのならさっさと行くぞ、こっちの保存食はそれほど持たないんだから無駄にしたくない」

 ボブが出入り口付近から3人に呼びかけるとルース以外がすぐ移動を始める。

「え、マジで?なぁアレって本当にそういうことなのか?」

 疑問を全部口に出しながらルースは3人の後を追った。



 街道から少し外れた森の入口に4人はテントを張っていた。

「テントだけで良かったんだよな」

「あぁ、一応こっちで奴ら避けの薬剤を撒いてるから風に飛ばされないようにだけ気をつけてくれ」

「匂いの出るものは食べず、テントに用を足してから出発するぞ」

「アンブッシュする俺は既に野生の匂いしかしねえけどな」

 熊の毛皮を被っているムツキ以外は全員テントで用を足していた。

 これはこれから行う狩りで人間の匂いをできるだけ消す前提の行動をとっているからでその匂い対策のテントである。

「しかしその格好、ギリーのほうがよくないか?」

「ギリースーツはそれだけだと匂いまではな、こっちにも熊がいてそれ相応に自然界で上位なのが判明してなきゃ使ってたろうが」

「俺にはあまり理解……できないじゃなくてしたくないだな、すまん」

「いいさ、軍では採用しないものだろうからな。気にしなくていいさボブ」

 ムツキの格好はギリースーツではなくマタギであり、祖父が腕の良いマタギで武勇伝を聞かされて育ったらしい。

 その武勇伝の中に毛皮で匂いを変えるものも含まれていたそうで一度やりたかったということをコーイチは聞いたことがあった。

「それじゃあ俺は先行して仕事するかね、3箇所だったよな」

「あぁ、ドローン空撮だから実際繋がっているかわからんが、一応付近の横穴は3箇所だ」

「最悪想定だと遠方に脱出路があったりしそうだな」

「それならそれで今から押さえる場所からは出てこないだろ、明らかに一箇所だけ残されてるんだから知力があるやつなら選ばん」

「現時点で未確認の情報は気にするな、そのへんの確認で2週間もお預けを喰らったんだからな」

 ムツキとコーイチの確認会話にボブが割り込む。

「それもそうだな、俺たち全員で2週間調べて何も出なかったんだ、気にする方が馬鹿ってものだな」

「後詰用にドローンも飛ばしてある、開始時に別場所に出入り口があるならドローンでわかるさ」

「了解、じゃあ行ってくる」

 話を切り上げムツキが森に入る。

「じゃあ俺たちも行くぞ、ルース早くしろ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、もう少し……出そう……」

 そのルースの言葉にボブとコーイチは諦めたような表情でかぶりを降った。



「現着……ムツキ、そちらはどうなってる」

 少し大きめの洞窟の前、三人はそこにある草むらに待機し、ボブが別行動中のムツキに連絡を取る。

『あぁ、今はチャーリー……外に出てたやつを2体ダウンさせた。アルファとベータには既に設置済みでここは今から設置する……完了後避難したらこちらから連絡する、アウト』

「ムツキは問題無いな、コーイチ大丈夫か」

「あぁ、電波状態は良好だし、ムツキからの報告に合わせてドカンといける。LMGも設置済みだからそっちも問題ない……あるとするなら初めて使うから反動の予測がつかないところか」

「設置が正しくできていれば大丈夫だ、ただ指切りはしたほうがいい、お前なら問題ないだろうが発射時に目を瞑る馬鹿の場合そのまま弾切れまで跳ね上げ続けるからな」

「了解だボブ、反動がそれだけ大きいってことがわかった」

 ボブにそう返したコーイチは、LMGの設置状態を再確認する。

「いざとなりゃ俺が変わってやるよコーイチ、てか変われ。俺はそういうフルオートのほうが好きなんだよ」

 ルースはアサルトライフルをいじりながら軽い口調で、しかし声量を抑えて言う。

「コーイチはまだ慣れてないところがあるからこれでいい、4人で話したときに総決めただろうルース、それにお前のそれも拡張マガジンで装弾数自体はあまり変わらないだろうが」

「でもやっぱこう、ドでかい反動を一息で撃ち尽くすってのがいいんじゃねぇか」

「だったら尚更お前の獲物にしとけ、コーイチの使うLMGはこの世界に合わせて5分は撃ち続けられるようにしてあるから、死ぬぞ」

「あ、そうだった。それ忘れてたわ……息止めるのってどれだけ持つんだっけか」

 ルースの抜けた発言にボブはため息混じりに答える。

「世界記録で22分だ、ちなみに医学的に6分以上は命の危険があるらしいからやめておけ」

「ボブ、そもそも一般人の平均は1分未満ってことも追加しておかないと」

「おう、俺とボブは海兵隊だから1分は余裕ってことだな!」

 どこまでも楽観的なルースの発言に、ボブとコーイチは森に入る前と同じようにかぶりを振る。そこで3人がつけている通信機に連絡が入る。

『こちらアサシン、設置完了して一定距離離れた、そっちのタイミングで始めてくれて問題無い、オーバー』

「了解、だがムツキ本当にいいんだな?」

『何がだ?』

「お前は本番には参加できないだろう」

『問題無い、うっかり逃がして被害拡大させるほうが俺は嫌だからな、こっちのほうが性に合ってるってことさ』

「後詰専門ねぇ、重要なのはわかるが楽しいかは俺たちには分からないな……すまん、またやっちまったか」

『問題ないさボブ、マイノリティってのは理解しているからな』

「なぁ、早くおっぱじめようぜ」

 ルースの言葉に通信機の向こうにいるムツキも気を引き締めたのがわかるくらいに場の空気が変わり、張り詰める。

「よし、ドローンによる俯瞰監視はできてる……3,2,1、今!」

 コーイチはカウントダウンに合わせて、スマホの自作アプリの送信ボタンを押した。

 ムツキの事前に行った仕掛けが起動し、横穴と思われる穴は計算されたC4の爆破によって完全に塞がり、ボブ達三人が待機していた入口が騒がしくなる。

「よーし、お客さんの先頭が見えたらパーティースタートだ、開始後は確実に仕留めれば自由にしていいぞ」

「それ、何をやってもいいから蹂躙しろってことでいいんだよな?」

「全部ヘッド決めてもいいんだぞ、できるだろルース」

「数が多いと無理だよボブ、やったことねぇからやれるかわかんねぇし」

「まぁ仕留められればいい、コーイチ」

「大丈夫、サブも準備済みだから大丈夫だよボブ」

 肩ベルトに吊るし腰の辺りにあるSMGを強調しながら見せてLMGの引き金に指を掛ける。

「そうか、まぁ全部入口で仕留めるがな……と、少し飛び出し防止しておくか」

 ボブはまるで常備している小物を忘れた程度のテンションで左手に握ったグレネードランチャーを入口の両端に一発づつ発射する。

「ほい、先頭もーらい」

 同時に洞窟から出てきた小型の人型生物の頭部をルースは正確に打ち抜く。

 それに合わせて発射されたグレネードが破裂し、破裂地点近くの岩が崩れ入口が狭くなり、グレネード弾に詰められていた粘性の発火液に火がつき、内部の生物が先頭を走っていた道……入口中央部を通らなければ出ることが難しい状況が作られる。

「これでゴブリンの奴らは袋の鼠ってね」

「追い詰められた鼠は猫も噛む、油断はするな。ムツキそっちはどうだ」

『今のところドローン撮影範囲から動きはない……いやそこの入口以外としたほうが正確か、オーバー』

「ここに動きがあるのは基本情報だ、報告から省く方が楽だろうオーバー」

『正確さを要求されるからな、普段は。まぁ職業柄ってやつさオーバー』

「自衛隊も大変だな……っと、最初のやつ以外も出てきた、鴨打ちに集中するアウト」

 アウト。その言葉を合図に三人が引き金を引く。

「ヒャァパーティーだぜぇ!」

 ルースが真っ先に叫びに似た声量で撃ちながら言う。

「それ、映画とかだと真っ先にやられるセリフだからな、ルース」

「うっせぇ、一度言ってみたかっただけだよ!」

 そこからは全員黙々と対象を撃ち続けた。

 ゴブリン自体が戦闘時あまり騒がないというのもあるが、入口を封鎖され、更に待ち伏せで顔を出した途端やられる状況というのは学習していなかったのだろう。

 最初は散発的に小さい集団が出てくるような流れだったがボブが洞窟内に焼夷グレネードを撃ち込んでからは鴨打ちとも言える内容に変化していた。

「ほれ、一匹も逃がすなよ。そういうお仕事なんだろう?」

「人型をしている以外には撃ちにくい要素は感じないからな、こっちに来た初日を思い出すとむしろ絶滅させたくなるし」

「ルース、コーイチ、まだ終わってないんだ気を抜くな」

「へ、今はプライベートだぜボブ。基地の外くらい上下関係無しにしようぜ!」

「酒場なら考えてやる、今は銃を振り回してる最中だ、人死にを出したくなければ気を引き締めろクライス伍長」

「そっちは勘弁してくれよ……これだからお堅い軍曹殿は」

「ふん、終わったら何か一つ奢らせてやる」

 そんな日常会話を、人型の生物相手に発砲するという非日常の最中に交わしながら銃撃が絶えないようにリロードの隙を埋めあって殲滅を進める。

 ゴブリンとは、この世界における有害生物の代名詞であり、それなりに高い知能を有するため場合によっては魔獣と称されるような巨大生物よりもその危険性を高く設定されることが多い。

 その被害の代表は主に家畜被害であるが、それなりに高い頻度で行商馬車が襲われたりする。その際馬車の馬や綱手だけでなく、乗り合わせた人間も全員弄んだような殺され方をするためよほど急ぎなどではない限り傭兵などが雇われる。

 しかしここでゴブリンが有する比較的高い知能が問題となり、一度失敗した場合集団、もしくはどこから調達したのか人間の使う武器や兵器、魔獣の持つ毒を持った爪等を用いて襲撃するようになる。

 故に対ゴブリン討伐となると基本的には該当集団を一匹残らず殲滅する必要があるとされるのである。

 ……そして4人が始めてこの世界を訪れた時、目にしたのはそのゴブリンに襲撃された乗合馬車の姿だった。

 その馬車はよほど急いでいたのか少数人数――一家族だけを乗せたもので、中には幼い子供が混ざっていたのを見て、4人は使命感に駆られてしまったのである。

 元より護ることを任務とするムツキがより顕著にその思いにかられたためか、この巣穴襲撃開始前の会話のように『逃さない』ことに対して執着を見せたのだ。

『始めてから30分、とりあえずドローン撮影範囲に動きはない。繋がっていて逃げるにしてもそろそろ撮影範囲外しかないな』

「こっちも顔出しが鈍くなってきてる、そろそろ突入殲滅に移行するところだ。ムツキはどうする」

『撮影映像自体はそっちでも見れるからな、合流する。オーバー』

 通信が切れて、入口を警戒しながらボブが方針を二人に伝える。

「ムツキが合流するまでここを確保する。合流してから内部の掃討だ」

「了解……なぁもう何か食ってもいいか?」

「持ってきていたのか、お前……まぁもういい、好きなだけ食え」

 ボブがそう言うとルースは腰のサイドパックから缶詰を取り出し食べ始めた。



「待たせたか、ドローンの映像を確認しながらだったから少し遅れて……ルースお前食べ過ぎじゃないか?」

「日本の缶詰がうますぎるんだよ、なんでこんなに味がしっかりしてるんだ?」

「ご飯に一品追加する感じのものが中心だからな、まぁ保存食の面もちゃんとしてるが……最近だとパンの缶詰とかもあるぞ」

「マジか!今度食ってみよう」

 ムツキが合流し、ルースが食べている缶詰を片付けるのを待ってからボブが。

「よし、これから洞窟内に突入する。ポイントマンは俺、すぐ後ろがルースでその次がコーイチ。後ろをムツキに務めてもらうが構わないか?」

 そう言うと誰も反対せずに首を縦に振る。

「いつも通りだな、これがオークとかなら多少場所を変えてみようとかもあったんだろうけどさ」

「ゴブリン相手なら異存はない。むしろ小隊を一つ追加してもいいくらいだからな」

「まぁ俺は最前線のポイントマンって柄じゃねぇからな、任せたぜボブ」

「よし、突入するぞ」

 ボブの号令に合わせて隊列を組み、洞窟の中へと侵入する。

 中は出てこられず銃撃されたゴブリンの死体と血で足場が悪い状態ではあったが、少し奥に進むと道具などが乱雑に置かれている少し広まった空間になっていた。

 広場にはいくつか横穴が存在していたが、その大半は食料の保管場所や台所にような場所で外で獲った動物などをすぐに血抜きや調理、保存処理を行えるようにしていたものと4人は断定する。

「ふむ、中はロウソクもあってそこまで暗くはないな」

「通路には基本ロウソクを常時つけていたようだな、その燃料がどうにも生き物の脂っぽいことを除けば都合がいいと思う」

「で、ここからどうする。通路は3本もあるぜ」

 3人がそれぞれ報告をするとボブが方針を決める。

 これが4人のいつもの流れだった。

「そうだな、ここの確保をルースとコーイチに任せていいか」

「通路を一本づつか?時間かからねぇか」

「そうは言うがなルース、カバーできないとあいつら相手はリスクが高すぎる。そして素人のコーイチを威力偵察に混ぜる危険はお前もわかるだろう」

「……わかったよ、ここをベースとして確保しておく。それに他の通路から出てくる可能性はゼロじゃねぇしな」

「すまんな、侘びとして奢りを一つなくしてやる」

「別にいらねぇなそれ……まぁありがたく受け取っておく。コーイチ、確保の準備始めるぞ!設置系はお前のほうが知識で上なんだからサボらないでくれよ」

「コーイチよりお前の監視が緩むほうが心配だ」

「おう、さっさと行けよボブ!」

 そのやり取りに笑いながらボブとムツキは通路の一つに入っていく。

 見送った二人は通路側に一つ、入口に向けて一つ固定機銃を動体反応に反応するセンサーを取り付けて自動迎撃する形にし、もう一つの通路を二人が交互に見る形で弾薬の補充――マガジンへの弾詰め――や銃の整備を始める。

 設置が終わって、マガジン一つに弾を詰め終わるタイミングでボブとムツキが帰って来た。

「こっちは短い一本道と、奥に部屋が一つ。寝室らしくワラがいくつかまとめて敷かれていた」

「随分早いと思ったらそんなに広い場所じゃなかったのか」

「他二つが広がっている可能性は高いがな、出てきた数を考えるともう少し規模の大きい洞穴だと思うが……まぁ調べれば判る。今調べた道も万が一のためにセントリーを一台置いておけ、あいつらがくぐり抜けられそうな穴が1・2箇所あったからな」

「そこは調べなかったのかいボブ」

「調べようにも装備がな、まずは道を全部調べてから4人でもう一度調べることにした」

 コーイチの質問にムツキが答えた。

「ちょっと待て、結局は全部調べられてねぇってことか」

「一応焼夷グレを放り込んでやったがな、通路でもなきゃあれで十分ではあるが」

「外には繋がってないとは思うがな、ギリギリ電波は届いていたし」

 ムツキの言う電波とは、外に飛ばして俯瞰撮影を行っているドローンから送られてくる映像のことだ。

「あぁ、ドローンはこっちでも見れるようにしてある。セントリーを2台設置したところでPCを起動しなきゃいけなかったしついでにね」

 コーイチが言いながら示す先にノートPCの画面にいくつかウインドウが表示され、その一つがこの洞穴上空を撮影しているドローンから送られてきている映像である。

「次回はもう2台くらい持ち込んだほうがいいかもな、範囲や持続的な面でもうちょっと幅が出せるし」

「そこは予算次第だな、ドローンはまだ高い……よし、俺たちはまた道の奥を見てくる。引き続き確保を頼んだ」

「おう、行ってこいボブ。さっさと済ませないとここがセントリーだらけになっちまうぞ」

「別に構わんぞ、ちゃんと識別機能があるプログラムだからな」

 ボブは再び笑いながら横穴へとムツキと共に入っていく。

 2本目の横穴は先ほどより長く、しかしすぐに戻ってきた。

「こっちも寝室だなこりゃ」

「ルース、コーイチ、何か変化はあったか?」

「いんやなぁんにも無い。セントリー設置もマガジンへの弾込めも銃の簡易整備も終わらせちまったよ、それくらい何も起きなかったね」

「外部映像にも変化は無し、ムツキ、そっちの奥で電波はどうだった」

「少しラグや乱れがあったな、できれば中継アンテナが欲しいかもしれん」

「次回になるな」

「了解、だがとりあえず最後の道もこいつは付けっぱなしにしておくとする。万が一別の出口があるなら電波状態で判るかもしれないからな」

 スマホをコーイチに見せながら笑うと、ムツキはボブと一緒に最後の横穴へと入っていった。



「なぁボブ、ちょっと静か過ぎないと思わないか」

「どういう意味だ」

 最後の横穴に入ったボブとムツキは声量を抑え、狭い洞窟の壁に反響しないように周囲を警戒しながら会話をする。

「小さな横穴に寝室、符号としてはわかりやすいが……ゴブリンの連中、どうやって増えるんだ?」

「人間に種付けってか?」

「それなら寝室に苗床がいて然るべきな気もするな、まぁこの奥かもしれないが……そうだとしても幼体がいないんだよ」

「率直に子供って言っていいぞ、相手は人間を襲う害獣だ」

「すまん、それはまだ抵抗がある。幼体って感じに動物とかと同じと思わせてくれ」

「……それもそうだな、俺もそっちのほうが気が楽だ」

「一度本格的な生態調査するべきかもな、こっちのギルドや研究機関でもろくに調べられてないらしいし」

「下手に知能がある分厳しいのか、それとも情報の重要性を認識できるほど社会が成熟していないのか……」

「どちらにせよ、現状その入口であり、情報がほぼない状態でここを攻略する必要があるのは確かだ、頼りにしてるよボブ」

 ムツキがボブに笑いかけた時、ボブが指を口に当てた。

 そのジェスチャーを即座に理解し、ムツキもボブの視線に合わせて見る場所を奥へと移すとそこにゴブリンが複数体と……人間の少女が一人寝かされていた。

 幸い息があるようで、ボロボロではあるが元は高価だったろう服が胸の部分で多少動きが見られる。

(で、どうする)

(ゴブリンは見える範囲で5体を超える、やれると思うかムツキ)

(5匹だけなら初手で終わるだろうが、あの女の子に当てない前提で跳弾回避も考えると厳しいな、フラッシュバンはないのか)

(あるにはあるがな、そういえばムツキ電波はどうなってる)

(……来てない、と言いたいがここは通じるらしい。スマホの灯りですら危険だからな)

(どのみちトリガーハッピーと素人に参加させるリスクが大きいな、まぁバンの音でルースの奴は来そうだが)

(後方は……小さい横穴もなかったからクリアだな、隠し通路が無いと断言できないくらいに知性があるのが厄介だが)

(では後ろを見てろ、投げ込んでバンが破裂したら突入だ)

 ボブの言葉に首を縦に振り、二人とも備える。

(1・2・3……GO!)

 号令と共にボブがフラッシュバンを投げ入れ閃光の収まりを待ってから突入する。

 少女に近いゴブリンの頭部を撃ち抜き、続けざまに固まってるところにショットガンを撃ち込む。

 それに合わせてムツキも突入し部屋内部を制圧する。

 結局のところ全部で8体のゴブリンがいたが、ボブが初動で大半を撃破したため特に苦労もなく制圧完了した。

「さて、ちょっと奥に焼夷投げ込むか……もう手製のしかないが」

 ボブはそう言うと奥に伸びていた通路の地面全体に広がるように焼夷グレネードのピンを外して投げ入れる。

 燃え広がるのを確認し、後方通路をカバーしていたムツキと共に少女に近づいて声を掛ける。

「よし嬢ちゃん、言葉はわかるか?」

「……フラッシュバンの影響、じゃないな寝てる」

「なんでかわかるか?」

「俺は専門じゃないからな、コーイチもこの手のはかじってないはずなんで正直なところ俺たちじゃ判断が難しいと思うぞ」

「考えられるのは軽度の栄養失調や乱暴されたあとのショック症状とかか……どれも考えたくないが栄養失調が一番マシだな」

「とりあえず念を入れる意味で確認だけしてくれ。ゴブリンに乱暴されたあととなると……」

「あぁ、わかってる。正直やりたくねぇなぁ……」

「なら二人で一緒に確認しよう、多少荷は軽くなるだろう」

「すまん、それに、すまんな嬢ちゃん」

 そういうと二人は少女がゴブリンに『苗床』にされていないかを確認する。

 ギルドで話は聞いているがゴブリンに苗床にされた女性が救出後、ソレを出産して疑心暗鬼を生み集落一つが共食いとも言える惨劇に見舞われたことがあるらしい。

 なのでゴブリンの巣穴で見つけた人間は例外なく、確かめる必要がある。

「……とりあえず俺の嫁さんはバージンだったからある程度予測はできるが、ムツキお前は?」

「医学書程度だな、俺はその手の本も殆ど見たことないんだ、すまん」

「……まぁ、とりあえず膜はあった。大丈夫だろう」

「すまないついでに俺が背負う。ボブ、カバーを頼む」

 ムツキが少女を担ぐとボブはショットガンを構え、コーイチとルースの待つ広場へと戻っていった。



 広場に戻るとコーイチとルースがムツキの背負っている少女を見かけ声を掛けようとするが……。

「あ、しまった」

 ボブの声に静止された。

「どうしたボブ」

「奥の通路、確認したか?」

「最初の制圧の際ボブがショットガンでテンション挙げているときにささっと済ませたよ、横穴なし、最初のC4で塞いだ出入り口があるだけだった」

「あのタイミングで……そんなに時間あったか?」

「コツがあるんだよコツが、まぁこれも職業病みたいなもんだから秘密だが」

「そんなことはどうでもいい、重要なことじゃねぇ……その女の子は何なんだよ。まさかお前ら確認したのか!したんだな!」

 洞穴内のゴブリンに生き残りがいないことを確認している二人にルースが興奮した様子で問い詰める。

「あぁ、奴らに暴行された形跡はなかったぞ、安心しろルース」

「ムツキ、多分こいつの言いたいのはそういうことじゃない」

「くそぉ……合法的に見れるチャンスが……」

「こいつは独り身でな、割と見境がなくなり始めてる。嫁さんの理解がある俺が定期的にそういう店に連れて行ってやってるんだがな……」

「そういう店でも合法だろうが……いやまぁそういうことじゃないな、とりあえず要救助者だ、手を出すなよルース」

「出さねぇよ!元々俺にそういう趣味はねぇ」

「はは、とりあえず藁を集めて休憩所を作っておいたから寝かしておいて。タレットとか片付けないと、万が一外に狩りに出ていたのが居た場合盗まれる可能性があるし」

 コーイチが作業をしながら三人のやり取りに反応すると、ルースは文句を垂れ流し続けていたがそれぞれ手分けをして撤収準備を進める。

 その間長丁場になる可能性に備えてコーイチが作っていた休憩所に少女を寝かせ、持ち回りで様子を見ていたが目を覚ます気配はなく、ボブとムツキが最初に予想した症状である可能性が高いという認識を4人全員で持つ頃には設営していたタレット等を片付け終えてテントのある場所までの担当を決める。

「じゃあとりあえずコーイチ、その女の子を頼む」

「了解、弾がなくなって軽くなった分は頑張るさ」

「ちぇ、羨ましいなコーイチは」

「僻むなルース、適材適所だ」

 そんなやり取りもあったが、一行は道中特に問題も起きずにテントまで帰ってくることができた。が……

「ちょっと待て、テントから音がする……動物ならいいが奴らの可能性を否定できない以上確認を取りたい。クマだった場合はフォロー頼む」

 ムツキはそう言うと音を殺しながらテントまで進み、中を覗くとハンドサインでコーイチ以外を呼ぶ。

 三人は首をかしげたがムツキのハンドサインに合わせ、行動する。

 ボブとルースがテントまで移動するとムツキが今度は中を見るように促す。

(……子供か)

(あぁあいつらのだろうな。どうする?)

(俺がやる、ルースとムツキは目を瞑ってろ)

 ショットガンを一発、二発……銃声がなり終わるタイミングで三人がコーイチを呼ぶ。

「生き残りが居た、見ないほうがいいと言いたいがテントの片付けでどのみち見るか」

「ゴブリンの子供でもいたのか、それなら最初にこの世界に来たときに散々見る羽目になっただろう」

「軍人の俺たちが慣れるのはある意味職業だから問題はない、だがコーイチ、お前は一般人だからな」

「こういう汚れ役は軍人と医者に任せておけってことだよコーイチ、俺たちからの優しさくらい受け取っておけ」

 三人から言われ、コーイチは黙ることにする。

 実際民間人のコーイチが銃を持つのは――ボブやルースの感覚ならありえる話ではあるのだが――日常から離れている。

 一応アメリカへ旅行に行った際に一通りの銃を触っていたのは他三人とも知っていたためそれほど問題にはしなかったが、その銃で生き物を撃った後のそれは明らかに非日常であるためできるだけ気を遣うことにしていた。

 コーイチ自身も三人の気遣いは理解していたため今回引いたのである。

「じゃあ担架あたり作っておくことにする、片付けは皆に任せるよ」

「あぁ、その子の運搬を考えるとそっちのほうがいいだろう……流石に車両が欲しくなるな、クローゼットを通すことはできないが」

「いっそのことコーイチの家のガレージに開いてくれればよかったのにな」

「それだと国に管理されるだろうが、規模的に日本じゃ隠せないよ」

 そう笑いながらコーイチは3人から離れた場所に少女を寝かせ、バックパックの中から即席の担架セット――大震災の際に買った防災グッズに入っていたらしい――を組み立てて少女をその上に乗せた。

 町まではある程度の距離はあるものの担ぐよりははるかに労力を軽減でき、尚且つ少女自身への負担も軽減できる。

 そう思うと自然とコーイチの顔がほころぶが、テントの撤去に合わせボブが小さい生物の死体をバッグに入れる姿が目に入る。

 実際人型の、それも幼体の死体を見るのはこの世界に来たとき以来だがコーイチはそれほど感情を動かされていないことを自覚していた。

 自分はそういった嗜好を持つ人間でもないし、むしろスプラッタ映画などは苦手な類なのだが不思議とゴブリンのは見たり、触ったり、果ては自分で撃っても平気だったのである。

 そういえば。とコーイチはギルドでこの討伐を請け負う際に受付のお姉さん――コーイチは自分より若いと初対面で認識したが、他に最適な単語を思いつかなかったらしい――に聞かされていたのを思い出す。

『人同士の戦争や殺人に忌諱感を感じる人でも、なぜかゴブリン相手なら平気という人のほうが多いですから、受ける人はむしろ多い方なんです』

 書類を埋めながら聞いている最中は特に気にもとめなかったが、今目の前でゴブリンの幼体に当たるだろう死体を見ても感情が動かないのを実感するともしかしたらゴブリン相手は人間にしてみれば生存戦争を行う相手であり、本能がそういう感情を止めているのかもしれない。コーイチはふとそんなことを考える。

「よし、こっちはOKだコーイチ」

 ルースの声にコーイチは少し驚く。

「まーた難しいことでも考えてたのか、とりあえずこれで終わりなんだからさっさと町に帰ろうぜ」

「……あぁ、そうだな」

「なに、マジで難しいこと考えてたのか」

「そうでもないさ、ちょっと疲れたのかも……皆のほうが疲れてるか」

「鍛え方がちげぇよ、コーイチもパソコンばかり触ってないでたまには体動かさないとダメだぜ」

「善処しとく、でも日本だと中々難しかったりするんだぞ」

 多少テンションが落ち込んでいたコーイチだったが、いつでも明るいルースとの会話で気分を切り替え、少女を乗せた担架の後方側を持つ。

「じゃあすまないがルース、そっち持ってくれ」

「おう、あと少しで酒が飲めるしもうちょっと頑張りますよっと」

 タイミングを合わせて担架を持ち上げ、ボブとムツキのいる場所まで移動するとボブが荷物の大半を担いでいる姿に、コーイチとルースは笑いをこらえきれずに吹き出したのだった。



 比較的安全の確保されている整備された街道――とは言っても石畳なため完全な平坦とはいえないが――だったため、担架運搬であると考えるとかなり速い速度で町にたどり着くことはできた。

「なぁ、なんだかすごく視線が刺さるんだが」

「この子じゃないか、一応俺たちがゴブリン討伐に行ったのは小さい町だから大通りの商人連中は知っているだろうし」

「気分わりぃな、確証もなくここまで悪意向けれるもんかね」

「俺たちの世界にも似たようなのはあるだろ、ネットとかヘイトスピーチだとか」

「アレとは何か違うだろ、今こっちに向けられてるそれは」

「確かに質は違うがな、直接見られている分より感じるだけだろうが」

「さっさとギルドまで行って報告とこの子の精密検査だな……まぁ女性職員により確実な方法で見てもらうだけだろうが」

 4人は視線から逃れるように依頼を受けたギルドへと急ぐ。

「おーい、この子の検査頼む」

 ギルドに到着すると同時にルースがギルド内全体に聞こえるように声を出す。

 その声に即応して女性職員が少女に近づくとその場で確認を始めた。

「え、ここでやるんですか?」

「当然です、ゴブリン討伐から帰ってきた方々が人間の女性を連れて帰ってきたのなら即時確認の義務がギルドにはありますので」

 集落を一つ消す事件を歴史に残しただけあり、ゴブリン被害者に対する対応はそれ相応なのだろうと、この時の4人は感じていた。

「……一応暴行の形跡はなし、術式にもゴブリンの残留物は確認できませんでしたのでお預かりして治療を施します、それと討伐の証明としてゴブリンの……」

「これだろ」

 職員が言い終わる前にボブがボディバッグを受付机の上に置く。

 それを受付にいた別の職員が確認し、首を縦に振る。

「大丈夫ですね、報酬を受付にてお受け取りください……それと恐らくこの子はこの町にはいられないと思いますので、外の方にお引取りしていただくか孤児院まで連れて行ってもらいたいのでその依頼も受けて頂ければと思うのですが」

 職員の言葉に4人はその意味を一瞬理解できず固まる。

 一番早く思考をまとめ反応できたコーイチが、職員に聞き返す。

「それは、ゴブリンの巣にいたことに関係が……ありますよね」

「はい、例え医者や魔術師が大丈夫と太鼓判を押したとしても感情ばかりはどうしようもありませんので。双方が不幸にならないよう別の地域で引き取ってもらうことが基本となります」

「それは、よその孤児院が空いているという情報はどこから?」

「ありませんね、傭兵や冒険者の方の旅に連れて行ってもらい引き取り手がいればということですので」

 通信インフラが無いのが当然の異世界であることを、4人はここで認識する。

 異世界でもスマホやPDAが機能し、通信可能だったことから失念していたが、魔術を用いてもこの世界の通信インフラに関しては未だに伝書鳩か行商人、傭兵や冒険者が中心なのである。

 吟遊詩人もいるにはいるが、こちらも口伝のため不確実であるし、やはり物理的距離を無視することはできないのだ。

「ここから最寄りの町って確か数日かかりましたよね……」

「はい、一応この子は治療のため1週間はギルドで面倒を見ますが……可能ならば事情を知る救出なさった方にお願いしたいのですが」

 そこで4人は黙ってしまう。

 元々週末の息抜きがてら害獣駆除名目に実弾を撃てるからとこちらに来ているのである。

 少女を引き取りは勿論、よその地域への遠征も想定外なのだ。

「すぐに決められることではないので、4人で相談し来週判断するのはダメでしょうか」

 コーイチのその言葉はとっさのものであったが、他の3人はコーイチのその判断以上の案を持ち合わせていなかったので特に口は出さない。

「一週間は治療のため移動はできませんし、問題はありません。ですがこちらの希望としましては……」

「はい、善処はします。ただ確約はできないこともご理解ください」

「勿論です、このような事案の場合は強制力などはありませんので……」

 職員の女性の顔が曇るのを、コーイチは確認しながら少女を連れて建物の奥に行くのを見守るしかできなかった。

「ありゃなんだ、あそこまで念を押されてもなぁ」

「ルース、あれはそういう意味じゃない……いや、確かに念押しであるか」

「どういうことだコーイチ」

「俺たち以外に当てがなく、一週間後に俺たちが受けなかった場合間引かれるんだろうな」

 ルースの問いにはボブが答えた。

「間引き……ってなんだ?」

「間引く、除外する、排除する、多すぎる数を合わせる。そんなところだな」

「なん……だよそれは!」

「憤るのは分かるが落ち着けルース、自分の生活圏に置き換えて考えてみろ。これは単純な性被害者が近所にいるとは違う、その子自身が略奪者とかになるかもしれないと思いながら過ごせるかどうかだ」

「あの子は白だろうが」

「頭の理解と、感情は別物ってことだ」

「チッ!」

 ルースの舌打ちと共に会話が途切れる。

 4人は別世界の人間で、毎日こちらに居ないし遠出もしない。そうである以上は深入りする必要はないし、するべきではない。

 だが今回、自分たちに問いかけられたものは人一人の命が関わるものである。

 他の町に連れて行く場合は長期休暇を取る必要が出てくる、軍人や自衛隊は勿論日本企業に勤めるコーイチですら中々難しい。むしろ一番可能性が高いのが階級も含めて考えた場合でのボブだけという有様なのでこの案はギルドを出る前に4人のアイコンタクトのみで却下された。

「……本来なら真っ先に決めるべきなんだよなぁ、人命とトレードオフなんてのは俺たちの立場にしてみりゃありえないわけだし」

 ムツキが漏らすがどちらにしても難しいための悩みなのは変わらない。

 急に出た人命に関わる選択に対する答えは中々でないまま、気が付けば4人はこの世界での拠点であるログハウスにまで帰ってきていた。

「一週間だ、俺たちには一週間の時間という猶予が与えられている。全員が覚悟を決めるべきだろうな……」

 ボブのそれは保留でしかないが、一度頭を冷やして情報を整理して考える必要があるのは確かと全員が思っていたためか反論するものはいなかった。



 一週間は、驚く程早くすぎた。

 それぞれの日常に追われたのもあるが、休憩時や就寝前なども少女のことを考えていたため4人にしてみれば文字通り『気がついたら一週間過ぎていた』という感覚である。

「で、皆覚悟は決めたか。俺はできてる」

 ボブが最初に発言する。

「俺はまだしきれてねぇなぁ……入隊してボブに誘われてこっちのそれは楽しかったけど人の命を背負うまでの覚悟はしきれねぇ……軍でもそれを刷り込まれてる最中なんでな」

 とルース。

「俺は本当に趣味の範疇だったからな、とりあえず実家の畑手伝う覚悟はできてるぞ」

 とムツキ。

「ボブの覚悟の内容がわからないけど……俺はちょっとまだ考えてる」

 とコーイチ。

「正直なところリスクのほうが大きいし、事が露呈すればあの子を引き取ったとしても養う能力に問題が発生する。それこそ全員が不幸になりうる流れだ」

 コーイチの言葉に3人は静かに聞いている。

 難しい問題な上に依頼を受けるにしても、引き取るにしても一番そのリスクと負担を背負うのがコーイチなのだから。

「ただそれを避けたら恐らくあの子だけが不幸になる」

 話しているとき、自分の手元を見るように俯いていたコーイチが顔を上げると、そこには覚悟を決めた者の顔がある。

「引き取ろう、遠出をするとなると全員収入がなくなるかもだし、引き取ってもバレなければ大丈夫だからね……それって今と一緒だろう?」

 コーイチのその言葉を待っていたと言わんばかりに3人が笑顔で、ルースに至っては肩まで組んで喜びを表す。

「そこまではっきり言うからにはもう決まっていたんだろう、なんで考えてるなんて言ったんだ」

「覚悟が足りてないと思うからだよ、人を一人引き取って養うには今からじゃ想像もつかないことがたっぷりあるだろうから」

「そういう時は妻子持ちに相談しろ、これでも3児の父なんだからな」

「食費に関しては、実家から送られてくる野菜使ってくれ」

「はは、じゃああの子を迎えにいこうか」

 お互いの意思を確かめ合った男4人は笑い合いながら町のギルドへと出発する。

 4人が到着すると町の入口でギルドの、一週間前に少女を見たあの女性職員が立っていた。

「お待ちしておりました、それでその……」

「その前に一ついいかな、なんでギルドじゃなくこんなところに?」

「それはその……」

「このおじちゃんたちが、わたしを助けてくれた人なの?」

 女性職員の後ろから少女が顔をだす。

「わたしね、おじちゃんたちに会ってみたかったの!」

 少女は小さい歩幅で駆け寄ってきてボブに飛びつく。

「おじちゃんでっかい!」

「えっと、イネちゃん。ちょっと落ち着いてね」

 女性職員が少女のことをイネと呼び、一度落ち着くように優しい口調で言う。

「はーい、でもおじちゃんかったいねーえへへー」

 ボブの筋肉を触ってイネはなぜか喜んでいるようである。

「それでその、イネちゃんのことは……」

「あぁはい、引き取るつもりなのですが……他に引き取り手が見つかったとかはありますか?」

「いえ、一週間前に危惧していた通り誰も……って引き取っていただけるんですか!?」

 よほど予想外だったのか女性職員が声を荒らげて驚く。

「はい」

 その驚きの声に対してコーイチは短く肯定の意思表示だけで返す。

「よかったね、イネちゃん。この人たちと一緒に居られるよ」

 女性職員がイネに向かい、優しい口調で高めのテンションで告げるとイネのテンションが上がるのが分かる。

「本当に?本当の本当の本当に?」

「あぁ、嬢ちゃん……イネさえよければな」

「うん、わたしはおじちゃんたちがいい!」

「それでは手続きのほうをお願いしたいのですが……」

 喜ぶイネを横目に女性職員がコーイチに耳打ちをする。

 ムツキに手続きをしにいくことを伝え、コーイチ一人で女性職員についていきギルドで手続きを行う。

「あの子、目が覚めてからずっと助けてくれた人はどこって聞いてきたんです」

 書類を埋めている最中に女性職員が話す。

「そこであなたたちの話をしたらずっと会いたいって。仇を討ってくれた人たちだからって……」

「書類、埋め終わりました」

「あ、はい。お疲れ様です……イネちゃんのこと、大切にしてあげてください」

 書類を受け取り、深々とおじぎをする。

「勿論です、でも時間が経ってあの子が成長したときはまたここに連れてきます」

 コーイチがそう言うと、この日一番の笑顔で肯定の返事をした。

 もしかしたら状況などが許せばこの人がイネを引き取りたかったのかもしれない。コーイチはそう思いつつも一度頭を下げてから4人の待つ町の入口へと戻った。

 そこではイネをかわるがわる肩に乗せて戯れている。

「お、一緒に住む事になるおじちゃんが帰ってきたぞ」

 茶化すような口調はルース。

「まぁ毎週家族で遊びに来てやるからな、俺の子供と仲良くしてやってくれ」

 イネと毎週遊ぶ約束をするのはボブ。

「俺の実家で採れる野菜はどれも美味しいから、好き嫌いはしないようにな」

 既に親のようなことを言うのはムツキ。

「ねぇねぇ、おじちゃんのお名前は?皆教えてくれなかったの」

 ルースの肩の上からイネがコーイチに尋ねる。

 コーイチは小走りで駆け寄り、イネに触れられる距離まで近づいてから、名乗った。

「俺はコーイチ、これからよろしくな、イネ」

 自己紹介を終えると、5人が同時に笑いあった。

 今後を考えると色々大変なはずなのだが、今この時はそんなことどうでもいいくらいに笑いながら、イネを囲む男たちはこんなことを考える。

((((来週も、お仕事頑張りますか))))

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日雇い傭兵のサバゲー活動 水森錬 @Ren_Minamori

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