最終話
北上ちゃんの家へとつづく道を歩く。
11月の朝は涼しいというより、もう寒い。
「どこに待ち合わせする?」と聞かれて、真っ先に駅が思い浮かんだけど、「せっかくだからうちにしない?」という一声でわたしは駅の近くの北上ちゃんの家に行くことになった。
緩やかな斜面を登って行くとジョウロで花に水をやる男の子の姿がみえてくる。
「おはよう」
「おはよう、雨森さん」
「朝から大変だね」
「まぁ、日課だから。北上さんの家に行くの?」
「うん」
淀川くんは大きく伸びをして、水やりを終了する。まだ、少し時間があった。
「ねぇ」
「何?」
「わたし、小説書き始めたんだ」
淀川くんは喜びと驚きが混ざり合った顔をした。
「すごいね」
「そうかな」
「すごいよ、完結したら読ませてくれる?」
「多分、でも少し恥ずかしいかも」
少し沈黙があった。風がひゅうと吹いた。
「もう行くよ」
「じゃあ」
淀川くんが小さく敬礼をしたから、わたしもおでこに手をあてて敬礼した。
ピンポーン
呼び鈴の音。他にどう表現できるかな。
多分何度押して音を聞いてもピンポーンという文字が頭の中で反響するだけだ。
「おはよう、来てくれたんだね」
「来ないわけないよ」
「うちにくるの始めてだよね」
「そうだね」
リュックを背負った北上ちゃんの後ろに、綺麗なフローリングが見える。
「不思議だよね、友達なのに」
「そんなものだよ」
「どうだろう」
そう言って北上ちゃんは靴をトントンとすると歩き出した。
電車に乗るのは久しぶりだった。それだけ、この町に閉じこもっていたのだと実感する。
わたしは切符を買うのにあたふたした。
「置いて行くよー」なんて言われちゃった。
電車の中は休日だからか混んでいる。朝早いから平日でもこんな感じかもしれない。
制服姿の高校生もいる。休日なのに勉強しに行くのかな、それとも普通に部活なのかな。
「また、意識どっかいっちゃってるね」
「え?」
空いてる席がなかったのでわたし達は立っていた。
「不思議ちゃんだよね、何考えてたの?」
ふと、バングラデシュとパラオのことを思い出した。
「バングラデシュとパラオってさ、日本の国旗に似てるなって。何か歴史的にあるのかなって」
はははっと北上ちゃんは笑う。
「面白い、面白いよ。流石だね」
わたしは小首を傾げる。
北上ちゃんの声は少し大きくて目の前に座ってるおじさんが怪訝な顔をした。
駅から長く険しい坂を登りきったところに高校はあった。もしここに通うことになったらこれだけの道のりを往復しなきゃならないなんて考えると、嫌になってくる。
華やかに飾られたゲートをくぐると屋台ずらーって並んでいる。いい匂いを撒き散らしながら、おいでおいでしてるけど
「高いね」
「気にしたらダメだよ」
わたしたちは手始めにクレープを注文する。
注文したらすぐに出てきたので、どうやって調理しているか気になった。
クレープを食べながら学校の階段を昇る。仮装した人だとか、小学生なんかにぶつかりそうになる。
「いいね、面白い。中学はこんなのないからね」
「そうだね、主催者側になってみたいな」
ふふんと北上ちゃんは言う。
「そういうのが目的かもよ。いたいけな中学生をだまして、入学してみたら滅茶苦茶ハードだったり」
「ブラック企業みたいな?」
「そんな感じかな」
わたしたちは射的コーナーでダースベイダーの頭の形をした的を何度も打ち抜いたけど、景品はただの飴玉だったのでがっかりした。
お昼時になってきたのでわたしたちは屋台に戻り、どれをお昼ご飯にしようと散策する。
「焼きそばがこういうとき一番無難だよ」
わたしは北上ちゃんの意見を押し切ってチヂミにしたけど出てきたものを見てがっかりした。
「少ないなぁ」
心の中で呟いた。
北上ちゃんは焼きそばの屋台の列に並んでいた。わたしは中庭みたいなところのベンチに腰をおろす。
騒がしい景色を自分を切り離して見てみると、なんだかすごく、胸が苦しくなる。高校生なんてまだ先のような気がするけど、たぶんすぐやって来る。
そう考えるだけで、不安と過ぎてしまった時間がもやもやを作り出す。
「ここで食べる?」
北上ちゃんが目の前にいた。焼きそばはパックにぎゅうぎゅうに詰められている。
「そうしよっか」
「うん」
チヂミはおいしかったけどすぐに食べ終わってしまった。焼きそばを食べる北上ちゃんは「少し食べる?」と声をかけてくれたけど、丁重に断った。
しばらくぼうっと頭の中でちゃちな物語を考えていた。北上ちゃんは焼きそばに夢中で、わたしの方をみたりしなかった。
北上ちゃんがごほって咳をした。むせたのかな。
「ちょっと多いね、これ」
「大ボリューム!って書いてあったもんね」
「あー、見てなかったなぁ。やっぱりちょっと食べてくれない?」
チヂミのパックに焼きそばをわける。ふたりで焼きそばを食べ始める。
「わたしね」
北上ちゃんがつぶやく。
「うん」
「大人になるのが怖いんだ」
わたしは焼きそばをぶちって歯で切った。わたしは北上ちゃんをみたけど、北上ちゃんは遠くをみていた。
「……唐突だね」
「うん」
「それが……学校に来なかった理由?」
「うん」
北上ちゃんは既に焼きそばを食べ終えていた。
「結局、何も変わらなかった。散々言われて、考えて、眼鏡をやめただけだった。
どうやったって時間はすぎていって、こころはどんどん成熟しちゃって、現実っていうこん棒を振りかざしちゃうんだよ」
北上ちゃんの顔をみる。まだ遠くをみてるままだった。
わたしは文芸部のブースにいこうと提案した。プロじゃない人がつくる作品を、見てみたかった。
私たちは一旦校舎に入り、渡り廊下を歩く。
北上ちゃんの話を考える。偉い学者だとか、コメンテーターなんかは、こういう時どう言うだろう。
「多感な十代らしい発言だ」
なんかですませるのかな。
音楽が聞こえる。
「何か、聞こえない?」
「聞こえるね」
わたしたちは顔を上げる。
少し遠くにある、倉庫
みたいな建物から聞こえていた。
「行ってみない?」
北上ちゃんに言う。
「いいね、行ってみよう」
「おじゃまします」
なんて小声で言う。建物の中には人があまり入っていない。暗い室内にぱっと輝いているところがあって、そこで男子高校生四人組が演奏している。天井にはキラキラ光る星の飾りつけがされていた。
一番後ろの席に座る。北上ちゃんは「わたし、音があんまり近いの苦手なんだ」と言う。
バンドはバラードみたいな曲を弾き終わり、トークに入る。
「えーっと」とか、「うん」とかを多発しながらボーカルは話を進める。
「えーっとあの、最後の曲です。ガラスのブルースっていう、バンプオブチキンの曲です。うん。あの」
「僕らが歌った曲が、きいてくれた人に何か、何かバーンというか、ポンというか」
「何か残してくれたら、めちゃくちゃ嬉しいです」
ボーカルは照れ笑いみたいな表情を浮かべる。
演奏が始まる。
ボーカルの声は楽器の音に少し隠れてしまっている。ボーカルは必死に食らいついている。
北上ちゃんはその光景を、口を半開きにして眺めている。
歌は中盤に入る。淀川くんの演奏を体育座りで聞いた時のことを思い出す。
みんな叫びたいんだ。声を枯らしたって、へとへとになったって。
「あのさ」
北上ちゃんの耳元で話す。聞こえるかな。
「うん」
「未来とか、大人とか、よくわかんないけど」
「うん」
「今あそこにいるバンドは、すごく輝いてるなぁなんて思う」
北上ちゃんはわたしの方を見ると、やがてクスクスとわらいだした。
「文才あるね、栞って」
「そうかな」
「そうだよ……ってこんな会話前にもしなかったっけ」
「デジャヴかな」
相変わらず、ボーカルは声量が足りなくて、
天井には星がきらめいていた。
おわり
ほしくず キツノ @giradoga
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます