3-1
それから俺はアパートに帰って、種占いを何度もやってみた。でも占いの結果として思い浮かぶものは一つもなかった。
唯一の収穫は、種占いじゃ駄目のような気がしてきたこと。どうにか昔からの方法で占わないといけない。もっとも、占い方の具体的な内容はわからない。
翌日、俺は学校をサボった。すっかり行き詰まってしまって、じっと席に着いていられる自信がなかったからだ。
俺は閃くきっかけがどこかにないかと考えて早朝からあちこちを巡って、行き先としてすがるように選んだのはいつかみんなで歩いた山だった。バスでハイキングコースの入り口まで行って、そこからは徒歩で進む。
「直感を養うとか部長は言っていたけど、本当にこんなことでどうにかなるんだろうか」
悩みつつ、道を一歩一歩たどる。今日は平日なので、誰ともすれ違わない。
「……そういえば、この辺りをポンコが元気に歩いていたっけ」
思い出したのは、ポンコの明るい姿。ただし、今のポンコはガラス玉に閉じ込められている。また苦しめられているんじゃないかと思うと、胸を締めつけられるような気分になった。
途中で脇道に入っても、考えることは変わらない。明るかった過去か、暗く想像した未来か。
「こうやって歩いているときにポンコが熊を出して、大騒ぎになったっけ」
俺はハイキングコースの入り口で地図をもらって、あのときと同じ道を選んでいた。少しでもポンコを思い出したかったからなのかもしれない。
「あの日の昼飯は……ああ、熊に追われて疲れたけど帰る前に一応食ったか」
人がいないので、ポンコを怖がらせた飼い犬もいない。ポンコがいないので、俺を追いかける熊もいない。
「ポンコがお守りをなくして、どうしたんだっけ。ポンコがお守りを見つけたのは覚えているけど」
疲労が重なってきたころ、木々の向こうに見えてきたものがあった。
あの日の二十木が中継地点にしていた石碑だと、俺は気づいた。落ち着いて眺めるどころじゃなかったけど、牛みたいな形が奇妙なので覚えていた。
「そうだ。亀山たちの後で俺もお守りの在りかを占ったんだ。木の下にあるって」
占ったとおり、お守りは木の下で見つかった。でも本当に当たりだったとは言えない。
「あのときはポンコが熊と暴れて、お守りは途中で木の上から下に落ちただけだ」
不安をあふれさせながら、ふらふらと石碑へ近づいていく。石碑は俺に何も言わない。石碑は、だ。
「俺が占う直前、ポンコが言っていたっけ」
俺は、それを思い出しただけで黒雲から日が差した気分になった。
「『リョクなら絶対当たる』だったな」
足を動かすたびにポケットからきれいな音がすると、俺は今ごろ気づいた。ポンコからもらったキーホルダーの鈴だ。それを聞いていると、ポンコがそばにいて励ましてくれているような錯覚まであった。
「そうだ。ポンコは俺の背中を押してくれるやつだった。離ればなれでもそれは変わらない」
こんなことで胸が熱くなるんだから、俺は結構追い詰められていたのかもしれない。
「励ましの言葉は昨日も聞いたか。福狸神社の石段を登っているとき、亀山たちからだ。ポンコがいなかったら、あいつらとも友達になれなかった」
ポンコがいなかったら、俺は今日も一人で悩んでいるだけだった。
「ポンコが言ってくれたとおり、大丈夫だと信じてやるしかない」
でないとポンコを助けられない。それだけは絶対に嫌だ。
(俺は、ポンコと笑顔で会いたいんだ)
石碑の前から引き返したときの俺は、歩調を最初よりいくらか強くしていた。
町に戻ってきた俺は、またいろいろなところを歩き回った。気分は随分明るくなったけど、まだ占う方法は浮かばない。
そうしているうちにたどりついたのはF市どうぶつパーク。もう終わりがけなので、人は少ない。
(ここでポンコにばったり会ったときは驚いたな)
俺は一週間くらい前のことを振り返りながら西門でカナちゃんクラブパスを出して、園内に入った。習慣的にいつものルートを歩きながら、考え続ける。
(占う方法なんて、ちっとも思いつかない……)
動物がいるここならリラックスして頭に浮かぶんじゃないか、子供のころの気分になれば閃くんじゃないか、なんて期待もあった。でも今の俺は動物の鳴き声を聞く余裕すらない。アイデアも見つけられない。
(昔は友達のどうでもいいことばっかり占っていた。でも今回はポンコの命が懸かっている。ウツシマノミコト様は自分の神使を泥舟で沈めるような神様だから、俺が当てられなかったら昨日みたいにしてポンコを……大事なときなのに何も思いつかないのか)
そもそも当たるのかという不安もある。熊のときも実質的には外れだと思うと、また不安が膨らむ。
(いや、それでも何とかして考え出すんだ。少なくともここでは一回できたんだ)
俺は占う方法について考えているのかポンコを案じているのかわからなくなりながら通路を歩いた。猿たちがケンカをしていても、ライオンたちが吠え声を放ち合っていても、カワウソがプールで激しすぎる泳ぎ方をしていても、目に入らない。
『本日はお楽しみいただけましたでしょうか。当園は間もなく閉園時間となります』
園内放送が聞こえてきたとき、俺はタヌキ舎の前にいた。
(この前はポンコとガンちゃんが魔物にいきなり気づいたっけ。魔物から追い詰められたときはどうしようかと思ったな)
あのときのガンちゃんも、同居しているイーちゃんとナッちゃんも、落ち着きなくうろついたり檻にしがみついたりしている。
(そろそろ餌の時間だって言っているのか? 俺もお前たちの言葉がわかったらよかったんだけどな)
タヌキ舎のそばにスクーターが止まった。園内は車などの乗り入れが禁止されているので、咎められることなく運転しているのは全員スタッフ。ここでヘルメットを外してスクーターを降りたのも、タヌキの餌を担当している原だった。
「おや、いつもの子。神社の福分さんに聞いたけど、この前は心配してくれたらしいね」
原が受け持っているのはタヌキだけじゃない。獣舎がタヌキと横並びになっているイノシシとキツネもだ。原は運んできた餌をそれぞれにやりながら、タヌキ舎の前にいる俺へ合間ごとに話しかけてくる。「タヌキたちはあれから何日か人なつっこかったけど、またビクビクし始めて」とか普通の世間話ばっかりだったけど、俺は歩き疲れていたので大人しく聞いた。
「あの日、僕は朝から調子が悪くてね。出勤したまではよかったけど、結局働いていられなくて医務室で横になった。そのくせ急に治って……妙なものが憑いていたのかも」
原が笑いながら言って、俺は背筋が寒くなった。四矢に口止めされているので、そのとおりだと言うわけにはいかない。
「そ、そんなの……いるわけないですよ」
「わかっているよ。でも本当にあのころは変なこと続きで」
餌やりを終えた原は、獣舎の施錠を確認しながら不思議そうな顔をする。
「家でボヤ騒ぎがあったり、車が盗まれたり、嫁さんが病気になったり……そういうのって重なるものなのかもしれないね」
俺は「きっとそんなものです」と答えたけど、スクーターで去っていく原の後ろ姿を見ているうちに気づいた。
(魔物は人を不幸にさせて、恐怖や悲しみを吸う……原さんと同じような災難をどこか別のところで聞いた気がする)
誰のことだと考えて、会ったことがある人じゃないと思い当たった。
(お婆さんを亡くしたお爺さんがいて、牛を盗まれたり家が焼けたりもした。そこにタヌキが……うちの神社に伝わっている昔話と同じじゃないのか?)
牛が盗まれたことは、車が盗まれたことと重なる。お婆さんを病気で亡くしたことと家が焼けたことは、原の方が軽いけど完全に同系統。軽いのは原の魔物がこっそり憑いていたから。
こじつけだろうかとも俺は思った。でも、何だか気になる。
(昔話のタヌキはお爺さんを励ましに来たけど、本当はお爺さんに魔物が憑いていると気づいて退治しに来たんじゃないのか?)
昔から不思議に感じていたことも思い出す。
(お爺さんは社を作って、泥舟で沈められたタヌキを祀った。それが福狸神社の起源だって言われている。お爺さんは沈めた張本人のウツシマノミコト様を祀らせるだろうか)
後世の人間が勝手に祀ったのかもしれない。でも俺は別の可能性を思いついた。
(もしそれが真相だとすると、気が楽かもしれない)
俺は少しだけ肩から力が抜けた。占う方法そのものとは関係ないけど。
次に流れた園内放送は、さっきの台詞に『間もなく駐車場も閉まります』という言葉が付け加えられていた。いよいよ閉園間際だと主張している。俺は車なんか運転できないから駐車場は関係ないけど、占う方法を見つけられないままで帰らないといけなかった。
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