第4話
珍しく屋敷の使用人が走り回り、家中を掃除し、料理を作り、部屋を飾り立てている。
天城源信が来るというだけでこれほど屋敷の様子が変わるのか、と感心する。
そしてお昼を少し過ぎた頃、天城源信は屋敷を訪れた。
出迎えにいったのは千文さん1人。私は食堂の様子が映し出されたモニターのある隣の部屋に他の人は食堂にいる。
「ユカリ、離れないでね。リーティア、グログラム。勝手に暴れないでね。それと私が正気でなくなってもつられないで」
『難しいご注文ね』
『仕方ない。従うぜ』
ユカリは何の反応も示さなかったが心配はしていない。念には念を入れている。
穏やかに食事や会話を楽しみ、ひと段落ついたところで天城源信は千文さんに目を向ける。
千文さんは小さく1つ頷くと食堂を出て私のところへ来た。
千文さんの後に続き食堂に足を踏み入れる。先ほどまでの穏やかな雰囲気は一変して緊張感に包まれる。その緊張感を醸し出しているのは天城源信で、周りは怪訝な表情を浮かべる。
天城源信の間合いにギリギリ入らない程度まで近づく。その時には既に立ち上がっており深々と腰を折る。
その光景に驚きを隠せず、息を呑む音が聞こえた。
「これはこれは、お元気そうで何よりでございます。若様、お嬢様方」
「エンはもういない。随分とコソコソとしていたようだな、源信」
ガタリと椅子を立ち上がる音がしたが源信はそれをちらりと見やっただけ。その音の発生源である花影さんはゆっくりと腰を下ろした。
「若様はやはり、そうでしたか……。誠に残念でなりません」
「白々しい。お前が殺したようなものだろう。……それより、だ」
天城は黙ったまま私の言葉を待つ。
「ユカリの体を返せ。お前が持っていることぐらい、もうすでにわかっている」
「はて、何のことでしょうか。私にはわかりかねます」
「戯言を‼︎ 」
想糸が暴れ出す。
私のものだけでなく、部屋に漂う無機物の想糸と誰のものでもない想糸が私の感情に呼応する。
源信はサッと後ろに飛び退くが、想糸がその後を追い、息つく暇もなく猛攻を加える。リーティアとグログラムが出てきていないことをもう一度確認する。
「源信。お前がそのつもりなら私は手段は問わない。たとえお前が死のうが、想糸や現糸の記憶は消えないからな」
千文さんの目の前であるということなどとうに忘れていた。
テーブルの上のフォークやナイフを投げ動きを牽制し、想糸で攻撃をくわえる。予備動作なく飛び上がり、源信に上から蹴りを入れる。年齢を感じさせない動きで私の蹴りを防ぐ。素手ではなく元々袖の下に付けていた想糸遮断の機能を持つ手首から肘近くまで覆う腕輪で。
源信は反対の拳を突き出す。私には触れない距離であったが、飛び退く。すると衝撃波でテーブルがひっくり返る。
先ほどまで和やかな食事が行われていたなど感じることができない、惨状になっていた。千文さんたちはそれぞれ部屋の隅へ移動し、身動きが取れない状況だ。
「いい加減認めろ。そして返せ。そうすれば命までは取らん」
「では正直に申しましょう。ユカリ様のお身体は私たちが厳重に管理しております。しかし、今お返しするわけにはまいりません。後少しで、私たちの悲願が成し遂げられるのです‼︎ 」
私たちの悲願……。それは『本当の禁忌』と恐れ、怖れ、畏れ、手出しを許されなかった。
『人体生成』
死者を蘇らせるのではなく、新たに人間をつくる。
なぜ、それが『本当の禁忌』と呼ばれるのか。2つ理由がある。
1つは製作過程。不完全である死者––穢をつくるのに必要なのは、その死者に対する強いだけでいい。しかし、新たに人間をつくるときに必要なものは、1人つくるのに対し10人の穢と100の呪い。そして生者の想糸5人分。想糸とは人間の魂である。魂を抜かれた者は人形のようになってしまう。
そして、2つ目は–––。
「愚かな真似を。忘れたか、あの過ちを。つくられた人はまともではない。壊し、壊し、壊し、壊し……何もかも全てを壊し尽くされたあの過去を」
2つ目の理由よりも問題は製作過程にあるが、源信にそれを言ってもどこ吹く風だろう。
「忘れてなどおりませんよ。ですが‼︎ ユカリ様の想糸を少し混ぜることにより、過去三回、成功しているのです!! 」
身体の芯がスッと冷えていくような感覚と吐き気がする。
どこまでやれば気がすむのだろうか、こいつらは。
「死ね」
手には想糸でつくられた刀。一歩で源信に近づき刀を振るう。
銃声が二度響き左腕と左足に痛みが走る。左手が離れる。それでも右手で刀を握りしめ、振り下ろす。源信の左肩から右の脇腹にかけて浅い傷ができる。血が流れ出る。
「ゔぁぁぁ!! 」
叫び声が聞こえる。その時初めてグログラムが勝手に動いていたことに気づき呼び戻す。
「『なぜ止める!! 』」
「勝手に動くなと言っただろう」
一言で大人しく言うことを聞いてくれたことにホッとする。
「今日のところは失礼させていただきます」
隙をみて動き出した天城を追いかけようとするが、足が痛み追うことができない。
崩れ落ちるように床に寝転ぶ。視線の先には呻く花影さんとその周りに集まる伊織くんと美織ちゃん、そして千文さん。
「どれくらい食べた」
『ほんの少しかじった程度だよ。すぐに止められたからな』
「腕が原型をとどめてないじゃないか、なにが少しだ。喰いすぎだ」
右手を伸ばし花影さんの方に向ける。グログラムが食べた現糸はまだ消化されていない。現糸を想糸に乗せて花影さんの腕に送る。花影さんの腕は陽炎に包まれたようにぼやけ、そして元通りに治る。
グログラムの文句を無視しリーティアに弾を身体から取り出すように頼む。
身体がだるく重い。想糸を過剰に使用してしまった反動だ。
花影さんを遮るように誰かが目の前に立つ。顔だけを動かしその人を見上げる。
「大丈夫……じゃないよね。動けそうにないみたいだし」
安東さんはそう言うと私を抱え歩き出す。驚き暴れようとする私に「動かないで」と言ったきり黙ってしまう。私もそれ以上どうすることもできず大人しくする。
裏口のすぐそばに止まっている車に乗せられる。車はほどなく発進する。運転席には和泉さんが座っている。
「後でぜーんぶ聞かしてもらうで〜。取り敢えずはその怪我治し〜」
見慣れない道を通り、街や住宅街から少し離れた大きな一軒家にたどり着く。
その家には眼鏡をかけ白衣を着たおじさんと若い女性がいた。
私はされるがままで、気がついたらベッドの上で寝ていた。
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