終話 福を分けるタヌキ

1

 俺はまた夢を見ていた。

「俺」は幼稚園児で、実家の境内にいる。そのころは広い敷地内を探険と称して散歩するのが好きだった。境内の隅にある林は「妖怪が住む森」で、池の中に作られた小島は「宝の島」だ。

 でも夢の中にいる「俺」は歩き回ったりせず、木陰でうんうんとうなっていた。休日の昼なので、ときどき参拝客が通りすがって「何をしているんだ」という顔を向ける。

 右手にはクリームパン。左手にはメロンパン。「俺」はどっちを食べようか悩んでいるところだった。散歩中のおやつを片方に絞ることができずに両方リュックへ詰めてきたからこうなった。小さめに作られているパンだけど、幼い「俺」が二個とも食べるのは不可能だ。

「どうしたの?」

 振り返ると、巫女の服を着た人がいた。

 こんな人初めて見たと「俺」は思った。タヌキの置物と同じものをかぶっているし、腰に付けているものはまるで尻尾だ。

 少なくともうちの神社で働いている人だということは間違いない。「俺」はそう考えた。うちの女物ユニフォーム――昔は巫女装束をそういうものだと思っていた――を着ているからだ。

「俺」はどっちを食べようか悩んでいると答えた。巫女は笑ったりせずに聞いてくれて、「おいしそうだと両方食べたくなっちゃうよね」と難しそうな顔までする。

「じゃあ、占いで決めようか」

 巫女は辺りを見渡した。目を止めたものは、神社に来た人が次々通り抜けていく鳥居。

「次に鳥居を通った人が子供だったらくりーむぱん、お爺さんかお婆さんだったらめろんぱん、おじさんかおばさんだったら両方を半分ずつ食べるの」

 面白そうだと「俺」は思って、巫女にうなずいた。巫女はちらちらとパンを見ながら付け加える。

「……それでね、お兄さんかお姉さんだったらどっちかボクにちょうだい!」

 ちょっと待ってくれと「俺」は言いたくなった。両方持ってきたのは両方食べたいからだ。なのに次の通行人がお兄さんかお姉さんだったら減ってしまう。「俺」はドキドキしながら鳥居を見た。

 よく考えたら、おじさんかお兄さんか微妙な人だったらどうするのかわからない。お兄さんっぽくてもおじさんと言い張ればいいかなと思った。

 でも、次に通ったのは「俺」とあまり変わらない姿の子供だった。後ろにいた親が「そんなに走ると危ないよ!」と言いながら追いかける。

「あー!」

 巫女は絶叫しながらひざを落とした。「俺」はおやつが半分にならなかったので安心しながらメロンパンをリュックにしまって、クリームパンを食べ始めた。

「うう……おいしそう……」

 座り込んだ巫女は、未練がましくパンを眺める。

「そのにおい、近所にある〈水林堂〉のだよね? 前に一回だけお供えされてたことがあって、みんなでちょっとずつ食べて……」

 よだれまで垂らして、おなかからぐううと音を立てる。

「俺」はお供え物を食べたら駄目だと子供ながらに考えたけど、何だかかわいそうになってきた。だからクリームパンを半分千切って巫女に差し出した。

「ありがとう!」

 巫女は受け取ったクリームパンをすごい勢いで食べた。

「遠くへのお出かけから帰ったところで、おなか空いてたんだよ! でも、これだけじゃ……」

 クリームパンを食べ終えるなり、リュックをじっと見始めた。メロンパンも食べたいんだろう。こっちは昼ご飯が多かったせいかクリームパンを半分を食べただけで満腹だけど、あっちはまだ入るみたいだ。「俺」が仕方ないと考えてメロンパンも半分あげると、巫女はやっぱりおいしそうに食べた。

「俺」はおやつのパンが実質一個になったけど、つまらないとは思わなかった。巫女の食べっぷりがよかったからかもしれない。どっちを食べるか決める方法が珍しかったからかもしれない。一人で食べるより二人で食べる方が楽しかったからかもしれない。

「そろそろ行かなきゃ! 報告までがお遣いだよ!」

 巫女はにこにこしながら駆けていった。そっちには森がある。神社は逆方向だと「俺」が言う前に巫女は立ち止まって、振り返る。

「ぱんのお礼はいつかするからね!」

 手を振って、また走り出す。「俺」は巫女があまりにもキラキラした笑顔で言うので、手を振り返すことしかできなかった。

 巫女の姿が木々の間に消えてから、「俺」は奇妙なことに気づいた。辺りを見ると、「俺」を不思議そうに眺めている大人たちがいる。「誰に手を振ってた?」「話してた相手は誰?」なんて声も聞こえた。

 まるでさっきの巫女が見えていなかったみたいだ。まさかそんなことはないだろうけど。

 夕ご飯の後、誰かのお土産だという〈高原生搾り牛乳〉なるものを飲ませてもらえた。「俺」が残っていたメロンパンを食べながら飲んでみると、すごくおいしかった。メロンパンも半分になっていたので、ちょうど腹に収まった。

 あの巫女の顔はすぐに忘れてしまったけど、占いというものに従って楽しかったことは心に残った。「俺」は同じようなことを幼稚園の友達にやると喜ばれたから、それ以来占いを何度もやってみて――

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