4-1

 翌日早朝、俺たちはまた四矢に先導されて福狸神社の本殿へ向かっていた。着ているものも、先日と同じ。

「ついてきてはみましたけど、わたくしたちに何ができるんでしょう」

 亀山が廊下を歩きながら不安そうにつぶやいた。黄宮はその横でうつむいて身震いしていた。

「あの神様、すごい迫力だった」

「深刻になり過ぎても仕方ないさ」

 二十木が二人の間に割り込んだ。肩を威勢よく叩く。

「あたしはね、できないことはできない。でも、できることならできる。あんたらもそれでいいだろ」

 亀山と黄宮がうなずいて、俺たちは本殿にたどりついた。

 変化は前回よりも早く起きた。俺たちが御幣の前にそろう寸前から存在感が膨らんで、ウツシマノミコトが姿を現す。

「さっそく占ってもらおうか、我が神使の居場所を」

「わかりました」

 俺はすぐに答えた。ダラダラしていてもウツシマノミコトの気配に精神力を削られていくだけだ。袴のポケット――四矢は機能性を重視して目立たないところに作らせている――からメモ帳と鉛筆を取り出す。

「ほう。以前と同じ方法で占うことができるのか?」

 ウツシマノミコトは先日と同じ嘲りの目で俺を眺めていた。

(圧されるな!)

 俺は自分に言い聞かせた。

(プレッシャーを感じたら駄目だ!)

 必死で思い返したものは、文化祭で俺たちがしていた顔。そしてポンコが山でかけてくれた言葉。

(俺なら絶対に当たる。ポンコを取り戻して、また一緒に帰れる……!)

 ゆっくりと心を静めていく。鏡のように止める必要はない。辛く悲しい波さえ立っていなければいい。

(俺がなくしていたものは……)

 俺は鉛筆をしっかりと握って、メモ帳の上で動かし始めた。

「……ちょっとした勝負をして、その結果で占いましょう」

 頭の中に映ったものを書き記していく。ウツシマノミコトが目を見開いて、亀山たちが沸く。

「これが本来の福分さんなんですか?」

 本当に俺が占う力を取り戻しているとしたら呆気ない。俺はそんなふうに考えてしまいながら手を止めた。

(何だこれ)

 それは、俺が今まで書いてきた占い結果に比べてあまりにも奇妙だった。〈引き分け→〉〈俺の勝ち→〉〈ウツシマノミコト様の勝ち→〉の横にあるものは字じゃなくて絵。

〈引き分け→〉の横では△○□が縦にくっついていて、一番上にある△の先端から一番下の□を通り抜けたところまで直線が伸びている。

(おでんみたいだな)

〈俺の勝ち→〉の横にある絵は〈引き分け→〉のそれに似ているけど、奇妙さがいくらか強い。△○□の並び方は同じでも、貫いているものは直線じゃない。小さな○がビーズアクセサリーのように連続している。そして横倒しになっていて、△が右側。

〈ウツシマノミコト様の勝ち→〉の横にある絵は直線が太いようにも思える。小さな□の連続が△○□を貫いているからだ。横倒しなのは〈俺の勝ち→〉と同じで、△は左側にある。

(書いた俺が言うのもなんだけど、意味がわからないな)

「何だその絵は。真面目に占う気があるのか?」

 俺が手を下げると、メモを視界に入れたウツシマノミコトが嘲りの声を突きつけてきた。どれだけおかしくても後戻りはできない。占う方法のイメージは、もう頭の中で一つの形を成している。俺は不安を振り払いながら顔を上げた。

「ウツシマノミコト様、お願いがあります」

「ほう。申してみろ」

 ウツシマノミコトが胸を反らしながら答えて、俺はメモ帳と鉛筆をポケットに戻した。

「占いの指示に従って行動していただきたいんですが」

「我にも何かさせると?」

 俺に鋭い視線を浴びせたウツシマノミコトだったけど、激しく怒り出したりはしなかった。

「まあ、よかろう。我が誇りに懸けて誓う」

「それでは、今からみんなで出かけましょう」

「何だと?」

 ウツシマノミコトがおどすように低い声を発した。俺はひるんでしまいそうになったのを辛うじて堪えた。

「行き先は、F市どうぶつパークという動物園。そこでやる行為が占いになります」

「ドウブツエン……人間が自然を切り取って集める場所であったな」

 どうやらウツシマノミコトも動物園がどういうものか知っているみたいだ。

「なぜ我がそのような場所へ行かねばならん?」

「誇りに懸けて誓っていただいた……はずですけど」

 俺にとってその言葉を出すのはかなり度胸がいることだった。相手が相手だから当たり前だ。ウツシマノミコトは渋い顔をする。

「……仕方あるまい」

「ありがとうございます。おっと、ウツシマノミコト様はご威光を隠して人間の振りをしていただかないといけません。でないと大騒ぎになってしまいます。できますか?」

「造作もないことだ」

「あと、服も現代人っぽいものにしないと」

 俺が次々に話しているのは、神様へそんなことをさせるのがおっかないから。勢いに任せて言っているだけだ。亀山たちは言葉を失っていて、ウツシマノミコトも呆気に取られている。ただ、四矢だけは小さく笑っていた。



 俺たちは普段着に戻って、四矢が運転するワゴンでF市どうぶつパークへ移動した。

 早朝から集まっていたので開園時間の九時に対して早すぎると思っていたけど、むしろちょうど九時に着くくらいだった。四矢がウツシマノミコトのコーディネートを考えることに長くかけたからだ。

「一応問うが、この姿はおかしくないのか?」

 入場門を潜ったとき、ウツシマノミコトは自分の服を不満そうに見下ろしていた。多分、俺と同じような気持ちだ。

(おじさん、もっとマシなものを選んでくれたらよかったのに)

 ウツシマノミコトが着ているものは、カラフルなアロハシャツと半ズボン。やけに目立つし、もう秋なんだから涼しすぎる。あの存在感を完全に隠しているので人に怖がられたりしないけど、別の理由で注目を浴びてしまっている。

「どうなのだ、ヨツヤ」

 ウツシマノミコトがじろりと四矢を見た。四矢はすまし顔だった。

「それがいいのです。なあ、リョク」

(俺に振るのかよ!)

 俺はもっともらしい理由を慌てて考えた。

「……確かに目立ちすぎます。しかし万が一ウツシマノミコト様のご威光を感じ取る者がいたとしても、気になるのはその服だと誤解するでしょう。木を隠すなら森、のようなものです」

「そうか」

 ウツシマノミコトはそれ以上問い詰めてこない。納得してくれたと見た俺は、四矢の脇腹にひじを入れた。でも絶妙な反射神経で防御された。俺は攻撃を渋々やめて、一行を案内して園内を進んだ。亀山や二十木は動物を見たり俺を見たり。

「やけに慣れていますね。道が枝分かれしているのに、ルート選びの迷いがありません」

「さっきは働いてる人と挨拶してたしね」

「よく来るんだ」

 俺は秘密のくつろぎ場所を明かしてしまったけど、どっちみちポンコと「占い部のみんなも連れてこよう」とか話していた。それに隠しごとをしている余裕がない。

 ウツシマノミコトは歩きながら面白くなさそうな顔で動物たちを眺めている。動物たちが神の存在を悟って慌てることは気にしない。

「人間どもめ。自然を切り取って集め、新しい世界の神にでもなったつもりか。弱きものの分際で」

 俺は四矢から背中をつつかれて、ウツシマノミコトに答えた。

「むしろ弱いからこそです。自然を近くに置くことでその強さを再認識して、見習わせてもらうんです」

「そうか」

(またあっさりと……やっぱりそういうことなのかも)

 俺は、考えていたあることに一致していそうだとひそかにうなずいていた。

 そんなやり取りをしているうちに、俺たちは目的の場所へたどりついた。そこにも獣舎がある。上下左右を完全に檻で囲まれたタイプじゃなくて、床を掘り下げて上を開けた形。客は柵のそばに立てば動物を斜め上から眺めることができる。

「何もいないではないか」

 ウツシマノミコトは獣舎を不満の目で見下ろした。言われたとおり、ここで暮らしている生き物はいない。広々としているので寂しげな印象が余計に強い。

「今から入れるんです。俺たちが」

 俺は本殿で閃いたことを思い返しながら、みんなをこの獣舎の裏まで案内した。

「俺とウツシマノミコト様が入れる動物を交代で考えて、俺側とウツシマノミコト様側のタヌキがその動物に化けて獣舎に入るんです。そしてどっちが客に注目されるか勝負です! 判定はおじさんにやってもらいます!」

「その結果で占うと言うのか? しかしいきなり動物が現われたなら、人間どもは不審に思うであろう」

 ウツシマノミコトは鼻で笑った。俺はそれに関することも閃いている。

「ウツシマノミコト様なら、園内全域の人間から違和感を削るくらい簡単のはずです」

「なるほどな」

 俺の説明にウツシマノミコトはうなずいたけど、突っ込みたいところはまだあるみたいだった。

「して、汝は変化のできるタヌキを山からここへ連れてこいと言うのか?」

「いえ。ウツシマノミコト様はポンコに変化の力を与えたそうですが、この動物園で暮らす三匹のタヌキに同じことができませんか? それがウツシマノミコト様側のタヌキです」

「神使いの荒い男だ」

 ウツシマノミコトは愚痴りながらも柏手を一つした。奇妙な感覚が辺りに広がっていく。

「結界を張った。汝ら以外の人間は場にふさわしくないと感じることが著しく減り、その囲いにいる生き物が前からいたと思い込む。しかも結界から出た後はここで見たもののことを忘れ、写真機をその囲いに使っても何一つ写らん」

 俺はウツシマノミコトが付け足した機能をありがたく思った。そうしなければ世間に余計な噂が広まってしまうかもしれない。

「無論、人間はこの者たちが連れ出されたことにも気づかん」

 ウツシマノミコトがもう一度手を叩くと、ポンコがアパートでいきなり現れたときのようなことが起きた。

 俺たちのそばに三匹のタヌキが出現した。この動物園に住んでいるガンちゃんたちだ。

 タヌキたちはウツシマノミコトが人間じゃないとわかるみたいで、隅に寄って身をすくめた。ウツシマノミコトは余裕に満ちた表情で見下ろす。

「汝らはよその地で生まれたようだが、もう長くここに住んでいるか。ならば一時的に我が眷属とすることが可能だ」

 更に手を叩くと、タヌキたちは後ろ足で立ち上がった。ウツシマノミコトの前に整列する。

「さあ、力を見せよ」

 ウツシマノミコトはたもとから葉っぱを三枚出した。タヌキたちはそれを一枚ずつ受け取って、頭に乗せてから宙返り。


 ぽぽん!


 煙が舞って、タヌキたちの代わりに人が現われた。見物に来たらしき子供、スタッフの原、売店のおばちゃん。三匹はまた煙を出してタヌキに戻る。ウツシマノミコトはそれを満足そうに眺めていた。

「これで我の側は準備が整った。しかし汝の側は誰が化ける。まさかポンコとでも言うつもりか?」

「いいえ」

 俺はついてきてくれた三人に振り返った。

「この三人に変化の力を貸してください」

「何だって?」

 二十木が間の抜けた声を発した。亀山は眉をつり上げる。

「わたくしの皆勤をつぶさせて、そんなことをさせるつもりだったんですか?」

「昨日の時点では『来てもらった方がいい』って気がするだけだった。でも今朝占ったところで、こうしてもらおうとはっきり思いついてさ。うまく連携を取れる相手の方がいいから」

 俺が弁解している一方で、ウツシマノミコトは小さく笑う。

「面白い」

 また柏手。

「ちょ……!」

 三人が煙に包まれた。煙が薄れたとき、そこに女子高生はいなかった。

 代わりに、タヌキが三匹。

「何だいこれは!」

「聞いていませんよ!」

 二十木と亀山らしきタヌキが自分たちを焦った目で見ながらわめいた。ウツシマノミコトは呆れ顔をする。

「貸したものはタヌキの力だ。その姿に変えてタヌキへ強引に近づけねば使えん」

 ただ一人――ただ一匹、黄宮だけは様子が違った。自分たちの姿をまじまじと眺めてから、両の前足で亀山と二十木を抱き寄せる。

「二匹とも、かわいい」

「そんなことを喜ばれてもな……」

「ちっとも嬉しくありません……」

 黄宮には、亀山と二十木が自分同様のおかしなものの仲間入りをした気分なのかもしれない。俺は亀山たちを見渡しながら首をひねる。

「でも……こっちのタヌキが人並みの頭でそっちのタヌキがタヌキ並みの頭しかなかったら、不公平ですよね。明らかに俺たちが有利すぎます」

「それもそうだな」

 ウツシマノミコトは亀山たちをじろりと見た。

「では、その者たちの頭をタヌキ並みにしよう」

 途端に亀山と二十木が後ずさった。震えながら壁に背中をつけて、涙目で首を振る。

「冗談だ。我はここのタヌキたちへ変化の力を貸し与えると同時に、人間並みの知性を添えてある」

 ウツシマノミコトが付け加えたところで俺は亀山と二十木から恨みがましい目で見られたけど、少し我慢してもらいたい。

「あれ、ミヤは?」

 二十木が辺りを見渡した。黄宮の姿がいつの間にか消えている。

「まさか一人で逃げたんじゃ……」

 つぶやいた亀山の背中がつつかれた

「黄宮さん? 一体どこに行って」

 亀山は振り返るなり固まった。黄宮がいて、どこかで捕まえてきたらしきトカゲをくわえている。細長い体と尻尾がうねうねと動いていた。

「ヒぃやあああァあ!」

「タヌキだからトカゲとか虫とか食べるって言うのかい? ノリノリなのはわかったから、そこまでなりきらなくていいよ!」

 亀山と二十木が叫ぶと、黄宮はすぐにトカゲを逃がした。亀山はトカゲを見送りながら、荒くなった呼吸を懸命に整える。

「こうなったら、一刻も早く終わらせましょう!」

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