第3話
「部屋に連れて行きますね」
一樹がそう言って、縁の体を抱える。すると先ほどまで意識がなかったはずの縁の目が開いた。
「あのー、下ろしてください、です。自分で移動できます」
一樹は言われた通りにするが、信じられないものを見ているようである。いや、これは一樹に限らず、全員が同じような表情をしている。
「あんた、誰なん〜」
いち早く立ち直り、そして異変に気づいた和泉は心底楽しそうな笑顔を浮かべて問いかける。
「天津縁です。天使の天に、津波の津。ご縁があるの縁で、あまつゆかり、です。エニシちゃんと同じ字ですけど、読み方は違うので、間違えないでもらえると嬉しいです」
にこりと笑うユカリは、エニシと全く違う印象を与える。
「二重人格ってわけでもなさそうやね〜。どないなってんのん? 」
「この体はエニシちゃんのもので、エニシちゃんの体の中に私の魂が共存してるのです。エニシちゃんが倒れたのは魂が疲れたから眠ってるのです。その間はあたしが操れるのです。あたしの体は探し中で、死んではないのです」
好奇心で目を爛々と輝かせている和泉。
「あたしは部屋に戻るのです。多少とはいえ体も疲れてるので、無理をさせられないのです」
ユカリはくるりと半回転し、エニシの部屋に向かう。ユカリを呼び止める声はない。ドアの前で立ち止まり、またくるりと半回転する。
「詳しい話はエニシちゃんが起きてから聞いてください、です」
閉じられたドアを見つめる6人。一呼吸置いて和泉が陽気な足取りで自室に戻る。千文の呼び止める声は耳に入っていないらしい。
「千文さん、やはりとっとと捨てましょう、あんな奴は」
「で、でも、エニシさんは僕を助けてくれたんです。そんな、捨てるだなんて言わないでください」
普段は言い返したりしないのだろう。咲良は目を見張る。
「ただの気まぐれでしょう。よく知りもしない人のことをそんな風に信用するものではないですよ、伊織くん」
「よく知りもしないのは貴方も同じではなくて? 」
エニシを擁護するようなセリフに千文と一樹は意外感を露わにする。
エニシが先ほどのセリフを聞けば、変なものでも食べたのかと心配するだろう。
咲良は何も言い返せない。
見かねた千文は4人に声をかけ、今日のところは解散となった。
◇ ◇ ◇
朝日を感じ、目を覚ます。
倒れた記憶はあるが、その後どうやってここにきたのかは記憶にない。すると、2人が楽しげに説明してくれた。
「すみませんでした」
あぁもう、頭が痛い。勝手なことをしてくれる。
千文さんは苦笑いを浮かべ、頭をあげるよう促す。
「えんちゃんが何か隠しているとは思っていたけど、予想外で驚いたわ。ゆかりちゃんはいまどうしてるの? 」
私はたった3つしかもっていない人形の1つ、ピンクの服を着たウサギのぬいぐるみを掌の上におく。すると人形が意思でも持ったかのように1人でに立ち上がる。
「どうも、昨日はお騒がせしました、のです。ユカリなのです」
目が点になるというのはこういうことか、などと考えながら話を続ける。
「普通はできるものではないですが。ユカリは他のものの想糸の中に入れてもらうのが得意なようです」
未だに驚いた表情のままで、話が頭の中に入っているのかいないのかわからない。なので、千文さんが回復するまでしばらく待つことにした。
「……ごめんなさい。もう大丈夫よ」
私は全てではないが、今話せるところだけ掻い摘んで説明する。
1つ。私たちが人体実験の被験体にされていたこと。
2つ。ユカリはその時に体から離れ、その後起こった研究所内で混乱の時、ユカリの体が持ち去られてしまったこと。
3つ。今、ユカリの体を探していること。
4つ。あまり時間が残されていないこと。
最後に。今尚その研究施設に狙われていること。
簡単にまとめて、千文さんの様子を見ながら、ゆっくりと話す。
千文さんはしばらく唸ったり首を傾げ、独り言をつぶやいていた。
「話してよかったのです? 」
「うん」
不安げに見上げてくるユカリと目線を合わせず、それでも確信を持って力強く頷く。優しくフワリと笑うユカリの気配が伝わり、安心する。
「ここに来たのは、ユカリちゃんの体を探すため? 」
「はい。少しでも手がかりが掴めればと思い、藁にもすがる思いでここに来ました」
そしてもう直ぐたどり着く。
据え置きの電話が静かに部屋に響く。
「はい、もしもし。……お父様。お久しぶりです。……はい。……明日、ですか? ……いえ、問題ありません。では、10時に。……はい、お待ちしております」
やっと尻尾を見せたな。あの黒いローブの怪しげな人は、あの男が派遣したのだろう。
私がここへ来たのは偶然。その情報を何処からか入手し、あんなことをしたのだろう。
私にとってはありがたいことだ。
「急で悪いんだけど、明日あなたに会いたいってうちの父がこっちにくるらしいの」
全く困った人、と言葉とは裏腹にその表情は少し嬉しそうだ。
「千文さんのお父様といえば、『祓』のトップですよね。光栄です。是非お会いしたいです」
愛想笑いを貼り付けそう応えると千文さんはありがとうと笑みを浮かべた。
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