第9話⑨

 次の日曜日、教会へ行くと、いつもの若者グループがぼくと美奈子ちゃんの結婚式の段取りを決めていた。美奈子ちゃんが頼んだのだと思った。

 結婚式を教会で挙げるために、受けなければならない結婚講座の日にちも、もう決まっていた。

 とても早い。この流れに振り飛ばされそうな気がする。私の手をしっかりと握っていなさいと、美奈子ちゃんがぼくに命令する。

 ぼくは、六月に島に引っ越しをする。その話をコンビニの店長にすると、困った顔をしたが、いつでも戻って来られるように、清掃倉庫はおまえのために開けておくと言った。

 ぼくは助けてくれたお礼を言ってから、もう清掃倉庫で生活することはありませんと、断った。

 

 ところでぼくの借金は美奈子ちゃんが勤めることになる、島の病院が一括して支払ってくれることになった。

 美奈子ちゃんの給料から病院に月々返済することになるのだけれど、低金利で十年返済なので、これまでぼくが月々支払っていた金額の半分以下になる。

『島が語りかけ、動いている』

 ぼくにはそんな感じがする。美奈子ちゃんとぼくが島に戻ってくるように、ぼくのみえないところで島が動いている。

 ぼくが結婚を申し込んでから二週間後には単身で島に引っ越すことになった。美奈子ちゃんが島に引っ越してくるのは、今勤めている病院の関係で三ヶ月後、夏の終わりの頃になる。

 しかし、週一回、木曜日に島の市役所の側にある教会で結婚講座が開かれるので、ジェットフォイルに乗って日帰りでやってくる。病院の夜勤明けで、船で仮眠をとって島に到着する。ぼくのために苦労をさせてしまっていると思う。


 ぼくは、ぼくの家に戻った。

 野口さんがぼくを本土の施設に預けたのだといった。ぼくがお爺さんだと思ったその時の野口さんはまだ五十代だった。家を管理してくれていた。

 野口さんは大工さんだったので、屋根を赤く塗り、居間をおしゃれに改修して、夏場はペンションにして費用を捻出していた。

 何年か前、ぼくを探したのだけれど、見つからなかったのだと言った。ぼくが二度目にペンションに来たとき、もしかしてと思ったらしいのだけれど、自分からなにも言い出さなかったのでそのままにして、それからぼくのことを調べ、昨年の冬ぼくを呼んだ。しかしその後……。

 

 ぼくには不思議なことが次から次に起こると思った。しかしこの不思議は誰に話しても、不思議だとは思わないだろう。ぼくは何もしていない。でもぼくに奇跡が起きていると思う。だから奇跡というのは自分だけにしか分からないことなのだとまた思った。


 島に引っ越しをすると、すぐに家の修理をはじめた。家の中を見回すと、改修したいところが色々あった。野口さんに大工道具を借りアドバイスを受ける。

 親が耕していた畑と田んぼがあった。そこは歩いて一時間の山側にあり、柵で囲まれて、長年人の手が入っていなかったので雑草や雑木が生え土地が荒れていた。

 よく見ると、錆び付いた缶やぼろぼろになったビニールも落ちていた。そこを親がそうしていたであろう田畑に復活させようと思った。

 毎朝五時前には起きて、歩いて畑に行った。畑の奥に畑の半分の土地に田んぼがあったが、水を長年入れていなかったので、よく見ないとただの荒れ地にしか見えなかった。

 午後、家に戻ると家の修理をした。

 畑から家に帰ると、入口の前に野菜や米や惣菜が置いてある。野口さんにお礼を言うと、自分ではないと言った。ぼくと美奈子ちゃんのことはこの地域では、知れ渡っているらしかった。

「島ではそんなこと当たり前のことだ」と、野口さんは言った。

 野口さんの紹介で地域の青年団に入った。青年団と言っても、一番年上の人は八十歳を超えている。

 時が過ぎれば年を取るし、年で辞める規則もないので、そのことは何も不自然なことではないらしい。

 集会で自己紹介をすると、ぼくのことも美奈子ちゃんのことも、親のことも知っている人が何人もいた。

 それ以来、ぼくの畑と田んぼは急速に開墾されていく。ぼくがいない間に誰かが鍬を入れているのだ。

 ぼくは、野口さんの船に乗って、日曜日の午後、レマ島の教会を掃除しに行った。ぼくと美奈子ちゃんは、ここで結婚式を挙げることにしていたので修理や色の剥げ掛かったところに塗装をしたいと思った。

 結婚講座の時に、教会の役員の人にそのことを話すと、教会で寄付を募って塗料や修理の板を用意してくれることになった。

 さらに、一緒に結婚講座を受けている三十代の男性から、今度島に出来るリゾートホテルの料理長になるので、有機農法で栽培した秋野菜を依頼される。町の図書館で有機農法に関する本を借りる。

 本を読んでも、そんなに簡単にできるものではないと思った。

 青年団で有機農法の野菜作りをしている、六十代の人にその話をすると、教えてくれることになった。

 晩秋から作物の出荷ができると、少しは収入が得られる。

 美奈子ちゃんは、そんなに無理してはだめよと、言う。無理しているのは美奈子ちゃんのほうだ。


 さて、暑い夏が終わりに近づいてきた。結婚式はあと一月後に近づいてきていた。

 島でのぼくの生活は、台風の被害や、上手く対応ができない人との関係でも、いくつかの困難はあり、家の中で頭を掻きむしりながら一人苦しんだこともあったが、それらを乗り越えて少しずつ島に馴染んできていた。

 

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