4-2

 俺たちはさっそく勝負を始めた。

 平日だから人が少ないと思っていたけど、子供が大勢いた。どうも今日は幼稚園の遠足らしい。どこかの大学が休みなのか、デートに来ている大人の姿も何組かあった。

 偶然、平日だけどそこそこの客がいる日に来たんだろうか。俺はそう思ったけど、こういう日だと察知したからここでやる占いを閃いたんだと信じたかった。

 俺たちは獣舎の裏に陣取っていた。四矢だけは獣舎前の客に紛れ込んでいる。客がどれだけ注目しているか間近で判定するためだ。

「ウツシマノミコト様、お先にどうぞ」

 俺がそう言うと、ウツシマノミコトは自分のタヌキたちに指示を出した。

「行け」

 タヌキたちは、裏の出入り口――鍵はウツシマノミコトが念力のような力で外した――から獣舎の中に入った。頭に葉っぱを乗せて、正面から見えない物陰で姿を変える。


 ぽぽん!


 客から見えるところへ出たタヌキたちは、鳥になっていた。

 翼は大きく、尾羽は孔雀のような形。全身の羽毛を金色に輝かせながらゆったりと飛び回る。

 この獣舎は屋根がないので、飛べる鳥を入れたら逃げられてしまう。でも今のF市どうぶつパークはウツシマノミコトが張った結界の中。勝負に都合の悪い突っ込みどころは客もスタッフも意識しない。

「これぞ霊山の奥深くに隠れ棲む神秘の鳥、環命の火焔鳥」

 ウツシマノミコトが誇らしげに語った。俺はよく知らないけど、すごく珍しいんだろう。

「人間ではたどりつけん地の生き物よ。せいぜい魅入られるがいい」

 客たちを見たウツシマノミコトは、眉間に皺を寄せた。

 デート中の大学生は「すげえきれいな鳥だ」と言いながら見つめる。でも子供たちは一瞥しただけで通り過ぎていく。

 しばらくしてタヌキたちが裏に戻ってきた。ウツシマノミコトはいら立った顔で迎える。

「人間の仔め、さては価値がわからんな?」

「つか、どれだけ珍しくても鳥は鳥ですから」

 俺は亀山たちに指示して、獣舎へ送り出した。

「数が多いのは子供。そして子供が好きなのはこういう生き物!」

 亀山たちもその辺りで千切った葉っぱを頭に乗せて、物陰で姿を変えた。


 ぽぽん!


 客たちの前に出た三匹は白い獣の姿になっていた。二十木だけにはたてがみがある。

「どうしてあたしだけオスなんだよ」

 二十木がぼそっとつぶやいて、亀山がくすりと笑う。

「ご立派ですよ」

 子供たちは二十木の姿を見て瞳を輝かせる。

「白いライオン!」

「かっこいい!」

 ウツシマノミコトの化けさせた鳥がどんなに珍しくても、子供が好きなものの席は大体決まっている。

 三匹が帰ってきてタヌキに戻ると、俺は親指を立ててみせた。同じ行為を返してくれたのは黄宮だけだったけど。

「あなどれんな。だが、これで我も基準を把握した」

 ウツシマノミコトはタヌキたちに新しい指示を出した。三匹はあからさまに首を傾げる。

「さっさと行け」

 もう一言突きつけられたタヌキたちは、乗り気じゃない様子ながら獣舎へ入っていった。物陰で化ける。


 ぽぽん!


 俺は煙の中から棒状のものが飛び出したと思った。実際には棒なんかじゃない。先端に目鼻や角がある。

「キリン……?」

「そのとおりだ!」

 ウツシマノミコトは胸を張って答えた。

「人間は瑞獣の麒麟と同一視しているのであろう? 外見が全く違うというのに、愚かなことだ。しかし人間の仔らに好かれていることは利用せねばなるまい」

 偉そうに言っていたけど、仰天した顔になった。子供たちがキリンをスルーしているからだ。

「バカな……社の近くではあれの鉄像に人間の仔が群がっているはず!」

 そういえば子供のころは実家の近くにある公園でキリンの滑り台をよく使っていたと、俺は思い出した。子供に人気という点ではいい方向性をつかんだと言えるけど、駄目だってことも俺にはわかる。

「キリンは他のところにいるんですよ。だからキリン分はそっちで足りています」

 ライオンも園内にいるけど、白くはない。

「何だと……!」

 ウツシマノミコトは拳を震えさせた。タヌキたちがためらっていたのはキリンの存在を知っていたからだと、今ごろ気づいたに違いない。

「それなら次はあれだ!」

 俺はタヌキたちが帰ってきたところで亀山たちに次の動物を告げた。


 ぽぽん!


 三匹が姿を変えたのは象。大人だとスペースが足りないから子象だ。ウツシマノミコトは短く笑う。

「失敗したな。象もここにいると、タヌキたちが言っているぞ」

 タヌキと会話する神様というものもかわいげがあると俺は思ったけど、言いはしない。

 三匹もとい三頭がパオーと鳴くと、子供たちは喜んで集まった。ウツシマノミコトが目を血走らせる。

「解せん……!」

「確かに象はいます。でも象舎辺りが改装中だから、今だけは会えないんです!」

 俺は意気揚々と言い切った。つまり、象を見たかった人の不満を補ったというわけ。亀山たちも満足げに帰ってくる。注目されたことで亀山や二十木も乗ってきたのかもしれない。

「ふふ……そうか」

 ウツシマノミコトは悔しそうだった表情をがらりと変えていた。

「これで神に勝ったつもりだとすれば、愚かしいことだ」

 吹っ切れた印象まで感じさせながら、タヌキたちにささやきかける。

 タヌキたちは明らかに戸惑っていた。でもウツシマノミコトは視線で威圧して無理やり送り出す。


 ぽぽん!


 俺がタヌキたちの変身したものを見て思ったことは、「その手があったか!」だった。

 白い馬。ただし背中から翼が生えている。ウツシマノミコトは西洋の伝説も知っていたみたいだ。

「すごい! ペガサス!」

「本当に飛んでる!」

 勝負を始めたときの俺は「実在する動物限定」なんて言わなかった。もしかするとウツシマノミコトに言わせればどこかにいるのかもしれないけど。

 何にせよ、子供たちは大はしゃぎ。ウツシマノミコトは勝ち誇った笑いをあふれさせる。

「見たか! これが神の実力だ!」

 喜びすぎだと感じたのは俺だけだろうか。どうだとしても、俺は負けを認めるつもりなんかない。

「こっちは子供に人気があるもので押すぞ!」

 俺は亀山たちに新しい案を伝えた。

「……そんなのありです?」

「とにかくやってみろ!」

 亀山と二十木は不満そうだったけど、俺は強く言ってタヌキたちと入れ替わりで送り出した。


 ぽぽん!


 亀山たちは物陰で化けて、客たちの前に出た。

 色は黄色がメイン。形は耳の長いネズミ。某ゲームの電気ネズミだった。

「幼稚園児ならゲームはしなくてもアニメは見るはず……あれ?」

 子供たちは黄色いネズミを珍しそうに見た。ただし、それだけ。盛り上がったりはしない。

 戻ってきたときの亀山は、「やっぱりでしたね」と言いながら肩をすくめていた。どこが肩だかわかりにくいけど。

「いくら人気のキャラクターでも、実際に見たのではわかりにくいかと」

「漫画やアニメではアリだけどリアルじゃナシってのあるしな……ピンク髪とか」

 ウツシマノミコトはますます調子を上げていた。

「ふははは! だらしないではないか!」


 そこから勝負は泥沼化した。

 ウツシマノミコトは東洋風の龍を出して驚かれたと思ったら、ヤマタノオロチを出して気持ち悪がられた。

 俺は緑の恐竜と赤い雪男とP字の宇宙生物を出して喜ばれたと思ったら、機関車のトムを出して「あれ動物じゃないよね」と言われた。

 両陣営そろって無茶苦茶なものを繰り出しているうちに、時間が過ぎていく。


「どうした。我の指示したカッパは多少なりとも注目を浴びたのに、汝のものはさっぱりだったではないか!」

「く……子供に猫耳少女は早かったか」

 俺はウツシマノミコトとにらみ合っていた。亀山が薄く笑う。

「化けるもののレベルが下がってきていませんか?」

 二十木も乾いた笑いをこぼす。

「何にでも『ぐだぐだ』ってもんはあるからね」

「早く、次」

 唯一、黄宮だけが亀山と二十木の周りを元気に跳ね回っていた。

「幼稚園の先生が、帰る時間だとか言っているぞ」

 客たちの中にいた四矢が裏に回ってきた。

「かなり長居してしまっているらしい。この勝負に意識を引かれてな」

「もう夕方になるから当然ですよね。そろそろ決着を付けないと」

 俺はそう言わざるを得なかった。ウツシマノミコトは余裕たっぷりの笑いを響かせる。

「では、止めを刺させてもらうぞ!」

 指示されたタヌキたちはやけに大きくうなずいて、獣舎へ向かった。


 ぽぽん!


 俺は化けたタヌキたちを見て歯ぎしりした。これなら子供の目を十分に引くことができる。

 ハムスター。ただし大きさが随分ある。実際にも大型のハムスターは存在するけど、せいぜい子猫くらいでしかない。このハムスターは体長が大きめの犬以上ある。

 小さいと離れたところにいる客から見えにくい。でもこの大きさなら見やすい。毛繕いや駆け回ったりする動きのかわいさを十分にアピールできる。

「大きい!」

「かわいいね!」

 子供たちは特大ハムスターに釘付け。俺は地団駄を踏みたくなった。

「ハムスターが人気とか、結構人間をよく見ているんだな。このままだとまずい……お?」

 いらついているうちに気づいた。盛り上がっているのは子供だけ。大人はみんなしらっとしている。

(どうして……いや、難しいことじゃない)

 俺はすぐに理由を導き出した。

(子供だからペガサスやでかいハムスターを見て素直に喜ぶけど、大人は常識で割り切ろうとする。人形を吊って飛んでいるように見せているとか、人が中に入っているとか)

 つまり、大人も含めて最大限に盛り上げることができたら。

(何かないか? いや、あんまり堅苦しい姿勢になっても思いつかない)

 俺は焦りかけた自分をコントロールする。亀山たちが指示を待っているけど、平静を保とうとする。俺に必要なものは深刻な考え方じゃない。

(そうだ、ポンコ)

 俺はここにポンコと来たときのことを思いだした。それで少しでもリラックスできたらと考えたからだ。

(あのときもこの獣舎の前まで来て、空いていることにポンコが驚いて……そうだ!)

 さすがに効果覿面。俺は閃いたことを亀山たちに話した。

「よさそうですね!」

「いい考えじゃないかい」

「早くしたい」

 ハムスターになっていたタヌキたちが帰ってきて、入れ替わりで亀山たちが獣舎へ入った。


 ぽぽん!


 三匹は姿を変えてから客たちの前へ出て――その途端に客たちから歓声が上がった。

「帰ったんじゃなかったの?」

「また来てくれたんだ!」

 子供だけじゃない。大人も嬉しそうに見つめる。慌ててカメラを構えた者もいる。ウツシマノミコトの結界があるから、どうせ写らないけど。

「こんなに前の方で見られるなんて!」

 見始めた者はなかなかその場を離れない。離れたら、他の者から場所を取られかねない。ウツシマノミコトはその光景を前に唖然としていた。

「なぜだ。確かに珍しい生き物ではあるが」

「この動物園に来る人は、あれに愛着があるんです」

 俺は亀山たちが化けたパンダを眺めながら断言した。

「一ヶ月半くらい前まで、この獣舎にはよそから借りてきたパンダがいました。ただ、見物に来ても混雑しているせいで後ろからどうにか見える程度。だから今、みんな見まくっているんです!」

 亀山たちはじゃれ合ったりして、大人も子供もかわいらしい姿に嘆息する。

「人間の仔め、あのようにほほ笑んでいるとは」

 そう言っているウツシマノミコト自身も笑っていた。冷たい笑みじゃない。父親のような優しさがある。

「社の近くにも、あれの形をしているものがあったな。またがって揺さぶり動かす遊具だ。天馬などと言ってずれず、あのようなものを指示していればよかったのかもしれん」

 客たちの嬉しそうな声が聞こえてくるなか、四矢が俺の腕を取って空へ向けさせた。

「最も注目されたものは、リョク側のパンダ!」

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