第5話

「おう、起きたかお嬢ちゃん。気分はどうだ」

「大丈夫です。あの、ありがとうございました。治療していただいて」

 ベッドのそばにある椅子にドカリと座り私と目線を合わせる。

「可愛い甥っ子が初めて女の子を連れてきたと思えば……。お嬢ちゃん、その体はどうなってんだ」

私は訳が分からず首を傾げていると、その男性は頭をガシガシとかく。

「他に怪我がないか念のため見させてもらったんだがな、お嬢ちゃんの体にはいくつも呪いがあるじゃねーか。ビビっちまったよ、全く。それでよく生きてるな」

 慌てて確認すると、ザッと見ただけでも20個近くの呪いが現れていた。今度は私が頭をかき、言葉に迷っていると男性は無理に言わなくてもいいと言ってくれた。

「そういえば自己紹介がまだだったな。俺は安東悠斗あんどうゆうと。医者だ。先生って呼んでくれてもいいぜ。よろしくな」

私も自己紹介をすると「変わった名前だな」と優しく笑った。先生は安東さんと和泉さんを呼ぶために部屋を出ていった。

 1人になった途端にベッドを抜け出し、服を着替える。窓の枠に足をかけ飛び出す––つもりだったが後ろに引っ張られ、抱きつかれた。

「何処行くん〜。そんな怪我で動いたらあかんやろ〜」

「離してください。早く行かないといけないんです」

 ぐぬぬぬ、と抜け出そうとするがしっかりとホールドされていてビクともしない。見た目によらず力があるのだなと舌打ちする。

「ドクターストップをかけまーす。一週間は安静にすること」

 ベッドまで無理やり引きずられ、手足を固定されてしまう。しかし、それならどうってことはない。固定具の想糸を操り、外す。もう一度脱出を試みるも、今度は安東さんに捕まえられた。また固定されるが想糸を操る。

「これ……想糸遮断素材」

「一応用意してて正解だったね。でもまさか本当にこんな子がいるとは、驚きだね」

 なぜこれを持っているのか気にはなったが、時間がないので今聞くべきことではない。

「一週間も待てない。今すぐにでも行かないと、間に合わない!! 」

 目の奥が熱い。焦りと後悔とが入り混じる。安東さんが私の頰をそっと拭い、落ち着けるように頭を撫でる。ふるふると首を振りそれを拒否する。優しさに甘えてはダメなのだ。今は急がなくては。

「何があんたをそんなに焦らしてるんや? 」

 全て話してもらうで、といつもよりも真剣な眼差しで私の目を覗く。

 はやる気持ちを抑え込み、深呼吸をする。差し支えのない範囲で話せることを、全て話した。

 和泉さんだけが不敵な笑みを浮かべているが他の人たちは絶句している。

「うちの知らんとこでそんなことが行われてたんや〜。えらい大層なこと考えはるな〜。それで、まだ話してへんことあるやろ。……全部聞くって言ったやろ〜」

頑なに口を開こうとしない私に呆れているようだ。

「あんたが言ってくれへんかったら手伝えるもんも手伝えられへん。やから、言うてみ」

信用に足る人物ではない。けれども源信と繋がっていたとしたら、もう全て知っているはず。たとえ全て話したとしても、デメリットはない。話すしかないか。覚悟を決め、話し出す。

「私には兄妹がいます。三つ子ではないんですが、同じ年なんです。私とユカリ、そして弟のエン。私は–––」


 私は三人兄弟の長子として生まれた。普通ではない方法で。

 天津家では『人体生成』の実験が昔から行われていた。その実験は一度の成功以来、失敗に失敗を重ね全く成功の兆しが見えなかった。それでも諦めず研究が続けられた。ある日、ある時、本当に偶然それは成功したのだ。そして、生まれたのが私。その後何度やっても実験は成功しなかったのだから本当に偶然なのだろう。

 質のいい大量の呪いを持った生者がいたことが成功の要因だ、と研究者の一部では言われていたがそれも定かではない。

 身体はありとあらゆる呪いを寄せ付ける、忌々しいモノ。

『呪いの子』と呼ばれるようになった。

 自分以外の想糸も易々と操り、身に秘めた呪いでさえも操ってしまう。そして数年後には、与えられた実験の数々を、穢殺しでさえも表情を変えず淡々とこなす私を見て皆が陰でそう呼んだ。

 それでも不幸ではなかった。半年後にはユカリとエンが天津家当主の元に生まれ、私たちは兄妹として育った。

 ユカリとエンは天津家の宿命により、元々その身体に呪いがあった。その呪いは天津家の罪の結晶と言われていたが、幸いにも2人には特に害は現れなかった。

 私たちはいつも、何をするにしても3人一緒だった。

 そんな平和だったある日、エンが実験により使い潰された。そしてその次の日にはユカリの身体が奪われた。唯一心を許せる存在だった2人を、同時に奪い取られ、正気ではいられなくなった。だから私は壊したのだ。全て。

 ほとんどの呪いを使い、壊した。天津家の関連施設と名のつくものを全て。

 研究施設があった場所には何も残らなかった。グログラムとリーティアが喰べ尽くしたのだ。

 グログラムとリーティアは私が生まれた時に一緒に生まれた。その強力さから新たに七つの大罪にちなんだ名前を与えられたのだ。それを量産するのも天津家の目標であったが、未だ達成されず未完成な『異形』しか作られてはいない。

 大罪レベルの呪いは人が死ぬ間際により強い思いを抱いており、想糸がその想いのままに呪いとなった、レアケース。そしてその呪いは生きていた頃の記憶がある。


「グログラムとリーティアは……安東さんの両親です」

「……冗談なら、今すぐに撤回して欲しいんだけど」

凍りついた室内に、安東さんの冷たい声が響く。

「『本当だ。本当なんだ。俺たちは天津家の研究員の一人だった。まだ小さかったお前には言ってなかったがな』」

 苦しげに言うグログラムはいつもと全く様子が違う。リーティアからも涙を堪えるような気配が感じられる。

 両親の実験の詳細を知らされた一樹さんは怒りで震えていた。それでもどこか納得したような表情だ。

「……つまり、ボクの仇はお嬢さんってことでいいのかな」

 想糸で出来た銃を私に向け、静かに問う。

「『やめなさい一樹。この子は悪くないわ。この子も実験の被害者。悪いのは天津家。そして天城家』」

「じゃあ仇は『祓』のトップに君臨する、天城源信ってことだね。お嬢さん……ううん、エニシちゃん。協力するよ、君に」

 優しげに笑う瞳の奥に燃えるのは怒りの炎。その瞳を見つめ返し、お礼を言う。

「うちも協力したるわ〜。面白そ〜やし〜。軽く見られとったんも癪やしな」

 まさか本当に協力してくれるとは思わなかったので、目を丸くする。和泉さんはいつも通り不敵な笑みを浮かべている。意外と好戦的だな、という雑念を振り払う。

 今すぐにでも行こうとする私に、せめて3日は休めと何度も言われたので仕方なく言う通りにした。

 その間、安東さんと和泉さんに実験を阻止するよう頼みなんとか自分の気持ちを押し込めた。



 エニシちゃんは静かな寝息を立てている。

「やっと寝てくれた……」

 人を寝かしつけるだけでこんなにも疲れるものかと、ため息をつく。それでも、まだ顔色のよくないエニシちゃんを寝かせておかないわけにもいかず。

 自分の両親が宿るこの子にはまだ秘密があるのだろうか。なんとなく寝顔を見つめる。

「『可愛いだろう。寝てる時だけ年相応の顔になる』」

 グログラム–––父さんの声が聞こえ、ビクリと肩を上げる。父さんはひとしきり笑うと手の甲に現れる。

「『いつもは無表情で無感動だ。妹と弟が関わっていない限り、この子の心が大きく動くことはない。それでも今日は少しだけ違った。俺たちの正体を明かすことを躊躇った。お前のことを思って、な』」

 まるで本当の父親のように愛おしげにゆっくりとエニシちゃんのことを話す。エニシちゃんが産まれた時から一緒にいたのだから、我が子のように思っても当然だろう。それでも聞いてみたくなった。

「父さんにとってエニシちゃんはどんな存在? 」

「『そうだな……。我が子のようで、自分自身のようだ。俺たちにこんな姿でも生きることを許してくれた、かけがえのない存在……かな』」

「ボクのことは? 」

 思わず口をついて出た言葉にバツの悪い表情を浮かべる。なんとなく父さんの方を見れずに顔をそらす。

「『大事な息子だ。忘れたことなんか一度もない。俺たちの唯一の子ども。もしもの時はこの命に代えても一樹を守るよ。あたり前だろう、お前の父親なんだからな』」

 背中がむず痒くなって、身じろぎをする。父さんに目を向けると、優しく微笑んでいるようにみえた。

「『もう遅い。一樹も寝なさい』」

「うん。……おやすみ」

 静かに部屋を出る。ふぅ、と息を吐く。全身に力が入っていたようで身体が硬い。大きく伸びをして、与えられた寝室に向かった。

 その夜はとてもいい夢を見た気がした。

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