第7話⑦
三ヶ月が過ぎた。
寒さは続いているが、陽光に春が入り込んできているのが、感じられるようになった。ぼくはコンビニと居酒屋で働いていた。帳簿を付けることが出来るので、その仕事も店のパソコンでするようになった。
しかし美奈子ちゃんとは教会で会うことができないどころか、見掛けることもなかった。
すっかり春になり、夏の暑さが感じられる日もある。教会のミサに出ても、やはり美奈子ちゃんを見掛けることはなかった。
ミサが終わった後思い立って、港まで歩いてきた。ここから船にのって島に渡れば、ぼくの生まれたレマ島に行ける。そこで美奈子ちゃんに会えるような気がした。
島の観光案内のパンフレットが置いてあったので、それを一部取ってベンチに座る。
赤い屋根のペンションが宿泊施設の欄に出ている。
どのように考えたらいいのか頭が混乱する。赤い屋のペンションがあるとすれば、ぼくの住んでいた家は消えてしまったのではないかと思った。
そしたらレマ島もまた消えてしまっている。美奈子ちゃんはどこかに行ってしまった。
今すぐに島に渡りたいけれど、それは無理なことだ。とんでもないことが起きていると思った。
ぼくの心はぐさぐさと破れはじめた。ぼくは何かに怒っていた。何かではなく、自分にたいしてだった。
『ぼくから苦しみが消えはじめると、レマ島がぼくから消えてしまう』
コンビニのねぐらに向かって歩きながら、ずっとそのことを思っていた。
次の日曜日、ミサが終わるといつも集会室で談笑している若者のグループに近づいていった。
十代の後半から二十代くらいのグループだった。もう、ぼくの力だけでは美奈子ちゃんを探すのは無理だという切羽詰まった気持ちが、これまでの自分では考えられなかった行動に、ぼくを駆り立てたのだった。
思い切ってそのグループに声を掛けた。
「ちょっとお尋ねしたいのですが」
白のニットセータにクラッシュデニムをはいた女の子がぼくの方を向いた。
「あっ、はい」
「あの、桧本美奈子さんという方をご存じないですか」
「えっ。ミナコのこと」
一瞬戸惑った。そんな呼ばれ方は、多分していないと思った。でもぼくが口から出た言葉は違っていた。
「多分そうだと思います」
青いワンピースに、赤い口紅の目立つ女の子が振り向くと、ぼくを見つめた。
「ミナコだったら、さっきまでここにいたよ」
そんなことはないと思った。
教会に来ると、まず美奈子ちゃんを探した。それも必死で。この人達が言うミナコは違う人だ。
さっきまでいたはずはない。
赤い口紅の女の子が、腕をくむとぼくの方に近づいてきた。
「あなた、シンジ君でしょう」
「えっ。ええ」
「シンジ君いつもわたしの方を向いてくれないって、ミナコ怒ってるよ。それに君、いつも私たちのことを避けているみたいだしね」
ぼくの心臓は激しく動き、高まる気持ちを抑えられなかった。それで「ごめんなさい」と、謝った。
青いワンピースの女の子が話を続けた。
「私たちのなかに入りなさい。ミナコ今日病院の出番だからって慌てて帰って行ったよ。残念だったね。でも来週会えるよ。私たちの仲間に入れば」
美奈子ちゃんは、医療センターの看護学校を卒業し、昨年医療センターに就職したのだそうだ。
気持ちの落ち着かないまま、走って清掃倉庫のねぐらまでもどり、島の観光パンフレットを見た。
赤い屋根のペンションはやはり、宿の欄の最初にのっていた。写真も掲載されているので間違いはない。
マットレスの上に仰向けになる。あの家はやはり、野口さんが経営しているペンションになっていた。でも、先日はどうして野口さんはいなかったのだろう。
辛いことがこれから来ることも覚悟をした。
ぼくは美奈子ちゃんと会えても、付き合うことは出来ない。ぼくとはあまりにも境遇が違う。
やがて、美奈子ちゃんは誰かと交際をして、結婚するだろう。でも、それでいいと思う。教会では会えるのだから、それで十分だ。それ以上の何を望むのだろう。美奈子ちゃんが幸せになってくれれば、それでいいと思わなければならない。
マットレスから起き上がり、今日はぼくの休日だけれど、今からコンビニの手伝いをしようと思った。
何かしていなければ、ぼくの気持ちの動揺はおさまらなかった。
九月になったらまた、赤い屋根のペンションに行ってみようと思った。返金された前のアパートの保証金がある。店長に二日間の夏休みを頼んでみようと思った。
そしてレマ島が、そこにあることを確認してみたかった。
それからもう一つ、野口さんに会いたい。野口さんはとても大切なことを知っているような気がした。
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