#10

その日は、カケルと駅で待ち合わせをしていた。


「海、たのしみだなぁ。」


しょう以外の男の子とは、初めて出かける。

ドキドキしていた。


「カケルまだかなぁ…」


電車が近づいてくる。

次の電車が来るときには、カケルに会えると思うととてもドキドキした。


「次の電車で合ってるよね…カケルそろそろ来てもいいのにな」




カケルは、時間になってもこなかった。



でも、目を瞑ると遅刻したと言って走って来るカケルが浮かんで来る。



きっと、来る_


そう信じていた。





でも、3時間たってもカケルは来なかった。


代わりに来たのは…


「千晶ちゃん!」


「カケルの…おかあさん?」


「ごめんなさい、千晶ちゃ…ん…」


「どうしたの?!カケルは…?」


突然涙を流すカケルの母に、かける言葉が見つからなかった。


「わたし、怒ってないよ。カケルは…」


「千晶ちゃん。カケルは、いなくなっちゃった」


「……え」


「天国に、行っちゃった」





電車の来る音が…する…


目の前が、真っ白になる。

カケルが…なんで…海に行くって…


急に何も考えられなくなる。瞬きすらできない。


立てなくなって…



「千晶ちゃん!」



私は、目を閉じた。







…………………………




「全部、思い出したの。」



『…ごめんな』



「お願い、出て来て!」



『ごめん。姿なんて見せられない…ちあきを、おれは…1人にした』



「なんで…」



『おれは、絶対に行きたかった。

行きたかったよ、けど…おれ、身体が弱かったんだ。

…ちあきに合わせる顔がない』




「そんな事…ない!私は怒ってなんかないわ!お願い、顔を見せて…」


『おれは…』


「会いたいの!」







「あなたに、会いたいのよ!」




『………海、行きたかったな…』



「じゃあ、行きましょう!今から!」



『えっ…』



電車には、乗らない。

走って行く。




胸が張り裂けそう。

全速力で走ると、こんなにも苦しい。


けれど、そんな苦しみは忘れるくらい。

カケルと一緒にいる…



風が流れて行く。


『ちあき、少し休んでくれよ』


「平気よ!」




首に下げたカメラの紐が、髪に絡まる。


「痛っ」


『大丈夫か…』



「こんなの、平気よ」



すぐに解く。






私は、今、6年前の思い出を作りに行く。










「!」


キラキラと光る、水面が見えて来た。

夕日がちょうど沈んで、とても美しい。



「カケル、海…海よ」


『ちあき…』



「やっと…カケルと来ることができた…」


『そうだな…すごく綺麗だ…』



「やっぱり、見えるのね。良かった…」


『見えるよ。おれはちあきの中にいるんだから』


「えっ…」


『ちあきが見たものは、おれも見えるよ』


「…っ、どういうこと…?」


『おれは、ちあきの思い出だから』


「思い出…?」


『おれは、ちあきの中にいる。だから見えないよ』



「そんな…事って…」


『ちあきが、悲しくて辛い思い出【カケル】に蓋をしていたんだよ。6年間…』


「私が…」


『おれは、ちあきと海に来れて良かった…』


「カケル…」


『ちあきに、思い出を残せて良かった』


「カケル?」


『ちあき、おれは忘れないよ。2人で海に来れたこと、今のちあきは昔と性格も髪型も全然違うけど…変わってない』


「私は…変わってないわよ…」


『知ってるさ。』



波打つ海岸が、白いしぶきをあげる。


『これからは、ちあきの思い出として生きていく。ちあきの中には…もういなくても大丈夫だな』


「カケル…!」


『ちあき、楽しかった。ありがとう』


「カケル…私だって、楽しかったわよ、ありがとう、ありがとうカケル、ありがとう…」


涙に咽せて、夕日に照らされる。


『ありがとう』











…そういって、カケルは消え_私の【思い出】は動き出した。





「私の、大切な、忘れたくないもの…」




海に、シャッターを切る。




「この思い出は、私だけのもの…。」





涙を乱暴に手で拭き取り、思いっきり笑う。


「カケル、大好き_」






私は決して忘れることのない、君との夏を思い出に刻んだ。





……………………………………………end

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夏、君の声が聞こえる。 四ノ宮 唯架 @piyu

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