3-2
夜が明けて期限まで残り一日弱になっても、俺は占う方法を思いついていなかった。
でも、学校へ行くことにした。山や動物園に行ったせいで疲れていたけど、休んでいても落ち着きそうにない。アイデアが出そうにもない。少なくとも昨日より冷静になれた気はするので、じっとしていることはできるだろう。
亀山が隣の席でそわそわしているなか、授業は進んでいった。もちろん俺は占う方法について考えているばかりで、内容なんてちっとも頭に入らない。
放課後になったときも、俺は悶々としながら荷物をまとめていた。
(ここに来るくらいなら、また山にでも行っていた方がマシだったか?)
鞄を持って廊下へ出ようとしたとき、肩をつかまれた。
「待ってください」
亀山が複雑な表情で俺を見ている。
「例の方法は、もう決まったんですか?」
「さっぱりだ。どうにかしないといけないのに」
「それなら部に来てください。気分転換になるはずです。文化祭の写真も、焼き増しする分を選んでいただかねばなりませんので」
(気分転換なんかしている暇はないんだけどな)
どうにか振り切ろうと思ったけど、その方法すら閃かなかった。結局、俺は亀山から部室に引っ張っていかれた。
部室の前に着いた俺は驚いてしまった。生徒が何人も集まっていたからだ。
「相談? 前からいたけど、やけに多いな」
亀山の姿を見て「占ってほしいんだけど」と言ってくる女子生徒がいた。亀山は「お待ちください」と答えてから、俺を連れて部室に入る。
室内では二十木と黄宮がそれぞれに机と椅子を配置していた。相談しに来た生徒と向かい合って、手相と戦隊放送回占いの話をする。
「文化祭のあれが関心を集めたようで、昨日からこの調子です」
亀山は肩をすくめて、俺とドアを見比べた。せっかく連れてきたのに写真を見せる余裕もない、と考えているのかもしれない。
「忙しいみたいだから、俺はここで」
「だから待ちなさい!」
帰ろうとした俺に、亀山は高い声を叩きつけた。俺を放っておくと悩んだあまりに身投げでもすると思っているのか。言葉を探すように部室内を見渡して、すぐに閃いた顔をする。
「何かの映画で、芸術家のキャラクターが他のキャラクターに訊かれていたんです。『スランプのせいで作品作りができなくなったらどうするか』と」
まさに今の俺、と言えるかもしれない。
「芸術家には対策があったのか?」
「たしか『必死になってもがくしかない。作って作って作りまくるしかない』だったと思います」
財布から五円玉を取り出して、俺に手渡す。
「それで占ってみたらどうですか。次に来る相談の方が女か男か、とか」
俺には亀山の言いたいことが分かってきた。
(コイントスなら、『表なら男、裏なら女』)とか決めるだけで簡単に占えるな)
「いいですね。その辺りでやっているんですよ!」
亀山は部屋の隅を指さして、一旦部室から出た。すぐに戻ってきて、さっきの生徒を連れて暗幕の個室に入る。
(それなら次のやつからだ)
隅に寄った俺は、横にホワイトボードがあると気づいた。これに正の字を書いていけば、どのくらい当たったかわかりやすい。とりあえず〈当〉〈外〉と横並びに書いておく。
そうたたないうちに二十木が手相の話を終えた。女子生徒が帰っていって、二十木はドアの外に顔を出して「あたしに用のある子はいるかい?」と声をかける。
俺は同時に親指で五円玉を上へ弾いた。
(表が出たら女、裏が出たら男! 当たれ!)
頭の中で考えたことは、俺本来の占い方で言えば〈表→女 裏→男〉とメモ帳に書き込むことと同じ。
俺は五円玉を受け止めて、すぐに見た。五円と書いてある方が上に来ているので、表。十円玉や百円玉なら十とか百とか描いてある方が裏だけど、五円玉は違う。よって女が入ってきたら当たったことになる。
(さあ!)
部室に足を踏み入れたのは。
「すごく気になるっすよ。俺にいつ彼女ができるのか!」
クラスの水野だった。つまり男。
(いきなり外れた!)
俺が落胆している一方で、水野はゆるんだ顔で二十木を見ながらずかずかと入ってくる。
「好みは……そうっすね、優しいお姉さん系? どこかの部長とか」
「お前に彼女はできない! ずっと!」
俺はすぐに水野へ駆け寄って、蹴飛ばした。つか、誰もお前の好みは訊いていない。
「何だよお前?」
「うるさい邪魔だ!」
水野を廊下へ追い出してから、〈外〉の下に〈一〉と書き込む。
「あんなのはいいから次を!」
「さっきの子もさっきの子だけど、あんたもあんただね……とにかく、次行くよ」
二十木は少し引きつっていたけど、手相の説明をしながらでも俺たちの話を聞いていたのか詮索することなく次の生徒を呼びに行った。俺はまたコインを弾く。
「表なら男、裏なら女、今度こそ当たれ……!」
つい小声で言ってしまいながら五円玉を受け止めると、裏だった。
(女……どうだ?)
入ってきたのは女子生徒だった。
「やった……!」
喜びはすぐに散ってしまった。女子生徒と手をつないだ男子生徒も入ってくる。
「あたしたちがどのくらいのとこまで行けるかぁ、占ってほしいんですけどぉ」
女子生徒が恥ずかしそうに言って、男子生徒はデレデレとうなずく。俺は自分の占いが当たりと言えないことを確信した。
(そうか。この占いは二択じゃないんだ)
男か女か。そして男と女の両方か。つまり三択だ。
黄宮が女子生徒を帰してから俺の手をのぞいた。二十木と同じく亀山の話が聞こえていたみたいだ。
「半分当たり」
そういう考え方もできるかもしれない。でも俺は納得できず、〈外〉の下に棒を一本付け足す。
黄宮が次の生徒を呼びに行って、俺はまた五円玉を構えた。
「次こそは……」
時間がたつにつれて窓の外が暗くなってきた。壁の時計を見ると、七時の八分前。そうたたないうちに、下校しないといけない時間が来る。
二十木が女子生徒を帰して廊下を見たけど、誰も招き入れなかった。もう外では誰も待っていないということだろう。亀山と黄宮に相談している者もいないので、今日は終わりだ。
「あたしとしては、こうやって次々に占えるのって楽しいよ。スポーツで言えば対戦相手が絶え間なく現われるようなもんかもね」
嬉しそうに言ってはいるけど、俺の様子をうかがいながらだ。
「で……フクはどうだったんだい?」
俺はホワイトボードに書いたものを見た。
外 正正正一
当
「外れ十六回……?」
二十木が信じられないものを見た顔になって、亀山がためらうような手つきで携帯電話を取り出した。
「外れは三分の二……それが十六回……二の十六乗を三の十六乗で割って……」
どうやら携帯電話の計算機機能を使っているみたいだ。
携帯電話だけでは足りなかったのかわざわざメモ帳の隅に数字を書きながら計算を続けて、表情をこわばらせる。結果を言わずに携帯電話とメモ帳をしまい直したけど、俺はどんな低確率だったのかなんて知りたくなかった。
黄宮は黙り込んだ俺たちを見て思いついたことがあったのか、手を叩き合わせる。
「いっそ、最初にこれだと思った選択肢を省いてから占い直した方がいいかも」
絶対に外れるなら消去法もありかもしれない。今回のコイントスで考えれば、一回目の占いで選択肢の一つを切り捨てて二回目の占いで選択肢をもう一つ切り捨てたら、最後まで残っていた一つが正解だ。
ただしポンコの居場所を占う場合は三つどころじゃない選択肢がある。黄宮もそれがわかっているみたいで黙ってしまって、部室内は幽霊が通り過ぎたように静まり返った。
「なぁ、フク。ちょっと気になってたことがあるんだけどさ」
二十木が咳払いしてから話し始めた。俺はこれ以上どれだけ場の空気を冷たくできるんだと思って、聞く前からげんなりしてしまった。
「たまに『当たれ!』って言うのが聞こえた。それはあんたにとって当てるコツなのかい?」
「え……?」
俺はそんなことを訊かれると考えていなかった。
「そういうわけじゃないですけど」
「じゃあ、どうして『当たれ!』って言うんだい?」
その問いも、俺には不思議だった。どうしてかわいい生き物をかわいく感じるんだと訊かれた気分で、返答に困った。
「つい口に出してしまったんです。そりゃあ、当てたいに決まっていますし。なあ?」
俺は亀山と黄宮を見て、きょとんとしてしまった。
亀山もきょとんとしていた。
「わたくし、当たれなんて考えてもみませんでした。占いを当てることで生計を立てている方ならそれが当然なのかもしれませんけど」
黄宮は首を傾げる。
「私、思ったことを言ってるだけ。当たるも八卦当たらぬも八卦」
付け加えられた言葉は、「占いは当たるときも当たらないときもある」という意味。だから悪い占い結果でも悩みすぎるな、という方向で使われることもある。
「どうかしたんですか?」
亀山が俺に声をかけようとして、二十木に制止された。
「黙っておいてやりな。何がきっかけか知らないけど、つかむところがあったみたいだ」
二十木は自分がきっかけだと気づいていないみたいだった。俺は沈黙したまま考え続ける。
(思ったことを言っているだけ……昔の俺もそうだった。いつから『当たれ!』なんて考えていたんだ?)
そうし始めた瞬間は、意外なくらい簡単に思いついた。
(中学生になって、試験のヤマ当てをしたときからだ)
俺は試験で楽をしたくて、どうにか当てたいと思った。でも外れて、当てることへ躍起になった。そして、ますます当たらなくなった。
(それまでの俺は当てることにこだわっていなかったのか)
別の疑問が浮かんだ。
(じゃあ、昔の俺は一体何を考えながら占っていたんだ?)
俺はうなりながら部室内を歩き回った。
亀山たちは静かに見守ってくれている。それなのに俺はうまく当てられたころのことを思い出せない。あっさり思い当たるなら、何年も悩んでいないのかもしれない。
『下校時間になりました。校内に残っている生徒は……』
校内放送が聞こえた。今日はもうここにいられない。残っている時間はロスタイム同然。
じっとしていた黄宮が、机に置いていたものをつかんだ。小さな本のような形で、俺に差し出す。
「焼き増し希望の写真を選ばないと」
亀山が言っていた写真のミニアルバムだと、俺は気づいた。
それどころじゃないと俺は言いたかった。写っているはずのポンコを見たら、余計に焦ってしまうかもしれない。
だけど黄宮は俺をじっと見上げてきている。何だか断わりにくい雰囲気だ。だから俺は受け取って、とりあえず開いてみて――頭の中が急に明るくなったと感じた。
「これだ! 俺はずっとこうしていたんだ!」
写っていたのは、宝探し占いの合間で写真撮影のために集まった俺たち。もちろんポンコもいる。
(ポンコがいなかったら、俺は占い部のみんなと仲よくなれなかった。占い部のみんながいなかったら、俺はこの占いをしていなかった。こんな顔もせず、今も気づくことができないままだった。何がきっかけになるかわからないな)
動物園で当たった理由も、自分があのとき何を考えていたのか思い出せばわかった。
「……知っているように、ポンコの占いは明日の朝やるんだけど」
「それがどうかしたんですか?」
亀山は堪えられなくなったように言い返してきた。俺は笑みがこぼれるのを我慢せずに続ける。
「そのとき、また付き合ってほしいんだ」
三人がそれぞれに驚きを映して、俺はもう一言付け加えた。
「来てくれると助かる……そんな気がする」
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