同窓会
@sgru3
第1話 同窓会
どこからともなく聞こえる怒声…。当り散らすように鳴る電話や、コピー機の発信音…どこにでもある会社の日常が繰り返される。
「音川君!ちょっと…。」
部長の藤田が一人の女性を手招きして呼んでいる。
彼女は音川恵二十七歳、大学卒業後フリーターを辞めたばかりのOL二年生の新人である。良い男性がみつかるまでの暇潰し、今している仕事は彼女にとってはそれ程度だ。
「はい、なんですか…?」
少しつれない態度で小走りに部長の元へ行く。
「なんですか?じゃないだろ!?なんなんだこの予算報告は!間違いだらけじゃないか」
やはり、大抵こう言う時は叱られるものだ。
「すいません、やり直します。」
言い慣れたそのトーンが彼の頭を沸騰させる要因になるのは言うまでもない。
「あのねぇ、高村専務から君達を正しく指導するよう言われている俺の身にもなってみろ!お前も旭川も学生気分でやってちゃ困るんだよっ!」
(あ~ダルイ…、早く終わんないかなぁ~。)
誰から教るで訳でもなく、この年代の人は表面謝罪して、裏面では“柳の如く”なのが上等手段なのだ。相手にしない事でストレスを最小限にくいとめてしまう。
─お昼 屋上
「あ~っ、もうまたシクちゃった!」
「私ら本当苦手っつうか身が入らないよねぇ~。特に事務作業とかさぁ~。」
彼女は高校時代から親友の旭川涼、以前は化粧品を扱う会社に勤めていたが、私が誘うとあっさりこの会社にくらがえした。
「よっこいしょっ!」
ちょうど中高年と言うぐらいの年齢に見える男が、何の断りも無く二人の楽しい昼食にずうずうしく割行った。
「!?」
「専務っ!」
「いやぁ~っ、良い天気だねぇっ!おっ、タコさんウインナー!ちょっともらうよ!」
顔に脂汗をにじませた中年男は了解を得ずに、指でウインナーを取り上げて口に運んだ。
「ちょっ…!」
「いやぁ~うまいうまい!良い嫁さんになれるよ!」
そう言うと高村は恵の肩に手を置いた。
(このオヤジィ~!)
「あっ!そうだメグ、まだ会計の書類ができてなかったんだ!行こっメグ!」
「うっ…うんっ!」
二人は弁当をイソイソと片付けて、走り去っていった。
「働き者だなぁ~ハハハハハ!」
(あ~助かった!)
彼女は言い様の無い嫌悪感を未だに感じながら、涼と顔を見合わせた。
「ありがとぉ~涼!」
「気をつけなよ恵~、ほんとあのオヤジ腹立よね。目つきがエロイし。」
「あっ!そうだ、今度の日曜日に一緒に食事行かない?私オゴるよ。」
「えっ!?やった、なんか無いとヤル気でないよ私!」
馴れ合いの日常、ただ過ぎて行く時。平平凡凡は骨頂を極め、今日も赤陽が地に沈む。
─日曜日─
よそ行きの服装で会社からの束縛をいくらか開放して、待ち合わせの約束をした都内のカフェテリアへ午後の一時を過ごす…彼女達のささやかな幸せだ。
「お待たせぇ~っ!」
恵は足早にこちらへ来る涼に向かって、少し照れながら手を振り返した。
「もう~遅いよぉ~、朝のケーキバイキング終っちゃったよ~?」
「ゲェ~!?マジで~っ!?ちょっと服選んでたら遅くなっちゃってぇ…。」
「涼って高校の時もそんな理由で遅刻してたよねぇ♪」
「別に良いじゃ~ん、あっ私ミルフィーユとブルマンで。」
「ナニその組み合わせ!?超変!てか、にゃにゃにゃにゃ~いっ!」
二人は談笑を繰り返して、ホコリのように積もった不満を燃焼させ顔も明るくなった。
「高校って言ったらさぁ、私卒業してから皆とあんまり会ってないんだよねぇ。」
「私も~、綾子とかどうしてるんだろね~?」
「なんかナースやってるらしいよ、瀬和さんから聞いたから多分そうなんじゃない?」
「そうなんだ~、皆変わってくんだよねぇ~。ところでさぁその服…」
二人の会話はとめどなく続き、すっかり夜になった頃…彼女達の噂する“綾子”も自分の人生を彼女なりに人生を楽しんでいた…。
─荒田家─
ガチャガチャ…、少し中性脂肪の数値が高そうな男がビデオの山で何かしているのを綾子はそれを見て「またか…」と思いつつその様子をしばらく見ていた。
「ちょっと、さっきから何しているの?」
彼は自慢のビデオコレクションを整理しているらしいが、こちらから客観的に見れば散らかしていると言う方が正しい感じである。
「もう聞いてるの!?何してるのよ?」
「いやさぁ、撮影したビデオが溜まってて困ってるんだよ。」
荒田は学生時代からカメラやビデオが好きで、現在もその類の事を仕事としている。
「ラベル貼ってあるんでしょう?必要無い物捨てちゃえば?」
そう綾子は半分飽きれ気味で言ったその時、荒田の手が一つのビデオを掴んで静止した。
「何だ、このビデオ?」と、首をかしげて言う。
綾子は仕事に行く支度をしながら、ビデオの管理もしていないのにヤケに物分り良く言った。付き合いが長いと、こう言う事も感覚的に理解しているのだろう。
「それってずいぶん前に『ハンディカメラで撮った映像はビデオにしたって』言った一部じゃないの?」
そう綾子に言われても荒田には合点がいかなかった、そもそもここに置いてあるのはいかがわしいビデオ。妻にはバレまいとついた嘘に違いない…。そうなるとこのビデオは何なのだろか?とっ、荒田はビデオの背面にふいと目をやった、『同窓会』と書かれたラベルが貼ってあった。同窓会……
「ああ!あれか!どうりで『同窓会』ってラベルが貼ってあんのか!」
彼は取り繕って、もっともらしい事をペラペラと彼女に言った。
「それで思い出したんだけど、もうすぐ同窓会だったんじゃない?」
そう言い終わると同時に彼女の携帯電話の呼び鈴がなった。ピリリッピリリッピッ
どうやらメールのようである。(緊急連絡も経費削減からメールが主流らしい)
「早く行かなきゃ、私もうでるね!」
「そっか、俺はこのビデオどんなやつか確かめとくよ。」
「うん、じゃぁね!」
ガチャン!慌しく出た様子からして急患だなと荒田は察し、ビデオをデッキに入れた。
「懐かしいなぁ~。そういや同窓会してなかったな…ま、いっか。どれどれ…。」
彼はこうして同窓会のビデオを見る事にした。…しかし、多少疑問が残る。
彼は何故今日に限って片付けをしたのだろう?勿論、他に類を見ない程の気まぐれなら話は解るが、彼はそう言う性格を持ち合わせていない。普段から整理をしているような性格なら、どのビデオがどのような内容かわかるはず。つまり彼は普段から全く整理などせず、散らかり行くビデオを見て「あぁ片付けなきゃ」と思いつつ片付けられない性格の可能性が高い。
この性格は増え行くゴミの山を毎度見る度片付けようと思うが、後でまとめてやろうと思いながら、結局自分で片付けられる許容量を超えてしまうのが大半である。ならば何故片付けを今日に限ってしようと思ったのか?
─風山宅─
「おさむぅ~、休みの日どこか連れて行ってよぉ~。」
「そうだなぁ~美加ちゃんの本性教えてくれたら海外にでも連れて行ってあげようかな」
「え~ぇ?じゃあ私、本性見せちゃおうかなぁ~っ?」
トゥルルルル…トゥルルル、なんとも間が悪い電話だ…。
「あ、電話だゴメン。」
「ちょっとぉ~っ!もぉ~っ!!」 カチャ
「はいもしもし風山ですが?」
「ハァハァッ…風山か…?」
随分息が切れている…。時間も深夜0時。その声は風山にとっては聞き覚えの無い様に彼は思った。しかし、ただ事ではない事は直感的に感じた。今思えば、この電話が全ての始まりとも言える…。風山は彼女に目で合図して、電話に専念した。
「たっ…ハァ…大変なんだ…ハァ…。」
「ちょっと待って?あんた誰だよ?」
「俺だよ!高校の時一緒だった荒田武だよっ!」
風山はしばらく黙った、…荒田…?
「あぁ~っ!!武じゃんか、久し振りだなおいっ!」
「そうだよっ!」
「どうしたんだ急に息切らして電話してくるなんて?」
「それが…!来週の日曜は俺らの高校の同窓会なんだ!」と、彼は力んだ。
「なんだそんな事か、そういや同窓会やってなかったな。休日だし、用事あるやつは休ませて来させりゃなんとか約束果たせるだろ。」
「…っ:おっ…おう。その辺りはお前が得意だろ?」
「ああ、でもお前よく同窓会の日なんか覚えてるよな?俺も皆で何日か決めた事は覚えてんだけど、それがいつかってのを忘れちゃってさぁ。」
そう彼は溜め息交じりに笑って言った。電話の向こうでも同じ風な笑い声が聞こえる。
「それが俺もすっかり忘れてたんだけどな、風山、高校の時にクラス全員が集まって遊んだ時の事は覚えてるか?あん時のビデオがあって、見た瞬間に思い出したんだよ!」
「…んっ?あぁ…あぁっ!やったやった!来週の日曜がちょうど約束の日って事か!?」
「そうだよ!ビデオはお前の所に送っとくから同窓会の時にでも皆で見てくれ。」
「お前来ねぇの?」
「いや、行くには行くが…住所変わったやつ探すので当日遅れるかもしんねぇ。」
「でも、あん時に実家の住所は同窓会の日までなるべく変えないって約束したじゃん?」
「俺ら二十七だぜ?事情の変わったやつの目星も大体ついてんだ、高校の時新谷と一緒にチェックしたからな。」
「あいつかぁ、やたらに人脈広かったからな。」
「あぁ、それと同窓会の通知は二日前にしてくれ。」
風山は彼の言った事が、全然理解できなかった。
「はっ?なんで二日前なんだ?」
「だってさぁ、お前が忘れてるぐらいの同窓会だぜ?早く知らせたら盛り上がんねぇ~だろっ!?だからギリギリに通知しようぜ!」
彼はまるで高校生の頃のように、悪ふざけっぽく言った。
「それもそうだな、突然知らせた方が盛り上がるよな!」
風山もまた、彼と同じように心の中をあの頃に陶酔させて言った。
「あぁ、だから二日前に頼むぜ。二日もあれば事は足りるだろ?要注意人物は今から俺が片付けるから後は任せたぜ。」
「あぁ!高校の時の約束通り最高な同窓会にしような!」
風山が意気込んでこの会話の終幕は案外早くおとずれた。
電話を置いた荒田はメモと巻き戻したビデオを包みに入れてテーブルの上に置いて、話ていた通りに住所の変わったと思われる人の所へと情報を確認しに向かった。これから地獄の旅が始まるとも知らず、彼の声を最後に聞いたのが風山になると言う事も…、全てはビデオの意志だと言う事も…。
「えぇっとまずは山本、こいつは確か予備校のゼミで一緒だったな。あん時に住所は聞いたしこいつの家に行ってみるかっ!」 ブォォォォッ…
真夜中の人気の無い国道を車は走り出した。
…ふと荒田は思った、住所を聞いたりする準備はしていたのに何故同窓会の事を忘れていたのだろう…。確かあの時は同窓会に呼ぶ事が目的じゃなくて、ただ単に旧友と再開して今どこに住んでいるのかって話しで確認しただけだった…。思えば、同窓会の準備さえ忘れていて、偶然俺の性格が上手く転用されただけかもしれない…と。
─山本家─
ピンポーン、ガチャッ。中から明らかに肥満体型の三十近い女性が出てきた。人は良さそうだ。近眼なのだろう、セルタイプのあまりセンスの良くないメガネをしている。
「こんばんは、荒田と申します。」
彼は軽く会釈した、先程の女性もそれに呼応した。
「夜分遅くすみませんが、山本のぼるさんはいらっしゃいますか…?」
「主人ならちょうど出掛けた所で、何か急用ですか?」
「いえっ!別に急用ではないのでまた来ます、ありがとうございました。」
「えっ?ええぇ…。」
女性は少し首をかしげると扉を閉めた、荒田は急いで次に回って早く終わらせようと使命感に追いやられると言う感じでもあった。住所の確認さえ取れれば充分だ。
「次は瀬田さんか、確か俺の親戚の友達が栃木に移転したって言ってたな。詳しいことは親戚に聞けばなんとかなるだろう!」
こうして彼は高校の友人にはなるべく聞かず、身近な人もしくは自分や新谷の人脈から転居(連絡のつかなさそうな人)している人達の住所を次々確認していった。
「ふぅ~、まさか森山が秋田に越しているとはなぁ。下宿先が東京じゃなきゃ探すのもうちっと時間がかかってただろうな…。」
彼は手帳をめくる、夜は既に朝に近付き出そうとしている午前三時半…。
「もういねぇだろ…?ん~っと…岡本友子…?」
要チェックの欄に○がついているが斜線がその上から引かれ、さらにグシャグシャと上から書き潰すように消してある。よくわからないので後回しにしたものだった。
「誰だったけかな~?まぁ女の子だし、問題ありでも結構こう言うやつは化けたりするからな。とりあえず誘うだけ誘っておきゃ良いだろ?」
彼はそう言うと眠い目を凝らしてもう一度奮い立った。
─翌日─
「ダメだ…、誰に聞いてもわからねぇし…高校のやつが知っていても聞くに聞けないよなぁ…。転居しているのかどうかもわからないし…、とりあえず実家へ行ってみるか…。」
車を急いで岡本宅へと向かわせた、すると意外な事がわかった。現在岡本一家は数年前に事件があって長女だけが東京へ移ったらしい。他の家族はどうなったかは知らないと現在そこ(岡本の実家がもともとあった所)に住んでいた人に言われた。他に手立ても無いので彼はとりあえず長女だけが転居した東京へ行く事にした。現在住んでいた人や不動産屋の人等から情報を得るのに時間がかかり、すっかり夜中になってしまった。
ネオンがさんざめく都心からどれくらいの距離だろうか?その場所は都会っぽさが廃れた様なマンションがたたずみ、少し肌が冷えるような感覚を彼は直感的に感じた。郵便受けに「岡本」はなかったが他に手がかりはない。荒田は足早に階段を駆け上がった。
「あった、この部屋だ…。」
他の部屋も回ったが『岡本』の表札はその部屋だけだった。不動産屋等の情報から考えてもその部屋が『岡本友子』の転居先である事は恐らく確実であろう。
「でも…、こんな時間だしなぁ…起きていないかもしれない…。」
と、思いつつ呼び鈴を鳴らしてみた。ピンポーン………
「やっぱり出る訳ないか…。仕方ね、朝まで待つか。」
そこから去ろうとした瞬間、ガチャとカギの開く音がした。荒田は喜んだが、次には不安を心の中でグルグルさせた。
(どうしよう、怒らせたんじゃ…。)
こんな時間に起こされたのだ、相手が岡本ではなく全く別人であったならゲンコツの一発や二発食らうかもしれない。本人だとしても機嫌を損ねてしまったのでは?とも思った。
しかし、ドアはギィギィギィィとゆっくり隙間を作り、中から幽かに聞こえるかどうかわからない恐らく昼間なら雑音に掻き消されてなくなる程の声が漏れた。
?「どうぞ…」
なんとも生力のない女性の声が聞えた。荒田は帰るのを止めて女性の部屋へと歩を進め返した。荒田がある程度ドアに近付くとドアはバタンッと閉まった、当然彼はまだ部屋に入っていない…、少し抵抗があったが思い切ってドアを開けた。ドアはとても重く、中と外の気圧の違いか早く開かずわずかに自分がちょうど入れる程度開けるのが限界だった。
部屋の中は暗く人も部屋も殆どわからない、荒田から2~3m離れた所に先程の声の主と思われる女性が立っていた。何故だか知らないが妙に部屋が冷たく寒い。
彼女はうつむいたまま言葉をあの生力のない声で再び奏で始めた。
「何ですか?」
「あっ…、え…っと」
荒田はあまりの雰囲気に圧倒され「何ですか」と聞かれて、はて何だったか自分にもよくわからなくなった。彼は全力を尽くして声を振り絞った。
「えっと…あっ!岡本さんだよね!?」
「ええ…そうです。」
会話の終わりに彼は激しい抵抗感を感じて、無理に会話を続けた。それは彼自身なんなのか全然わからなかったが、直感的に彼は意味なくそうせざるを得なかったのだ。
「さっ探すの大変だったんだ!」
彼自身は彼女の住所もわかったし早く帰りたかった、しかし会話を終わらせてはいけない、帰ってはいけないと言う自身にも意味のわからない焦りと恐怖感があった。
岡「そうですか…。」
会話が続かない…、薄暗い部屋に立ち尽くす二人の沈黙…。荒田の鼓動は意味なく臨界点へと跳ね上がり嫌な汗が額ににじむ。黙ってはいけない、彼は無理に声を絞り出す。
「あっ…っ…。」
何も喋る事がなくなった彼は絶望感で支配されていた。通常こんな事はありえない、彼には制御できない第六感がそうさせていた。
「ビデオ…。」
彼女はさき程よりハッキリ通る声でそう呟いた。まだうつむいたままだ。
「えっ…?」
「ビデオ見て来てくれたんだ…。」
彼女はちょっとうれしそうだった。彼は言い知れぬ恐怖心に心臓を掌握され、何故彼女がその事を知っているのか…さらには彼女がそもそも誰なのか:そんな事を早送りするビデオの様に考え続けた。…帰りたいのに足は硬直し、ただ彼女と向き合うしか術がない。
「…そうだけ…ど?」
こころとは裏腹に返答は明解だった。彼女はゆっくりと歩き出した。
「私の事覚えてる?」
何の質問なんだ?全く意味がわからない。荒田はその言葉を聞いて、必死で彼女の顔を思い出そうとしていた。わからない…、彼女は岡本友子…。でもそんな奴クラスにいたか?喋った事も、話題にもなってないし、誰とツルんでいたかもわからない。彼女が同じクラスだったのか彼には思い出せなくなっていた。
彼女はいつしか荒田の目の前にスッと立っていた…。冷たく重苦しい空気が荒田を押し潰し、彼は微動だすらできない。荒田は必死で同窓会のビデオを頭の中でリプレイして彼女を探した。どこにもいない!どの場面にもどの思い出にも…。記憶のありとあるゆる引出しの中に彼女の断片など全くなかった。
「忘れたの?」
彼女は妙な優しさを含めてそう言うと荒田の手を握り絞めた。人間的な暖かさのない潤い過ぎた冷たい手を握った瞬間、彼の頭であのビデオがもう一度再生された。今思うとあまりハッキリ見ていなかった気がするそのビデオの映像。今度はあたかも今そこで見ているかのようにクッキリと細部まで鮮明に頭の中で上映され出した…。
荒田は自分の記憶は完璧だと自分でも間違いないと意気込んだ、彼女はやはりいないと。
しかし、途中から一人が何時からかは解らないが周囲の輪からのけ者にされ、一人でいる女の子に気がついた。荒田の記憶内にはどうも欠損してしまった人物らしく、覚えがない。
(こんな子いたっけ?)
その子のアップシーンになった、こんなシーンあったかどうか更に荒田は疑った…もしかして、この子が友子…?…友子…。彼の記憶で閉鎖されていた領域が徐々に開放されていた。それは開けてはいけない記憶の領域であるにも関わらず、一方的に開かれていく。
「思い出してくれたんだ…。」
彼女は微笑んだ様子だ。ゆっくりと顔を上げると、同時に現実と頭で起っているビデオの上映映像とシンクロした。どちらの彼女も荒田を冷たく直視していた。彼は全てを思い出し、えたいの知れない光景に声にならない声をおののいてあげた…。彼は急いで彼女の家を出て無我夢中で車を走らせようとしたが、ついに力尽きてハンドルに体を突っ伏した。
もう闇が明ける寸前だった、彼は死んでしまったのか:?それは定かではないが、ただもう二度と動かなかったことから考えれば死んでしまったのだろう。
一方風山は荒田がどうなったのかも知らず、荒田が送ったのかどうかも解らない資料を見ていた。住所が変わった所へ直接行き確認したのは荒田だけ、しかし彼は完成間際で死に資料は遅れないはず…、察するに彼女が一端をかんでいるに違いないだろう…。
「なる程…あいつ群馬に越していたのか…よし、遠いやつは今日連絡すれば間に合うな。」
この日は同窓会の日迄三日、荒田が死んでから三日が経っていた。風山は荒田がビデオを送ると言っていたのを思い出しながら、例のビデオを手に取って見ていた。
これを届けたのは荒田の彼女綾子で、荒田の残したメモ見た為である。
『俺は同窓会に皆出席できる様に、住所が変わったと思う人の所へ行って来る。当分帰れないから、このビデオを風山に送っておいてくれ。』と、卓袱台の上にビデオと共に置かれていて、出掛ける前に同窓会の話をしていた彼女は疑う事無くビデオを送ったのだ。
風山は荒田から手紙が来るまで、ビデオが見れて大勢が宴会できる場所を探していた。なかなか見つからなかったが三日もあれば充分である。また、休みが取りにくいであろう職業や性格の人には同窓会の事を事前に伝える事にしておいた。
そして、それ以外の言い訳上手や休みの取り易い職業の人等は翌日電話する事にした。
まぁ、連絡が取れなくても約束の日だ、周囲がしっかりサポートしてくれるだろう。彼らは十年前に同窓会は前日まで話題にしない&連絡しない(幹事の荒田と風山以外)が、前日は皆協力して絶対に全員出席する事とクラスが全員一致となって約束したのだから。
…全員の一致、団結力の高いクラスのまとまりが誰かの上に成り立っていた事は置き去りにされ、今その忘れ去られた踏み台が牙を剥いている事に誰も気付くはずがない…。
─同窓会前日、渋谷・某カフェテリア、涼と恵は又いつもの様にウップンを晴らしていた。
「ちょ~さ、まじウザくない!?専務の高村っ!」
「ていうかさぁNGだよね!完全にイッてよしだよ。」
「でしょ?…あ、もう卒業の季節なんだ。」
涼は窓越しに花飾りを付けたままの学生達を羨ましそうに打ち眺めながら、彼女は溜め息を深くついた。何か思い出に浸っている様だ。記憶を巡っている時の遠い目をしている。
「そうだねぇ。」
「そういやぁさ、同窓会ってやったけ?」
涼は思い出を探りながら言った、恵は目を丸くして答えた。
「何言ってんのよ!?明日でしょ!」
涼は身を乗り出した、不意を突かれたご様子。
「え~っ!?マジで言ってんの!?」
「マジ!」
恵は涼を落ち着かせた。
「恵よく覚えてるね。」
「私も昨日まで忘れてたの(笑)」
涼は不思議な顔をして「昨日まで?」と聞いた、恵はほくそえんだ。
「うん(笑)、風山がさぁ~”明日同窓会だから○○さんとか、ちゃんと誘っておいてくれよ!“って。いきなりだけど、皆で約束したの思い出して。」
「かぁざぁやまぁっ~?!」
彼女はもはやそれどころではないようだ、二人は顔を見合わせて大きな声で笑った。
─同窓会当日─
荒田と風山の努力と、皆での約束が身を結んだのか欠席者なしということで始まった。
しかし、全ての席が埋まった訳ではなかった。三つ…ちょうど人数分ある席が埋まらない。だが、誰も気に止めるけはいは当然の様にない。当然といえば当然だ。こう言う集まりとかには必ず出席できない人や遅れてくる人がいるものである。いくら結束力が高い集団でもやむ得ない事情が発生するのは止め様がない。
矢島「おー久し振りじゃん恵!!」
一人の男が恵の方へやってきた、男はあまり顔が変わらないのですぐに誰かわかった。
「ゲェ~あなた矢島君!?ずいぶん派手になったね…。」
オメガの時計に高級スーツ、グッチの財布…ホストでもやってんのかこいつ。
「お前こそ人の事言えんのかよ?化粧濃いぞ(笑)」
「ひょっとして風山君!?え~っウソッ~!?」
「風山君どれくらい人を呼んだの?風山君が幹事だよね?」
「もちろん、約束通り全員呼んだぜ。て言っても荒田が主幹事だからわかんねぇけどな。」
「荒田君?来てないみたいだよ?」
「そうだな…?なんか住所変わってそうなやつを探すって言ってたから、それに時間かかってんじゃんねぇのか?後二人来てないし、多分そいつら探しているんだろ。」
(でも住所録は届いたしな…、他の用事ができたのかもな…。)
「その内来るっしょ!?」
「そうだね。」
涼と恵が去った後、一人の女性が風山の腕をつかんだ。
「!?」
「ちょっと風山君…。」
彼女は目で裏へ行こうと合図した。風山は嫌な予感がしたまま、盛り上がる会場を後にした。会場では幹事がいなくとも勝手にカラオケやパーティゲームが横行していて、誰も二人が抜けたことを気にしなかった。長いテーブルを囲み旧友と語らう…変わった者、変わらぬ者:皆大人へとなっていた。店の人も忙しく料理を出し入れする。
「あのね風山君…、武の事なんだけど…。」
綾子はとても悲しい表情で彼を見つめていた。ちなみに、武とは荒田の名前である。
「あぁ…今日来てないみたいだけど…?」
「彼…変死したの…。」
風山は全く状況が飲めなかった。賑やかな会場とあまりにもかけ離れた話だった。
「変死…??」
「私が夜勤に行った後に住所の変わってそうな人の所へ行ったの…。風山君…そのことは知っているわよね…?」
「あっ…あぁ…、電話もらったからな。綾ちゃんが夜勤だった事は知らないけど…。」
「夜勤が終わって家に帰っても誰もいなくて…。」
「荒田と付き合ってたのか?」
「同棲してたの…、彼とは高校から…もうすぐ結婚をしようかって話しもしてた…。」
「そう………か…。」
「夜になっても連絡がなかったわ…、翌朝になって警察から連絡があって…昨日葬儀が終わったばかりなの…。ねぇ…?何か知らない?何でも良いからっ!」
彼女は風山に掴みかかった、彼は目を丸くして狼狽した。
「しっ…知らねぇよ…!俺は荒田とは別行動だったんだ…。」
「そんな…。」
彼女は肩を落としてひどく落胆した。
「そうだ…、あのビデオ…。」
風山は自分のバッグからビデオを取り出してきた。
「それ…私が送ったやつだね。」
このビデオは彼女にとっては遺品になる、彼女は感慨深そうにそっと手に取った。
「彼がこのビデオのラベルを見て同窓会を思い出したのよね…。」
「中身は見てないのか?」
彼女は首を縦に振った、最後に彼の顔を見たその日の事を思い出している様に感じた。
綾「私は夜勤だったから…、でも武は見たはずよ?彼、中身を確認するって言ったし。」
「このビデオ、俺も見てないんだ。荒田のやつビデオが面白いって言ってたし…。何か手がかりがあるかもしれない…。」
「うん…そうかもね…。」
「まぁ、今日は同窓会だしこのビデオも盛り上げる為に荒田がくれたんだろ?だったら楽しんでやらなきゃ。」
風山は暗く落ち込ませるのを嫌がって、彼女を盛り立て会場に戻った。
キャハハハ♪カンチャカンチャ
「お待たせしました、こちらビール七本と盛り合わせ四人前になります(疲)」
「なぁ!そこの大型テレビ、ビデオデッキ付いてるけど何かビデオあるの?」
「そうだよ、何かねぇのかよっ!」
二人の男が女性の店員にからむ、店員は顔に嫌気をにじませた。
「すいませんお客様。当店ではビデオテープの方ご用意しておりませんのでお客様がビデオをご用意して頂く事になっております。」
「ちっ…、こんな事ならAVでも持ってくるんだった。」
風山は二人に近付いて言った。
「ハハハハ!AVはいくらなんでもな?それよりこれ…覚えてるか?」
手に持っていた“同窓会“のラベルが貼ってあるビデオを見せて得意気にした。
「何それ?」
「…同窓会って…、今日のことじゃん???」
確かに、彼女が言うことは的を得ている。と言うか、なぜこのビデオが『同窓会』という題名なのか、不自然なことは揺ぎ無い。荒田がどういう性格であったにしろ、その題名が適当に付けられたものだったのか何なのかは誰にもわからない事と言えそうだ。
「いや~、実は俺にも詳しくわかんねぇんだけど。荒田のやつがこれを送って来たんだ。」
当然、風山もビデオの正体や真実はまったく知らない。ちょっと困りながら涼に説明した。しかし、涼は荒田と言う名前を聞いて急に抗顔になった。
「あー!あのカメラオタク!?」
「あれ…?今日来てないよね…、荒田くん…。」
風山は少し顔に蒼褪めを感じたため、必死で笑顔を取り繕った。だが、酒を少しあおっていたためか、皆はその事には気付かなかった。
「ああ、そうだな。」
「何のビデオか気になるよな…?」
「風山中身は見たかのか?」
風山は首を横に振った。
「俺は忙しくて見る暇なかったんだ。」
「だったら見ようぜ!ビデオデッキあるみたいだしな!」
一同も同じくそれに同意した。そして大歓声に似た拍手の中ビデオはビデオデッキへ…。画面にはリモコンによる操作が表示され、ビデオが再生された。湧き上がる歓声…
(ビデオ内の人物は『旧』と付きます、旧○○はビデオの音声だと言う事です。)
「え~っと今…何だっけ?」 アハハハッ!
ビデオは高校生時代の姿をありありと映しだし、会場は一気に沸いた。
「ゲェ!俺じゃん!」
「うわ~っ!若いし噛みまくり!」
アハハハハッ…一同に笑いが込み上げる、ビデオの中は十年前の事を思い出した。普通なら十年前程度の事を忘れる事はないかも知れない。しかし、彼らはしばしば皆で集まって遊んでいた為“一週間前の昼食“程度の記憶レベル。あなたは一週間前の昼食を覚えているだろうか?彼らにとって約束の日は多少豪華になっただけで、カメラが回っていた事以外はいつもの事。だから、約束の日は覚えていても細かい事は十年も経てばすっかり忘れてしまう事、故意的ではなく自然に記憶が劣化したのだ。
「えっと、今日はクラスの皆で遊んでます!」
(あっ…!私だ…、こうして改めて見るとかなり恥ずかしいな…。)
「恵ー昔と今別人じゃ~んっ!?」
「涼だって人の事言えないじゃない(笑)」
赤面するような映像が次々と飛び出す…、皆の会話も次第に盛り上がる。
(…ただのビデオだな…。まぁ、突然死なんて珍しくないし。)
風山は一人そう思い、皆と共に談笑を始めた。綾子も少し気持ちを落ち着けた様だった。
「…あの子…、誰だっけ?」
突然眉をひそめ涼が呟いた。だが、誰も彼女の問いに答えない。いや、わからないのだ。
「どの子?」
「ほら、あの端の子…。」
画面の左端に、大人しい暗闇を背に共有させている子が鎮座していた。
「この中にいるーっ!?」
一同がお互いを確かめ合うが、どうもここにはいないらしい。
「…ひょっとして…友子…?」
皆は目をぎょっとさせた、そしてせきを切ったように納得を示した。
「そうだよ!友子だよ!」
「思い出したぁっ!」
「そりゃそうだ、お前が一番面倒見てたもんな!」アハハハハ!
「今見てもキモイよね。」
「うん。」
ビデオのシーンはちょうど友子が罰ゲームをするシーンだった。
「えーっと、今から友子が罰ゲームをします!」
ビデオの中と同じ様に盛り上がる会場、本人がいないからか?イジメとは被害者以外にとってはゲームを盛り上げるのに不可欠な要素でしかない。友子の顔がズームアップされ画面一杯に表示され、なぜか今まで止む事のなかった罵声やあおりが一瞬で消え去った。
まるで、周りには誰一人も存在しない彼女の持つ孤独と言う闇に入り込んだかの様だった。雑音さえない無音の闇はビデオと会場を凌駕して、同じ空間を演出していた。
(やけに静かになった…?)
少し俯いた二つ括りの真面目そうな顔はいつになく暗く、何も提示しない。無音の闇にその蒼褪めた顔だけをテレビの画面に浮かべている。突然、そんな彼女の目の動きがおかしくなった。機能を失ったように乱れ眉間によっていった。そうかと思うと今度はその理性のカケラもない黒目だけが中央で激しくブレ始めた。皆、その黒目だけを追い、沈黙したまま微動だにせず、異様な映像に釘付けになっていた。
中央で焦点を完全に喪失したその目を閉じた瞬間、眉の上に一線の傷が浮かび、鮮血がにじみ出た。眉の上の傷はゆっくり割れて、どこからともなくミチミチと肉が裂ける音が聞えていた。そこから凍てつく様な人間には不要な眼が現れ、全員を睨み付けた。ビデオの映像なのに目が合う感じがしてたまらない。
「…っ…っ…?イヤァァァ~~~ッッ!!」
目をそらすことは出来ない、その目の上にある目は死んだ魚の目より淀んでいる。
「なっなんだよこれ!」
狼狽する一同、背中に貼りいた凍りつく様な恐怖感がいつまでも体を支配する。
「しょうもねーっ!どうせ作り物だろ!」
「知るかよ…!」
「嘘つかないで!グルなんでしょっ!」
「そっ…そうだ!まだ来てない三人と組んでんだろっ!」
周りが一瞬にして冷めていく、作れそうもない映像に皆否定論しか言えない。そんな戦々恐々する一同の中、ひときわ体を震えさせている女性がいた。
「どうしたの綾子…、さっきから…。」
「荒田君…、この前死んだの。」
冗談にしては度が過ぎている、場の雰囲気は最悪を超え修復できない状態になっていた。
「ついこの間の事だったわ…。」
風山は止めるよう目で綾子に合図したが、彼女は話を責務であるかの様に続けた。
「そのビデオが急に出てきて、彼は見たらしいの…私が夜勤に行った後。」
「ちょっと待ってよ…、彼って…?」
「綾子は荒田と同棲してたんだ…、結婚間近かだったんだって…。」
風山はなぜだかはわからないが、綾子と荒田の関係を説明した。つい先程綾子から聞いた話をさも随分知っているかの様に綾子に代わって皆に説明する。別に荒田はもう死んでいるし、気にする程ではないが:ともかく一同はその話も話題にできないほど恐怖に縛られていた。普通ならこんな話は盛り上がるネタなのに、誰もそうはしなかった。
「そうだったんだ…、それで…?」
桝田は続きを聞いた。一同も激しい混乱から逃れ様と話の続きを待つ。
「私が夜勤から帰ってくると、机の上にメモがあったわ。このビデオを風山君に送るように、自分は住所が変わってそうな人の現在の住所を確認しに行くからって…書いてあったわ。でも、火曜の夜になっても彼からは連絡がなかった。私はそれでも住所の変わった人達を探しているのかと思って…、何とも思わなかったわ。」
綾子の落胆した顔は心痛で歪み、一同に更なる不安を募らせる。
「翌日、警察の人が家に来て…変死したって。」
誰も彼女の話を阻害せず、人形のように硬直していた。それは、今されている話が恐怖を払拭するどころか増長させる様な嫌な予感が皆していたからである。
「……マジかよ…。」
「私、その後急いで葬儀をしたからあまり詳しい事は聞けなかったけど。水曜の早朝に死亡したって、原因は不明だったわ。」
「ちょっと待てよ!あの住所録は荒田が作った物だろ!?誰が俺に送ってきたんだ?」
「もうやめてっ!イイ加減ウザイッて!」
「そうだよ!こんなつまんねぇイタズラ何が楽しいんだよ!」
ビデオの中ではいつも通りイジメが繰り返し行われていた。沈黙と恐怖が占拠する会場に、ビデオの中の歓声が虚しくこだまする。恵は誰も座らない席を眺めながら言った。
「今日来てない人って荒田君と友子と…、後一人って誰だっけ…?」
「…清津君だよ…、このビデオの撮影者の…。」
「そう言えば荒田と橋田と清津は写真部だったな。」
「僕達は存在薄いほうだったからね…、皆忘れても仕方ないよ。」
「どうせ:そいつも一緒に組んでんだろ?」
一部の同級生は怒りで恐怖を紛らわせ、現実に背を向けることでわずかな平常心を保っていた。そうする事で強い自分を去勢で良いから作りあげ、恐怖から身を守っている。
「私思い出したよ!確か荒田君があの日は休みで、変わりにカメラを回していたのよね」
「そうだよ、その後死んじゃったけどね。元々清津君は体が良くなかったから、誰も不思議に思わなかったけど…、このビデオを撮ったのは清津君だよ…。」
「えっ…?武じゃぁなかったの?」 ※武は荒田の名前です。
「うん…、僕は今でも覚えているよ。久し振りの撮影だって張り切ってた清津君の顔が急に死人みたいに青白くなったのを…。」
一同はこれ以上ない程に最悪な顔をしていた。もう、恐怖を感じる余裕さえなくなっていた。聞き取れないほど岡本の小さな泣き声が全員の耳と心を激しく痛ませる。
「…恨みなんて言うのかよ…?」
「変なこと言わないでよっっ!!」
「いじめてたやつが言うなよっ!」
「本当ウザイッ!もういいかげんにして!」
「ちょっと落ち着いてよ!」
「どうしてこんなくだらない事思い出さなきゃいけないのよっ!」
まだビデオの中では、イジメが楽しいゲームとして横行している。
「は~いタバスコジュース♪超おいし~んだから。」 ビシャッ!
わざとらしく赤く滲んだ液体をこぼす昔の涼…、それを見て笑う過去の自分達…。
「あっごめんねぇ~」
「早く飲まねぇからだよ!」
笑いに包まれる過去の映像…、全く対照的な今の自分達を支配する闇黙…。
「みんないじめてたじゃん。」
「ちょっ…!人の事言えんの!?」
涼は冷たい目をしていた…、とても鋭く氷針の如く恵を睨み刺した。
「あなたこそ…。皆もそうだよ。」
涼はその冷徹な視線を一同に突き刺し、凍える様な零気を漂わせた。
「何がだよ!」
「やってたのお前だけじゃん!」
「傍観者もいじめをしているのと同じよ…。」
皆怒りをあらわにした、自分達がこんな原因でこんな事になった訳ではないと否定の怒りだ。責任を彼女一人に負わせる為の手段でもある。
「どうしてだよ、おめぇが…。」
「あなた達…見ている事イジメの参加者って事、知らないの?」
「でも何もして…。」
「そう、あなた達は何もせずいつも楽な立場にいた。」
「だから…?」
「助けようとした?止めようとした?あなた達は関係無い顔して笑ってた…。ねぇ知ってる?殺人は直接手を下してなくても…見ていただけでも同罪なのよ?関係ない顔して知らないふりしている…。でも、それこそがイジメ…。」
誰も反論せずに黙り続けた…。イジメを一つのゲームとして皆で楽しんでいた最低な過去を、一人一人噛み締めている様でもあった…。後悔の極みを共有していた。
一同がその場で固まっている中、風山は住所録を眺めて言った…。
「そう言えば友子の所も住所変更になってたな…。」
ポツリとつぶやくと、三つの空席が妙に怪しく見えた。
「なぁ…、きちんと訂正されてるって事は来るんじゃないのか…?」
誰もが耳をふさぎたい様子だった。顔を沈ませ、恐怖に怯えだし始めていた。
「来るよ、来ていない三人のうち二人は死んでいる訳でしょ?最後の一人は友子しかいないじゃん…。必ず来るよ、他の三人と同じ姿にするためにね…。」
風山はまくしたてるように帰る準備を仕出した。
「なっなぁっ?会場を変えるって言うか、もういいんじゃね?待っても来なさそうだし。」
皆の顔が一瞬にして明るくなっていき、息を吹き返した様にざわつきだした。
「それ良いな、もう俺なんか疲れたし。」
反対する者は居るはずがない、こうして約束の日・同窓会は最悪な余韻を強く残したまま終わりを迎えた…全ては自分達が確かにしたイジメが全ての原因だった。
─風山宅─
ガチャ… 風山(あれ?鍵開いてんのか…?)
「ただいま~、美加ちゃんかなぁ~♪」
奥からひょこっと茶髪の女性が現れた、風山の彼女は家で同棲していた。
「そうだよぉ~。」
抱き合う二人、風山は同窓会の後味悪い感じを消す為か、長いキスをした。
「あっそうだ、女の人が尋ねてきたよぉ?」
風山は吹き上がる嫌な予感を必死で否定しながら、美加の顔をのぞきこんだ。
「えっ…?」
「本当だよ!ついさっき友子って言う人が来たの、ずっと下向いてて顔よくわかんなかったけど知り合いな…。」
風山はつい先程の湧き上がる最悪を同窓会と同じ状態でフラッシュバックしていた。彼女の話など『友子』の名前が出た瞬間にプツリと途絶えてしまっている。
「…っ…ってねぇ?聞いてる?ねぇっ!」
「…っ!?あっ…?うん。」
風山は我に返った、誰かの悪戯だろうと思って平常心に戻した。だが、涌き出る冷や汗を止める事はできない。どんどん恐怖で体が冷めていく、温かい日常はもうどこにもない。
「大丈夫…?あ、そう言えば最後に来るって伝えてくださいだって…。」
「…さ…いご?」
「意味わかんないよね?」
猫の様に無邪気な彼女と対照的に、風山は震えが止まらなかった。
ごく自然な恐怖だった。
(まてよ最後って…?それじゃあ他のやつの所に…涼!?そうだ彼女が危ない!)
彼はまとわりつく彼女を乱暴に振り切り、電話に飛びついた。
─涼宅─
「ほんっと今日は最悪だったわ、ねぇ聞いてるの…?」
「今俺バイトで忙しいからまた後にしてくれ、じゃあなっ!」
プップーップーッ、電話は一方的に切られた。
「たくっ!何よ彼女の話の途中で切りやがって!」 ピーンポーンピーンポーン
「誰かな…?こんな時間に…。」
ガチャ…、目の前には二つ括りの暗い感じをまとった女性がスッと立っていた。
「あの?誰ですか?」
チリリリリンッ!チリリリンッ!家の中の電話が激しく鳴るのが聞えた。
「あっ電話が…用があるんなら早く…。」
「やっと会えた…。」
「:誰…、…っ…えっ…ちょっ…?」
目の前の女はゆっくりと顔をあげその全てを彼女にさらけた、涼は気がどんどん遠のき電話の呼び鈴もどこか遠くへ…。その場へ力なくへたり込んでいった。
「私ね…すごく苦しんだの、もうダメなの…、苦しくて苦しくて…ねぇ?聞いてるの…?本当に苦しいの…、私は今もあなたにイジメられっぱなしなの…。ねぇ…謝って…、苦しいの…、私を楽にしてよ…ねぇ?もう死んじゃったの?もっと苦しんでくれなきゃ…。」
─都内某所─
…トゥルルル…トゥルルル…プッ
「只今留守にしております、メッセー…」 カチャ
「留守…?大丈夫かな…でも、友子はどうして俺を最後にしたんだ…?」
「どうしたの?変だよ何か…。」
心配そうに彼を見つめる美加、風山はでかける用意をしだした。
「えっ!?どこ行くの!?」
「ちょっと用事だ。」
そそくさと出ていった風山を美加は寂しげに見送った。
「浮気かなぁ…?でも顔が蒼冷めてたし…、どうしたんだろう…。」
風山は急いで車に乗って涼の家へ向かった。
─涼宅前─ キィ~ッガチャッ
「ハァッ…ハァッ…!?…涼っ!」
玄関は開けっぱなしだった。彼女の体は一点を凝視したまま冷たい通路に突っ伏していた。恐らく体は元気なのだ。しかし、精神が死に至っているのだろう。
「…くっ…!やっぱり…。」
風山は胸ポケットから携帯電話を取り出して恵にかけた、次は彼女なんじゃ…。
「もしもし、どうしたの?」
「はぁっはぁっ…涼が死んでしまった…。」
「えっ……!?」
「とりあえず俺が行くまで誰も家に入れるな!次はお前かもしれない!」
「うっうん…わかった。」
ピッ…恵は携帯を握り締めただ泣き崩れ、その迫り来る恐怖と親友の死に絶望した。
─恵宅─
ピーンポーンピーンポーン…。呼び鈴が手招きをしている。恵は玄関のドアノブを握って混乱の極地に汗をにじませた。板一枚向こうに居るのは風山か、それとも…?
ピーンポーンピーンポーン、再び鳴る呼び鈴は脅迫めいた感じだった。彼女は手をガタガタと震えさせ、冷たい汗をダラダラと流し硬直していた。…コンコンコン!
「俺だ!無事か!?」
風山の声だ…!彼女は一気に安心してドアを開け放った。風山は肩で息をしていた。よほど急いできたらしい。嫌な恐怖心が彼の顔を見て、彼女はどれほど和らいだだろう。
「よかった…。」
「えっ…?それはこっちの台詞だよ、とにかく次は恵じゃなかったみただな。」
「うん…、でも本当に友子が涼を…?」
「後で言うよ、とりあえずここから離れた方が安全だ。移動中はこられないだろう。」
─車中─
「…涼、本当に友子が…?ねぇ…、教えてよ…。」
恵は涼とのプリクラを見て、涙しながらつぶやいた。
「なぁ?恵、友子の住所知っているか?」
恵は突然の質問に首をかしげ、一抹の不安感を彼に抱いた。
「えっ…?知らないけど…、風山君の方が詳しいでしょ?」
「そうなんだけど新しい住所は住所録見ないとわからねぇ、家にあるから取りに帰るか。」
「家って…!それっ危ないんじゃ…。」
恵は再び冷や汗を流し、過ぎ去った恐怖感を再度背中につたわせた。
「大丈夫、俺は最後らしい。友子がどうして俺を最後にしたか知りたいんだよ…。」
車の中は黙った二人をあざ笑うかの様にガタガタとした音だけを反復させていた。
「なぁ…、友子って順番を守るやつだったか?」
恵は眉をひそめて「多分」と答えた、風山は開いたばかりの口をまた一文字に閉じる。
「私ら友子の事あんまり知らないんだよね…。」
例え順番通りに進んでも確実にその時はかならずくる。彼はその言い知れぬ重圧と恐怖を紛らわそうとこの様な質問をしたのだ。…一体今は何人目まで死んでいるのだろう…?
─風山宅─
風山は恵を車に残して自宅に戻った。
「あっ…、大丈夫…?」
彼女は色々と心配している様なので、風山はなだめるように少し時間をとった。
─数分後─
「まぁあんまり無理しないでね、事情はよくわからないけど…。」
「あぁそれより同窓会の住所録どこにあるか知らないか?」
「え?同窓会の住所録は荒田さんの遺品だから綾子さんに渡したんじゃないの?」
「あ!そうだった、同窓会終わった後にビデオとかは彼女に…まさか…!」
風山は血相を変えて飛び出し、車へ駆け込んだ。
─車中─
東奔西走な風山の姿に、恵はただ寝ている時の様に突然起こされた様な顔をしていた。
「急ぐぞ!俺は住所録を綾子に渡したんだ、あれなら友子の住所もわかるはずだ。」
「急ぐ必要ないと思うよ、綾子ちゃんなら最後の方だろうし。」
「…?どうして?」
「綾子ちゃん優しいから友子と目立たないように少し仲良しだったみたいだし。」
「なら安全かもな…ただし、彼女が住所録を持っていなければの話だと思うぜ。」
「どう言う事…?」
「いくら友子でも全員の住所は覚えてないだろう?涼はいじめの主催者だし、俺は同窓会の副幹事だ、綾子は友達だった…でも他の人の住所はわからないだろ?」
「じゃあ綾子が次に!?」
「あぁ、友子が全員に仕返しする気なら…急ごう!時間がない!」
─急いで走る二人、ようやく綾子の住むマンションの部屋の前まできた。
「頼む、間に合ってくれ!」
風山は真っ先に呼び鈴を鳴らした。ブ~ッブ~ッブ~ッ!あせってドアノブをまわしたがドアは鍵がかかっていなかったためゆっくりドアが開いた。中は光のない世界だった。
「あっ…開いてる…?」
風山はクツを脱ぎ、そろそろと手探りで電気のスイッチを探した。続けて恵も恐る恐る家に入った。家の中は人の残り香さえないようなほど静寂だ。
「綾ちゃんいてる~?留守かな…。」
カチッ、恵の背後でスイッチを押す音がした。パチッパチッパッ…
「…!?あっ…や…?」
遺憾千万だが、一点を凝視した綾子が居間で死んでいた。
「…私…死にたくない…。」
恵は涙を赤い目に潤ませた。立場が逆転した友子と自分達を惨めに痛感しながら…。
「…ない…、住所録が…。ビデオもっ!」
「…どうして?どうしてこんなことに…。」
「くそっ…、これじゃ俺の番が来るのも時間の問題だな…。とりあえず友子の元住んでいた所に行ってみよう、何かわかるかもしれない。」
二人は何も語らない死体を背に感じながら、泰然自若を必死で装った。
─友子の元住んでいたところ─
コンコン…ガチャ、中から小奇麗な女の人が出てきた。表札には『藤田』とある…、やはり岡本一家はもうここにはいない…勿論友子も…。
「何でしょうか?」
夜遅くの訪問にも関わらず、全く嫌な顔せずその女の人は優しい笑顔で応対してくれた。
「すいません…、以前こちらに住まわれていた岡本さんについて何か知りませんか?」
「えぇ…、ですが、よそ様のことなので…。岡本さんとはどう言うご関係ですか?」
「…っと同級生です、彼女の住所の手掛かりを探してまして…。」
「同級生の方ですか…、そう…。……よければ中へどうぞ…。」
彼女は二人を招き入れた、きれいなリビングにあるソファーに二人は座るよう招かれた。
「夫はちょうど一週間前から出張なんで、今は私一人なんです。」
ニコニコしながらコーヒーと茶菓子を並べて、彼女もソファーに腰をかけた。
「寂しくはないんですか?」
風山は意味不明な質問をしていた、この家の持つ癒しの力のせいか…?
「そうですね、でも明日には帰って来ますし…。あっ、つい関係ない話を…。」
「いえ、こちらこそこんな遅くにお伺いしましてすみません…。」
「確か岡本さんの話でしたね…。」
風山は緩みきった顔に緊張感を戻し、顔を引き締めた…。
「岡本さんは十年前、ある事件をきっかけに東京の方に引っ越されたんです。」
「事件…?」
「一家心中があったそうなんです…、詳しい事はわかりませんが。」
「そんな事がっ!?」
「十数年前って…、あの、それっていつ頃か詳しく解りませんか?」
「確か三月頃で…、岡本さんの娘さんが卒業式の前か前々日ぐらいだったかしら?」
「卒業前にっ!?」
二人は一気に蒼褪めて沈黙した、あの約束の日は卒業後すぐ…ならビデオの中の友子は一家心中の後でこの世の者ではないのでは……?
「…あ、でも娘さんだけは助かったんじゃないでしょか?東京の方に引っ越されたのは一人だけみたいですし…。引越した所も一人暮しする1DKマンションみたいですし…。」
「そうですか…、友子は東京の大学だったから:こっちじゃ便が悪いしね…。」
「恵、なんでそんな事:。忘れたんじゃなかったのか?」
「なんかね…、友子と一緒の大学受けた気がするの…。」
「そうか。で、友子さんは生きている事は確かなんでしょうか?」
「さぁ…生きていたかどうかは私も知りませんし…、不動産屋の方に聞いてみてはどうでしょう?以前ここで一家心中があったことを教えてくれたのも不動産屋の方ですし…。」
「…そうですか。」
「そうそう、ついこの間あなた達と同じ様な感じで荒田と言う方もこられましたが:同じ同級生かしら?」
「荒田がここに!?…そうか、あいつも住所がわからなくてここに来たのか…。」
「とにかく時間がないわ、不動産屋に行こう。あの、色々ありがとうございました。」
恵は少し焦っている様だった、風山も席を促されるまま立って礼をした。
「あの…一つよろしいですか?」
「なんでしょうか…?」
風山は振り向き返り、足を止めた。
「その友子さんの事なんですが…、心中事件で死体は母親しかあがらなかったそうなんです。父親は心中事件の少し前に死んだらしくて、長女は事件以後誰一人見ていないそうなんです…。あ、あくまで越して来た時に聞いた噂なんで本当のところはどうか…。」
「でしたら…死んだんじゃないんでしょうか…?」
「えぇ…、でも住所の変更や大学の入学手続きはされたらしくて。今住んでいる所は誰が尋ねても留守なのに、家賃はきちんと振り込まれてるって言うから変な話よね:?」
なんて気味の悪い話だろう…、二人はこの話を心には止めておかないよう消去した。
「…そう…ですね、お世話になりました。それでは、おやすみなさい…。」
二人は暖かさに満ちた家を名残惜しみながら後にした。しかし、車の中に戻った二人は再び顔を怖がらせていた。消去したはずのあの話は、余計な想像の格好の材料でしかない。
「なぁ恵…、お前どう思う?」
先に堪えきれなくなったのは風山だった、恵は体を一瞬ビクつかせ冷静を装った。
「どうって…。」
彼は最悪な想像ばかり頭の中で廻らせていた、同時にビデオの映像まで再演されている。
「あんま言いたくないんだけどさぁ…。」
「やめて!」
どうやら彼女も同じことを考えていたらしい、すぐに話を強制的に断った。風山は口に出してしまうと本当になりそうな最悪な創造を、なぜか無性にぶちまきたくなっていた。
それ自体に意味も悪意もなかった。言い知れぬ恐怖を明らかにしなければと言うよく解らない感情だった。:彼の限界点は意外に早く突破したらしい。
「…友子は死んでいるんじゃないのか?」
「もうやめてよっ!」
彼女は激しく取り乱した、沈黙を連れたまま車は夜の道路を疾走する…。ピリリピリリ携帯電話がその沈黙を世間知らずな若者の様に我が物顔で切り裂いた。 ピッ
「はい、もしもし…。えっ…?何て今っ…っ…そんな…。うん、じゃあね…。」
プッ 恵は肩を落として俯いてしまった。
「瀬田さんが死んだって…、今何番目なんだろうね。」
風山は前を見たまま何も言わなかった。ただ、ギリギリと歯を食い縛っている音がするだけだ…。恵はうつむいたまま動かなくなった。今何人死んだかなんて考えたくもない。
「悪りぃ…、限界だ。どっかで休もう、このままじゃぁ交通事故で死んでしまう…。」
「そうだね…、私は車の運転できないし。」
車は近くのビジネスホテルに入り、二人は死ぬ事なく朝を迎えた。
─翌日─
「なぁ…?どうして綾子は仲良かったのに殺されたんだろうな…。」
「住所録があったからじゃないの…?」
「でも、あいつはイジメていたやつを標的にするはずだろ?綾子は殺す必要ないだろ?」
「仲良しって言っても皆でいじめている時は同じ様にしていたからじゃない?」
「そうなのかな…?第一なんで俺が最後なんだ?」
彼は再び自分が最後の標的だということに疑問を湧き上がらせているようだった。
「心あたりないの?」
「いや…これと言って…、思い出せないだけかも知れない。」
「でもさぁ、どして不動産屋の人が住所を教えてくれるんだろうね?」
「そうだな…、個人情報を簡単にしゃべるはずないんだけど…。」
「もう私覚悟できてるからさ、順番なんて気にせず調べに行こうよ。」
「そうだな、わから無い事が多過ぎる。友子の事がわかればなんとかできるかも…。」
風山の携帯にはメールで三人の死が通達されていた、クラスは全部で三十二人…。
─不動産屋─
二人は荒田も尋ねたという不動産屋で経緯を話してみた。すると、一人の男が奥へ招いてくれた。恰幅の良い白髪混じりの男に誘われるがまま、二人は部屋に入った。
ややにごりのある緑茶と、黄砂のようなきな粉をまとったわらび餅が深緑の陶器に盛られ二人の前に置かれた。応対としては過剰とも思えるサービスだった。
?「私、担当の川田重蔵と申します。今日はわざわざ遠くからお越しになられたそうで…そうだ、新婚さんにぴったりな良い物件があるんですよ。」
風山は飲んでいたお茶のせいでむせてしまった。
「ゴホッゴホッ!」
「違いますよ!同級生です、高校の時の単なる同級生です。」
「違った?こりゃ失敬!アハハハハ!」
高笑いする川田を二人は変なおやじと思いつつ、岡本一家について聞いてみる事にした。
「…岡本さんの事ですか、あんた達は悪い人じゃなさそうだし…お話しましょう。」
「え?本当に良いんですか…、あまり人に話せる様な事じゃないんじゃ…?」
「ハハハ、気にしなさんな。藤田さんにも話はしてありますし、大丈夫ですよ!」
(まぁ…あの人なら人が良いから悪い噂が立っても気にしないだろうな…。)
川田は立ち上がり棚から資料を取り出して、テーブルの上に開けた。どうやら新聞の切り抜きで、日付けは199X年二月二十七日。川田は指ざしで説明した。
「ここに家事で母子心中の記事があるでしょう、結構大きな火事でしたよ…。」
風山の最悪な想像が現実になる瞬間だった、一家心中のあった日はやはり皆で遊んだ日だった。つまりあのビデオに映った彼女は実体ではないと言う事だ…。
「岡本さん父親が事業に失敗して暴力を振るう様になったらしんですよ、母親の稼ぎで暮らしていたみたいですが一年ぐらいで家賃も滞納しがちになりましてね…。娘さんも受験に失敗して、まぁお気の毒な話ですよ…。」
「受験に失敗…?で、友子さんはどうなさったんですか?」
「どうやら東京に移り住んだみたいです、友子さんの名義でマンションも借りられてます。あー…、でも私は一度も彼女を見ていないんですよ。手続きは全てお母さんと一月頃にされましたし、友子さん本人は一度も見てないんです。しかし…、どうして受験に失敗されたのか…。友子さんは相当優秀で東京大学も楽勝でいける程だったそうなのに…。」
「…。」
「そう言えばもうお昼ですね…、お昼ご一緒にどうですか?ご馳走しますよ。」
「えっ…?そんな、初対面なのに…。」
「暗い顔をしている人を見ると放っておけなくてね、何を不安に思っているかは知りませんが物件を探すなら是非わが不動産屋をよろしく♪」
「ハハハハハ!」
二人は久々に笑った、お昼を食べ終わり深く礼をして。岡本友子が一人暮ししていると言うマンションに向けて車を走らせた。
「しかし、変わった人だったな!」
風山はボルドー産の白ワインを一本開けているため上機嫌だ。ちなみに飲酒運転で確実に捕まるアルコール量である。飲酒運転は良くない、状況が異常でもしかり。
「昼間から飲めるなんてもうないかもね♪」
彼女もシェリー酒や焼酎を4・5杯飲み干している。お酒を飲んでから一時間ぐらい休憩を取ったため日は暮れ始めていた。休憩を取っても、飲んだら乗らない…これ常識。
「着くのは夜中になるなぁ、そろそろだと思うんだけどなんか来ない気もしてきたぜ…。」
「そう言えば私、社長さんの話で思い出したことあるんだよね…。」
「どんな事だ?」
「私と友子、同じ大学を受験してたのは言ったよね?」
「あっ?あぁ、やっぱりそうだったのか?」
「うん、センターも本試験も一緒だった。確か本試験が二月ぐらいにあって…」
「そうか、それなら事件前だしな。」
「それでね…、思い出したの。奨学生の定員が一人余分になって…、友子が落とされた事を…。」
彼女は何かに媚びる様に暗い顔をして、小刻みに震えていた。
「その後に一家心中か…、つくづく不幸が続いてたんだな…。」
彼も深い溝に溜まる暗黒を顔に漂わせ、伏し目がちになった。
「…っ…しが…、…っ…たの…。」
「えっ?今何か言ったか?」
「私が…私、カンニングしたの…友子の答案を…。」
彼女は見えない影に必死に懺悔しながら、言葉に謝罪の心を詰め込んでいる様だった。
「なんだって…?」
「私…自信なくて…、友子が家の為に頑張ってるなんて知らなかったの。優等生ぶっているんだって…思ってた。…いえ、決め付けていた…。」
「そんな事を…」
「友子は同じ学校だし、名前も私は『音川』だからすぐ後ろの席だった…。」
「それで・・:?」
「試験が始まっても私は目の前の問題に手も足もでなかった…。でも、マークシートだからいっそデタラメに書こうかと思ったけど…。丸見えだったの…。友子の答案が…。気付いたら私…、彼女のイスに軽い蹴りをいれて…カンニングしてた…。」
風山は彼女の話に相槌をうつ事ができなくなった…。いや…しなくなったのだ。
「…………………。」
「カンニングはバレなかったわ…。それどころか私は好成績で奨学生として入学できる事に…。でもね、私は合格さえできりゃ良かった!偶然見えなかった一問がたまたま正解だったから…、友子の家庭がさぁ…んな::にさぁ…なっているって…。」
彼女はもはや話もできない程涙が溢れ出していた。涙は赤陽の紅に染まり、彼女の蒼冷めた頬とはあまりにも対照的であった…。友子にとってはどれ程の屈辱だっただろう…?
廃れ行く岡本家に唯一残された最後の希望、粉骨砕身してようやくそれを現実に変えようとしていた友子は、またしてもイジメによってブチ壊されたのだ…。絶望と崩壊に満たされて行く岡本の家族を風山は頭の中でシミュレートしながら車を運転していた。
ピリリッピリリッ 風山の携帯が鳴っている様だ。 ピッ
「はい…、なんだ…美加か…。」
「ねぇ…あの女の人探してるんだよね…?やめた方が良いと思うよ…。」
「…、どうしてだ?」
「さっきさぁ。…『同窓会』ってビデ…。」
「見たのかお前っ!?なんでお前が持っているんだよっ!!?」
「そう言えば…あの子全然生きた感じがしなかった…。声も姿も…何もかも…。」
風山は酷く荒れていた、ただ事ではないその様に恵も冷静さを失っている。
「どうしたの…!?」
「…俺の彼女が…、『同窓会』のビデオを見たらしい…。」
「戻ってあげなよっ!」
風山は急いで車を自分の家へと走らせた、時間はないが放っておける訳がない。
─風山宅─
ドンッドンッドンッ!風山は呼び鈴を叩き鳴らした。
「ハァハァッ:ッ:!おいっ!」
あたふたと手を縺れさせながら鍵を開け、部屋の中に飛び入る。刹那にして漆黒と異臭が二人を包みこんだ。彼の足には冷たいゴムまりの様な塊が触れ、目を凝らして見ると美加だった…。既に例によって事切れている、もう動く事はない:考えるまでもない状態だ。
「…ねぇ…、どうしたの…?明かりつけるよ…?」
カチッ…蛍光灯の閃光が一点を凌駕し続ける死体を照らし出した。予想通りの結果が目の前に転がっている。何故美加が…?同級生が標的じゃぁなかったのかっ!?
「どうして俺じゃないんだっ!?美加は関係ないだろっ!!」
「ビデオなんかどこにもないよ…?」
恵はやり場のない怒りを避けながら、勤めて冷静に振舞った。
「俺のせいだ…、俺が家に居なかったから代わりに美加が…!」
風山の目は死体と同じ様に我を失っていた。
「風山君のせいじゃないよ…、とにかく岡本さんの所に行きましょう!?」
恵は風山の体を掴んで車に無理に連れ戻した。
─車の中─
黙ったまま二人はひたすら岡本のマンションを目指した。最後にされた訳を知るため…いや、こちらから行けば助かるのかもしれないと:最後の手段でもある。時折カーラジオから入る変死体のニュース…、名前はほぼ全て同窓会のメンバーだった。
「ねぇ?彼女ひょっとして、東江美加さんじゃない…?」
恵の突然の問いかけに、風山は心の中を再び乱してしまった。
「えっ!?そうだけど…、なんで知っているんだ…?」
「やっぱり…、顔を見ていてそうじゃないかなって…。涼と私と東江さんは放課後の調教係だったの…。わかりやすく言えば友子のいじめ仲間…。」
「…そんな…美加が友子を…?」
みっともない程うろたえる風山、恵はその甘えを許さない様な程力強くうなずいた。
「私は友達付き合い程度だったけど…、東江さんはかなり酷かった…涼と同じぐらい…。」
消し去ったどす黒い記憶を呼び覚ました彼女の表情は苦虫を噛み潰した様だった…。
「放課後、私達は集まって遊んだ後の反省会を友子に強要してたわ…。返事が隣のクラスに聞えるまでとか、モップの正しい食べ方とか…。」
「むごいな…。」
「あなた達がイジメをショーとして見てたからよ、受けを保つ為には必要な事…。」
「…」
「美加は涼が中学の時の友達で学校が終わったら涼に会いに来てたの、高校は近いけどいつも合流するのは皆帰った後だった。だから、殆どの人が知らないどろうけど。」
彼女は若い昔の自分が犯した悪事を噛み砕いて説明している感じだった。
「ある時友子を近くのゲームセンターに呼び出したわ、そこでイジメようって美加が言い出してね…。なんか大好きだった父方のおばあちゃんが死んで、彼女相当溜まってたみたい。それにイジメにすっかり味をしめてたみたい、ああ言うの“ハマった”って言うんだろうね…。イジメてる時に目が生き生きしてたのを良く覚えてるわ…。」
「そんな…嘘だろ…?」
「じゃあ近所の不良と仲良かった事は?知ってる訳ないだろね、彼女がそんな子だったなんて。美加はその知り合いの不良に友子を襲わせたのよ、わかる?レイプを何も知らない友子に仕掛けたのよ?覚えてない?私達のクラスの黒板に生々しく明らかに合成じゃないレイプ現場の写真が誰かによって貼られていたのを…。」
「:えっ…まさか…!?あれが…。」
「黒板には“複数の男を手玉に取る友子“って派手に書いてあったからね、写真の友子も笑ってたし…レイプだって事知っているのは調教係だけ。あの笑顔も強制だし。」
「だからって…いくらなんでも誰か気付くだろ…!?」
「普通ならね。でも皆感覚が麻痺していたのよ、日々繰り返されるイジメがどんどんエスカレートしていく様子をいつしか楽しみにしだしたのよ。ここで文句を言えば次は自分がこう言う目に遭う。だから皆と同じ様に喜ばなくちゃ…そんな美辞麗句で自分を満足させていたのよ…私もあなたも…クラスメイト全員がね…。」
どんよりとした雲が月を陰らす、辺りはいっそう闇黒に染まりまるで過去…いや今の自分達を象徴するかの様に闇の深淵へと歪んでいく…。
─回想・ゲームセンター(高校三年時)─
涼「なんかワクワクすんねぇ!」
「そうでしょう~?私らさぁ~いっつも尻拭いさせられてるみたいじゃん?」
「言えてる~!誰のおかげで毎回楽しめるか考えて欲しいよねぇ?」
「…ごめんなさい…。」
「は?あんたに話ふってないんですけど。」
「マジ、ウザイんですけどぉ~?」
「よぉ美加!」
「あっ高井~、他のやつは?」
「西野と志賀川は場所探してるよ。」
「お~いっ!」
「おっ、来た来た!」
「あったぜ、ちょうど裏のゴミ捨て場が開いてるよ。」
「結構奥の路地だから誰も来ねぇよ。まっ、来たら来たで殺るだけだ。」
「そう言う事!」
「でさぁ、ゲームの方どうしよっか?」
「そうね、じゃあパンチングマシーンでとりあえず。」
美加は目で合図した、全員OKサインをだす。もちろん友子はつっ立ったまま了承するはずもなく、成り行きを成す術なく見守るしかない。 バコンッ!
「見ろっ!百四十九PTSだぜ?」
「シクった~百三十五だよ…、もう一回やらしてくんない?」
「ダメダメ!志賀川も早くやってよ、瞑想とか意味ない意味ない!」 バコンッ!
「あ…ちっくしょぉ~っ!百三十八かよ!」
「じゃあ高井が一番だね。」
全員唇の端をニタニタと緩ませ岡本を見た。一人不安に脅える彼女を男三人が囲み、人通りがない路地裏へと連れて行った。涼や恵、美加はキャァキャァ騒ぎながら後を追う。
─路地裏─
ガタンガタンッ…、近くにあったゴミ箱がひっくり返る。
「うっ……。」
お世辞にもキレイではないその場所に彼女は乱暴に倒された。男三人はこれ以上ない下劣な笑いを浮かべ彼女を見下した。
高「悪いなぁ俺が先だぜ?」
そう言うと高井はあらかた脱ぎ出して、岡本の上に乗りかかった。
「ちぇっ!本気でやるんだったなぁ?」
男の後ろから割入る様に美加や涼が入ってきた。黒光りするカメラを構えている。
「ばっちり撮ってあげるからねぇ~!」
「高井っ!もっと左によってよ!その子の顔が取れないじゃない。」
「じゃぁ始めますか!」
服をちぎられ、岡本はただそこにひれ伏すのが精一杯だった。彼女達は代わりの服まで用意していて、用意周到で狡猾な悪魔であることは明白な様である。
「友子、こんなイケメンにやられるんだからもっと嬉しそうな顔しなさい。」
「そうそう!笑わないと、マジでブチ殺すから♪」
言われる事には逆らえない、彼女は笑顔を振り絞った。
「オラッ!どうした!?何とか言ってみろ!お前初めてなんだろ!?」
男は殴りながら言った、岡本の無表情に近いが苦痛と恐怖で硬直しているのは確かだ。
「これで痛くないだろ?えっ顔が痛い!?ハハハハハッ!」
岡本は楽しそうに順番を待つ男と撮影をする女を涙でボヤケた光景の中眺め、本心とは異次元の笑顔でただ終わるのを待って待って…待ち続けるだけだった。
恵はそんな回想に愁う間もなく、ついに車は岡本の一人暮ししているマンションへと辿り着いた。薄暗くひとけのない通路を二人は押し黙って歩いた。二人の足音はあらゆる方向で響き、大変大きな音に感じる。合金の螺旋階段が、悲鳴をあげているかの様だ…。
「ここだ…。」
どの家もそうだが、マンションと言うのはすぐに人がいるかどうか判断しにくいところがある。閉塞的で隣人さえ知らない、隔離された空間が仕切りで点在している。
─ピーンポーンピーンポーン……、物音どころか一切耳や肌に音が感じられない…。
表札は確かにワープロの文字で『岡本』とある。しかし情報が確かなものなのか疑問を感ぜずにはいられなかった。実はここがお勧めの物件ですよ、そんな冗談をあの人ならしかねない。そんな淡い期待を抱きながら恵はそっとドアノブに手を伸ばした。カチャ…開いていた。中は外の光を完全に食い尽くし、闇が蠢いていた。二人は息を飲んで躊躇した。
「入ろう……。」
恵は手招きしている闇に負けて、自己意識が薄いのかフラフラと入っていく。風山も後に続いた。ここまで来て入らない訳には行かない。
─中は部屋の輪郭がボヤケて見えるだけで、要として何があるかわからない。バタン…玄関が閉まると同時に完全な闇暗が二人の目の前に広がった。
「ちっ…ちょっと!閉めないでよッ!」
「勝手に閉まったんだよっ!くそっ!玄関もわからなくなった!」
二人の前に人の気配が漂う、次第に目が慣れてきたせいか割とはっきり姿を確認できる。
「いらっしゃい…。」
か細い声、生きている人間のものと比べるとまるで生力が感じられない。
「…っ::。」
確かな事は彼女が友子である事だ。声を聞いてそれは二人ともすぐに理解できた。
「ゆっ…友子!?いっ…イヤァーーッーッ!」
傍に居た恵は突然闇の中へ走り出した。広くない部屋なのに、どうなっているんだ?まるで果てのない空間だ。いや…、そもそもそんな概念的な理屈すらない闇そのもだ…。
「恵!落ち着け!!幻聴だっ!」
「いゃぁっ!」
ドサリと遠くで何かが倒れる音が耳を突いた。恵が部屋を闇雲に走り回る音がパタリと途絶え、さっきまで隣で心の支えをしていた存在は例によって闇に葬れた様だ…。
つい先まで居た恵…、本当にさっきまで居たのかさえ疑問に感じる。本当の幻聴は恵…そんな気さえする。…どこからともなくクスクスと笑い声が聞えた。なんとも嫌な笑い声。…いや、罵声かと思う程禍禍しいものだ。風山の目の前に再び友子がスッと現れた。今度はハッキリわかる…。月の光に蒼白く浮かぶその顔から風山は目を離さなかった。
「あの子も楽に死ねたね…、自分では何もできないくせに、死ぬ時は楽なんだ…。私なんか苦しくて苦しくて…、いつまでも楽になれないのに…。」
友子はついさっき自分が殺したソレの死に対して、無い物ねだりをする子供の様に吐き捨てた。風山は腹を括った、どうして自分が最後なのか聞こう…。
「…どうして俺が最後なんだ…?」
「…忘れたの…?アハハハッ!本当に?ねぇどうやって忘れたの?私にも教えてよ。」
彼女は笑いに侮蔑を目一杯込めた。屈託のない姿は、さっきまでとは別人の様に思いっきり笑っている。風山は腑に落ちない顔でそれをただ傍観して突っ立て居た。
「何の事だよ!?」
「…あなただけは一回殺しただけでは本当に足りないわ、心底腹が立つ…。」
急に笑うのを止めた彼女の言葉は、人の心など微塵も感じさせない程鋭かった。
「俺はお前に何もしていない!そりゃっ…助けたりしなかったけど、涼に比べたら…!」
風山は涼の話を思い出していた…=見ている事自体がいじめ=確かに自分も立場的には加害者だ。しかし、皆と差はない…そんな酷い事をした記憶は一切ない。
「良いわ…思い出させてあげる…。」
岡本は彼の目の前に立った。ビデオの中の彼女にあった人間にない目は見た限り無い。
「元々私はイジメられてなんかなかったわ…、確かにね、ちょっと暗かった。けど…友達もいたし、涼ちゃんとも仲良かったぐらいだよ…。」
「うっ…嘘だっ!お前は最初から涼にっ…!」
「私の前にイジメられていたのは…あなたじゃない…風山君…。」
「は…?」
「それとも“ほら風“って他の人の事?恐ろしいねイジメって…、被害者が加害者に寝返えっちゃうんだもん…。あげくに自分がやられた事をキレイに消しちゃってさぁ。」
風山はふつふつと湧き上がる記憶を押し潰したかった。かつて自分がクラスで一番いじめられ、ホラ吹きの風山…通称“ほら風“と皆に罵られていた事を…そして自分がなぜ最後の標的になったかを…。忘れていたのではない、硬く封印していただけだ…。
「…風山君は口が災いするタイプだった…。涼達だけじゃなく皆が色々な噂を流すあなたを鬱陶しく感じていたわ。だから、三年になってすぐあなたはイジメの標的になった…。」
「………。」
「覚えてる…?私がイジメられてるあなたに、優しくしてあげた事…。どうせ忘れたんでしょう?思い出したくはないよね、私だって同じなんだから。」
「そんなの…デタラメだ…。」
風山は溢れ出す下劣な過去と現実から必死で逃げ様としていた。勿論逃げれる訳がない。
「優しい私にあなたはすがり付いたわ…、当然よね?クラスでは毛嫌いされ、いじめの圧力に屈してしまうのも無理ないわ。私がどんな気持ちだったか、あなたは痛い程わかるはず…。わからないはずがない、同じ屈辱を嫌という程知っているんだから…。」
「俺は…俺はいじめてられてなんか…。」
「自信無くしてあげよっか?」
突然風山は目が奥ばった感じがした…。視界が湾曲し、醜悪にも程がある嫌なアノ記憶が怒涛の如く解き放たれ、彼の意識は理不尽にもいじめられていた頃へ飛ばされた。
~高校三年・春~
ドンッ! 見覚えのある女…涼だ、他にも何人かが自分を鬼の形相で見下している。
涼「ちょっとホラ風、この前洋子が二股かけられてた事皆にバラしたでしょう?」
彼女の瞳は殺気に満ち、声はもはや女とか男とかそう言うものを通り超えている。近くのゴミ箱に強烈な一蹴が入る。ガシャンッ! 彼女はへたり込む風山の胸倉を掴みあげた。
「だっだって:本当の事だろ…?」
彼は口元で笑顔を作ったが、無理強いした笑いは涼にさらなる怒りを与えていた。彼女は彼の腕を捻り、今度は彼の腹に突き上げる様な蹴りを入れた。そして、涼は風山と同じ様に唇の淵で笑みを作った。風山のそれとは比較にならない、侮蔑と悪意に浸りきった笑みだ。どうんな罵倒や仕打ちより恐ろしい、本能的に邪気を背中全体で感じる。
「皆さ~ん?注~目~♪ほら風君がまた自分の事を棚に上げましたぁ~。」
皆の冷ややかな視線が自分の所に集中砲火のごとく降り注ぐ…。ヒソヒソと自分の事を中傷する言葉を…人間性を疑う様な態度で吐き出している。
…毎日外様にされた…。誰も自分の言う事を信じてくれない…。そんな中…彼女…そう友子だけは俺の話を聞いてくれた…。いや…、それだけじゃない…。遊び友達がいなくなった時、昼ご飯を一人で食べなきゃいけない時…。俺の孤独・絶望の日々をたった一人で埋め様と、嫌な顔一つせず分け隔て無く接してくれたのが岡本だった…。
どうしてここまでしてくれるのか、彼女が優しいのもそうだが…俺はそれだけじゃない事に薄々気付いていた…。ただそれに気付かぬ振りを貫いて、甘えていた事を…。
「思い出せた?私は風山君の事好きだった…。余計な事をタイミング悪く言ってしまう性格だって事私はわかってたし…。本当はおおらかで、誰でも楽しませる事ができる良い人だって…。私が一生懸命作ったお菓子…、皆が文句を並べ立てる中風山君だけが『これすげぇうまいぞっ!?お前らいらないんなら俺にくれよ!』って一人褒めてくれた…。私ね…人に褒められたの…あれが初めてだった…。お父さんはいつも私やお母さんを無視して、仕事にあけくれて…お母さんもそんなお父さんに嫌気が差して他の男の人と…。昔から私は優等生である事を強制された…。どんなに努力しても誰も褒めなてくれなかった…。それが普通だって…努力して良い成績をとるのが普通だって…。お父さんやお母さんの誕生日に一生懸命料理を作ったりもした…。でも、翌日になっても誰も手を付けてなかった。忙しいだの時間が無いだの…、要するに成績以外は興味無かったのよ…。」
「俺に…は関係無い。」
「そうね…。だって、夏休みで彼女達の手が休止したのを察したあなたは私との関係を続ける事で私を彼女達の犠牲にする事を思い付いたんだからね…もう関係ない人だね…。」
「…そんな事してない…。」
「記憶ってさ、いくら都合良く書き換えても嫌な事は簡単に消えないんだよ…ね?」
俺は耳を封鎖していた。自分がいかに人間として下劣で神でさえ許しはしないであろう
その悪事を鮮明に思い出しながらひたすら脅えていた。
「いくらなんでも夏休みを挟んだぐらいでイジメの対象が岡本に変わりはしない…。」
もっともらしい一般論、口が災いする己の性を彼自身この時再確認した。岡本はひるむどころか笑ってその言い訳を蹴飛ばした、何もかも予想済みと言った感じだ。
「そうだね…、普通なら脱出できない地獄からクモの糸も使わずにまんまと逃げ切った。
私の恋人を偽った嘘でワナを作って、私と涼を陥れた…。」
「何の事か全くわからない!一体俺が何をしたって言うんだよっ!?」
「また忘れたの?私は忘れる事なんてできない…、いいえあなたも一緒でしょ?忘れた振りをしても無駄だよ?ほら…、もう頭の中では溢れ出してるんだから…。」
「何も…何も…!」
「…夏休みが終わってもイジメは終わらない…、卒業するまで…下手すればその後もずっとイジメられる…。そう思ったんじゃない?だからあんな事を…。」
「…それはお前の空想だ…。」
「九月十二日…、夏休み最後の日…ちょうど私の誕生日…。人生で最悪の…、あなたが全て作り上げた最初で最後の私へのバースデイプレゼント…。」
風山からはあらゆる力が抜け、無力な棒と化していた。
「風山君は渡したい物があると言ってある場所に呼び出した…。もっと早く気付くべきだったね…、そこが涼ちゃんの家の前だって事を…。」
朝を迎える事のない宵闇が二人を傍観している…、風山がやった事は全て記憶の中では確かな悪事だ。いや…、もはや悪事などと呼べる事では無いだろう…。
「俺は…。」
いくら口を開こうが、岡本の迫力の前では子供と大人程の差が生じていた。
「風山君は情報は豊富だから、涼ちゃんの家ぐらい簡単に調べ上げれたでんでしょう?私は何も知らないから…、プレゼント何かなって…疑いもせずに出掛けたわ。あなたが約束した十一時頃、偶然ね涼ちゃんが家から出てきたわ…。でもそれは偶然なんかじゃないあなたにとっては予定通りの事、まさにあなたが考えた計画通り。」
「やめろ…。」
「笑って出てきた涼ちゃん…、あなた知っていたんでしょ?彼女がデートに行くって事を…、盗聴機まで使って…。…想像だけど、調べた時に一緒に仕掛けたんじゃない?」
「そんなっ…っ…はっ!」
「時限爆弾を作る方法もインターネットとかで調べたの?本当にみごとなタイミングで彼女の家は激しく燃えた…。まるで私が放火したみたいに…、完璧だった…。」
「違うっ!」
「涼は唖然としていたわ…、家を出てすぐに家が破裂音を響かせ燃え始めたら誰でもそうなるでしょうね…。タイミング良く居た私を見た瞬間の彼女が私を疑うのも当然、普通の火事じゃないもの、あなたは近くで見ていたんでしょ?」
「…っ。」
「今思えば計画はずっと前から練られていたんだなって思う…。夏休みに花火ばかり買い溜めしてたけど、アレを使ったんでしょ?あなたの計画通り…、私は涼の憎悪の的になった…。私は楽しみに待ってた。好きな人との初めての誕生日…あなたがどんなプレゼントをくれるか…嬉しくて…待ち遠しくて…。でも、あなたは始めから来る気なんてなかった。警察も真っ先に私を疑ったわ…。でも、ほとんど燃えて犯人につながる証拠は無くて私は状況証拠で最も怪しい人物というレッテルを貼られた…。涼ちゃんにも完全に誤解されて…、それがきっかけで私はいじめの標的になったわ。」
「そこまでわかっていたなら…、全て話せば良かったじゃないか。」
友子は毅然とした表情に、恋する少女の様な柔らか味を含ませて言った。
「話せないよ…。」
風山は自分に侮蔑の念を募らせ、彼女の話にただただ服従するしかない。
「例え話したとしても信じてもらえるとも思ってなかったし…何より私は本気だった。」
「…。」
「あなたは最低よ…救い様が無い程ね…。火事で涼ちゃんは家を失い、彼女の母親は今も入院中だし…。怒りと憎しみは全て私に向かってきたわ、何も語らない…否定せずにただ風山君が本当の事を言ってくれるのをひたすら待ち続けた…。でも、そんな日はくるはずなかった。あなたはいつの間にか名声を回復してイジメ側の人間になっていたわ、そして、さも自分はいじめられてなかった様に振る舞い、そして皆も涼に従って私を標的に変えた。次第に私が元々いじめられていた様に、皆それに慣れ親しんでいった。」
「…俺はお前を利用する気は…ただいじめの仕返しを…。」
「仕返し?あれが?わざわざ私達のデートの時間にまで合わせておいて?」
彼女は再び笑った。もはや自分に好意を抱いていた時のそれとは次元が違う。
「本当にホラ風ねあなたは…、もう良いわ…。全部話したし…、それと一つ良い?私は永遠に死ぬ事にしたの、どうしようもないあなたとただ見てた人を殺す為に。」
「何を言って…。」
「あのね…お父さんを殺したのは私なんだ。その後私とお母さんは共に死んだわ…、醜くく焼け焦げた私に誰かささやいたのよ…。“お前は憎くないのか?いじめられたのは誰のせいだ?なぜ受験に失敗したんんだ?複数の男に強姦されてなぜ悔しくないのだ?クラスメイト全員がお前の敵だ…誰も味方しない…どうしてこんな事になった?やつらは何もなかった顔してのうのうと生き、幸せを吐き捨てるぐらい手に入れているんだぞ…?“って」
「それって…まさか…。」
友子は高笑いした、人間性などない自分を完全に侮辱している…。
「私はそいつと約束したわ…、死に続ける事で存在を認めてもらう代わりにクラス全員の命を奪えって…。願っても無い契約だった…。」
「そんな約束本気でしたのか!?」
「うん…、だってあなた達を殺し苦しませれるのに異論なんて気にする程の事じゃないでしょ?さぁ…風山君…最後に選ばれた理由を噛み締めて…、ゆっくりで良いから。」
友子は猫なで声でそう言って、ユラユラと風山に歩み寄って来た。彼は言われるまでも無く、最後である訳を後悔しながら石の様に固まってしまった。
「見て…私の顔…綺麗でしょ?白くて透き通っていて…火傷の後も無くて、目もほら…。」
彼女はぐっと目を近付けた…、腐蝕され死んだ魚より濁った目。乾燥した皮膚が裂ける音、眉の上に引かれた鮮血のアイラインがミチミチと割れていく。もはやその音も彼の耳には届かない。キョロキョロと真新しいガラスの様な目が自分の目を射る…。
「~~っ~~っ!!」
彼女の目の前にはかつて恋した者が凍りつく様な床に突っ伏していた、彼女は空虚の骨頂を痛感しながらそれを見下し続けた。夜が明ける…、部屋にはカーテンの隙間から光が射し込み、精神が死んでしまった風山だけを照らす…。長い夜はようやく終わりを告げた。
あなたも同窓会があるだろう、勿論それは楽しい行事である事に違いない。しかし、誰でも人には言えない過去や思い出がある、それを抱えながら日々何事もないかの様に過ごしている。因果応報、自分した行いはいつか自分の所へ帰って来ると言う意味だ。
もし、あなたのクラスでいじめがあれば実話になってしまうかもしれない。いや、いじめのない学校などもはや現代社会ではほとんど皆無と言って良いだろう。
『傍観』とは参加していない立場ではない、無言の賛成だ。そして無言の否定でもある。
だが、時としてそれは『観客』であり『加害者』にさえなるのだ。イジメは被害者のみが確定している事、故に加害者や傍観者がNOと言っても、被害者がYESなら全てYESなのだ。それがいじめと言う闇なのではないだろうか?
─終わり─
●後書き
いかがでしたでしょうか?この作品はある友人が英語の授業で話をしていた「本当にあった呪いのビデオ」の話を元に作った作品です。と言っても、私が聞いたのは『二つも目が開く女の子が怖かった』という内容だけで、後は全て勝手に作ってしまいました。
この物語の主要な言い分は「いじめ」であり、中学生や高校生を対象とした構文にしています。なので文の難易度も中・高校生程度となっています。
学校に限らず、社会には常に「いじめ」が存在します。それは、競争社会が要因なのか他者を思う心が欠如しているからなのかはわかりません。
しかし、いじめによって得られる利益は考えると“ある”と言えます。例えば同級生をいじめる場合ですが、いじめによって同級生は確実に学校へ来る意欲が減る事となります。
学校へ来る意欲がなくなると言う事は、学習の意欲・機会もなくなり、自然と同級生の社会的評価は下がっていく訳です。同級生の評価が下がると言う事は、自分の評価が自然に上がると言うふうに考える事はできると思います。
この理論は社会に出ると、もっと顕著に感じられます。同じ社内でライバルにいじめをすればライバルがへこみ、ライバルがへこんだ分自分の仕事は良い意味で増えて業績とか成績が伸びる訳です。つまり、他人の足を引っ張る事で、自分を優位にできる訳です。
勿論、精神的ストレスの発散としても効果が望まれるでしょう。
しかし、これらを堂々とする人を私は同じ人間だとは思いたくありません。自分が努力をせずに、他者を陥れて自分を一時的に高めてもそれは無意味でしかありません。
他者が何かをしなくなると言う事は、その分の役割を誰かが余分にこなさなくてはいけなくなる訳です。更に、他者が意欲や活動力をなくせばそれが損害を発生させてしまうことにもなる訳です。大きな範囲で見れば、得な事など何一つない訳です。
それらを抜きにしても、いじめは全く人間性の無い行為であり、そこに正しさの欠片もないことは明白な事なのです。
いじめがどこにもあり、誰にもなくせない問題となっている昨今。それを色々な視点で捉えなおし、他者の立場に立って物事を考えられる人間を育成していけば無くなる問題なのではないかと私は考えています。相手の痛みや苦しみ、それらを思い・考える力と言うか態度が今の人々には欠如しているのではないかと私は思うのです。
この作品は、いじめに直接関与しない“傍観者”が加害者側にあると言う事を述べています。それは、他者の立場にたって物事を考えられないのが決していじめをしている人だけの話ではない事を言おうとしているからです。
学生向けに「呪い」とか「恐怖」と言った怪談話的な要素を持たせながら、自分が起こした行為を反省・自省する考えを持たせられれば充分価値あるものとなると思います。
くどくどとした後書きですが、願は一つ『いじめをなくしたい』それのみです。
同窓会 @sgru3
★で称える
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