第6話

 ◇ ◇ ◇



 天城家の研究施設は荒れていた。何度も何度も実験が妨害され、『人体生成』成功の確証が得られない。

「何故だ、何故邪魔をするんだ、あの小娘は‼︎ 」

 ガシャン。

 部屋中のものを投げ倒し荒く息をつく。

 実験が成功したのは5年前の一度だけ。それから、研究に研究を重ねなんとか成功目前までたどり着いた。

「これからだと言うのに……。我らの悲願ではないか。我ら甘菟家一族郎党を世から葬り去ったこの国に報復する、そのための手段であるというのに」

 その目に宿るのは狂気。囚われたのは妄執。

 源信は1つ息をつくと、不気味な笑みを浮かべ部屋を出た。



 ◇ ◇ ◇



 あれから3日間、きっちりと休んだために身体がいつもよりも軽く感じる。自分が思っていたより疲れていたのだろう。

「ねぇ、エニシちゃん。この呪いは本当にボクの両親なのかい? 」

 和泉さんが運転する車の中で改めて疑わしげに聞いてくる。

 すると安東さんの小さい頃の話をグログラムとリーティアが楽しげに話しだす。恥ずかしくなったのか、もうやめろとジェスチャーで示してくる。

「そいえば、うちのことは和泉さん、やのにいっくんのことは安東さんやねんな〜」

「和泉さんの苗字知らないので……」

「あれ、言うてへんかったけ〜。荒井和泉いうんよ〜。あ、でも今まで通り和泉でええで〜」

 改めて自己紹介され、安東さんには一樹でいいと言われた。

 しばらく車を走らせると、山道に入る。人気がなく民家も見当たらない。人里離れた山の中。

到着とうちゃーく

 山に似つかわしくない大きな白い建物が真昼の太陽に反射して眩しい。門の前には「天城研究所」の文字。

「行きましょう。この研究所内にいる人たちはどうなっても構いません」

 早速、門の警備員に止められるが和泉さんが何かをするとぐらりと身体が揺れその場に倒れこんだ。

「何したんですか? 」

「知りたい? 」

「いえ、やめときます」

 怪しい笑みを浮かべながら、楽しげに鼻歌を歌う。聞かなくて正解だったかも。内心ヒヤリとしながら、向かってくる他の警備員や、研究員を無力化していく。

 それを繰り返し奥に進むにつれて、人気がなくなっていく。

「エニシちゃんは天城源信の居場所、わかってるん〜? 」

「源信の場所はわかりませんが、ユカリの居場所ならわかります。私の目的はユカリの身体を取り戻すこと。源信は殺せさえ出来ればどうでもいいです……まぁ同じ場所にいると思いますよ」

「じぁ、天城源信はボクが殺してもいいってことだね」

 研究所に着いてから一言も発しなかった一樹さんの声音は冷たくて、拒否を受け付けない。私は無言で頷き、ユカリの居る部屋の扉を開けた。

 飛びかかってきたのは人でもない穢でもない、『人体生成』の失敗作であろうモノ。斜め下からソレを斬りつける。

 部屋には研究員であろう人たちがピクリとも動かず倒れている。

「こんなようけの死体初めて見たわ〜」

 呑気にそんなこと言いながら、失敗作を次々と消滅させている。

「どうですか、この失敗作たちは。 もう少しで完成するのです。我々の長年の悲願が叶うのです‼︎ 」

 両手を広げ力説する源信の周りには、私たちの周りにいる失敗作よりも随分と人らしい姿形のモノがいる。けれどもそのどれもが五体満足ではなく、頭すらないモノもいる。すぐにでも崩れてしまいそうな危うさがある。

 それらを無視して部屋を見回す。すぐにユカリの入ったカプセルを見つる。向かいくる失敗作たちを斬りながらそばに駆け寄る。

 すると奥からどこか懐かしさを感じる少年が現れる。

「とても似ているでしょう、若様に。若様が成長なされたらきっとこのようなお姿でしたでしょう。今回、唯一の成功例です‼︎ 若様に似たのは偶々ですが、素晴らしいでしょう‼︎ 」

 –––殺したくない。

 そんな思いが芽生える。刀を握りしめ、1回2回と深呼吸する。そしてありったけの威圧を込める。

「退け。私たちに危害を加えるな、死にたくないなら」

 少年はスッと身を引く。天城の怒声が響くが聞いていないようだ。少年からはユカリとユカリの中にあったエンの想糸が少し感じられる。私の言うことを聞いてくれたのも、それがあるからだろう。

 カプセルを開け、ユカリの体を抱き上げる。自分よりもずっと軽い、ガリガリになってしまった身体。

「ユカリ、戻りな」

 自分にだけ聞こえる声で小さく呟くとユカリが出ていく。すぐに意識を取り戻すがまだうまく馴染めてないようだ。

 一度少年に目を向けると、ユカリが「おいで」と口を動かした。

 和泉さんの元へ戻ると、ちょうど最後の一体を消し終わったところだった。

「一樹さんは? 」

「あそこ。天城にご執心みたいやからなぁ。それよりもエニシちゃん、あんた凄いことなってるで〜」

 誤魔化すように苦笑いを浮かべる。深入りはしてこないことがただただありがたい。

 一樹さんは難なく源信の周りの失敗作たちを消していく。

「天城源信。よくもボクの両親をモルモットにしてくれましたね。これはあなたへの罰だ。多くの罪を犯したあなたへの簡単な罰」

 刀を喉元に突きつけ静かに告げる。怒りに囚われた一樹さんは源信の変化が全く目に入っていない。

「罰? 罰だと…… 笑わせてくれる。罰を受けるのはお前たちの方だ‼︎ 」

 源信の身体中に呪いが現れる。

 ユカリと少年を和泉さんに託し、先に車に戻るよう伝える。そして一樹さんに目を向ける。

「一樹さん、殺してはダメです‼︎ 一樹さんまで巻き込まれてしまいます。戻ってきてください‼︎ 」

 私に言われるまでもなく身の危険を感じたのか、源信のもとから飛び退く。

「私は成功したのだ‼︎ お前のように身体に呪いを宿し操ることに‼︎ お前などもう用無しだ、死ぬがいい‼︎ 」

「グログラム」

 呼びかければ何も言わなくとも動いてくれる。一樹さんを想糸で包み、外へ連れて行ってくれる。

「エニシちゃん、何するんだ‼︎ なぜ君がそこに残る。君こそ逃げるんだ」

 必死に伸ばされた手を掴むこともできず、ごめんなさいと頭を下げる。

「他の人に迷惑はかけられません。……これは甘菟家の罪なので、罰はきっちり私が受けます」

「なんで君なんだ–––」

 一樹さんの声が途切れる。きっと怒っているだろう。

 それでも、見られるわけにはいかない。見ていて気持ちのいいものでもない。

 源信の周りには無秩序に飛び回る想糸。掌を向け短く告げる。

「リーティア、喰え」

 手順をすっ飛ばしているせいで威力はそれほどでもない。けれど源信の攻撃を止めるのには十分だ。

「何⁉︎ 何故だ、何故動かない」

 ジタバタと暴れ、なんとか想糸の制御を取り戻す源信。

 床を蹴り源信の隣へ降り立つ。想糸で創った刀で源信の身体の想糸を一時的に切断する。

 空いた左の掌を源信の腹に叩き込む。

「我らが罪、我らが罰の結晶よ。甘菟縁の名の下に命ず。顕現せよ、ギルカース」

 私の身体中に呪いが現れ、黒く染まる。

 私の心臓は多くの呪いで出来た禍々しいモノ。その呪いを総称して『ギルカース』と呼ぶ。普段は静かに眠るソレも、想糸や大罪の呪いを連続して行使したことにより、目覚めた。そして、私の身体を蝕み始める。

 ギルカースを顕現するということは心臓を形作る想糸を失うということ。

 命がけの行為。

 短時間であれば、少しの力であればそれほど害はない。

 時間や威力が増えるほどに危険になる。それでも–––。

「……暴れようか、グログラム。リーティア。悪食の呪いよ、強欲の呪いよ。我が血と縁の名の下に命ず。甘菟家のものを、甘城家のものを全て喰らい尽くせ」

 全身を呪いに喰われた身体が、呪いを喰らい肌の色が見えてくる。グログラムとリーティアが呪いを取り込んでいるのだ。

 グログラムとリーティアが膨張し、普段の100円玉サイズよりも2倍3倍と大きくなる。

 最初に源信の身体の呪いを全て喰らう。源信を無力化したグログラムはそのまま源信の想糸と身体を形作る現糸を喰べる。リーティアはこことは違う研究所にでも行っているのだろう、気配が遠い。

 立っていることさえできなくなり、私はその場に座り込む。

「甘菟家の人間でありながら、どうして邪魔をする。我らは身内の犠牲も厭わない。そんな一族だろう。この国に報復するために‼︎ そのためならば手段は問わない‼︎ 」

 手足を喰べられ身動きが取れない源信が鬼の様な形相で私を睨む。

 救いようもない。何をしてももう手遅れなのだろう。それでこそ甘菟家の血を引く人間の姿だ。

 だから私はこの名を捨てる。甘菟、などという忌々しい名前は。

「お前たちは狂っている。妄執に囚われ現実が見えていない。……もう終わり。全て。何もかも私が終わらせる」

 消えていた刀をもう一度作り出し、右手で握りしめる。持ち上げるのがやっとで、普段の様に扱うことはできない。刀を杖代わりに立ち上がり、もう頭だけになってしまった源信を見つめる。

「私は諦めない‼︎ 必ずこの国にも、お前たちにも報復してやる‼︎ 」

 横に一線。

 ブツリ。

 源信の魂である想糸の塊が真っ二つに切れる。その想糸は周りのものと同化して、グログラムに喰べられた。

 あとは放っておいても2人が全て喰べてくれる。

「これで全て終わり……」

 全身から力が抜けその場に倒れこんだ。



 エニシちゃんがボクを門の外へ逃した後、一歩も足を踏み入れることはできなかった。

 和泉さんはエニシちゃんとよく似た少女––ユカリちゃんだろう––とそんな2人とどことなく似ている少年とともに止めていた車にいた。

「いっくん、エニシちゃんは? 」

 不安げな目線を向ける3人に、わからないと首を横に振る。

「エニシちゃんは……、また、無理、してる」

 弱々しげな声は今にも泣き声に変わりそうだ。

 研究所を振り返れば、想糸が暴れまわる光が見える。その想糸は一際光の強い想糸の塊に喰べられていく。父さんだ。

 1時間が経った頃だろうか、研究所があった場所には何もなくなり、地面が露わになる。

 そこに倒れている少女が1人。

 もう見えない壁は消え、その少女–––エニシちゃんの元に駆け寄る。

 何度呼びかけても返事は返ってこない。呼吸はしているが、今にも途切れてしまいそうだ。

 エニシちゃんを車に乗せ、叔父さんの元へ車を走らせる。

 2人の治療を終えたのは空が茜色に染まる頃。


 エニシちゃんは一週間経っても目を覚まさない。だいぶ動けるようになったユカリちゃんは片時もそばを離れようとはしなかった。



「エニシちゃんは全て終わらせたよ。私たちの罪を、罰を1人で引き受けて」

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ギルカース 水原緋色 @hiro_mizuhara

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